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30 ロビン2

「あら、あなたの奥様と私の旦那様がまた一緒にいるわ」


 よろけるブリジッドの手を引いていたロビンは慌てたが、ブリジッドが絶対に放さないとばかりにしがみついてきた。

 それにしてもなぜこの二人が一緒にいるのか。

 慌てたように問いただすロビンに、笑いながら答える二人。

 お茶の誘いを断り去っていくソフィアの背中を呆然と眺めた。


「ねえ、あの二人怪しいんじゃない? きっと私たちと同じことをしてるのよ」


「黙れ! ソフィアはそんな女じゃない」


 そう叫んで瞬間、唐突にロビンの頭の中でソフィアが血を流して地べたに横たわった映像が流れた。

 頭が割れるように痛い。


「ブリジッド、悪いがここで帰らせてもらう。頭が痛いんだ」


「フンッ」


 ぷりぷりと怒りながら去っていくブリジッドを送ることなく、ロビンはその場で膝をついてしまった。

 駆け寄ってきたのは通りがかった文官たちで、すぐさま医者が呼ばれた。


「寝不足ですね。少し休養が必要です」


 その言葉をありがたく受け入れたロビンは、それから三日ほど自室に閉じこもった。

 その日以降、なぜかソフィアが一人で寝たいと言いだし、ロビンは軽い絶望を覚えたが、無理をさせて心が離れていく方が怖いと思いそのままにした。

 侍女たちの噂では、レオとソフィアが一緒に仕事をしていることが多いらしい。

 理由は聞いたが、やはり面白くはなかった。


「ねえ、私たちも楽しみましょうよ」


 相変わらずブリジッドはあっけらかんと誘ってくる。

 この女の脳内は男と寝ることしか無いのだろうか?

 ここまでくるといっそ清々しいとさえ思ってきたロビンだった。

 しかしどれほど懇願されても、自室と執務室にブリジッドを滞在させることはない。

 なぜかそれだけは絶対にしてはいけないと本能が警鐘を鳴らすのだ。


 入れてしまったらソフィアが死ぬのかもしれないなどと考えてしまう。

 理由はわからないが、なぜかそれが事実であると確信している自分がいるのだ。

 そしてもう一つ。

 あと数年で自分は死んでしまうということも、ロビンは確信していた。


「殿下は幼少のころから病弱でしたから。必ずこの薬は飲んでください」


「ああ、わかっている。そこに置いてくれ」


 王宮医が処方する薬は、受け取りはするが飲んではいない。

 飲むとどうしても眠気と吐き気がするので、もう何年も飲まずに捨てていた。

 特にどこが悪いというわけではないし、もうめったに風邪をひくことも無いのだと、ロビンは自分の判断を信じている。


 そしてもう一つ、ロビンには大きな秘密があった。

 それは左目の視野が極端に狭いことだ。

 どうやら眼球を支える何かの動きが生まれつき悪く。右には動くが左には動きにくい。

 そのため子供のころに、レオと共に教わった剣術の鍛錬でも、随分苦労をしたものだ。

 

「お前、左目が悪いのか?」


 最初に気づいたのはレオだった。

 ロビン自身は生まれつきのため、こんなものだと思っていたし、自分がよく打ち込まれるのは、単に自分に才能が無いのだと納得していたのだ。

 レオの言葉で王宮医が呼ばれ、かなり痛みも伴うような検査が続いた。


「先天的なものですね。視力に問題はありませんが、左を見る時には首を動かさないといけません。無理に動かしても良くないですからね」


 そう言ったのは隣国から呼び寄せた専門医だった。

 子供だったこともあり、首を動かせば生活には支障がないため、そのうちに誰も気にしなくなってしまった。


「お前は剣術は諦めろ。俺が守ってやるから心配しなくて良い」


 そう言って慰めてくれたのもやはりレオだった。

 痛いわけでもないし、見えないわけでもないので、ソフィアにも教えてはいないどころか、自分でも忘れているほどのことだ。

 なのになぜ今になってそのことを思い出すのだろうか。

 ロビンはじっと天井を睨みつけたまま、自分の思考と感情を持て余していた。


 それから数日、ソフィアとは食事の時しか会えていない日が続き、明日は夏祭りという日にブリジッドが執務室にやってきた。


「何か用かな?」


「明日は夏祭りよ? あなたも行くのでしょう?」


「いや、行くつもりはないよ。花火はバルコニーからでも見えるしね」


「つまらないわ。私は楽しみにしてたのに。ねえ、ソフィアを誘ってもいい?」


「え? ソフィアを?」


「ええ、たまには息抜きをさせてあげるのも義姉の役目だわ。私が言うから今夜は一緒に夕食にしましょうよ」


「夕食……いや、それは……レオ兄上はどうするんだ?」


「どっちでもいいわ。ねえ、ロビン早くソフィア迎えに行って連れてきてよ」


 ロビンは立ち上がり、ブリジッドを待たせたままソフィアの執務室へと向かった。

 しかし当のソフィアは不在で、レオの側近に呼ばれて行ったという。


「またレオ兄さんか……」


 ロビンは少しだけ心が沈んだが、自分のやっていることに比べたら何でもないことだと思い直し、レオの執務室へと向かう。

 久しぶりに訪れたレオの執務室は、相変わらずきちんと整頓されていた。

 見習わねばと思いつつ、ソフィアを食事に誘うロビン。


「ブリジッドがソフィアと一緒にというのだが」


 本題を切り出すと、意外にもレオも来るという。

 ロビンは肩の荷が下りたような気分になった。

 ブリジッドも入ってきて、ロビンの手を引いた。

 四人でテーブルを囲み、夕食が始まる。

 相変わらず美しい所作で食事をすすめるソフィアと、はしたない程音を立てるブリジッド。

 その対比を見たロビンは、間抜けな自分にはブリジッド程度の女が似合っているのかもしれないと自嘲した。

 デザートが始まった時、思いがけないことが起こる。


「ねえ、ロビン。わたしね、赤ちゃんを授かったみたいなの」


 はにかむ様な表情でそう告げたソフィアに、ロビンは感動で泣いてしまった。

 ああ、これでやっと本流に戻れるのだ。

 ソフィアと共に人生を歩むのだとロビンは喜びで溢れた。

 レオにも祝福され、もう何もいらないとさえ思えたのに、またしてもブリジッドの邪魔が入る。

 ソフィアは具合が悪いと言い、これが最後だと思ったロビンは、断腸の思いを抱えながらもブリジッドに朝まで付き合った。


 しかし、それからというものソフィアは体調不良を訴え始める。

 医者によると悪阻の症状らしく、ここで無理をさせてはいけないと言われた。

 

「閨事もお控えください。なあに、ほんの二か月くらいのことです。それ以降はお腹に負担さえかけなければ再開しても大丈夫ですよ」


 聞いているこちらが赤面するような言葉を真顔で吐き、医者は平気な顔をしている。

 それを真面目な顔で聞いている自分も、さぞ滑稽だろうなどと考えながらもレオは、やがて生まれてくる子供のために長生きがしたいと思うようになっていた。

 長生きを目指し薬を再開すると、なぜかロビンは繰り返し同じ夢を見るようになる。


「ソフィア!」


 何度もそう叫んで目が覚める。

 なぜソフィアが死んでしまう夢などを見るのだろう?

 もしや出産でソフィアは命を落とすのか?


「いやだ……絶対に嫌だ」


 浅い眠りを繰り返す日々を送りつつも、第三王子としての仕事を休むことはできない。

 夢はいつも同じシーンを見せる。

 自分によく似た男の子を抱いて歩いている自分。

 ふと横を見ると、ソフィアではなくブリジッドがいる。

 嬉しそうな笑顔に、子供の頃の無邪気だったブリジッドを思い出す。

 大きな音がしてそちらに顔を向けると、血を流しながらうっすらと残酷な笑みを見せるソフィア。


「ソフィア!」


 もうこんな夢は見たくない……ロビンは少しずつ不眠症になっていった。


「もうすぐ自分は死ぬ」


 その思いは予測ではなく真実だと考えているロビン。

 死ぬ前に我が子を抱けるのだろうか。

 夢で抱いているのは自分の子供ではないような気がする。

 では我が子は?

 そんな思いがロビンの心を少しずつ蝕んでいった。


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