3 魔道具店
「ここに入るわ。あなたも一緒に入ってくれる?」
頷いた護衛はソフィアより一歩先に店に入った。
なんというか手慣れたものだ。
「ごめんよ、誰かいるかい?」
「はぁ~い」
出てきたのはここの娘なのか、金というより黄色に近い髪色の少女だった。
「あら、あんたなの。また旅に出るのかい?」
「いや、今日はこちらのご令嬢の護衛だよ」
どうやら二人は顔見知りのようだった。
「いらっしゃい。貴族のご令嬢がうちの店に来るなんて珍しいねぇ。畏れ多い事さ」
そう言いながらも爪の先ほどもそんなことは思っていないのが丸わかりだ。
「探し物があるの。ここにならあるだろうって聞いたから」
これも前世の記憶だ。
ニヤッと笑った少女が店の奥に戻り、両掌に乗るほどの箱を持ってきた。
「お探し物はこれだね? あんたの顔に書いてあるさ」
そう言って少女が差し出したのは、正しくソフィアが求めていたものだった。
「そうよ、これを探していたの。でもどうしてわかったの?」
「さっきも言っただろ? 顔に書いてあるんだよ」
そう言いながら少女が差し出した紙切れには、覚悟していたソフィアでも息をのむほどの金額が書いてあった。
「随分するのね」
「嫌なら止めるんだね」
唇を一度ギュッと引き結んでから、ソフィアが鞄を開けようとした。
その手を止めたのはギルドから来た護衛だった。
「おいおい、俺の客からぼったくろうとはお前も随分度胸がいいな」
そう言った護衛の顔をヘラッと笑って見る少女。
「冗談だよ。この人の本気を見たかっただけさ」
そう言うと少女はテーブルの下から他の箱を取り出した。
「お代はその半分だ。揶揄ったお詫びにこれはあげるよ」
「これは何?」
「これはデータストッカーという魔道具さ。こっちで録画したものを保管する箱と言えばわかるかい? こっちに移せば画像が保管できる。ここに繋いでスイッチをポンだ」
「まあ! 便利な道具ね。これはいただけるってこと?」
「ああ、あんたには必要だろ? うまくやりな」
この不思議な娘はどこまで知っているのだろう。
虹色に輝くその少女の瞳に、吸い込まれそうになりながらソフィアは考えた。
「考えても無駄さ。ここに来たのは必然なんだよ。困ったことがあったらいつでもおいで。私が相談に乗ってやろう」
十歳かそこらの少女が老婆のような口をきく。
「ええ、ありがとう。覚えておくわ」
ソフィアは指定された金額をテーブルに置き、二つの箱を抱えた。
「どうぞご贔屓に~」
その声に振り返ると、少女ではなく黒いマントをすっぽりかぶった老婆がニヤッと笑っていた。
「あなたはあの方とお知り合いなの?」
「ええ、昔馴染みですよ。若い頃から世話になっています」
「そう。なんだか不思議な方ね」
「そりゃそうでしょう。あの老婆は魔女なんです。それにしても本人が店に出るなんて珍しいこともあったものだ。あなたは随分気に入られたみたいですね」
そう言って護衛の男がニヤッと笑った。
そのまま銀行に戻り、残った金を口座に戻してから護衛に言う。
「どうもありがとう。あなたのおかげで良い買い物ができたわ。あの魔女さんによろしく伝えてちょうだい。お礼はこれくらいでいいかしら」
ソフィアが差し出した革袋を確認した護衛の男がペコっと頭を下げた。
「十分です、ありがとう。もしよかったら今度も俺を使ってくださいよ。俺はプロントという名前です」
「プロントさんね? 分かったわ、今度から指名させていただくわね」
これはサービスだと言って文房具店まで送ってくれたプロントと別れ、ソフィアは急いでいくつかのノートとペンを購入した。
空になった鞄に二つの箱と買ったばかりの文房具を入れ、時計を見ると約束の時間まであと一時間もある。
「少しお腹が空いたわね」
ソフィアは近くにある公園のカフェに入った。
オレンジのスコーンと紅茶を注文し、外の景色に目を向ける。
「あら? あれは……ブリジッド様?」
緑色のガーデンの中を、真っ赤なドレスが滑るように歩いている。
エスコートしているのは見知った男の顔だった。
「あれはハリスン伯爵令息ね。二人は知り合いだったの? 学年も違うのに?」
ハリスン伯爵令息といえば、同じクラスになったことは無いが、ソフィアとは同学年でかなり有名な生徒だ。
いつも違う女性に纏わりつかれている姿しか思い浮かばないほどのプレイボーイで、何人かの女生徒が彼の子を宿して退学したという噂もあった。
「なるほど? これは良いものを見たわね」
運ばれてきたスコーンを口に運びながら、ソフィアは頭をフル回転させ始めた。