23 驚愕の連続
運ばれてきた料理は、すでに一口大にカットされたチキンジンジャーと、ちぎって食べやすいロールパン、そしてサラダと冷やした紅茶だった。
ナイフを使う必要が無く、フォークだけで食べられる上に、全てを一皿に盛ったワンディッシュときている。
まさに準備万端というところだろう。
ソフィアは紅茶に手を伸ばした。
「まずは君の覚えている前世を話してくれないか? 前にも言ったように私もワンダも『選ばれし者』ではない。持っている情報は全て教えられたものなのだ」
「わかりました」
実家でのことや学生時代のことはほぼ省き、レオとの婚約からロビンへの差し替え、結婚式のことなどは、あらすじで語る。
おそらく二人が知りたいのは結婚後のことだろうと思ったからだ。
淡々とした暮らしと妊娠、そして流産の経緯と自らの死までは、覚えている限り詳細に語った。
二人は食事の手を止めて真剣な顔で聞き入っている。
「なるほど。確かに君には前世の記憶があるようだな。私たちが知っているものと寸分違わぬほど詳細だ。しかし君は記憶力が良いのだねぇ。驚いたよ」
「記憶力に自信はありますが、覚えていないことも多いし、分からないことだらけです」
「それにしても、聞き知っていたとはいえ随分酷い目に遭ったものだな。君が避妊を選んだ気持ちは理解できるよ」
ソフィアは返事に窮して目を伏せた。
「しかし、今回は何があっても死を選ばないでほしい。君はキーマンなんだ」
「キーマン……いったい何をさせようというのですか?」
「特に何をしてほしいということは無いんだ。ただ君が死んだ世界では『魔消しの者』は誕生しなかったということだ。ああ、聞かれる前に答えるが、理由は分からない。何がどう作用しているのかは全く不明なのだよ」
「だから私には生きていろと?」
「うん、前世で君は死を選んだね? その後のことを知りたいのではないか?」
「はい、もちろん知りたいですわ」
レオに代わってワンダが話し始める。
「妃殿下がバルコニーから落ちた後、王太子夫妻によって葬送の儀が執り行われました。国王陛下も王妃陛下も大変な悲しみようだったそうです。ロビン殿下は王太子の宣言通り、葬儀の一週間後には臣籍降下なさり、子爵となって領地へと送られました。もちろんブリジッドとその子供も一緒です。ちなみにブリジッドは子供を置いてすぐに出奔したそうです。結局は死んでしまうのですが、彼女の役割は『魔消しの者』になる可能性のある子供を産むということだけですね。子供は『選びし者』が引き取って育てましたが、力を発現することはありませんでした」
あの王太子の怒りは本物だったのだとソフィアは改めて思った。
「それから三年、国王が崩御され王太子殿下が即位されたのですが、更にその四年後にはロビン子爵が病気により死亡しました。そのすぐ後ですね、大悪魔が出現したのは」
「ロビンが死んだ?」
「そうなのです。これはどの回でも発生します。恐らく不可避なことなのでしょう。その後、陛下はレオ殿下を前線に送り出され、王都の守りを固められました。しかし大悪魔の力は強大で『魔消しの者』が出現しないまま国は滅びそうになりました。そこで現れたのが『選びし者』です。彼は時間を巻き戻す方法と、その代価をレオ殿下に伝えられ、レオ殿下は迷うことなく実行されました」
「それを何度も繰り返したということ? それに代価とは何? その『選びし者』ってもっと早く出てくればよかったのに、なぜそんなにギリギリに?」
立て続けの質問に、ワンダは困ったような表情を浮かべた。
「一つずつお答えしますね。代価とは王家直系者の心臓です。レオ殿下は自分の心臓を差し出して時間を巻き戻されたのです。しかし、どうやら今回は巻き戻せないらしく、かなり早い段階で……分かりやすく申しますと、ソフィア妃が巻き戻った日のうちに『選びし者』からコンタクトがありました。もうやり直しはできないと」
「え? もう巻き戻せない?」
「そうです。今回は絶対に失敗できないと言っています。どうやら何度も巻き戻すうちに、時空の不文律に歪みが生じてきたらしく、大悪魔の出現が早まってしまったのだとか。ですから早急に手を打つ必要があるのです。それに、何度も力を使ってしまったために『選びし者』の寿命も尽きそうなのだとか」
「寿命……もし失敗したら?」
「わが国は滅び、民たちは全滅します。そしてもう二度と『選びし者』は現れない」
「そんなっ!」
そんな重大事のキーマンが自分だなんて耐えられないとソフィアは思った。
「何か方法は無いのですか?」
レオが徐に声を出した。
「あるさ。でもね、確証はないんだ。だからこそ君には生きてもらわないといけない。それにこれは私の個人的な願いでもある」
後半部分の意味を確認したいが、それより今はもっと大切なことがある。
「その方法をお伺いしても?」
ワンダが控えていた侍女に言ってお茶を入れ替えさせた。
ほとんど手つかずの皿は下げられていく。
「まずは絶対に『魔消しの者』を誕生させなくてはならない。過去のデータと照合すると、共通点は三つだけなんだ。一つは『ソフィアが生きていること』そして『ロビンが関わっていること』、最後のひとつは『母親がブリジッド』ということだ」
「えっ! 母親はブリジッド……ではいま彼女のお腹にいる子が『魔消しの者』なの?」
「うん、これは間違いない。正確に言うと、ブリジッドが産んだ子が『ソフィアが生きている』状態で『ロビンに愛しまれ』成長するということだ」
ソフィアは息をのんだ。
気を利かせたワンダがソフィアにお茶を勧めた。
香り高い紅茶が、少しずつソフィアの鼓動を抑えてくれる。
「でも『大悪魔』を殲滅することはできなかったわけですよね? それはなぜ?」
「上手く条件が重なり『魔消しの者』が誕生しても、如何せん彼は十歳にもなっていない子供だ。その子がそれほどの大役を担うと分かっていれば、幼いころから教育を施すという方法もあるのだが、誰にも記憶は無い状態だろ? ロビンが甘やかし、ブリジッドが傲慢な子に育ててしまう」
「分かるような気がするわ……もう一つ教えてください。過去には『魔消しの者』が誕生したことがあるのですよね? ということは私は死ななかった? ロビンの不貞を目の前にしていながら? 子供を流産しても? 信じられないわ」
レオが悲しそうな顔をする。
「事実だけを述べるね。その者が誕生した回の君は妊娠していない。そして不貞を目の前にしても心を動かすことは無かった。君にも好きな人がいたんだよ。そしてその人と幸せな時間を育んでいたんだ」
「私も不貞をしていた? まさかそんな」
「不貞ではないな。心の交流というか、その程度だよ。残念ながら」
ソフィアがレオの顔を見た。
「ご明察だ。その相手は私だった」
ソフィアが大きく息を吸った。
頭が混乱して眩暈がする。
「ブリジッドが産む子供の父親は絶対に私ではないんだ。それは何度繰り返しても同じだよ。私は過去も現在もブリジッドに指一本触れてはいないからね。もう一つ言うと、今回も含めて父親は分からない。だからブリジッドの不貞相手を確定した方が良いと思って魔道具を探していたというわけだ。まあ君のお陰で三人は判明したけれど、実際にどちらの子かは分からないままさ」
「ブリジッドの相手ってロビンでは無いの?」
「実に残念だが……彼も候補の一人だよ。でもね、ソフィア。弟を庇うわけではないが、今世に限って言うと、ロビンは媚薬を盛られたんだ。だからロビンがブリジッドと関係を持ったのはたったの一回だ。過去を含めても、ロビンが父親である可能性が一番低い。でもゼロじゃないからね。今世の彼は気持ちが悪い程ソフィアを大切に思っているだろう? あんなことは初めてだよ。実に腹立たしいが」
「それは……でもブリジッドの不貞をなぜあなたは責めないの?」
「その答えは簡単だ。愛していないからさ。私は彼女のことを幼い頃から蛇蝎のごとく嫌っている。そして私はそうすることが正解だと知っていた」
「ではなぜ結婚を?」
「そうしろと言われたからだ。この本にね」
そう言うとレオは自分の机に広げていた古い本を持ってきた。
「これはね、過去の私が書いたものだ。もちろん『選びし者』の助言によって始めたのだろうが、日記のように日々の出来事が記されていたよ。その中にこんな一文があるんだ」
レオが指先で示した箇所を読むソフィア。
「ブリジッドがロビンと結婚しても『魔消しの者』は誕生しない。絶対的な条件は、レオとブリジッドが婚姻を結び、ロビンとソフィアが結婚すること。その状況下でブリジッドがレオ以外の男の子を孕むことだ……ってそんな……ではあなたはこのために?」
「ああ、そうだよ。この国の民の命を守るために、断腸の思いで君を諦めたんだ。だから婚約者であった時も、極力君と交流しないようにした。結果は分かっていたからね。でもやはり私は君に恋をした。こればかりはどうしようもない。前回の私が……ちなみに過去のどの回も同じなのだが、私が城に寄り付かないのは愛する君が弟に寄り添う姿を見たくないからだ」
「愛する……」
「ああ、私は君を愛している。過去も今もずっとね。でも私は王族だ。民の命を犠牲にしてまで己の感情を優先するわけにはいかない。それに、今回で最後だ。私は……死ぬから」
「えっ! どういうこと!」
レオが悲しそうな微笑みを浮かべた。




