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2  手繰り寄せた記憶

 手早く朝食を済ませたソフィアは、侍女に新聞を持ってくるように頼んでから、机の引き出しを開けた。


「あったわ」


 それは幼いころから習慣にしていた日記帳だ。

 嫁ぐ時にも持っていき、あの悲しかった日々の出来事も全て書き残してきた日記帳。


「やっぱりね。まあ、そりゃそうか」


 最後のページに書かれた日付を確認したソフィアは深い溜息を吐いた。

 侍女が持ってきた新聞を広げ、今日の日付を確認する。


「間違いないわ。十日後が結婚式ね……でもなぜ今日なのかしら」


 時間が巻き戻り、人生をやり直すチャンスを神から与えられたと思ったソフィアは考える。

 今日に戻ったということに、なにかの意味があるはずだ。

 せっかく淹れてもらったお茶が冷めるのも厭わず、じっと考え続けるソフィア。

 ふと目を上げると、壁際にかかっているウェディングドレスに目が留まった。

 トルソーにかかっているそれは、確かにあの日に着たものと同じだ。


「またあの恥ずかしい思いをするのね。まあ別に良いけど」


 過去の自分は、ブリジッドと比べると、とんでもなく貧相なドレスだったので、随分恥ずかしい思いをしたものだが、今となっては些細なことだ。

 化粧台の上にはロビンから贈られたティアラとネックレスが置かれている。


「捨ててしまいたいくらいだわ」


 自分を絶望のどん底に叩き落した夫の顔を思い出し、ソフィアは淑女らしからぬ舌打ちをした。

 メイドを呼んで昼食はいらないと告げ、ソフィアは自室に閉じこもった。


「忘れないうちに整理しておかなきゃ」


 日記帳を広げ、覚えている限りのことを書きつらねていく。


「それにしても本当のところはどうだったのかしら……」


 今のソフィアは、なぜ自分が死んだのかは理解しているが、それに繋がったあの出来事の真相はわからない。


「あれを阻止するとなれば、自分の行動を変えるしかないけれど、そうなると未来が変わってしまうのよね?」


 同じ轍を踏み、また死んでしまうのは恐ろしい。

 しかし、何もわからないままでは戻ってきた意味はないとソフィアは思った。


「どうせ一度は死んだのだし、このまま何も変えないで真相を探ることに専念した方が納得できるわ」


 今から起こるであろう様々なことを放置すれば、また同じ日に同じ方法で死ぬことになるだろう。

 しかし、まだ胸の奥に燻っている痛みを抱えたままのソフィアは、それでも良いと決断を下した。


「最初が肝心よね。結婚して半年が勝負よ。必ず突き止めてやるわ」


 結婚式まであと十日。

 できる準備は限られているが、逆の見方をすれば『そのために今日まで戻った』と言える。

 ならばできるだけのことはしようと決心したソフィアは、外出用のワンピースに着替えた。

 部屋を出て最初にすれ違ったメイドに声を掛ける。


「必要な文房具を買いに行ってくるわ。お義母様がお聞きになったらそう伝えてね」


「畏まりました」


 今の両親からは小遣いというほどの金も渡されていないが、実母が残してくれた銀行口座にはある程度の貯えがある。

 これは父にも義母にも知られていない、ソフィアが唯一自由にできる秘密の金だった。


「まずは魔道具店よ」


 家の馬車は使わず、メイドを一人だけ連れて歩き出した。

 スターク伯爵家は王都の中央に近く、歩いて繫華街に出ると言ってもさほど不思議がられることもない。

 後ろを歩くメイドをチラッと見たソフィアは、文房具店の前でくるっと振り返った。


「ねえ、ここに寄りたいのだけれどいいかしら?」


 頷くメイドに言葉を続ける。


「友達と待ち合わせしているから、買い物のあとにカフェに行くのよ。たぶん時間がかかると思うから、あなたも自由に過ごしなさい」


「そういうわけには参りません」


「大丈夫よ。もし一緒に戻らないと拙いというなら、ここで待ち合わせをしましょう。そうねぇ……あの時計が四時になる前にはここに戻って来てちょうだい」


 そう言ってソフィアはメイドに銀貨を一枚渡した。

 このメイドにとっては半月分の給料に匹敵するだろう。


「お母様の具合はどう? これでお医者様を呼んでお薬をいただきなさい。残ったら美味しいものでもお買いなさいな」


 そのメイドは街はずれの家から通っているのだが、廊下で同僚に母親の具合が悪いと嘆いていた前世の記憶を利用した。

 母親は自分が嫁いでからすぐに亡くなったと聞いたが、今ならまだ生きているはずだ。


「お嬢様……ありがとうございますっ! 本当にありがとうございます」


「良いのよ、私も少しは羽を伸ばしたいし。これは二人の秘密にしましょうね」


 喜んで駆けだしたメイドを見送り、ソフィアは銀行に向かった。

 預けている金の半分程度を引き出して鞄に入れる。

 銀行のスタッフに、信頼できる護衛の派遣をギルドに依頼するよう頼んだ。


「ソフィア嬢でしょうか?」


「ええ、私がソフィアです」


 すぐにやって来たのは、思っていたより年嵩の男だった。


「今日一日の護衛を承りました」


「ええ、ちょっと買い物があってたくさんお金を持っているの。お礼ははずむから守ってね」


「畏まりました」


 銀行を出たソフィアは迷わず魔道具店を目指す。

 数歩後ろについてくる護衛は自然な動きで周りに目を光らせていた。

 なんとなくではあるが、この人は信用できるとソフィアは思った。


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