17 四人での食事
情報過多で混乱する頭をソフィアはゆっくりと振った。
「言葉では理解できるのよ? 感情が追いついていないだけ。でも時間の巻き戻しを経験した私には、今の話の全ては真実だと思えるわ。それで? 私がキーマンだと言った理由を教えて頂ける?」
「ああそれは……」
丁度その時ドアがノックされロビンが顔を出した。
「ソフィア迎えに来たよ、食事の時間だ」
「ロビン? どうしてここに居るとわかったの?」
「君の護衛騎士さ、ワンダが迎えに来て連れ去ったと言っていた」
ワンダの顔を見ると、片方の口角を上げてアイロニカルな作り笑顔をしていた。
レオが助け舟をだす。
「悪かったなロビン。先日借りた資料でわからないところがあって説明を受けていた。食事の時間か? では私もブリジッドを迎えに行かねばな」
ロビンが困った顔で言う。
「ブリジッドなら自分の部屋に戻っているはずだよ。どうしてもソフィアと一緒に食事がしたいと駄々をこねてね。ソフィアに聞いてみると言ったらヘソを曲げちゃって。ソフィアさえ良ければ了承するつもりだけれど、兄上も一緒にどう?」
レオがワンダの顔を見て頷いた。
「ではそうしよう。お前の宮か? ワンダ、すまないが私の宮に今夜の食事は第三王子宮でとると伝えてきてくれ。ついでにブリジッドにもすぐ来るように伝えてほしい」
「畏まりました」
ワンダが出ていくと、ロビンが代わりに入ってきた。
「この前からやたらと一緒に居るねぇ。どんな仕事なの?」
レオが口を開く。
「辺境領で発生している自然災害のことは知っているだろう?」
頷くロビン。
「近々視察に行こうと思っている。あの土地に関する資料をソフィアから借りているのだが、学生時代のものらしく、わからないメモ書きが多くてね。それで来てもらっているのだよ」
「ああ、ソフィアはあの辺境伯領をテーマにしたのか。卒業年度の課題だろ? 僕は南リルーシェを選んだんだ」
確かにレオの言う通りだった。
王族も通うソフィアの母校では、最終学年の全員に課せられる研究課題があり、任意の土地を選んでその土地の特徴などを論文にするのだ。
人気なのはやはりリゾート地で、ロビンもそれを選んだのだろう。
「それにしてもソフィアは武骨な土地を選んだのだねぇ。何か理由があったの?」
「なかなか行くことのない場所なので、興味を持っただけですわ」
「へぇ、それが今になって役立っているってことか。ねえ兄上、僕の妻はすごいでしょ?」
レオが苦笑いを浮かべた。
「ああ、とても助かっているよ。だからお前には申し訳ないが、当分の間ソフィアを呼び出すことが多くなるが了承して欲しい」
ロビンがにっこりと頷いてから、ソフィアに手を差し出した。
「さあ聡明な僕の奥さん、食事に行こう。では兄上、先に行って待っているよ」
その時ブリジッドが部屋に入ってきた。
相変わらず目が痛くなるような真っ赤なドレスなのだが、今日は珍しくいつもの大きな石がぶら下がったネックレスはしていなかった。
「あなたも行くの? レオ」
「ああ、かわいい弟に誘ってもらったからな」
「そう。まあいいわ、行きましょう」
そう言うとブリジッドはさっさとロビンの腕をとった。
レオが注意しようとしたが、ソフィアがそれを止める。
「相談が……」
レオは頷き、二人が部屋を出るのを待ってから歩き出した。
「時間切れだったな」
「ええ、でもこれだけは確認しないといけません」
「懐妊のことか?」
「はい。私はどうすべきですか?」
少し考えてからレオが小さな声を出した。
「噓でも良いからロビンを喜ばせてやってくれ。それにその方が君も都合が良いだろう? いずれにしても避妊してくれてよかった。君が傷つくのはもう二度とごめんだ」
微妙な言い回しにソフィアの心臓が跳ねたが、ここは流すしかない。
レオはロビンとの共寝を断っていることをしっているのだとソフィアは思った。
「噓を吐くのは心苦しいですわね」
「優しい噓という言葉もある。そうしてやって欲しい」
「わかりました」
言葉の裏側を探りたいところではあるが、前を歩く二人に気づかれるわけにはいかない。
ソフィアはレオの腕に指先だけをのせて、静かに視線を正面に向けた。
あの二人はきっと愛し合っているのだろう。
ブリジッドの執着も凄まじいが、ロビンの態度は依存しているようにしか見えない。
なのになぜ自分にも愛しているようなそぶりを見せるのだろうか。
「隠すため?」
「ん? 何か言ったかな?」
第三王子宮の食事室に到着し、振り返ったロビンがそう声をかけてきた。
「ええ、お腹がすきました」
何を思ってブリジッドが自分と食事をしたいと言ったのかは不明だが、縦しんば何かを企んでいたのだとしても、レオがいる限り実行は不可能だろう。
それにしても、今夜の食事だけでも前回とは異なっているにも関わらず、結末を知るレオは動じていない。
これほど些末な事であれば、歴史は変わらないということなのだろうか。
そして四人での夕食が始まった。
「このスープ、とても美味しいわ」
ソフィアの声にブリジッドが反応する。
「そう? これならうちの宮の方が美味しいわよ」
レオが盛大な溜息を吐く。
「どちらも同じだ。本宮の調理場で作られたものが、それぞれの宮に配膳されるのだからな」
恥をかかされたと思ったブリジッドが、ものすごい形相でレオを睨んだ。
「おいおいブリジッド。そんな顔をしちゃ別嬪さんが台無しだよ? ねえソフィア?」
なんとも返事をし難いことを振ってくれるものだと思ったソフィアは、曖昧に微笑んでからあっさりと話題を変えた。
「そう言えば義姉さまは卒業年課題はどこを選ばれましたの?」
「何のこと?」
ロビンがわかりやすく丁寧に説明する。
「知らないわ。うちの家庭教師がやったから。特に何か言われたような記憶はないわね」
とんでもないことをシレッと口にしたブリジッドは、フォークを握ってステーキに突き刺した。
「なんだ、そうだったの? ブリジッドの課題って平均点より少し上ってくらいの点数だったじゃない。その家庭教師も手を抜いたのかな」
レオが応じる。
「学生だとこのくらいだろうと思ったのではないか?」
「兄上はどこを選んだの?」
「私はスローヌ山脈だ」
ロビンとソフィアが同時に驚いた顔をした。
「なんでまた……とんでもない場所を選んだねぇ」
「そうか? とても興味深い土地だと思うが?」
急にブリジッドがカトラリーを投げ捨てた。
「私にわかる話をしてちょうだい。レオはいつものことだけれど、ロビンはどうしちゃったの? ソフィアがいるから? なんだか冷たいわ」
妻帯している義弟に言う言葉ではないし、言うにしてもその妻の前ではご法度だろうという顔をその場にいる全員がした。
「あ……ああ、ごめん。君は学生時代からいろいろ忙しかったものね。そうだなぁ……ああ! ねえブリジッドは覚えている? 森の奥の湖でよく遊んだじゃない。最近はぜんぜん行っていないけれど、まだボートもあるのかな」
ソフィアの胸の奥がギシッと軋んだ。
あの場所は……。
「知らない。私も行っていないもの。ソフィアは行ったことがあるの?」
「……いいえ、ございませんわ」
「あらあら、とても素敵な場所なのよ? ロビンとよく一緒に遊んだ場所よ。今度一緒に行きましょうよ」
「ええ、そうですわね」
デザートが運ばれ、向かい側でレオが小さく合図のような視線を送った。
頷いたソフィア。
「ねえ、ロビン。わたしね、赤ちゃんを授かったみたいなの」
ロビンの目が一瞬で大きくなり、そしてその目から涙がポロポロと零れ落ちた。




