12 不思議な一日
「ありがたいお誘いではございますが、私は少々時間を過ごしすぎてしまいました。早くもどらねば文官たちが困りましょう。ここで失礼いたしますわ」
まだ何か言いたそうなロビンを残し、ソフィアはペコッと浅く頭を下げた。
「まあ!」
ブリジッドが怒りの声を上げたが、レオの言いつけであれば問題はない。
「何か?」
「いっ……いいえっ! 何でもないわ」
「ではこれで失礼いたします」
ソフィアは可能な限り速く足を動かした。
ここで気取られては水泡に帰すと分かってはいるが、あの二人が一緒に居るのを見るだけで怖気が走る。
ブリジッドを木に押し付けながら、ドレスの中を弄っていたあの鳶色の上着は、先ほど見たロビンのそれとは違っていた。
「上着なんていくらでも着替えられるものね」
心の中でロビンではないという思いと、やはりそうだったかという思いが鬩ぎ合っている。
「絶好のチャンスを逃がしてしまったし、魔道具もレオにとられちゃったし。これからどうすればいいのかしら」
執務室に戻ったソフィアは、書類を見ている振りをしながらずっと考え込んでいた。
最大の謎はレオだ。
なぜかレオだけが前世と違う行動を起こしている。
そしてその結果トレースが崩れ、それを必死で修正しているという状況なのだ。
「やはりレオにも記憶があるのかもしれないわ。確認した方がいい? でも協力してくれるとは限らないし」
はぁぁぁぁっと深い溜息を吐いた時、ドアがノックされてレオの侍従が入ってきた。
「ソフィア第三王子妃殿下、レオ第二王子殿下がお呼びです」
「わかりました。すぐに参ります」
文官たちに声をかけて執務室を出た。
先を歩くレオの侍従に言う。
「殿下の御用というのは本をお貸しすることなの。私の私室にあるから寄って下さる?」
侍従は頷いて二階への階段に向かった。
ソフィアの後ろに従っているのは彼女の専属護衛騎士だが、この男はあまり信用できない。
というのも、何度かブリジッドと一緒に林へ消えるのを見ているからだ。
まさか王宮の中で問題を起こすとは思えないが、ソフィアとしては第一級の警戒対象と言えた。
そして彼もまた銀髪でその瞳は黒に近い茶色だった。
「ここで待っていて頂戴」
ソフィアは自室に入り、念のために鍵をかけた。
クローゼットに入りデータストッカーを取り出す。
前回消したロビンと自分の淫らな映像が残っていないかを、念のために確認した。
「大丈夫ね」
ソフィアは立ち上がり、中をくり抜いた本を取り出してその中に納めた。
「それにしてもロビンはいつからブリジッドとそんな仲になったのかしら。私では満足できないってこと? 昨日だってあんなに……それで今日の昼間にブリジッドと? もしかして小説で読んだ絶倫という病気かしら」
絶倫が病気かどうかは別として、そろそろ行かねば侍従と護衛に怪しまれると立ち上がったソフィアがドアノブに手をかけた。
「ちょっと! どきなさいよ! 私は第二王子妃なのよ? 義妹の部屋に入れないってどういうことよ!」
ブリジッドの声だ。
前世ではこのようなことは無かったはずだが、これもレオの行動のせいだろうか。
いや、ブリジッドが不躾に部屋を訪れることは何度もあった。
だが、今回のこのタイミングではない。
それを言うなら、今日は全てが前回通りでは無いのだが。
「どうしましょう……」
困り果てたソフィアは、ドアに耳を当てて外の様子を窺った。
「そうは仰いましても、ソフィア妃殿下は公務中でございます」
「公務中ですって? さっきは庭で会ったし、ここは彼女の私室でしょう? どこが公務だと言うの!」
レオの侍従の落ち着いた声と、ブリジッドのヒステリックな声が入り乱れている。
己の主の妃が相手であるにもかかわらず、冷静に対処しているのは流石としか言いようがない。
しかしそろそろ限界だろう。
「どうしよう。出るべき?」
迷っていると、敵なのか味方なのかまだ決めかねている男の声がした。




