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1  青天の霹靂

「どういうこと?」


 見慣れた部屋の使い慣れたベッドで目覚めたソフィア・スターク伯爵令嬢は、蟀谷に指先を当ててそう呟いた。

 あの壁のシミには見覚えがある。

 間違いなくここは実家の自分の部屋だ。

 バルコニー下の石畳に叩きつけられた痛みは、リアルに覚えている。

 ソフィアはそっと折れたはずの自分の首に触れた。


「神様……」


 最後に見たのは焦った顔で手を伸ばす夫の顔だった。


「あの驚いた顔は見ものだったわよね……ふふふ、ざまあみろ」


 ソフィアは上半身だけ起こして、窓の外へ目をやった。

 遠くに見える塔の先端は、感覚的にはつい今しがたまでいた王城のそれだ。

 ソフィアは苦しかった三年を振り返った。

 

 ここマクウェル王国には三人の王子がいる。

 第一王子アランは婚姻と同時に立太子し、王太子妃とも良好な関係を築いていた。

 王太子より四つ年下の第二王子レオと、さらに二つ下の第三王子ロビンもよく兄を支えて民からも熱い支持を受けている。


 レオとロビンにはブリジッド・ドロウ侯爵令嬢という幼馴染がおり、同い年ということもあって第三王子のロビンと婚約していた。

 ロビンよりも二つ年下のソフィアに第二王子との婚約決定の知らせが届いたのは上級二年生になったばかりの頃だった。

 理由はただ一つで『入学から一度も首位を譲り渡すことが無い才媛』だ。

 愛を語ることも情熱的に接することもないが、ただ淡々と婚約者としての義務を果たす四つ上の第二王子レオに、ソフィアは愛情というより信頼に近い感情を持っていった。


「このまま穏やかな暮らしが続けばそれでいい」


 ソフィアはそう思っていた。

 しかし、それに待ったをかけたのはロビンの婚約者ブリジッドで、自分より年下で実家も格下の令嬢が義理とはいえ姉になるということに難色を示したのだ。

 ブリジッドの親であるドロウ侯爵は他国との貿易で莫大な財を成しており、その膨大な納税を考えると、王家としても無下にすることはできなかったのだろう。


「ブリジッド・ドロウの婚約者は第二王子レオとし、ソフィア・スタークの婚約者を第三王子ロビンとする」


 一方的な通達により、結婚相手が変わってしまったソフィアは、青天の霹靂とばかりに驚いたが何かを言えるような立場にはない。

 王命とあらば従うしかないのだ。

 現婚約者レオがどう思ったのかさえ聞けないままソフィアは手続きのために登城し、出迎えた第三王子ロビンは、満面の笑みを浮かべていた。


「やあ、君がソフィア嬢だね? 何度かレオ兄上と一緒に居るところを見かけたけれど、お話しするのは初めてだね。僕の妻となる人が、これほど美しいとは嬉しい誤算だよ。僕がいずれ臣下に下るというのは兄上と同じだ。君は学園一の才媛と聞いている。よろしく頼むよ」


 そう言ってソフィアの手を取り唇を寄せた。

 決められた日に、決められた時間だけ一緒にお茶を飲んだ記憶しかない元婚約者のレオとの交流にはない経験だった。


「こちらこそ、どうぞよろしくお導き下さいませ」


 結婚式はソフィアの卒業の翌年に執り行われることになり、学業と王子妃教育を両立させながら、ソフィアの日々は残された二年を追われるように過ごしていた。

 そんなある日の定例茶会の席に、いきなりやってきたブリジッドが楽しそうに言った。


「どうせ結婚するなら一緒にしましょうよ。その方が華やかになるし楽しそうだわ」


 後ろで見ているだけの第二王子は何も言わず、ソフィアの夫となる第三王子は賛成した。

 そんなレオを見てソフィアは『相変わらずだな』とだけ思った。


「お任せいたします」


 頭脳明晰だという理由で選ばれただけの伯爵令嬢としては、そう答えるしかない。

 予定より一年も早まった婚姻式に、ソフィアの両親は機嫌を悪くしたが、王家の決定とあれば従うしかなかった。


「あなたのせいで早まったのだから、それほどの準備は無理よ」


 そう言い放ったのは義母だ。

 彼女はソフィアの母亡き後この家に嫁いできた子爵令嬢で、その時すでにソフィアの父親の子を身籠っていた。

 そして男児が生まれ跡継ぎを得た父親は、ソフィアに対し無関心になっていった。


「まあ良くある話よ。居づらいなら寮に入れば?」


 そう言ってくれた友人もいたが、世間体が悪いという理由でその案は却下され、卒業するまで肩身の狭い思いをしながら実家で暮らすしかなかったのだ。

 特に何かをされるわけではないが、特に何かをしてもらえるわけでもない。


「あなたに掛けるお金はないわ」


 それが義母の口癖で、自分が産んだ子供のものになる財産を、前妻の子供に使うなどとんでもないと考えている。

 その強い意思を感じたソフィアは、無駄な波風を立てるよりも、諦めることを選んだ。


 自室で過ごす以外ないソフィアにできることと言えば勉強くらいだ。

 その結果が学年一位のキープに繋がり、それが目に留まり王家が放った白羽の矢が命中したというのだから、人生何がどう転ぶかわからない。


「でもこの国の政治に少しでも関われるのは嬉しいことだわ」


 そう考えたソフィアはより一層の努力を重ねていく。

 愛や恋には無縁のままで生きてきたソフィアにとって、政略結婚でも不満は無かった。

 そして迎えた結婚式当日、宝石が散りばめられた豪華なウェディングドレスを纏ったブリジッドの横で、シンプルなドレスのソフィアは惨めな思いをすることになる。

 しかし、夫となるロビンはまったく気にすることもなく、むしろ上品だと褒めてくれた。

 その言葉をきっかけに、ソフィアはロビンに心を開いていく。

 近い将来に起こる出来事を知る由もないソフィアは、第三王子とともに輝くような笑顔で婚姻パレードの馬車に乗って手を振ったのだった。


「まさか時間が巻き戻るとはね……」


 ソフィアはそう呟くと、急いでベッドから降りて手早く着替えを始めた。

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