第6部: 光の制御技術の導入
これまでエリディアンは、自分たちの感覚と自然に調和した独自のコミュニケーション方法を用いてきましが、人類との交流が進む中で、新たな可能性が見えてきました。いよいよ探査チームがエリディアンに初めて「人工的な道具」を提供する挑戦に踏み出します。この装置が、エリディアンと人類の関係をどのように変化させていくのか、一緒に見守っていただければと思います。
エンデュランス2号のラボにて、探査チームが新たな技術開発に向けた議論を進めていた。エリディアンたちの振動制御能力を観察していたジョアンが、スクリーンに映し出されたデータを指差して口を開いた。
「この振動パターン、すごく精密なのに、彼らは自分たちだけの感覚で共有しているのよね」ジョアンが感嘆の表情を浮かべる。「でも、もしこれをもっと広範囲に、さらに正確に伝えられるようにしたら、エリディアンの可能性が飛躍的に広がると思わない?」
「どういう意味だ?」ダニエル・ハワードが腕を組みながら尋ねた。彼は探査船の技術責任者であり、これまでエリディアンとの交流を効率化する装置の設計に携わってきた。
「振動を光に変換する装置を作れないかってこと」ジョアンが答える。「例えば、振動の周波数やパターンを、光の明滅や色の変化として表現できる装置があれば、エリディアンたちが新しい形で互いに意思疎通できるだけでなく、私たち人類にも彼らの意図をもっと正確に伝えられるようになるわ」
ダニエルは少し驚いた顔をしたが、次第に興味深げな表情に変わった。「なるほど、それなら彼らの振動データをセンサーで捉えて、発光装置にフィードバックする仕組みを組み込めば可能かもしれない」
「でも、タイタンの液体メタンの中で光を使うことには問題があるかもしれない」イーサンが口を挟んだ。「液体メタンは透明度があまり高くないし、不純物の影響で光が散乱や吸収される可能性が高い。特に短波長の光、たとえば青や紫はかなり影響を受けやすいだろう」
「それなら、赤外線や長波長の光を使うことを考えるべきね」ジョアンが即座に応じる。「赤外線なら散乱が少なく、メタンの中でも比較的遠くまで届くはず。もちろん、それでも完全な透明度は期待できないけれど、少なくとも現状よりは広範囲での伝達が可能になる」
「それと、光をどう制御するかも課題だ」ダニエルが言葉を引き継ぐ。「方向性や強度をどうやって調整するか、装置の設計に反映しなければならない。発光素子とレンズシステムを組み合わせることで、この問題に対処できるかもしれない」
「なるほど。液体メタンという環境は確かに制約が多いけれど、その中でも使える波長や光の挙動を見極めれば、装置の効率を最大化できる」ジョアンがうなずいた。「これを考慮した設計にしましょう」
「しかも、それが初めての『道具』になる」ジョアンが強調した。「今まで彼らは自然に頼ってきたけど、こうした人工物が彼らの進化や社会にどんな影響を与えるか、私たちも観察してみたい」
「確かに、それは彼らの歴史的な転換点になるだろうな」ダニエルは顎に手を当てて考え込んだ。「装置の具体的な設計案はあるのか?」
「私がいくつかのアイデアをまとめてみたわ」ジョアンがモニターに投影した。そこには、透明な球体内部に配置された発光ポイントや、センサーが組み込まれた試作品のスケッチが表示された。「これなら船内で持てるリソースを使って作れると思う」
ダニエルはしばらく画面を見つめてから頷いた。「いいだろう。3Dプリンターと手持ちのセンサーで試作品を作ってみよう。ジョアン、設計の細部を詰めるのを手伝ってくれ。俺はエリディアンがどう反応するかを予測して、装置がどれだけ調整可能かを確認する」
「任せて」ジョアンは微笑みながら答えた。「これが彼らの未来を変える第一歩になるかもしれないわ」
ジョアンの日誌(第248日)
今日は、とても意義深い一日だった。私が提案した振動を光に変換する装置のアイデアが、みんなにすんなりと受け入れられた。こんなにスムーズに進むとは思っていなかったから、正直少し驚いている。
この装置が実現する可能性を考えていると、さまざまなアイデアが浮かんでくる。
『光による多次元的コミュニケーションの可能性』
エリディアンが一次元の音波を複数の位相で重ねることで多次元的な情報伝達を実現しているのは観察済みだ。だが、光という二次元、あるいは三次元的な媒体を導入することで、情報の密度と多様性が飛躍的に向上する可能性がある。
この装置がもたらす影響は、単なる技術革新にとどまらず、彼らの文化や価値観そのものを再定義する可能性を秘めている。例えば、光を使った表現が新しいアートや記録手段として受け入れられることで、個体間の共有意識がより多層的かつ高度なものへと進化するかもしれない。
私は、この装置を通じてエリディアンがこれまで意識していなかった広範なコミュニケーションの可能性に気づき、新たな技術や社会的な挑戦を見出すことを期待している。装置が単なる道具ではなく、彼らの進化の触媒となる可能性を考えると、試作段階でのエリディアンの反応は重要なデータとなるだろう。これを基に装置を改良し、より効果的な設計を目指す必要がある。
この技術が、彼らのコミュニケーションの幅を広げるだけでなく、未知の領域への新たな挑戦を引き出すきっかけになることを期待している。
私は彼らがこの装置を使って、どんな未来を切り開くのかを見たい。そしてその未来が、人類とエリディアンの絆をさらに深めるものになることを願っている。
エリディアンが初めて手にする「道具」としての装置が、彼らの文化や社会にどのような影響を与えるのか。それは単なる技術の進化にとどまらず、深い文化的変革をもたらす可能性を秘めています。ここではその第一歩が描かれました。次章では、装置を手にしたエリディアンがどのように新たな可能性を切り開くのか、その姿をさらに深く探っていきます。引き続きご期待ください。