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異世界恋愛

美人の姉と町を歩いていたら公開プロポーズが始まった。私? 私は太眉たぬき顔の妹ですが、あれ……何か様子がおかしい?

作者: 久藤ナツメ

本作は、『水曜日のお客様 〜明るい花屋が寡黙な門衛に恋するお話〜』(https://ncode.syosetu.com/n1122id/)という物語の番外編です。


前作は姉が主人公、本作は妹が主人公です。このお話だけ読んでも楽しんでもらえるように書きましたが、両方合わせて読んでいただけると、城下町の雰囲気などもさらに増すかと思います。


*ご注意* 時系列的にはこちらのお話の方が過去編になるのですが、最後に前作のネタバレが含まれます。



「お嬢さん!! 僕と結婚してください!!!」

「……は??」


 白昼堂々、大通りの真ん中で突如開始された公開プロポーズ。町の人たちの興味津々といった視線がいっせいに集まった。


 そこには、キャシーとその姉フローラの二人がびっくりして立っており、彼女たちの前には立派な身なりの男が(ひざまず)いている。二人の姉妹は、唖然とした顔を見合わせた。




* * * * *




 ここは王都から離れた辺境の小さな城下町。


 規模は小さい町だが、新しい領主がさまざまな交易や商いを奨励しており、遠方からも新しい商売を試したい商人や職人が集まり始め、町はとても活気に溢れている。


 その日、キャシーは姉のフローラを誘って来週にせまった母親の誕生日プレゼントを選びに、町の大通りに買い物に来ていた。




 今日も姉のフローラは、町の人たちに大人気。

 フローラは城の西門近くにある小さな花屋を営んでいて、町一番の美人である。だけど、気取ったところは全くなく、明るく気さくで誰とでも仲がいい。華やかな彼女が歩けば多くの人が振り返る。挨拶の声が飛び交って、自然と賑やかな輪ができていく。


 妹のキャシーはそんな姉の明るい輪には入らずに、姉のついでに自分にも声をかける人たちに、軽く会釈をする程度。


 キャシーはフローラの二つ年下だ。顔立ちは姉と全く似ておらず、太い眉毛にたぬき顔で野暮ったい。姉と同じく顔に散らばったそばかすも、姉はチャームポイントになっているのに、キャシーの方はイマイチな印象に拍車をかけるばかり。


「母さんに似て、なんてかわいらしいんだ!」と二人娘を溺愛する美形の父親はいつも言ってくれるけど、一般的にどうかくらいはキャシーにもわかる。ちなみに姉は、父親似だ。


 そして母親の遺伝であろう愛嬌も、どうやら姉にいったらしい。人当たりの良い姉と比べ、キャシーの物言いははっきりしていて、人によっては怖い印象をもたれることもしばしばある。


 明るく美人で気さくな姉と、野暮ったいたぬき顔で気の強い妹。

 そんな正反対の二人だったが、意外と仲は良かった。



 キャシーは幼い頃から人気者の姉がとても自慢だった。自分がキツイ物言いをしてしまいがちな分、彼女の柔らかな空気に触れると、少しは自分も優しくなれるような気がして心地よかった。


 今日も今日とて、町の人に囲まれていく姉を、誇らしげに少し離れて眺めている。


(ふん、お姉ちゃんたら、今日も一段と人気者ね。わかる……わかるわ! 今日のお姉ちゃんも完璧にキレイだもの。本当は二人でもっと話したいけど、お姉ちゃんは人気者だし仕方ないわ。どうせ、この後も一緒に買い物するんだし、有象無象が群がるくらい、ちょっと多めに見てやるわよ)


 キャシーはそんな気持ちを顔や言葉には出さなかったので、周囲の人には愛想の悪いキツイ妹、としか認識されていない。


 キャシーは別にそれでもいい。

 なぜなら姉のフローラが、時々うれしそうにこっちを振り向き笑ってくれるから。


(我が姉ながらやっぱりかわいいわね。あれで中身もちゃんと女の子らしかったら、王都の社交界でも多くの人を虜にして、一世風靡しただろうな。ああ、でもそんなことになって王都に行ってしまったら寂しいから、やっぱりあの恋愛ポンコツの姉でちょうどいいんだわ)



 そして姉のフローラも、とても頼りになる妹のことが好きだった。自分の意見を物おじせずにはっきり主張する妹が格好いいと思っている。厳しい物言いが多いけど、真っ当で正しくて、とても優しいステキな妹。


 幼い頃、フローラは珍しい花を見たくて勝手に遠出することが度々あった。その度に両親に叱られて、晩ご飯抜きになった時、キャシーはいつも夕飯のパンをこっそり残して持ってきてくれた。メソメソと泣きながらパンをかじるフローラに向かって、呆れた顔で小言を言いながらもキャシーはいつも側にきてくれた。まるで私が妹みたいだと、フローラは時々そう思う。


 フローラは、幼い頃から花や植物が大好きだった。植物の知識をあっという間に蓄えて、すでに独立して一人で花屋を切り盛りしている。周りの人にはしっかり者と思われているが、ただ植物や花が好きなだけで、あんまり他のことに気が回らないのは、身近にいるキャシーにはよくわかっていた。恋愛ごとなど見事にポンコツで、いまだに見合った恋人もいない。


 姉は目の前の植物たちに夢中になって、いつもどこか抜けている。妹のキャシーの方がよっぽどしっかり者だった。


 それでも自分の好きな世界をしっかり持った姉のことが、キャシーはやっぱりとても好きだった。礼儀作法をちゃんと習えば、王都の貴族家にだって奉公に出てもおかしくない美貌。だけど、絶対にそうはならないだろうとキャシーをはじめ、家族はみんな分かっていた。草花を何より愛し、土にまみれて力仕事をしている時が、フローラは一番いきいきしていたから。


 キャシーはフローラのように、これと強く興味を惹かれるものはなかったが、働ける年齢になってからは町の北通りにある鉱石卸屋に勤めていて、雑務全般を担っている。キャシーは几帳面な性格で、それが細かな雑務の多い卸屋の裏方にはピッタリだった。人に気を配ることも多く、小さな約束であっても(たが)えることは決してない。荒い言動の多い鉱夫たち相手にも、臆することなく対応できる。愛嬌があって可愛がられるタイプではないが、なんだかんだと店主や鉱夫たちに頼られていた。


 フローラは家を出て一人暮らし、キャシーは実家で家事の手伝いもしながら両親と暮らしている。お互いの趣味や好みはまるで違うので、あんまり二人で出かけるということはなかったけれど、今日みたいに家族のお祝いや季節行事なんかには、時々一緒に出かけていた。



 キャシーとフローラは、いくつも町の雑貨屋や服屋をのぞいては、ああだこうだと、プレゼントを選んでいく。


「やっぱりお母さんの好きなウサギモチーフの小物がいいかなあ」

「お姉ちゃん、これどう? ウサギ柄のカバン」

「わあ、ステキ。あっ、これもしかして」


 見本に置いてあったニンジンをウサギカバンに入れてやると、ウサギの絵柄は布の中でピョンっと飛び跳ねてみせた。


「「かっ、かわいい〜〜」」


 二人で顔を見合わせる。


「うわー、どうしよう、最初に見つけた髪飾りと迷うなあ。髪飾りのウサギが月光を浴びてキラキラ光をこぼすのもステキだったし……うう、迷うなあ、キャシーはどう思う?」

「カバンの方がいつも目にできるし、いいんじゃない?」

「そっか! そうだね。髪飾りだと自分じゃ見えないものね」

「それに、アクセサリーはお父さんが買うと思う」

「あはは、確かに。うん、ウサギのカバンにしよう!」


 魔法雑貨は値段もそこそこするけれど、二人で出せば大丈夫。

 最近、城下町の商店には、珍しい品がたくさん並んでいる。少し前まで辺境の町では見たこともなかったような魔法を織り込んだ不思議な商品も、ちょっと奮発すれば町の娘二人で買えるような金額で売られ始めている。


 会計を済ませて、二人はいいものが買えたとほくほく顔で店を出た。


「お菓子はひとつ前に見た、花火飴にしよっか。最近王都で流行ってるってやつ」

「うんうん、お母さん珍しいもの好きだもんね」

「あとさ、お姉ちゃん、誕生日ブーケも作って欲しい。ちゃんとお代は割り勘で払うから金額教えてね」

「あはは、律儀〜。別に代金はいいのに」

「そこはちゃんとしてよ」

「わかった。ありがとう、キャシー」


 そう言って美人の姉は、とびきりの笑顔をキャシーに向ける。


(ふふん、ほら、やっぱりかわいいわね!)


 そうやってようやくプレゼントも決まり、のんびりお茶でもしようかという時。


 話は冒頭に戻り、例の男がいきなり公開プロポーズなんかをしてきたわけだ。



* * * * *



(久しぶりにお姉ちゃんと二人で出かけて、すっごく楽しい気分だったのに!)


 それを急に邪魔してきた男。しかも、こんな人通りの多い往来でいきなりプロポーズだなんて。

 姉の反応を見たところ、おそらく初対面だろう。非常識にも程がある。


 キャシーはムッと腹を立て、目の前に(ひざまず)いて頭を下げた男を睨みつけた。


(全く、あんまり美人なのも困りものね。さっさと追い返してやらなくちゃ。お姉ちゃんったらのんびり優しいものだから、万が一とは思うけど、うっかりすると非常識男と付き合ったりしかねない! 私が撃退してやるわ!)



 キャシーがそう意気込んでいたところ、先に口を開いたのはフローラだった。


「あのー、どちら様でしょうか……」


 恐る恐ると言ったふうにフローラが問いかけると、男はパッと顔を上げ爽やかな笑みを浮かべ、立ち上がった。


「いきなりで大変申し訳ありません。私は、王都本店ダズ・リクヴィール商会のウォレス・クラインと申します。今日はこちらの町へ仕事で来たのですが、あなたをひと目見てビビッと来ましたので、お声をかけさせていただきました。一目惚れです! どうか僕と結婚してください!!」


 気取ったセリフ回しに芝居がかった仕草だが、それを補って余りある整った顔立ちで、男の姿は様になった。事実、周りで見ている人垣から、ほうっと、見とれるようなため息がいくつも聞こえる。


(ふうん、王都の商人ってことね。どおりで、声の調子もいいわね。まあ、キザったらしいことこの上ないわ)


 キャシーは顔を上げた男を、睨みつけるように改めて眺める。


 サラサラと長い銀色の髪を軽く後ろでひとつに結び、エメラルドのような深い緑の瞳に、すらりとした背格好。この町では滅多に見ない上等で垢抜けた服。さすが王都からやってきた、上流階級向けの商人、といった風情である。


「そうですか、それで……」


 戸惑いながらも返事をするフローラの服の裾を、キャシーがぐいっと引っ張った。


「ちょっとっ、お姉ちゃん!」

「あ、うん」


 二人で後ろを向いて、コソコソ話。


「何、会話しようとしてるの。知らない人なんでしょ?」

「うん、知らない人だわ。キャシーもだよね?」

「知らないわよ。ていうか、こんな往来でいきなりプロポーズしてくるなんて変な人でしょ。相手しないで早く行こ」

「え、でも」

「でも、って……何?」


 とどまろうとする意外な姉の反応に、キャシーは訝しんだ。

 姉は人当たりはいいけれど、怪しい人に対応するほどお人好しではないはず。


「まさか、お姉ちゃん、この人タイプなの?」

「えっ、いやっ、違う違う! そうじゃなくて……」

「もうっ、いいよ、私が言うから」


 キャシーは爽やかな笑みを浮かべたままの男にドン! と向き合った。


(なによ、無駄に顔がいいわね……)


 そして真っ直ぐ立った姿勢もいい。上品で、きちんと整った身なり。身なりはいいが、身につけているのは嫌味にならない程度に上質なもの。商会所属と名乗っていたから、彼は商人だ。さすが、人にどう見られるか計算したような見事な風貌である。


 しかし見た目がいいからといって、いきなり初対面の往来で、結婚を申し込むようなふざけた男に大事な姉を渡すわけにはいかない。


 周りの野次馬たちが、ざわざわと囁く。

「たぬき娘と美形の商人の決闘だ」「どっちが勝つかな」「やっぱ気ぃ強いキャシーじゃね?」


(ふん、負けないわよ!)


 キャシーは決意を新たにし、男に向き合うとはっきりとこう告げた。


「どちら様か存じませんけど、初対面で結婚を申し込むなんて非常識ね。そんなお気持ちに答える義理はございません」


 男はニコニコと爽やかに笑ったまま。対するキャシーは、仏頂面で向かい合う。


(美人の優しい姉に応対してもらえるとでも思ったら大間違いよ。でも、さすがに商人ね。たぬき顔の妹が出てきても、嫌な顔ひとつしないのね)


「先ほど名乗りましたよ」

「まあ、一度きりで覚えてもらおうなんて、それも失礼じゃないですか」

「これは申し訳ございません。何度でも申し上げますよ、ダズ・リクヴィー……」

「王都本店ダズ・リクヴィール商会の、ウォレス・クライン様。覚えられないわけじゃありません。あなたは商人なんでしょう? そんなことで信用されるとでも?」

「これは大変失礼しました。確かに商売だって、何事も信用ですからね。いやあ、しっかりされているな。これはますますいい」


 値踏みされているような言葉に、キャシーはさらに苛立った。


「まるで商品を選ぶような言い方ね。第一、見かけただけでプロポーズだなんて、王都の商人様は見た目だけで商売をされているのかしら」

「おっと、お気にさわりましたか。言葉足らずで申し訳ない」

「しかもこんな往来で、一体どういうつもりなの」

「ははは、あんまりお美しいから、つい、思わず。見た目だけじゃないですが、やっぱり一目惚れってやつですよ」


 こんなに爽やかに、なんでもないような口調で「一目惚れだ」なんて言う人がいるだろうか。

 どうも全体的に胡散くさい。


「あり得ない。軽薄にも程があるわ」


 仁王立ちのたぬき娘はニコリともせず、すらりと立った美しい商人は終始ニコニコと、向き合ったまま火花を散らす。町の人も、フローラも、どうなることかとハラハラ見ていた。


「とにかく、こんないい加減な顔と調子のいいだけの人に、ウチの姉はもったいないわ。お引き取りください」


「いやあ、」




 商人らしく流暢に話し続けていたウォレスの言葉が止まり、




「あ…………――? ん? うんん???」




 整った笑顔に初めて別のものが混じる。驚いたような、戸惑うような表情だ。


 そういえば姉は、「キャシー! キャシー!」と小声で何事か伝えようと後ろでわたわたしている。さっきからなんだと言うのだろう。


「話はこれで終わりです。さ、行こう、お姉ちゃん」

「キャシー、待って、この人……」

「何よ、さっきから」


 立ち去ろうと背を向けたキャシーとフローラが言い合っていると、ウォレスが低くつぶやいた。


「お嬢さん、」


 調子の変わった声に、キャシーも少し驚いて思わずまた振り向いてしまう。

 ウォレスは、困ったように銀色の髪を片手でかき混ぜた。計算されたような髪型が、くしゃりと少し崩れていく。


「君は、どうも勘違いをしている」

「はい?」

「うーん、これは僕の失態だな。なんでこんなに伝わってないんだ……」

「何、なんなの、もう話は終わりって言ったわよ」


 それまで商談のように流暢な物言いをしていたウォレスは、気取った言い方をすっかりやめてしまった。そしてキャシーの方をしっかりと見て、ボソリと言った。



「僕がプロポーズしてるのは、君だよ」



「は、い?」



 キャシーは何を言われたか一瞬わからず、ポカンとして、思わず姉のフローラの方を見る。

 フローラは、ブンブンと大きく首を縦に振って、「そうだそうだ」と伝えてくる。



「え……、は……わ、私?」



 急に慌て出したキャシーを見て、ウォレスは呆れたように笑って言う。


「ははっ、なんでそんな意外そうな顔を」

「え、だって、」


 隣にはキラキラ輝く美人の姉のフローラがいる。もちろん目に入っていないわけがない。

 なのに、太眉たぬき顔の自分に一目惚れなんて、どう考えてもあり得ない。


「え、一目惚れって、お姉ちゃんじゃなくて? は……? 私?」

「そう、君だよ。ああ、名前を先に聞けばよかった。そうすれば君の名前を呼んでプロポーズして、君にこんな勘違いをさせることもなかったのに。そうだ! 今からでももう一度」

「ちょっ、やめてよ、何、恥ずかしいこと言ってるの」


 町の人たちの視線が痛い。

 往来の人がどうなることかと興味津々で、こちらを見ている。


 普段、大勢に注目されることに慣れていないキャシーは居た堪れなくて穴があったら入りたかった。

 目の前にいるウォレスは、そんなことも意に介さずといったふうに熱い目でキャシーを見つめている。


「や、なんで、でも、だって、お姉ちゃんいるでしょ? 絶対断然美人だし、私に一目惚れなんておかしいって」

「何言ってるんだ、全然おかしくない」


 姉のフローラが、うれしそうにブンブンと首を縦に振りまくっている。

 なんだ、この「全力で同意!」みたいな連帯感は……ていうか。


「お姉ちゃん、気付いてたの?」

「気付いてたも何も、この人、キャシーのことしか見てなかったじゃない」

「ええ……うそぉ、言ってよ……」

「言おうとしたんだけど、口挟むタイミングなくて……ていうかちょっと牽制されてたっていうか……あっ、ううんっ、きっとご本人がちゃんと仰るかなあって」


 あはは、と取り繕って笑うフローラに、ウォレスはさっきみたいに爽やかな営業スマイルの笑みを向ける。


「ははは、お義姉様、ご配慮どうも」

「あはは、いえいえ〜、まだ()()()()ではないですけどね〜」


 ウォレスとフローラは、にっこり大人の会釈を交わす。何だこれ。

 そしてウォレスは再びキャシーの方を向く。


「まあ、お義姉さんのように美しい方、そりゃあ目を引くさ」

「じゃあ、なんで私?」


「二人で買い物している会話が聞こえたんだ。姉妹だって、すぐにわかった。そして、あんなに美人な姉の隣で、卑屈でもなく、素直に真っ直ぐ仲良しでいる君が、あまりにも眩しくて」


「へっ……? それだけ?」

「理由にしては十分だろう?」


 キャシーは意味がわからなくてポカンとしているし、ウォレスはどうだと言わんばかり。


「それは、別に……普通じゃない? お姉ちゃん、見た目は超絶美人だけどなんか抜けてるし、実際かわいいし……」

(うらや)ましいとは思わない?」

「そりゃあ、まあ、思ったことはあるけど。でも、お姉ちゃんはお姉ちゃんだし、ないものにこだわってても仕方ないっていうか」

(ねた)んだりとか?」

「それはないわ、ずっと自慢の姉だもの。あっ、でも美人の姉に可愛がられてる優越感はあるけど」


 ウォレスは、ほら! というように両手を広げて見せる。


「そういうところだ。そんなふうに思える人は、君が思うよりずっと少ない」


 ウォレスの爽やかな笑顔は変わらないが、今まで以上にずっと真面目な瞳でキャシーを見つめていた。


「僕は商人だから、価値の見極めには自信がある。お義姉さんと話している君を見て、これは二度と出会えない貴重な人だと直感した」

「ちょっと、私、そんなに特別なものじゃないわよ」

「他の人にはそうかもしれない。それならそれでもいいんだよ。でも、僕にとっては特別だ」

「ええ……、全然分からないわ」

「僕の見る目は間違ってない。君は僕にとって値千金、ここで手に入れないと一生後悔する」


 ウォレスはひとつ深呼吸して、ニコリと笑う。


「だから、求婚したんだ。君はさっき軽薄と言ったけど、死ぬほど緊張したんだよ」

「……全然そうは見えなかった。すっかり涼しい顔をしてるじゃない?」

「商人の悪い癖だな。冷や汗ダラダラでも、相手に気取らせないポーカーフェイスの笑顔が染み付いてるからね。だけど、今までのどんな大取引でも、こんなに緊張はしなかった」

「そうなの?」

「そうだよ。ちなみに今も、めちゃくちゃ必死だから。自分でもびっくりするほど、必死に口説いてる」

「全然、そんなふうには……」


 言いかけてキャシーは言葉を止めた。

 自信たっぷりで飄々として見えたウォレスの手は、よく見ないとわからないくらいだったけど、確かに少し震えている。


「えっ、本当に緊張しているの?」


 ウォレスは、自分でも手が震えていると知っていたのか、それに気付かれてバツが悪そうに不器用に笑ってみせた。その一瞬だけ見えた表情に爽やかな商人の笑顔はなく、そこにはただ自分に気持ちを向ける男の顔だけがあった。


「……ごめん、格好悪くて」


 その顔を見た時、キャシーの胸には今まで感じたことのないような、ぎゅうっと締め付けられるような、浮き上がってしまいそうな、不思議な感覚が広がった。


「……ウォレス、さん」

「はいっ!?」


 キャシーが名前を呼びかけると、ウォレスはびっくりしたように返事をした。


「私、あなたのこと、誤解してたわね」


 ウォレスはごくりと息を詰めて次の言葉を待つ。


「軽薄って言ったのはごめんなさい。そうじゃないってわかったから、謝るわ」

「じゃあ、僕と結婚……!」

「しません! どうしてそういきなりなの? まずは互いのことをちゃんと知ってからでしょう? 家同士のこととかもあるし……」

「あ……じゃあ、僕と付き合ってくれる、とか?」

「まあ、とりあえずあなたのことをもう少し知ってみてもいいかな、って」

「ほんとに!?」


 またしても結婚と言い出しそうなウォレスの勢いに、キャシーは思わず言い返す。


「でもっ、まだっ、私、好きとか、そう言った気持ちは分からないわよ」


 そもそも男の人とのお付き合いなど、キャシーは今まで経験がない。こんな勢いみたいな感じで、付き合い始めていいのかよくわからない。


「大丈夫! 絶対、好きにさせてみせるから!」

「ちょっと、そういう、なんか、こう、恥ずかしい言い方やめてってば!」

「ごめんごめん。そうだ、名前を教えてくれるかい?」

「え、もう散々後ろでお姉ちゃんが言ってたよね?」

「君から、直接聞きたいんだ」

「……キャシー、よ」


 ウォレスはぱあっとうれしそうに顔を輝かせると、キャシーの手をとり、しっかりと目を見つめてきた。


「キャシー、もう一つ言いたいことが」

「まっ、まだ何か?」


 間近で見るとウォレスの端正な顔立ちが眩しすぎる。美人の姉に慣れているとはいえ、それとはまた違う破壊力にキャシーは思わず後退り。手はしっかり握られたままで、そこまで距離は開けられなかった。


「多分、分かってないと思うから言うけど、中身もいいなと思ったのもあるけど、見た目もめちゃくちゃ好みだから。ど真ん中。すっごくかわいい。世界一かわいい」

「は……? え……」

「あっ、そうか、見た目だけで決めるなって言われたんだっけ。いや、もういいや。あー、もう、キャシー、話してみてもっと好きになったよ。世界一かわいい、大好きだ!」


 あまりにもストレートな好意の言葉に、キャシーはパッと顔を赤らめかけたものの、ここが往来のど真ん中だと思い出して、むしろ血の気が引いた。


 ハッと周りを見ると、大勢の人たちが拍手喝采のタイミングはいつかと、ニコニコとこちらを伺っている。いつの間にやってきたのか、仕事で付き合いのあるいかつい鉱夫たちも集まっていて、ソワソワとうれしそうにこちらを見ているではないか。


(うわあああああああ、は、恥ずかしすぎる……消えたいいいい)


「あの、もう、いいから。その辺で、」

「伝わった?」

「もう、十分よ!」

「では、キャシー、僕と結婚してください!」

「それはまだです!」


 バレたか、というようにウォレスはイタズラっぽく笑う。


「まだ、ね。うん、まだ。よし、今はそれで十分だ。結婚を前提としたお付き合い、ってことで」

「ああ! もう! それでいいわよ!」


 早く話を終わらせたくて、キャシーが思わずそう返事をすると、ウォレスはふわりとキャシーを持ち上げて、くるくるとうれしそうに回り出した。


「ッッやったーーーーーー! 絶対、幸せにする!」

「うわあああああ、降ろしてええええ」


 周りからは待ってましたと大歓声と大きな拍手が巻き起こり、キャシーの悲鳴は、喧騒にかき消されてしまう。


 ひとしきりぐるぐると回転した後、そっと地面に降ろされる。

 もうこれ以上の恥ずかしい思いはしたくないと、キャシーはウォレスを睨みつけた。ウォレスは全く悪びれもせず、また爽やかな笑顔を浮かべてくる。


「ごめんごめん、あんまりうれしくて思わず。それに他の男に獲られたくなくて、つい。見せつけておきたくて」

「そんな人いないわよ」

「こんなにかわいい人なのに? ああっ、できれば今日、僕の家に連れて帰りたい!」


「ひぇっ……」


 本当にこのまま連れ去らわれるかという勢いに、思わずキャシーが(ひる)んでいると、すかさずフローラが口を挟んだ。


「あのー」


 フローラは、にっこり笑って釘を刺す。


「ウチの大事な妹とお付き合いをされるなら、十分、()()()()()()、お付き合いをなさってくださいねぇ」

「あっ、はい、申し訳ありません……お義姉様…………」

()()()()、です」

「はい…………フローラさん」


 美人の本気笑顔は、ものすごい迫力だった。




* * * * *



     * * * * *



         * * * * *




「……みたいなことも、あったねえ」

 

 ほわあっと回想にふけっていたウォレスに、身支度を終えたキャシーがきびきびと声をかける。


「ちょっと、そろそろ急いでよ。今日はお姉ちゃんの結婚祝いの会食なんだから、あんまり時間ギリギリにしたくないの」


 ごめんごめんと、ウォレスは慌てて支度をするそぶりを見せる。本当は準備はほとんどできているが、久しぶりに姉に会えるのが楽しみでソワソワしているキャシーが可愛らしくて、なんでも言うことを聞いてやりたくなる。




 キャシーとウォレスは、去年の春に結婚した。


 付き合い始めて半年もかからなかった。ウォレスが毎日のようにキャシーにプロポーズしてくるので、早々にキャシーが根をあげたのだ。ウォレスはプロポーズの度に、フローラの花屋で花束を買うことも忘れず、キャシーはそういうところも抜け目ないなと呆れていた。そして結婚した今でも、ウォレスは毎週欠かさずキャシーに花束を贈ってくれる。


 キャシーは結婚すると同時に、惜しまれながらも勤めていた鉱石卸屋を辞め、今はウォレスの商売を手伝っている。


 ウォレスは王都の商会からのれん分けをしてもらい、この城下町に移り住んで支店を構えていた。新しもの好きの領主にもいつの間にかうまく取り入って、いくつか新しい事業も始めている。キャシーの元職場の鉱石卸屋とも連携し、商売をうまく進めていた。


 ウォレスはプロポーズの時には言わなかったが、実はこれも見込んだ通り、キャシーの仕事ぶりは堅実そのもので、時に勢いで進めていくウォレスの商売を、うまく裏で支えてくれた。それに彼女の仕事ぶりを知っている町の人たちも大勢いたので、この城下町では新参の商会であったものの、町での信頼を得るのも早かった。


 商売は順調だ。夫婦仲も変わらない。

 傍目には、不思議な夫婦に見えるだろうか。

 美形でスマートな夫が、たぬき顔で気の強い妻を溺愛する光景は、公開プロポーズで一躍広まり、町の名物カップルとなっている。



 そして、美人だが恋愛ごとには縁遠かった姉のフローラが、いよいよ結婚するという。

 今日は、キャシー夫婦と一緒に、フローラとその夫となる人との四人で食事をする約束だ。


 フローラが結婚相手に選んだ人は、王都からやってきた王家直属の護衛騎士だった。もちろん、王都で王族の護衛騎士をやっていたくらいなので、身分は高く、フローラの結婚はいわゆる玉の輿である。


 町一番の美人が、絵に描いたような町一番の玉の輿。

 城下町の人たちは、こぞって祝福をしてくれた。


 キャシーはそっけなく「よかったわね。おめでとう」とだけ短く祝っていたが、本当は誰より喜んでいて、家に帰ってからも嬉しさのあまり家の中をうろうろしては、ニヤニヤしっぱなしだった。玉の輿を喜んでいるわけじゃない。大好きな姉が、自分で選んだ大好きな人と婚約して幸せそうに笑っていたのが、キャシーは嬉しくて堪らなかった。


 そんなキャシーの姿を見ていたのはウォレスだけ。あんまり可愛いものだから、余計な事を言って怒らせないようにと、いつもならちょっかいかけるところを我慢して、黙ってニコニコ眺めていた。



 ウォレスは外出用の上着のボタンを止めながら、少し冗談じみた口調で言う。


「いやあ、望外の義兄ができるというもの」


 キャシーは呆れたように返事をする。


「また、そんな商売にかこつけたこと言って。お姉ちゃんに良い人見つかってよかったねって、素直に言えばいいのに」


 それを聞いて、ウォレスは「そうだね」と言って小さく微笑む。

 キャシーは言葉を飾らないし、本当に大事な言葉は隠さず言う。


「コネを使い倒そうって思ってるのも本当でしょうけど。迷惑かけたりしないでね」

「キャシー、そこは人脈って言ってくれよ」

「まあ、そうそうないご縁よね。確かに最初はびっくりしたわ。王都の子爵家だって言うんですもの。うちみたいな辺境の庶民が、親戚なんて大丈夫かしらって心配だったけど。この町に住み続けるって言ってたし、お姉ちゃんの花屋も続けるんでしょ。相手の人も、なんか普通の人だったしね」


 何の気なしにさらりとそう言うキャシーのことを、ウォレスは少しびっくりした顔でまじまじと見た。

 キャシーはそんなウォレスには気付かずに、結婚祝いのプレゼントを忘れていないかと何度も持ち物を確認している。


「普通……うん、普通。そうだね」

「あっ、でもちゃんと話すのは今日が初めてだから、もし変な人だったら今からでも破談に持ち込んでやるわ!」


 キャシーはたぬき顔をグッとしかめて、腕まくりをして見せる。

 初めて会った時に仁王立ちをしていたキャシーの姿を思い出し、ウォレスは少し愉快になった。


「ははは、王家直属の騎士様を破談にさせようとは。うちのステキな奥さんは強いなあ」

「それくらいの気持ちってことよ。本当は全然、大丈夫だと思うけど」


 キャシーは手早く身の回り品をカバンに詰め終えると「裏手の戸締りをしてくるから、外套持ってきてちょうだいね」と言い、さっさと先に外に出ていった。どんな時であっても、キャシーが遅刻をしたことは、これまで一度もない。



 そんなキャシーの後ろ姿を見ながら、ウォレスは小さく独り呟いた。


「普通、か……。普通が一番だ。それが一番難しい。義姉さんの結婚相手が君の言う普通なら、それは素晴らしいことじゃないか。君が普通と思うことは、そんなに普通じゃない」


 それから、キャシーの外套をそっと手にして、しばし見つめる。

 もう何年も着ていると言っていた外套だが、手入れをきちんとしているおかげで、毛羽は少なく状態もいい。家の中も、仕事場も、キャシーの丁寧で几帳面な手入れは、身の回りをいつも整えてくれている。キャシーは自分の手にしたものを、とても大切に扱う人だ。


「誰だって、(ねた)むし、(ひが)むし、やっかみもする。でも、君はそうじゃないんだな。君の当たり前で、そう生きている。


 義姉さんの夫になる人は、身分も高くて、実家の財力だってある。誰がどう見たって、とんでもない玉の輿。それを普通だなんて、君以外に言うだろうか。こんなに間近で他人の幸運を見て、(うらや)んだり、妬んだり、どうしてそうならないのか、僕にはいまだにわからない。君が眩しくて仕方ない」


 ウォレスはキャシーの外套にそっとひとつ、うやうやしく口づけをする。


「君の隣にいると、まるで自分も正しいみたいだ。そうありたいと思えてくる。やっぱり僕の見る目は正しかった」


 毎日愛を伝えてはいるけれど、こんなに彼女が好きなことを、まだまだ言い足りないとウォレスは思う。商売で培った得意の言葉でさえ、全く無力に思える時がある。


 行くわよー!、と外からキャシーの声がした。


 ウォレスはハッと物思いから気持ちを戻すと、「今行くよ!」と返事をする。


 ウォレスは彼女の外套なんかじゃなく、自分がキャシー本人にキスしていい人間であることを思い出す。こんなに幸せなことがあるだろうか。


 それから、外で自分のことを待ってくれている愛しい妻に改めてキスしようと、そそくさと家を出て、玄関の扉を閉めた。




最後までお読みいただきありがとうございました!


姉のフローラの物語は『水曜日のお客様 〜明るい花屋が寡黙な門衛に恋するお話〜』(https://ncode.syosetu.com/n1122id/)というお話に書いています。


こちらも合わせて読んでいただけると、城下町の雰囲気などもさらに増すかと思います。

ぜひ手に取ってもらえるとうれしいです。

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