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第十七章―密やかに存在するもの―#7


<<<神子姫…?>>>


 白狼の呼びかける声がしたが、構わず、アルデルファルムに歩み寄る。アルデルファルムは近づく私に気づき、こちらに目を向ける。


<<<貴女は────神子…?>>>


 私は、再び【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させてアルデルファルムを見上げながら、その光を撥ね返す純白の鱗に、そっと触れた。


 ああ、やっぱり────魔素に浸食されているけど、まだ魔獣化は始まっていない。


 これなら────私なら、助けられる。


「大丈夫ですよ、諦める必要はありません。せっかくまた逢えたのに…、諦めないでください」


 私がそう言うと、アルデルファルムが眼を見開いたように見えた。


 私は、アルデルファルムを安心させるように微笑む。


 さて────それでは、始めるとしよう。


 新たに授かった固有能力【浄化(ピュリフィケーション)】────この能力で、魂魄と肉体を侵食する過剰な魔素を取り除くことができるはずだ。


 問題は、使用する魔力量だ。


 このドラゴンは、“聖竜”で、精霊獣よりも魂魄の位階が高い。


 私の魔力量も増えたし、白炎様の浄化と転生を手伝ったときほど必要ないとはいえ、大量に消費することには違いない。


 共有魔力とレド様の魔力を使わせていただくことはできるけど、それは最終手段だ。


 白炎様のときは、皆に───レド様に物凄く心配をかけてしまった。


 今度は心配をかけないように、できれば私の固有魔力だけで終わらせたい。


 私は、まず───【認識章(コード・クレスト)】から聖結晶(アダマンタイト)のイヤーカフを取り寄せ、身に着ける。


 これは周囲の魔素を取り込み魔力に変換してくれるので、身に着けている限り、魔力量が増える上、魔力の回復速度が上がる。


 この環境なら、その効力を遺憾なく発揮してくれるだろう。


 それから───【心眼(インサイト・アイズ)】で状態を視認しながら、【浄化(ピュリフィケーション)】を魔素に浸食されている部分にだけかければ、使う魔力量も軽減できるだろう。


 ただ、この純白の鱗────魔力を通し(にく)そうだ。この鱗に阻まれたら、魔力軽減どころか、大量に消費することになりかねない。


 これまで覚えた能力や魔術を思い浮かべ、何かいい方法はないかと思考を廻らせ────不意に閃く。


 私は【心眼(インサイト・アイズ)】でアルデルファルムの体内を見据えたまま、口を開いた。


「【案内(ガイダンス)】、新規の【立体図(ステレオグラム)】を作製開始」


了解───新規の【立体図(ステレオグラム)】を作製開始します───完了


「作製した【立体図(ステレオグラム)】を投影」


了解───正面に【立体図(ステレオグラム)】を投影します…


 私の目の前に、【心眼(インサイト・アイズ)】で分析したアルデルファルムの体内の───縮小された立体図が現れる。


「【(シンクロナ)(イゼーション)】」


 私の足元に展開した魔術式から発せられた光が、【立体図(ステレオグラム)】とアルデルファルムの体内を連動させるべく、包み込んだ。


 私は成功していることを祈りながら、【立体図(ステレオグラム)】の魔素に侵され黒ずんでいる部分に【浄化(ピュリフィケーション)】を発動させる。


 【立体図(ステレオグラム)】の黒い部分が、少しずつ色を変えていくのに伴い、私の魔力が大量に身体から抜けていく。


 発動させたままの【心眼(インサイト・アイズ)】で体内を確かめながら、【浄化(ピュリフィケーション)】をかけ続ける。


 私の目論見は成功したようで、【立体図(ステレオグラム)】に連動して、肉体と魂魄を侵食する魔素が消えていくのが視えた。


 あと少しで浄化が終わる────そう思ったときだった。


「っ?!」


 魔素に紛れていた()()が、【浄化(ピュリフィケーション)】の光に触れた瞬間────()()()()


 “(わざわい)”に似た()()は────アルデルファルムの魂魄と肉体を、魔素に替わって浸食し始める。


「…っく」

「リゼ…?!」


 何かあったことを察したレド様が私の名を呼ぶのが聞こえたけれど、返事をする余裕がない。


 私は、()()が広がるのを【浄化(ピュリフィケーション)】で何とか抑えながら────アルデルファルム本体へと【心眼(インサイト・アイズ)】を向けて分析する。



【聖授の刻印】

 強制的に聖女に加護を与える【契約魔術(コントラクト)】。刻んだ者にしか解約することはできない。第三者が除去しようとすると、宿主を破壊するよう施されている。



 何これ────何でこんなものが、アルデルファルムに刻まれているの…?!

 

 だけど、これは魔術だと判った。魔術なら斬り裂ける…!


「ジグ!お願い、これを斬り裂いて…!」


 私がそう叫んだ直後、飛んできたジグのナイフが【立体図(ステレオグラム)】へと吸い込まれるように突き立てられた。


 私が意図せずに創り上げてしまった“魔剣”────これは魔術すら斬り裂く。


 予想に違わず、正確に突いたナイフは、その禍々しい刻印を斬り裂いた。真ん中から破壊された刻印は、解けるようにして宙に消えた。


 本体の方に目を向けると、やはり跡形もなく消えていた。


 でも、刻印に浸食されたアルデルファルムの魂魄と肉体の損傷が酷い。


「【起死回生】…」


 神聖術を発動させて、アルデルファルムの治癒を試みる。


 これは────持っていかれる魔力量が半端ない。瀕死の状態でも回復させることができるという術だ────当たり前かもしれない。


 駄目だ────これは、魔力が足りなくなる。


 固有魔力量が底をつきそうなのが、自分でも判った。身体が今にも崩れ落ちそうだったが────共有魔力に切り替わるまでの辛抱だと、足になけなしの力を入れる。


 それでも、よろめいたそのとき────後ろから抱き留められた。


「レド様…」


 振り返らなくても、それが───その温もりが誰のものなのか判る。


「この損傷を治せばいいんだな?」


 私の肩を抱くレド様の左手に嵌められた指環が、光を放つ。


 そうか────レド様も指環の効力で、【神聖術】を使えるようになったんだっけ…。


 アルデルファルムも、レド様に治してもらった方が嬉しいかもしれない。


「お願いします…、レド様…」


 私が気を失えば、【立体図(ステレオグラム)】が消えてしまう。そう思って、意識を保とうとしたけれど、抜けていく力に抗えず────私の意識は呑まれるようにして、途切れた。



◇◇◇



 瞼を開けて、一番初めに目に入った光景は────佇むレド様に向かって、純白のドラゴンが(こうべ)を垂れているところだった。


 ああ…、良かった────アルデルファルムの治癒は上手くいったんだ。


 レド様の口元に微笑みが浮かび、私も嬉しくなる。


「リゼ姉さん…!よかった、目が覚めたんだね…!」


 泣きそうな表情のアーシャが、私を覗き込む。


 アーシャの向こうに精霊樹の幹が見える。私は精霊樹の傍に寝かされていたみたいだ。


 安堵するカデアとラムルの顔も見えた。


 どうやら、また皆に心配をかけてしまったらしい。


「リゼ…!」


 すぐにレド様にも覗き込まれる。


 心配させてしまっただけでなく、アルデルファルムとの話を中断させてしまったようで、申し訳なさでいっぱいになった。


 私が上半身を起こすと、レド様が肩を抱いて支えてくれる。


「申し訳ありません…、レド様」

「何を謝ることがあるんだ。こちらがお礼を言うことはあっても、リゼが謝ることなどないだろう」


 レド様の後ろに立つジグとレナスが、こちらを見ていた。どちらも、レド様と同様、心配そうな表情だ。


<<<無事、回復されたようですね───神子>>>


 アルデルファルムが、少しだけこちらに近づき、首だけを伸ばした。


「リゼ、俺に仕えてくれることになったアルデルファルムだ。────アルデルファルム、俺の伴侶のリゼラだ」


「…ルガレド様、『伴侶』は気が早過ぎませんか?」

「そうですよ、まだ婚約者でしょう」


 レド様の言葉に、ジグとレナスがすかさず口を挟む。


「うるさい。ドラゴンに、親衛騎士とか婚約者とか話しても解るわけないだろう」


 拗ねたようなレド様の口調に、私は思わず笑みを零す。


<<<神子…、魔獣化から救ってくださったこと────そして、あの刻印から解き放ってくださったこと、本当に感謝いたします。貴女のおかげで、こうしてまたルガレドの傍にいられます>>>


 アルデルファルムが、魔素と陽光に輝く大きな金色の双眸を私に向けて、嬉しそうに眼を細める。


 刻印のことを────どうして、あんなものを刻まれていたのかを訊ねたかったけれど、喜ぶアルデルファルムに水を差すのは気が引けた。


 それに、私も今はそんなことを話す気力がない。また今度、訊くことにしよう。


 私はアルデルファルムの言葉に、首を横に振る。


「いいえ。上手くいって良かったです。それに────私は浄化しただけで、刻印を消したのはそこにいるジグで、治癒したのはレド様ですから」


<<<いや───神子姫、貴女のおかげだ>>>


 白狼の声が響き、そちらに目を向けると、白狼が私に近づいてくるところだった。


 白狼は傍まで来て、まるで私に服従するように(こうべ)を垂れた。


<<<神子姫────我らが長を救ってくれたこと、まことに感謝を申し上げる。我らが長は神竜の御子に仕えることになり、我が“長”を引き継ぐこととなった。我ら精霊獣は、神子姫────貴女に仕えたい>>>


「え?」


 今…、何て?


 精霊獣が───私に仕えたい?


<<<貴女に、()()と契約を交わしていただきたい>>>


「ええと…、それは、この森にいるすべての精霊獣と───ということですか…?」


 訊きながら、『まさか、そんなわけないよね』と思う。


 いつの間にか、白狼の後ろに精霊獣と思われる動物たちが集まっている。


 これで全部なら、想定しているよりは少ない────が、多いことには変わりない。


<<<そうだ。皆、貴女と繋がりたいと───貴女に仕えたいと言っている。どうか、我らが主となっていただけないか>>>


 白狼は───精霊獣たちは、期待に満ちた目で私を見つめる。その数多の澄んだ双眸に、私はたじろいだ。


「ガ、【案内(ガイダンス)】───私が、この子たち全員と【契約】を交わす場合、どれくらい魔力を使う?」



了解───精霊獣56頭と契約した場合の魔力消費量を計算します…



 ご、56頭────ソ、ソンナニイルンデスカ。


 いや、すべてと【契約】とか無理だよね。どうしよう────諦めてくれるかな…。



精霊獣56頭と契約した場合、常時、固有魔力量の8%を消費します───

消費速度を回復速度が上回るため、魔術行使には問題はありません───



「えっ」


 は、8%?それだけ?────本当に?


 え、それじゃ────契約できちゃうってこと…?


 白狼たちにも【案内(ガイダンス)】の声が聞こえたのか、先程よりも瞳をキラキラと輝かせて、私を見つめている。


 ああ───これはもう断れない…。


 【契約】って、名前をつけてあげないといけないんだよね?────え、この56頭すべてに?


「あの、契約を交わすのは明日でもいいですか…?」


 今日はもう無理です…。


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