表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/217

第十七章―密やかに存在するもの―#5


ブックマーク登録してくださった方、本当にありがとうございます!


この後編、お待ちいただいていた方いらっしゃいましたら、遅くなりまして申し訳ありません。少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。



 薄暗い森の小道を、レド様と手を繋いで歩く。


 この森は木々が密集していて、生い茂った葉が分厚く空を覆い、まるでトンネルの中を歩いているような感覚になる。


 ところどころに偶然できた小さな天窓のような隙間から、木漏れ日が細く柔らかな光の柱となって降り注ぐ。


 今日は、レド様の休息のために、レド様と一緒に行くことを約束していた───ネロと出逢った“精霊獣の棲む森”へと皆で来ている。


 ネロの故郷なので、一緒に行かないかと誘ったら、サンルームで寝ている方がいいと断られてしまった。


「リゼの言った通りだな。薄暗い中に木漏れ日が差し込んで────地面も柔らかくて…、あのサンルームへと続く廊下を歩いているようだ」

「ふふ、でしょう?」


「ただ、鳥の鳴き声はしないな」

「ええ。ここは精霊獣が棲んでいるからか、魔物は勿論、鳥獣の類すらいないようなんですよね」

「そうなのか」


 しばらく小道を歩いていると、前方に光が見えてきた。光に向かって進み、小道の終わりまでくると、唐突に前方が開けた。


 目の前には────眩しいほどの陽光と、光にさざめく湖があった。


 湖はレド様のお邸よりも遥かに大きく、近寄ると水底まで覗けるくらい水は澄んでいるのに、少し離れると青のような緑のような────そう、アーシャの双眸みたいな色合いに映る。


「うわあ…、キレイ…!」


 ラムルとカデアと共に少し後ろを歩いていたアーシャが、声を上げた。


「これは────すごいな…。これが、湖というものなのか…」


 レド様はそう呟いて────眼を細めて、湖に見入った。


「レド様、あちらまで行って、湖の傍で寛ぎませんか?」


 私は、湖にせり出した小さな半島となっている場所を指す。


「そうだな。行こうか」




「ちょっと、ここで待っていてくださいね」


 目的の場所に近づいたところで、私は皆に留まるように促した。


 一人で進み出ると、私は小さな半島に、異次元にあるらしい拠点専用スペースから、ガゼボを取り寄せた。


 ガゼボは、よくある白い石造りの柱と屋根からなる様式で、十畳ほどの広さがある。高床なので、前面に階段を設けてある。


 前面の入り口を残して、造り付けのベンチで囲ってあり、真ん中には同じ石材のテーブルも造り付けた。


 自動的に、常時【結界】が展開するようにしてあるので、セキュリティーも万全だ。


「リゼ…、これは?」

「今日のために創ってみたんです。皆で寛ぎたいなと思って」


 皆でこの湖に来ることが決まったとき、嬉しくて────はりきって創り上げた。


 あれ───何だか、皆が奇妙な表情になって押し黙ってしまった…。

 もしかして、張り切り過ぎた…?


「……リゼラ様、一体いつこんなものを?」

「というか…、何処で創っていたんですか?」


 ジグとレナスが、狐に摘まれたような───呆然としたような態で訊く。


「ええと…、就寝前に少し…。自分の部屋で創りました…」


 何でしょう、この雰囲気…。

 何か────親に隠れてこっそりゲームをしてしまい、白状させられている子供の気分…。


「ジグとレナスも知らなかったのか」

「知っていたら、止めてます」

「何か創っているのは知っていましたが、まさか、こんなものとは…」


 ジグとレナスは、レド様と私の護衛を常時してくれているけど、応接室と厨房、ダイニングルームとサンルーム以外は室内が覗けないので、音や声を聴いているのみらしい。


 私がよく【換装(エクスチェンジ)】を使用していると判ったのは、口に出して発動していたからのようだ。それを知って打ちのめされたのは、いい思い出だ…。


「しかし…、こんな大きなものを、よく部屋の中で創れたな」


 レド様が、ちょっと呆れたように言う。


「その…、ベッドを【異次元収納庫】に収納して、部屋の真ん中で創ったんです」


 正直、面倒だったので、専用の工房が欲しくなってしまった。


 エルフの隠れ里で手に入れたログハウスも、作業できる場所がないから、まだ手付かずだし。


 時間を見て、どうにかしたい。


 それにしても────何故、皆こんな雰囲気なんだろう。喜んでくれると思ったんだけどな…。


「あの…、これ、創ってはいけなかったですか…?」


 私の声が不安そうだったからか────そう訊くと、皆は、はっとしたような表情になって慌て出した。


「いや、そういうわけではない。ただ、リゼが無理をしているのではないかと思って────」

「そうです、最近、リゼラ様は忙しそうでしたし────」

「リゼラ様が我々のことを思って創ってくださったのに、悪いわけがありません。自分は────嬉しいと思っております」

「あっ、ジグ、てめぇ、またそうやって────」

「本当に油断も隙もない奴だな…!」


 あれ、またいつものじゃれ合いが始まってしまった。


「リゼラ様、申し訳ございません。このようなものを創っていた様子がなかったから、皆、ただ驚いていただけなのです。私どものためにありがとうございます、リゼラ様」


 ラムルは、兄弟のようにじゃれ合い始めた三人に構うことなく、私に向かって頭を下げる。


「ラムルの言う通りです。こんな素敵なものを創ってくださって────本当にありがとうございます、リゼラ様」

「こんな素敵なものをありがとう、リゼ姉さん」


 ラムルに続いて、カデアとアーシャもそう言ってくれた。三人とも、気を使って言っているわけではなさそうだったので、安堵した。


「さあ、あの三人は放っておいて、リゼラ様が創ってくださったガゼボで寛ぎましょう」


 いいのかな───と思いつつ、カデアに促されガゼボの階段に足をかけた。




 じゃれ合いを止め、慌ててガゼボに駆け上がってきたレド様たちを交えて、皆でガゼボのベンチに座る。


 座る位置でまた一悶着あったけど、結局、ガゼボの背面───湖側のベンチにレド様と私が並んで座り、レド様とは反対隣にアーシャが座って────ジグとレナス、ラムルとカデアで、それぞれ二人ずつ両脇のベンチに座ることになった。


「昼食には、まだ早いですね。お茶でも飲みましょうか」


 私が提案すると、レド様を始めとした皆が、再びあの奇妙な表情になった。


「まさか、リゼ────お茶の用意もしてきてくれたのか…?」

「え?あ、はい。昼食はカデアが用意してくれるとのことでしたから、それならお菓子でも、と思って」

「それは…、いつ作ったんだ?」

「朝食やお弁当を作るときに、少しずつ作り置きしていたんです」

「そんなの作っていたか…?」

「ええと、レド様が来られる前に、仕込みと焼くのと工程を分けて、少しずつ作っていたんです」


 晴れて厨房入りをカデアに許されたレド様は、私が朝食を作る日は、また手伝ってくださるようになった。


 だけど、レド様はどうも低血圧らしく、あのベッドを以てしても寝起きはすぐに動けないようで、厨房に来るのは私より遅れがちなのだ。


「いけなかったですか…?」

「…いや────ただ、俺も一緒に作りたかったと思っただけだ。用意してくれてありがとう、リゼ」


 レド様はそう言って、にっこり笑う。他の皆もにっこり笑う。


 何だか妙な雰囲気に首を傾げながらも、私はアイテムボックスから、淹れたての紅茶が入ったポットと人数分のマグカップ───それに作り置きしておいたお菓子を取り寄せた。



◇◇◇



 アイスボックスクッキーや貝型のマドレーヌを摘まみつつ、その美しい景色を堪能する。


 どこからか風が吹き込んでいるらしく、湖には波が立ち、陽光を映す水面が一層煌めいて本当に綺麗だ。


 湖から立ち上る冷気が風に乗って、ひんやりと頬を撫でていくのも気持ちがいい。


 眼を細めて湖を眺めていると、ふと、対岸に森の木立を背にして佇んでいる狼が目に入った。


 白炎様のような───光を撥ね返す純白の長毛を靡かせ、雄々しく佇むその姿はただの獣には見えなかった。


 おそらく、あれは────精霊獣だ。


 だけど、何故あんなところにいるのだろう。精霊獣は森の奥深くに隠れ棲み、人前には決して姿を見せることはないと、ネロは言っていたのに。


「リゼ、どうした?」


 レド様に声を掛けられたが、私は白狼から目を離せなかった。


 私の視線を追って、レド様も白狼に気づく。


「あれは…?ただの獣ではないようだが────魔物ではないよな?」

「ええ。おそらく、精霊獣ではないかと」


 対岸までかなりの距離があったが、それでも、白狼がレド様と私をじっと見ているのが判った。


 不意に、白狼が動いた。


 湖に前足を踏み出す。しかし、前足は沈むことなく水面に乗り上げた。

 四肢全部乗り上げると、白狼は、前方に───こちらに向かって、歩み始める。


「こちらに────来るつもりか?」

「そのようです」


 レド様も私も、腰を浮かせた。


 他の皆も事態に気づいたようで、緊張が(みなぎ)るのを肌で感じた。


「ガゼボを収納します。皆、外に出てください」


 相手は魔物ではなく、精霊獣だ。戦闘になるとは思えないが、万が一ということもある。


 私は、全員がガゼボから出たことを確認すると、ガゼボを拠点専用スペースへと移動させた。


「アーシャ、念のため、装備を替えて」

「うん!」


 アーシャは腕時計を使って、侍女服から冒険者の装備へと替える。




 私たちが注視する中、湖を横切ってこちらに辿り着いた白狼は、岸辺へと上がってきた。


 皆が警戒して、並び立つレド様と私の前に出ようとしたが、レド様が押し止める。


「いい。───大丈夫だ」


 【心眼(インサイト・アイズ)】で見る限り、やはりこの白狼は精霊獣で────その魂魄はこの湖の水面のような輝きを纏っていて、敵意も見当たらない。きっと、レド様も【神眼】でそれを確かめたのだろう。


 白狼は、レド様と私の前まで歩み寄ると、その(こうべ)を垂れた。


<<<神竜の御子と神子姫とお見受けする>>>


 直後、【案内(ガイダンス)】とも白炎様とも違う、深く脳に染み渡るような───不可思議な声が響く。


 ネロは普通にしゃべるので、少し驚いてしまった。そういえば、ネロは私の魔力をあげるまで話せなかった───と思い出す。


「何故、俺たちの前に現れた?」


<<<神竜の御子と神子姫。どうか…、我らを助けていただきたい>>>


「助ける?────どういうことだ?」


 レド様が、訝し気に返す。白狼は下げていた頭を上げ、ネロとそっくりなその琥珀色の眼で、レド様と私を見る。


<<<我らが長と、契約を交わしていただきたい>>>


「……お前たちの長と?」


 精霊獣の長────以前、ネロに聞いたことがある。


 精霊獣は色々な種類がいて、森の中で共生しているけれど、その数多いる精霊獣を統べる存在がいるのだ───と。


<<<我らが長は、魔獣化の危機に瀕している。それを防ぐために───神竜の御子、神子姫───どちらでもよい、我らが長を、どちらかの使い魔にしていただきたいのだ>>>


「……精霊獣も魔獣化をするのか?それに───使い魔となることで、魔獣化を防げる、と?」


 それについてもネロに聞いたことがあったが、白狼に話してもらった方がいいだろうと、私は口を噤む。


<<<聖獣も精霊獣も魔物も、本質は変わらぬ。ただ、器の大きさが違うだけなのだ。取り込む魔素が器を超えれば、魔獣化をするのは皆同じだ。それは、魔力を持つ存在の宿命と言っていい。だが────何故か、人間だけは違う。魔獣化することはない>>>


 確かに、そこが不思議な点だ。植物ですら、魔素を過剰に摂取すると黒ずんで壊死してしまうのに。


 私が筆記具として利用している“墨果”────あれだって、そういう種なのでなく、果実が魔素に侵されることによって出来るらしい。


<<<何故なのかは解らぬが、人間と繋がることによって───人間の魔力を取り込むことによって、魔素に侵されることを防げるようなのだ。だから、頼む。どうか、我らが長を救ってはくれまいか>>>


 白狼の懇願に、レド様は溜息を()いた。


「せっかくの休息だったのに────すまない、リゼ」

「レド様が謝ることではありませんよ」


 私が笑って首を横に振ると、レド様は口元を緩めたが────すぐに表情を引き締め、再び白狼に向き直った。


「使い魔にするかどうかはともかく、お前たちの長というのに会ってみよう。案内してくれ」


 白狼は、レド様の言葉に首肯するように───感謝を示すように、また(こうべ)を垂れた。



「さすが、リゼラ様だ」

「やっぱり、引き寄せたな」


 うるさいですよ、ジグ、レナス。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ