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第十七章―密やかに存在するもの―#3


 ダイニングルームから、サンルームへと出る。朝仕様や黄昏時仕様も良いけれど────夜仕様にしたサンルームは、いつ見ても幻想的で格別だ。


 レド様と手を繋いで────仄かに照らされる花々の間を縫って、光を迸らせながら舞う蝶とすれ違いながら、淡い光を放つ苔を纏った門を抜け、いつものソファへと歩いていく。


「レド様、何だかいつもより、ご機嫌ですね?」

「当然だろう。リゼから一緒に過ごしたいと言われて────嬉しくならないわけがない」


 レド様のその弾んだ声音と言葉に、頬に熱が上る。思わず繋いだ手に力を籠めると、レド様の握り返す手にも力が入った。


 ソファに辿り着き、並んで座る。


「あの…、レド様…。実は────その…、渡したいものがありまして…」


 先程の熱が治まっていないせいもあって、何だかしどろもどろになってしまった。


「渡したいもの?」

「その…、これなんですが…」


 【遠隔(リモート・)管理(コントロール)】で、布張りのケースを取り寄せる。中には、私が創り上げた二つの指環が収めてある。蓋を開き、レド様に見せる。


「これは────指環?」


 この国では、何故かあまり指環をする習慣がない。指環自体がないわけではないのに、普及していない。


 手作業が多い庶民は解るが、不思議なことに王侯貴族もそうなのだ。


「大小二つあるが…、俺とリゼで一つずつ───ということか?」

「はい…。その───私の前世の世界では…、結婚したらお揃いの指環を嵌めるという習慣があって…。私たちはまだ婚約の段階だし────その…、物凄く気が早いとは思ったんですけど…」


 恥ずかしくて、言葉が途切れ途切れになる。


「た、ただの指環ではないんです。これは、一緒に着けることで、【技能】を共有できるようになっていて───私の【解体】とか【媒染】とか、レド様も使えるようになりますし───その、皆に色々創っていたら、レド様にも何か創りたくなって…、創ってみたんです。あの───だから…、受け取ってもらえますか…?」


 拙いながらも説明したものの、レド様の反応がなくて、私は不安になった。


 やっぱり“結婚指輪”なんて、気が早過ぎた…?


 不安がピークに達して、ケースを引っ込めようとした瞬間────私はレド様に強い力で抱き込まれた。


「レド様…?」


「すまない────リゼ。あまりに嬉し過ぎて…、すぐに反応できなかった。リゼが俺のために────俺のためだけに創ってくれた指環を────受け取らないわけがない」


 レド様は呟くようにそう言った後、腕を緩めた。


 そして────私が求婚を受け入れたあのときのように、レド様は目元を染めて、本当に嬉しそうに微笑んでくれた。


「着けてみてもいいか?」

「勿論です。────左手を出していただけますか?」


 レド様は何の躊躇いもなく、私に自分の左手を差し出す。

 私はレド様のために創った指環を取り出して、レド様の薬指へと指環を嵌めた。


 指環は───レド様の細く長い指には、前世の結婚指輪のように細いものよりも、幅広のものの方が似合いそうだったから、幅広で薄い指環にした。


 魔導機構を仕込むと太くゴツくなってしまうので、指環自体を魔導機構にするために、素材は聖銀(ミスリル)にしてある。


 装飾はシンプルに───宝石を使わずに、透かし模様を施すだけに留めている。


「この指に着けるのは、何か意味があるのか?」

「はい。前世の世界には、左手の薬指が心臓───心に直結しているという迷信があったんです。私が生きた時代では、もう信じられていなかったけれど、心に直結する左手の薬指に結婚した証である指輪を嵌めることが、習慣として残っていたんです」

「へえ、面白いな。心に直結する指か…。────俺も、リゼの指に指輪を嵌めても?」

「…はい」


 私が頷くと、レド様はケースに残っていた指環を取り出して、同じように私の左手の薬指に、そっと嵌め込む。


 前世の私は未婚のまま亡くなったため、結婚式でどんなことをするのか詳しくは知らない。だけど、指環を嵌め合うことだけは知っていたので────何だか、二人きりで結婚式を挙げているようで────胸と頬が熱くなった。


「ちょっと緩めに創ってありますので、起動させる前に【最適化(オプティマイズ)】しましょうか」


「それなら────あのときと同じように、一緒にやろうか」


 レド様が楽しそうに言う。【永遠の約束(エターナル・リンク)】のときのことを言っているのだろう。勿論、私は口元を緩めて頷いた。


 レド様と、あのときのように両手を繋ぎ、額を寄せる。


「「【最適化(オプティマイズ)】」」


 魔術式が足元に広がり、光が迸る。緩めだった指環が指に吸い付くように縮まった。


「それでは…、指環を起動させますね」

「ああ」


 私は、お互いの指環が触れ合うように、レド様の左手に自分の左手を重ねる。指環に向けて魔力を流すと、二つの指環に細い光の線が錯綜する。


 光の線は、やがて眩い光となって、私たちを包んでから消える。


「ええと…、これで起動できたはずです。【現況確認(ステータス)】を確認してみましょうか」

「そうだな」


 レド様が、自分の【現況確認(ステータス)】を投影して、私の肩を抱き寄せた。私たちは身を寄せ合って、レド様の【現況確認(ステータス)】に視線を遣った。


 すでに覚えている【馬術】と【魔力操作】、それに【祓の舞】以外の私の【技能】が、レド様の【技能】欄に追記されている。


「良かった…、成功したみたいですね。後で、色々験してみましょう」

「ああ。ありがとう、リゼ。────だが…、本当に良かったのか?これらは、リゼが努力して身に着けたものだろう…?」


 眉を下げ、少し不安気に訊くレド様に、私は笑みを向けた。


「だからこそ───ですよ。私が自分で培ったものだからこそ────レド様に、こうやって差し上げられるんです。レド様の役に立てて欲しいんです」

「リゼ…」

「それに───レド様だからこそ、自分の培ったものを差し上げたいんです。努力したくないとか、楽して覚えたいとか、そういうことを考えるような人だったら、こんなことしません」


 本当は、いざという時のためには、レド様がご自分で身に付ける方がいいとは思う。でも、今のレド様には時間が足りない。


「だから────遠慮せずに、役立ててください」

「ありがとう…、リゼ」


 レド様が、嬉しそうに────幸せそうに笑ってくださったので、私も改めて微笑んだ。


「俺にも、リゼに与えられるような───リゼの役に立つような【技能】があれば良かったんだが…」

「ふふ、そのお気持ちだけで充分ですよ」


 レド様は諦めきれないような表情で、しばらく自分の【現況確認(ステータス)】を眺めていたが、不意に声を上げた。


「……リゼ───この指環は【技能】を共有するだけのものだよな?」

「そうですが…」


「何故か【特殊能力】に、【(シールド)】、【防御(ガード)】、【防御壁(バリケード)】が追記されているんだが…。それに、エルフの固定魔法に、【神聖術】まで、使えるようになっている」

「え───ええっ、本当ですか…?!」


 慌てて確認すると、確かに記載されている。


「そもそも、この指環には、どういう仕組みが施されているんだ?」

「【(シンクロナ)(イゼーション)】という特殊能力がありますよね?」


 これは個別のものを一つにしたり、連動させたりできるという、結構便利な特殊能力で────私はジャケットやコートのポケットに施している。


 複数のジャケットやコートの───【最適化(オプティマイズ)】によって異次元仕様になったポケット内空間を、この能力によって同じ空間にしてあるのだ。


 だから、懐中時計やマジックバッグを、着替えるたびに移し替える必要がない。勿論、レド様のものにも施してある。


 それだけでなく、複製して皆に渡してある地図や図鑑にも施してあり、誰かが新しい情報を書き加えれば、自動的に原本や複製にも書き加えられ────訂正したら、自動的に全部書き換えられるようになっている。


「正直、創った私も完全には理解できていないんですが────分析した限りでは、この指環によって、どうもレド様と私の魂魄の一部───【技能】を使うにあたって司る部分を【(シンクロナ)(イゼーション)】させるとのことでした」


「【技能】に限定したはずが、能力や魔法、神聖術にまで、及んでいるということか?」

「そういうことだと思います。やはり、先程の【最適化(オプティマイズ)】が原因でしょうか…?」

「おそらく、そうだろう。とりあえず、いつものアレで視てみるか?」

「そうですね…、私が分析してみます」


 私は【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させて────私とレド様の指環を視る。



【つがいの指環:ルガレド・リゼラ専用】

 【神子】であるリゼラが、持てる力を使って、最愛の主ルガレドのために創成した指環。お互いの【技能】【能力】【魔法】【術】を【共有】することができる。ただし、【固有能力】など、性質にそぐわないものは、【共有】できない。【永遠の約束(エターナル・リンク)】と一緒につけている限り、【運命】と【寿命】をも【共有】できる。



「…っ」


 その最後の一文を目にして────私は息を呑んだ。“運命”と“寿命”をも“共有”できる…?


 この“共有される運命”というのは、私とレド様のどちらの運命が優先されるのだろう。


 もし、あの悲惨な───“一度目の人生”と同じ結末が、レド様の“運命”として定められているとしたら…、これで回避できるのだろうか。


 それとも、私もその運命に引き摺られて、一緒に悲惨な末路を辿るのだろうか────


 そこまで考えて、思考を止める。ジグとレナスに事情を打ち明けられた後、レド様を目の前にして心に誓ったあの決意は、今も私の胸の中にある。


 どちらにせよ、私のやるべきことは何も変わらない。レド様のお傍にいて、護り抜く────それだけだ。


「リゼ?」

「いえ───すみません。いつものように、あまりにもアレな結果だったので。やはり、【固有能力】や性質にそぐわないもの以外は、共有できるみたいです。それから────【永遠の約束(エターナル・リンク)】と一緒につけている限り、運命と寿命まで共有できるようです」

「寿命まで?────それはすごいな…」


 レド様は私の言葉を聴いて、物凄く嬉しそうに────幸せそうに笑みを零した。


「リゼと…、死ぬ瞬間まで────いや、死すら共にできるなら…、こんな幸せなことはないな」

「私も同じです、レド様」


 貴方と最期まで共にできるなら────きっと、その瞬間すら幸福だ。


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