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第十七章―密やかに存在するもの―#2


「アーシャに関しては、ひとまず、これで安心か?」

「そうですね。身体が成長し切るまでは、魔術を使わせるつもりはないですから。それと───アーシャのと同じものを、皆にも創るつもりです」

「皆にも?」

「ええ。何らかの事情で【遠隔(リモート・)管理(コントロール)】が使用できないときのために、用意しておいた方がいいと思うんです。レド様も私も魔力量が増えて、白炎様のときのように魔力が切れることは、そうそうないとは思いますが、何らかのアクシデントでリンク───私たちの繋がりが切れることもないとは限りませんので」


 ジグとレナスは、魂魄の位階が上がったことによって、魔力量もかなり増えたから、自分の魔力に切り替えて魔術を行使することはできるだろうけど、用心しておくに越したことはない。


「それに、ジグとレナスに、対魔物・対魔獣用の武器を創ろうと思っています」


 ジグもレナスも調べてみたところ────【契約】した際、私の技術が【技能】に昇華したように、【気配遮断】や【隠密】という技術が、【技能】に昇華されていた。


 そのおかげか、二人とも先手は確実にとることはできるのだが、魔物や魔獣を屠れるほどの技能がない。それを補える武器を創るつもりだ。


「オレたちにも、何か創ってくれるんですか?」

「ええ、そのつもりです」

「ありがとうございます、リゼラ様」


「それから、ジグ、レナス───二人とも、どうやら“魔力操作”が可能になったようですから、魔力操作と魔力循環───それに、魔法の訓練をしましょう」

「リゼラ様が、教えてくださるのですか?」

「ええ、私で良ければ────」

「いや、それは俺が教える」


 レド様が私の言葉を遮り、申し出る。


「いえ、リゼラ様に教わる方がいいです」

「魔力操作については、リゼラ様の方がお得意でしょうから」

「お前ら…、絶対、俺と同じように訓練する気だろう?───絶対、駄目だ」


 レド様の訓練方法───私が差し上げたピアスに向けて、魔力を流すというやり方だったよね。


 え───どうして、駄目なの?




「とにかく、そんなわけですので────レド様、私は材料集めのために、今日は狩りに行ってまいります」


 まあ、材料はなくても、魔力のみで創ろうと思えば創れるのだけれど。


 無から創るよりイメージしやすいのか、創り替える方がスムーズにできるし────魔力もそれほど使わないで済む。


「……リゼ、働き過ぎではないか?時計も、アーシャの武具も、あの鳥───神と話した日からこの数日間で創り上げたのだろう?」

「そうですよ、リゼラ様。最近、ルガレド様と過ごした後、何かなさっていることは知っていましたが────これらを創っていたのでしょう?」

「我々の武具は、ゆっくりでも良いですから」


 心配そうに、レド様、レナス、ジグがそう言ってくれるが────


「ですが…、もう辞令式まで2ヵ月を切ってしまいましたし、やれることはやっておかなければ。寿命は延びましたが────私たちの現状は変わっていないのですから」


 そう応えると、何故か────アーシャ以外、皆一様に動きを止めて、眼を見開いた。


「そうだな────リゼの言う通りだ…」


 レド様が後ろに流した髪をかき上げ、息を吐く。


「だが、リゼ────無理だけはしないでくれ」

「はい、レド様」


 いつものように物凄く心配そうなレド様に、いつものように嬉しくなりながら、私は笑みで返した。



◇◇◇



「よう、リゼ。今日は一人なのか?アレドは?」


 冒険者ギルドに顔を出すと、カウンターの向こうで、ガレスさんとバドさんが立ち話をしていた。


「おはようございます───ガレスさん、バドさん、セラさん。アレドは所用があるので、今日は私一人で狩りに行って来ようかなと思って」


 レド様は、例のごとく、ロルスの授業だ。


 心配性なレド様はジグとレナスを私につけ、自分はラムルにドナドナされていったけど────今日は珍しく悲愴な感じではなかったな。何だか、とてもやる気に満ちていた気がする。


「それと───そろそろ“膨張期”ですし、ギルドの方針を確かめておきたいと思って」

「そうだな。それなら────応接室(うえ)で話そうか」


 2階の応接室で、ガレスさんと向かい合って座る。


 バドさんは、昨日持ち込まれた解体の仕事があるとのことで、作業場に戻っていった。


「さて、“膨張期”の件だが────」


 “膨張期”とは、魔素が増大する時期のことだ。


 どういう因果関係があるのか────新年度の始まりである三つの月が揃って昇る日は、一年で最も魔素が充満することが判っている。


 それに伴い、その日を挟んだ前後数ヵ月は魔素が増大するのだ。


 当然、魔素が増大すれば、その分だけ魔獣も出現しやすくなる。その上、魔素が増えるのを見計らって、魔物たちが繁殖を始める。


「ギルドの方針としては、昨年と同じだ。“神の(きざはし)”の麓3ヵ所に拠点を築き、“大掃討”を行う」


 “神の階”とは、“死界”と呼ばれる不毛の大地とこの国を含む国々とを分かつ、天高く聳える山脈のことで────神々の新たな楽園である天に通じると謂われている。


 この時期、魔物が何処からともなく現れ集落を築くのだが、どうもこの“神の階”から魔物が広がっているようなのだ。


 すでに魔物が増え始めているが、例年通りなら、これから爆発的に増えるはずで────大陸中に魔物が広がり、繁殖または魔獣化する前に、叩いてしまおうというわけである。


「遅くとも今月末には、“大掃討”を開始することになっている。

今回も、Aランカー及びAランクパーティーはすべて、“大掃討”に向かってもらうつもりだ。

本音を言えば、リゼ───お前さんにも参加してもらいたかったんだがな…。無理だろ?」

「ええ、申し訳ないですが…。私はレド様のお傍を離れることはできません」

「お前さんと───できればアレドもいれば、楽だったんだがなぁ。まあ、仕方がない」

「その代わり、皇都周辺の間引きには、できるだけ協力しますから」

「ああ、頼む」


「Aランカーの皆さんは、もう出発されたんですか?」

「いや、まだ『極限の光』と『清嵐』が残っている。準備が出来次第、出発するとのことだ」


 『極限の光』は───メンバー全員がAランカーという、驚異のAランクパーティーだ。


 一方の『清嵐』は───パーティーランクとしてはBだけど、リーダーがAランカーなので参加するのだろう。


「ここに残るのは?」

「『黄金の鳥』、『暁の泉』、『リブルの集い』の3つだ」


 いずれもBランクパーティーで、以前、魔物の集落潰しなどで共闘した限りでは、どのパーティーも堅実で実力もあった。


「それ以外のBランクパーティーは、“大掃討”に参加予定だからな。かなり手薄になる。念のため、Bランカー数人にしばらく皇都で活動してくれるよう交渉しようと思っているが、何人残ってくれるか…」

「…そうですか。解りました。連絡がつくよう手配しておきますので───何かあったら、ロウェルダ公爵家か孤児院に言づけてください」

「解った」



◇◇◇



 緊急を要する依頼はないようなので、冒険者ギルドを出た私は、あのエルフの隠れ里がある山へと赴いた。


 ここには、めったに人が立ち入ることがないから、人目を気にすることなく狩りができる。


「そういえば、この山の名は何というのですか?」

「それが、正式名称はないみたいなんですよね。麓周辺の村々で、それぞれ適当に呼んでいるだけのようです」


 レナスに訊かれたことに答えながら、周辺の魔素を探るため身を屈めようとして────ふと思いつく。


 地面を通さなくても、【心眼(インサイト・アイズ)】で探れるんじゃない?


 【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させて、周囲を見回す。うん、思った通り、霧を透かして魔素によって浮き彫りにされた景色が見える。


 もっと、じっくり探ろうと思った瞬間────【案内(ガイダンス)】の声が響いた。



地図製作(マッピング)】を開始します───

管理亜精霊(アドミニストレーター)】に【接続(リンク)】────【記録庫(データベース)】を検索

<霊峰アルエンダルム>と断定───

<霊峰アルエンダルム>の【立体図(ステレオグラム)】を書き込み(ダウンロード)開始───完了

立体図(ステレオグラム)】を投影します────



 目の前に、半透明で、1㎥に収まるサイズの───今いる山そっくりの図形が現れる。


 【地図製作(マッピング)】という能力があることは知っていた。


 これまで、地面から魔素を探る技能【測地】を使っても発動しなかったので、どうやって発動させればいいのかな────とは思っていたのだ。


 【現況確認(ステータス)】で調べてみても、『地図を作製する能力』としか説明がなかったし。


 もしかして、【(アストラル)(・ヴィジョン)】と【測地】の両方を使えば良かったんだろうか。

 それとも───【解析(アナライズ)】と【測地】?



立体図(ステレオグラム)】の一部を、最新の情報に書き換えます───



 私が【心眼(インサイト・アイズ)】で視ている部分なのだろう───立体図に描かれた木々が形を変え、魔獣が描き加えられる。


「リゼラ様、これは…?」

「…レナス、この山は『霊峰アルエンダルム』というらしいですよ───古代魔術帝国では」

「……そうなんですか」

「やはり、何かしら起きるのですね」


 いや、これはただ【特殊能力】が発動しただけですから。



◇◇◇



「そうか────地図を作製できるようになったのか…」

「はい」

「それは、俺もできるのか?」


 能力も魔術も、性質の違いゆえか、私にしかできないものもある。


「どうでしょうか。レド様には神眼がありますし、できるのではないかと思いますが…。とにかく、今度、験してみましょう」

「そうだな」


 カデアの作ってくれた美味しい夕食を食べ終わり、レド様と私はお茶を飲んでいた。


 カデアが、空いた食器をワゴンに載せて、ダイニングルームの端に設置された【限定転移門(リミテッド・ゲート)】へと向かう。


 これは、その名の通り、限定された【転移門(ゲート)】で────使用者に制限はないが、対となる【転移門(ゲート)】にしか移動できない。


 対の【転移門(ゲート)】は、勿論、孤児院の北棟の厨房に設置してある。


「この後はどうしますか?いつものように、サンルームに行きますか?」


 最近は、自室の脇にあるテラス代わりのガゼボで、エントランスホールの窓型ライトを夜仕様にして過ごすのも、お気に入りだ。


「…今日はもう休まないか?」

「え…」


 レド様に思ってもみなかった言葉を言われて、私は眼を見開く。


「魔物も魔獣も、かなりの数を狩ったと聴いている。リゼは疲れているのではないか?」

「ご心配ありがとうございます。ですが、私は疲れてはおりません」

「だが…」

「私は────レド様と過ごしたいです…」


 仕方がないこととはいえ、今日も傍にはいられなかった。

 少しでもレド様と一緒にいたい…。


 それに、レド様に渡したいものがある。


「少しだけでも、駄目ですか…?」


 レド様の方を窺うと、レド様が口元を手で覆った。


「レド様?」

「…っ」


 レド様の反応がないので、顔を覗き込むと────レド様がテーブルに突っ伏した。耳が、真っ赤に染まっている。


「ええと…、レド様?」

「……リゼ────お願いだから、煽らないでくれ…」


 え───今の何がレド様を煽ったの?


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