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第十六章―真実の断片―#5


 ロルスの授業を終えたレド様と合流し、お邸に帰ると────私は、厨房に、レド様を始めとする皆を集め、白炎様が教えてくださった情報を語った。


「神竜人────俺が…?」


 レド様はそう呟き────絶句した。他の皆も、レナス以外、驚愕に言葉を失くしている。


「ラムルとカデア、アーシャは───レド様と私と繋がってはいますが、私たちの魔力に、まだ馴染んではいないようです。魔術を使うことを今後一切しなければ、“眷属”となることはないだろうと、白炎様は仰っていました。

ですが…、ジグとレナスは魔術を何度も行使し────特に【認識妨害(ジャミング)】を長時間発動させ続けていましたから、もう“眷属”となってしまっているとのことです…」


 レナスはああ言ってくれたけど────ジグにもきちんと詫びなければいけない。


「ごめんなさい、ジグ。貴方は、もう────他の人とは同じ時間を、生きられなくなってしまった…」


 すると、ジグは立ち上がって、私の傍まで来て片膝をつき、私の右手をとった────先程のレナスと同じように。


「リゼラ様、どうか、そのようなことをお気になさらないでください。貴女は我々以上に生きるのでしょう?それならば────他の者たちより、永く貴女のお傍にいられる。むしろ、喜ばしいことです」


 あれ?何か、予想していた言葉と違う…。


 もしかして────また、気を使ってくれてる?


「ジグ…、おまえ────俺の目の前で、俺のリゼを口説くとは───いい度胸だな?」

「ジグ、てめぇは…、また、そうやって────」


 いつの間にか、レド様とレナスが、ジグの背後に立っていた。

 二人とも、眼が据わり、こめかみに血管が浮き上がっている…。




「…リゼラ様」


 三人のじゃれ合いを眺めていると、ラムルに声をかけられた。


 振り向くと、ラムルとカデアが、強い決意を湛えた眼で私を見ていた。


「リゼラ様────私とカデアには…、子が7人いました。ですが───ミアトリディニア帝国侵攻の折、あそこにいるジグを除いて…、皆、役目に殉じました。そして────私の両親、兄弟姉妹も、もうすでにこの世にはおりません」


 ラムルの言葉に私は眼を見開く。


 それは────ジグが、ラムルとカデアの息子だということ?


 初めて知ったその事実に驚いたが────それ以上に…、ジグ以外の子は全て、8年前に亡くしているという事実が胸を()いた。


「私もです。息子のジグと───年の離れた弟であるレナス以外、近しい血縁は、もうおりません」


 え───レナスはカデアの弟なの…?

 それじゃ───レナスとジグは、叔父と甥という関係性ってこと?


「ですから────そのようなお気遣いは無用です。私どもは、旦那様とリゼラ様に永くお仕えできるのならば、本望だと思っております」

「私たちは、坊ちゃまとリゼラ様をお護りするためならば、どのようなことも厭いません。それに、ジグの言葉ではありませんが────少しでも永く坊ちゃまとリゼラ様のお傍にあれるならば、こんな嬉しいことはありません」


「ラムル…、カデア…」


 ああ────この二人は、8年という年月を経ても、レド様への忠義を少しも損なうことなく、こうしてまた戻って来てくれたのだった。


 こんな気遣いはいらなかった─────


「そうですね…。貴方たちには、これからもレド様のお傍にいてもらわなくては」


 ラムルとカデアの忠心が───レド様と私を想ってくれるその気持ちが、私には本当に嬉しくて────この二人を大事にしたいと、心の底から思えた。



 

「あの…、リゼ姉さん」


 その温かな想いを噛み締めていると、アーシャがおずおずと私の名を呼んだ。


「わたしも…、わたしも、ずっとリゼ姉さんと一緒にいて────ずっとリゼ姉さんを護りたい」


 アーシャは、冒険者ギルドの応接室で見せた───あの決意を籠めた眼差しを私に向け、そう言ってくれる。


 アーシャの決意は疑っていない。だけど────アーシャに答えを出させるには、まだ早い気がした。


「ありがとう────アーシャ。アーシャが…、本心でそう言ってくれているのは解ってる。

でもね、私たちの“眷属”になるということは、不老───時を止めてしまうということなの。アーシャは、まだ身体が成長し切っていないでしょう。だから、今はまだ、そのままでいて────身体が成長を終えたら、私たちの眷属となるかどうか、そのときに決めよう?」


 幸い、アーシャは剣術の才能があるし、自前の魔力が多い。ジグとレナスに渡したものと同じ───魔力を循環させるピアスをつけているから、それによる身体能力強化だけでも、十分戦力となる。


 魔術は当分、使わずとも大丈夫なはずだ。


「……わかった。わたしが、もっと大きくなったら────リゼ姉さんの“眷属”にしてくれるのね?」


 アーシャの決意は揺るぎないようで、私が作ろうとした逃げ道を塞いだ。


 私は、アーシャが私と一緒にいたい、ずっと私を護りたいという、その気持ちを嬉しく思う一方─────まだ12歳にしかならないのに、まだ狭い世界しか知らないのに、私にすべてを捧げてしまうのは早いとも思ってしまう。


 だけど、アーシャは、私のそんな考えを見透かしているようだった。


「アーシャが成長を終えたとき、私の“眷属”になりたいと言ってくれるのなら────“眷属”にすると約束する」

「絶対だからね?」


 アーシャの強い念押しに、私は苦笑を漏らして頷く。


 数年後、アーシャがどちらを選ぶにしても────私はその意思を尊重し、受け入れるだけだ。今はまだ見守っていよう。



◇◇◇



 夕食を用意するために、カデアがラムルとアーシャを連れて厨房から出て行き────私とレド様、そして、ジグとレナスだけとなった。


「神竜人になったと言われても────正直、実感が湧かないな…」


 レド様は、ジグとレナスとじゃれ合ったことで、パニックになっていた気持ちが落ち着き、ようやく情報を呑み込むことができたみたいだ。


「正確には、まだ成っていないらしいですよ。レド様も私も、【契約】によって位階が上がった魂魄に合わせて、徐々に身体が創り替えられている途中だったのに、さらに位階が上がってしまったので────変化し終えるまで2年はかかるのではないかと、白炎様は仰っておりました」


「では、2年後には、完全に神竜人になるのか」

「ええ。そこで、おそらく肉体の老いも止まるだろうとのことです」

「リゼも?」

「はい」


 ジグとレナスは、私たちとは違い────私たちの魔力によって、魂魄と一緒に肉体が創り替えられ、もう変化を終えているとのことだった。


 同じく不老となったようで、もう姿が変わることはないみたいだ。


「これから、500年近く────おまえたちと過ごすのか…」

「何かご不満でも?」

「別に。随分、永い付き合いになるなと思っただけだ」

「そうですね。オレも、まさかそこまで永くルガレド様に仕えることになるとは、思いも寄りませんでしたよ」

「本当に。ですが────ルガレド様が仰っていた通り、まだ実感は湧かないですね」


 ジグとレナスと、しみじみと言葉を交わしてから────レド様は私に向き直って、私の頬にその大きな手を添えた。


「だが────リゼと、死に別れることなく…、ずっと共にいられるのは嬉しいな。残して逝くことにも、残されてしまうことにもならなくて────本当に良かった…」


「ふふ、私も同じことを考えていました。レド様をお一人にすることにならなくて────良かった、と」


 私は、レド様の手に自分の手を重ね────笑みを返す。


「ルガレド様?オレたちがいることもお忘れなく」

「…少しくらい、気を利かせろ」

「カデアに、ルガレド様からリゼラ様をお護りするように言われているので」


「……まさか────結婚するまで、二人きりにはさせないつもりではないよな…?」


 ジグとレナスは、ただ笑うだけで答えない。


「え、嘘だろ…?」


 レド様の愕然とした表情がおかしくて────つい、笑みが零れてしまった。ジグとレナスもつられたように、声を上げて笑う。


「リゼまで笑うことはないだろう?」

「ふふ、ごめんなさい」


 レド様がいて─────ジグとレナスがいる。もうすぐ、ラムルとカデア、アーシャも戻ってくる。


 こうやって笑い合いながら─────大事な人たちと、いつまでも過ごしていられたら─────


 そんなことを願いながら、私はレド様に微笑みかけた。


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