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第十六章―真実の断片―#4


 塔へと場所を移し、テーブルセットを取り寄せる。


 【結界】を張る必要がなくなったので、後は子供たちの様子を見て、ロウェルダ公爵邸へと向かうだけだが────その前に、白炎様にお話を聴きたいと思ったのだ。


 白炎様はイスの背に留まる方がいいかなと考え、イスは2脚取り寄せたが、白炎様は私の左肩から離れない。


 それを見て、今まで後ろに控えていたレナスが────ついに口を開いた。


「鳥───じゃなかった…、神よ、リゼラ様の肩ではなく、イスに留まられては?」

<何故おまえに指図されなければならない、小童。そんなところよりも、我が神子の肩の方がいいに決まっている>


 ああ、始まってしまった…。


 それにしても、レド様も、ジグもレナスも、白炎様も────どうして、ここまで子供みたいに感情的になるんだろう?


 白炎様は、まあ、まだ転生したばかりで幼子みたいなところが見受けられるから、そこまで不思議ではないけど────レド様も、ジグも、レナスも、ここまで感情的になるのは何故なのか…。


 そういえば───この前、『お邸はレド様の神気が充満しているから居心地が悪い』と仰っていた。


 もしかして、それが関係ある?

 お互いの“神気”に反発してしまう────とか?


 あ、それなら─────


 私は、体内を廻らせている魔力の流れを変えて、掌の方へ集めた。集中させた魔力を掌から外へ出す。


 魔力を外気に触れさせ、辺りに漂う魔素を集め操って()り固めていき、固めた魔素を編み込んで、レナスの周りにドーム状に取り巻いた。


 そう────【結界】だ。


「リゼラ様、これは…」

「ええと…、頭は冷えましたか、レナス」

<これは…、エルフの使う魔法ではないか。さすが、我が神子だ>


 白炎様、エルフはご存知なんだ。


「申し訳ございません、リゼラ様」


 レナスは表情を落とし、冷静な声音で謝罪の言葉を口にする。


 うん、いつものレナスだ。とすると、やっぱり────


<すまぬ、我が神子よ。その小童は、ガルファルリエムの小僧の神気が強くて、つい我を忘れてしもうた>


 白炎様が、落ち込んだ雰囲気で謝る。白炎様も我に返られたようだ。


「良かった。やっぱり、魔力───神気のせいだったんですね。いつもの皆らしくないなぁって思っていたんです」


<すまなかった…。其方を困らせるつもりはなかったのだ。我もガルファルリエムの小僧も、()()()()()()()()ばかりで───まだ神気を抑えることができぬのだ>


 存在を取り戻した…?────白炎様はともかく、レド様も?


「それは────レド様も…、存在を取り戻したというのは────どういうことですか?」

<うん?ガルファルリエムの小僧も、我と我が神子のおこぼれで、“魂魄の位階”が上がったではないか。そのおかげで、“神竜人”と成っただろう?>

「え───ええっ?」


 そんなこと初耳ですけども…。


 それじゃ────今のレド様は、人間じゃなくて、古に存在したという“神竜人”ってこと?


「あの…、白炎様。そもそも“魂魄の位階が上がる”というのは、どういうことなのですか?」


 この間は訊く暇がなかったが────今日はこれを確かめたいと思っていた。


<うむ、どう説明したら良いか…。そうだな────世界を一つの大樹だと考えてくれ。我ら神はその幹にいて、人間や獣───この地に生きとし生けるものは、枝の先に生る葉っぱだ。

しかし、其方やガルファルリエムの小僧は───他のものとは違い、幹から生えている枝葉だったのだ。葉っぱだけでなく、枝の部分も含めてだ。葉っぱのみの存在とは違い、枝に蓄えられた神力───魔力も使うことができた。だから、他のものよりも魔力が多かった>


「レド様だけでなく、私も────ですか?」


<其方の魂魄は、異界の神と触れ合った形跡がある。前世では────能力を与えられ、神子にまで存在を押し上げられていたはずだ>


 異界───地球の神と触れ合った…。神事で剣舞を捧げたときだろうか?


 そういえば────人には見えないものが見えるようになったのは、剣舞を任されるようになってからだった。


 霊視能力は、あの地に祀られた神様から授かった────ということ…?


<だが、こちらの世界に転生したことにより、宿ったのが魂魄に見合わぬ身体だったため、魂魄の位階も落ちていたのだ>


 魂魄と肉体は作用し合うということ────かな。


 だから、魂魄の弱ったセアラ様は、脆弱な肉体しか持てなかった…?


<それが、ガルファルリエムの小僧と“魂魄の契り”を交わしたことで、二人の枝が融合し、太い枝となった。そして、さらに我と繋がったことにより、幹に───世界の深淵とも繋がり、そこに流れる力をも取り込めるようになった、というわけだ>


 “魂魄の契り”というのは、おそらく【契約】のことだよね。


 なるほど…。葉っぱに流れる魔力が【固有魔力】で───枝に蓄えられた魔力が【共有魔力】。確かにそれなら、説明がつく。


 その上、幹からも魔力を供給できるようになった────と。


「レド様が“神竜人”になったというのなら────私も、人間ではなく…、何か別の存在になったのですか…?」


<其方は“神子”だ。“神子”とは、神の祝福と加護をその身に受け、世界に直に干渉することを許された者だ。

まあ、其方の場合、ガルファルリエムの小僧と契りを交わした時点で、“神子”であることを取り戻していたようだがな。

我の神子となったことで、其方は、より深く世界に干渉することができるようになった────というわけだ>


 何だか───話が壮大になってしまった。


 正直、自分がそんな存在になったと────しかも、生まれ変わる前からそうだったと聞かされても、今いちピンと来ないけど…。


 あれ?そういえば、レド様も存在を取り戻した───と仰っていたよね?


「あの、白炎様。レド様の場合は、どういうことなのですか?」


<うん?ガルファルリエムの小僧は、自分の子孫の身体に宿ってはいたが、神竜人の血が薄くなり過ぎていて、魂魄に見合っておらず、魂魄の位階も落ちていただろう?それが、其方と契りを交わし、その上、我らのおこぼれで、魂魄の位階が上がることにより神竜人であることを取り戻しただけだ>


 ()()()()()の身体────?


 もしかして───白炎様が、レド様を『ガルファルリエムの子』と呼ぶのは───“ガルファルリエムの血を引く子”という意味ではなく─────


「それは───レド様は…、ガルファルリエムの子供の魂を持っている───ということですか…?」

<そうだが?何だ、其方らは知らなかったのか?>


 いや、知りようがありません…。


<我は、会ったことがあるのでな。すぐに判ったぞ。当時は、生意気な子供でな…。────ん?今と変わらん気がするな…>


 もしや…、レド様と白炎様が仲が悪いのは、神気は関係なく────昔から相性が悪いだけ?



◇◇◇



「あと一つ、確認させていただいてよろしいですか、白炎様」

<ふむ、何だ?>

「レド様は神竜人に成られたということですが────“神竜人”とは、どういう存在なのですか?」


<我も、詳しくは判らぬ。何せ“神竜人”という存在は、あの小僧が初めてだったのだ。それに、我は、あの小僧と一度しか会っていないのでな。

ただ、神と神子の交わりの末に生まれた存在だ。たとえば、エルフは人間などより魂魄の位階が高い存在だが────それよりも、位階の高さは遥かに上になるはずだ>


「エルフよりも…?────あの、白炎様…、エルフの寿命は500歳から600歳と聞いているのですが、もしかして、レド様はもっと長く生きるということですか…?」

<生きるだろうな。まあ、千年は越えるのではないか?>

「千年以上……」


 そんなに─────永く…?


<おそらく…、彼奴も、其方と同じくらいは生きることになるだろうな>


 え?その言い方ってことは────まさか────


「わ、私も、千年以上生きるってことですか…?!」


<当たり前だろう。其方は神子の中でも、神に深く繋がり────神に近い存在なのだぞ?>


 千年以上という年数も───衝撃も大き過ぎて、理解が追い付かない…。


 だけど、レド様を一人にしてしまわずにすむということだけは────それだけは、安堵した。


<ついでに言うと、そこの小童と、この間の小童も────まあ、エルフどもと同じくらいは生きると思うぞ>

「え、どういうことですか?」

「は?」


 黙って聞いていたレナスも、思わずと言った風に声を上げた。


<小童どもは、其方とガルファルリエムの小僧の“眷属”となっておるからな。それによって、其方たちほどではないが、魂魄の位階が上がっておるのだ>


「“眷属”…?」


<其奴らは、其方とあの小僧と繋がり────なおかつ其方らの濃密な魔力を、長い時間その身に流し続けているだろう?そうすると、身体だけでなく魂魄も、其方と小僧の魔力によって強化され────魂魄の位階が上がるというわけだ>


「そんな────」


 私たちが─────ジグとレナスの存在を変えてしまった…?


<我が神子よ、どうした?────どうして、そんなに悲しそうな顔をしておるのだ?>


「だって…、それじゃ────ジグも、レナスも…、大事な人に先立たれてしまうということでしょう?────いずれ…、一人になってしまうということでしょう…?」


 私とレド様はいい。同じくらい生きられるみたいだから。


 でも、二人は────二人が、伴侶を見つけても、それでは────同じ時間を生きられない。


「リゼラ様…」


 レナスは、呆然とする私の傍らに片膝をつき、私の右手をとった。


「大丈夫です、リゼラ様。オレもジグも、ルガレド様にこの身を捧げることを────生涯、その傍でお護りすることを誓っております。よって、家庭を持つことなどありえません。ですから────リゼラ様、そんなことで、お心を痛める必要はないのです」

「でも…」


「ルガレド様も、リゼラ様も、オレたちより永く生きるのでしょう?それなら、オレたちが一人になることなど、あり得ないではないですか。

それとも────お傍には置いてくださらないのですか?」

「そんなこと─────私は…、レナスとジグに、レド様の───私の傍にいて欲しいと思っています」

「だったら、もうお気になさらないでください。それと───オレたちに魔術を使うことを控えさせようなどと、考えないでくださいよ?」

「!」


 レナスには、私の考えはお見通しだったようだ。思わず、口元が緩む。


「レナスには敵わないですね…」


 私は息を吐くと、笑みを消し────レナスを見据えた。


 レナスは覚悟を決めている。ならば────私が()るべきは、受け入れることだ。


「レナス…、どうか最期まで────レド様と私の傍にいてください」


 私の手の甲に額をつけ、レナスが誓いの言葉を口にした。


「この命尽きるまで…、ルガレド様を────リゼラ様を、お傍でお護り致します」


 これは、伝統的な“騎士の誓い”だ。


 文言は少し違うし、彼は騎士ではないけど────レナスの本気が伝わってきて、胸が熱くなった。


 レナスは、その生涯をレド様だけでなく、私にまで捧げてくれている。そのことを噛みしめ────口を開く。


「ありがとうございます…、レナス」


 自然と、笑みと礼が零れた。


 彼が、いつの日か、この決意を後悔しないように────誇ってくれるように、その忠義に見合う主となることを、私は心に決めた────


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