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第十六章―真実の断片―#3


 夕食後、何だか恒例となってしまった“厨房での話し合い”を行う。まあ、話し合いというより、あの山での一連の出来事の報告だけど。


「神の次はエルフで────神聖術の次は…、エルフの独自魔法か」


 レド様が、ちょっと呆れを含んだような声音で、呟く。


 ラムルも、レド様と似たような感じだ。カデアとアーシャは、何だか興奮しているように見える。


「会得したのは、【結界】と【静止】、それに【迷走】───だったか?」

「はい」


 あの後、どうせならと思い、【心眼(インサイト・アイズ)】を験しがてら、【静止】と【迷走】も分析して会得した。


「後で検証してみようと思っています。特に【結界】は役に立ちそうですし、【静止】に関しては、【防衛(プロテクション)】と効能が重複しているので、比較してみるつもりです」

「解った。それで、拠点の件はどうだった?リゼの考え通りにできたのか?」

「はい。どうも拠点を収納する専用スペースというものがあるらしく、【異次元収納庫】ではなく、そちらに収納されたようですが…」

「拠点を収納するスペース…。では────拠点は持ち運べるのだな…」

「そのようです」


 レド様は少しだけ何か考え込んだようだったが────話を続けた。


「ジグとレナスの訓練はどうだったんだ?」

「二人とも、魔物や魔獣に対しても気配を断つのが巧く、奇襲は成功するのですが────やはり、レド様や私のようにはいかないですね。ジグとレナスが魔物や魔獣と戦うとしたら、よほどの場合となりますから、魔術を駆使する戦い方にシフトした方が良いと思います」

「そうか。では、引き続き、ジグとレナスのことはリゼに任せる」

「はい、お任せください」


「話さなければならないのは、これくらいか?では────」


 報告が終わって、レド様が締めに入ろうとしたので、私は慌てて口を挟んだ。


「お待ちください、レド様」

「何かあるのか?リゼ」

「レド様、初めて地下調練場で鍛練したときのことを覚えていますか?」

「ああ、覚えているが…」


 あれ?あのときも同じような問答して、レド様がこんな風に首を傾げた気がする。


「あのとき、古代魔術帝国についての疑念を話したことも────覚えていますか?」

「…ああ」

「ここにいる皆に、あの疑念を伝えるべきではないかと思うのですが」

「何故─────ああ、そうか…!あの会話…、ジグもレナスも聴いていないのか」


 さすがレド様、すぐに察したようだ。


「旦那様、一体何のお話ですか?」


 (いぶか)るラムルに───テーブルを囲む仲間たちに、レド様は、あの日湧き上がった疑念を語って聞かせた。


 魔術や魔導機構の傾向、【聖騎士(グローリアス・ナイト)】の存在から(かんが)みて、古代魔術帝国は軍事に力を入れていたようだということ────


 この世界には“記憶持ち”が存在するのに、古代魔術帝国の詳細どころか名称すら伝わっていないのは、もしかしたら意図的に情報が消されたのではないかということ────


「なるほど…。確かにそれは疑問ですな」


 ラムルが、眉を(ひそ)めて顎を(さす)る。


「ああ…、それで、リゼラ様はエルフが里を捨てたのが、1600年前───古代魔術帝国の時代だと知って、考え込んでいたんですね?」

「ええ。古代魔術帝国が軍事に力を入れていた理由と、エルフが里を捨ててまで何処かへ行ってしまった理由に関連があるとしたら────あの時代に何があったのかと考えてしまって…」


 疑念というよりも、微かな不安を伴う疑問を零すと、皆は静まり返った。


「まあ、これは俺たちの杞憂かもしれない。だけど────気には留めておいて欲しい」

「解りました」


 レド様の言葉にラムルが応え、他の皆も神妙な顔で首肯した。



 話が一通り終わると、締めがすっきりしない話になってしまったせいか、何だか重い雰囲気が漂っている。


「お茶を淹れ直そうと思うのですが、皆も一緒に飲みませんか?」


 私が提案すると、真っ先にレナスとアーシャが頷き、他の面々も頷いた。

 ────レド様以外は。


「リゼ…、話も終わったし、解散で良くないか?」

「ルガレド様は、リゼラ様と二人きりになりたいだけでしょう」

「お茶くらい、させてくださいよ」

「お前らは、今日一日リゼの傍にいられたのだから、それで満足だろう。俺は、二人きりどころか、傍にもいられなかったんだぞ」


 何か、ジグとレナスが、こうやってレド様を揶揄う光景もお馴染みになってきたな────と思いながら、私はお茶を淹れる。


 ついでに、ドライフルーツを取り寄せて、テーブルの真ん中に置いた。


「わあい、リゼ姉さんのドライフルーツだ。もらってもいい?」

「どうぞ」


 はしゃぐアーシャが可愛くて、笑みが零れる。


 アーシャは、最近、こうして身内だけでいるときは、口調と呼び方を無理に正そうとはしなくなった。


 仕事をきちんと熟すことが第一で、言葉づかいや態度はきっちり使い分けができればそれでいい、というのが、ラムルとカデアの───というよりファルリエム辺境伯家の方針らしい。


 その代わり、人前で粗相をしたときは物凄く厳しく叱っていたけど。


「リゼ姉さんのドライフルーツは、みんなが作るのより美味しいよね。何でかなあ?」

「そうなの?」

「うん。それに、見た目もキレイ」


 もしかしたら、例によって魔法を使って作っているせいかな…。



「それにしても、さっきのお話。“古代魔術帝国”ってすごい国だったんだね。前にいたところでは聞いたことがなかったから、そんなにすごい国だとは思ってなかったよ」

「え?」


 ガドマ共和国では、古代魔術帝国のことが伝わっていない…?


「全然、聞いたことがなかったの?」

「うん。前にいたところでは、神の国ガンドニエルムが滅んだあと、そんな国があったなんて誰も言っていなかったよ」


 神代の昔、神々が地上に築いた楽園────ガンドニエルム。


 神々が天に帰ることになり、地上を離れた瞬間に地の底深く沈んでしまったという。


 楽園が消え去った大陸に、天に帰る神の一柱から地上を任された一人の魔術師が、古代魔術帝国を築いた────とだけ、伝承が残っている。


 国の名称、版図など────そういった情報は何も残っていない。


 ────ガドマ共和国には、その伝承さえ伝わっていない?

 

「リゼ?どうした?」


 レド様に心配そうに顔を覗き込まれ────私は我に返った。

 今日だけでも、色々な情報が入ってきたせいか、何だか頭が重い。


「あ、いえ…。レド様も、ドライフルーツいかがですか?」

「ああ、もらう。リゼのドライフルーツは美味しいからな」


 レド様の嬉しそうな笑顔を目にして────少しだけ頭が軽くなったように感じた。



◇◇◇



「リゼ、どうしても行くのか…?」

「はい」


 エントランスホールの【転移門(ゲート)】の前で、レド様は、まるで、私がお邸を出て行ってしまうかのように悲しそうに言った後、私の意思が覆らないと知ると────険しい表情になり、レナスに向き直る。


「レナス、任せるからな。決して、あの鳥野郎の好きにさせるなよ?」

「は、お任せください。必ずや、あの鳥からリゼラ様を護ってみせます」

「頼んだぞ」


 ……用事があって孤児院に行くだけなのに、大仰(おおぎょう)過ぎやしないですか、二人とも。



 レド様は、今日もロルスによる授業だ。


 私の方は孤児院に赴き、昨日会得した【結界】を張ろうと考えている。


 私の場合、補佐官の仕事は辺境に行ってからでもラムルに学ぶことができるため、ロイドの授業は時間があるときだけ受けさせてもらっている。


 孤児院に設けた【転移門(ゲート)】へと跳んで、北棟に足を踏み入れた直後、弾丸のごとく真っ白いものが胸元に飛びついてきたので、私は反射的に受け止めた。


<我が神子よ、待っておったぞ…!>

「え?白炎様?」


 姿かたちは確かに白炎様だけど、大きさが“オウム”くらいに変わっている。


「どうなさったのですか、そのお姿は」

<大きいと、其方にくっついていられないからな。頑張って、変化(へんげ)してみたのだ>


 白炎様は、そう言って私を見上げる。表情はないはずなのに、得意げに見えて────それが可愛くて、私は思わず微笑む。


「リゼラ様───それでは私どもは、孤児院の方に参ります」


 ラムルに後ろから言われ、私は白炎様から意識を移す。


「解りました。ラムル、カデア、子供たちをお願いします」

「はい、お任せください。────レナス、リゼラ様を困らせるなよ」

「心得ています」


 レナスが応えると、ラムルとカデアは先に北棟を出て行った。


「私たちも移動しましょうか」


 左肩に白炎様を載せて歩き出す。白炎様は楽しそうに、また話し始めた。


<それとな、我は姿をくらませる術も覚えたぞ。これで、其方の傍を離れなくて済む>


 私と少しでも一緒にいるために?────白炎様のそのお気持ちに、私は嬉しくなる。


<ここのところ、練習のために“深淵”を出て寺院の中を回っていたのだが、人間というのは面白いな。色々な者がいて────特に幼い人間というのは見ていて飽きない。小さいくせに、何でも自分でやりたがって…、よたよたと歩いているのを見ると────こう…、手助けをしてやりたい気になるのは何故だろうな?>

「ふふ、可愛いですよね?」

<可愛いというのは────ああいうことを言うのか…>


 そんなことをしみじみ言う白炎様も、微笑ましくて可愛いですけどね。


<なあ、我が神子よ。其方は、彼奴らが大事なのだろう?もし───我がこの寺院を護ると言ったら、其方は喜んでくれるか…?>


 白炎様の言葉に、私は足を止めた。


 孤児院の前身である───この寺院は、白炎様の死後いつの間にか建てられ、白炎様には与り知らないものだと仰っていた。それなのに────


「ここを────子供たちを…、護ってくださるのですか…?」


 白炎様が、私の肩から下りたので、反射的に左腕を差し出すとそこにふわりと留まる。白炎様は身を翻して真正面から、私の顔を覗き込む。


<ああ。…どうだ、喜んでくれるか?>

「勿論、護ってくださるなら────とても、嬉しいです。ですが…、白炎様はお生まれになったばかりです。ご負担になりませんか?」

<この寺院が建つ敷地内に、悪しきものを入れぬようにするだけだ。我は神ぞ。そんなこと造作もない。だから、我が神子よ、我に任せてくれ>

「それならば────お願いします、白炎様。どうか、ここを───子供たちをお護りください」

<うむ、我に任せておけ。其方の大事なこの場所を───大事なものたちを、悪しき輩に害させることなど、決して許しはせぬ。其方が与えてくれたこの“白炎”の名に懸けて────>


 新年度になれば、皇都を離れることになる。古代魔術帝国のセキュリティーは施したものの、それでも、この孤児院のことが気がかりだった。


 けれど────白炎様が護ってくださるなら、安心できる。


「ありがとうございます、白炎様。本当に…、嬉しいです」

<其方が喜んでくれて、我も嬉しい>


 白炎様は、再び私の左肩に飛び乗って、私の頬にその柔らかく滑らかな羽毛を擦りつけた。


 私は幸せを感じながら────瞼を伏せ、白炎様の柔らかな感触に身を委ねた。


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