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第十五章―それぞれの思惑―#3


 ラムルとカデア、そしてジグを伴い、孤児院に設置した【転移門(ゲート)】へと跳ぶ。白炎様は、私の頭に張り付いた状態で、ついて来た。


 レド様とレナス、アーシャはロウェルダ公爵邸へと向かったので、一緒にはいない。


「白炎様、少しの間、こちらの棟でお待ちいただいてもよろしいですか?」


 今日は、この間できなかった、この北棟の改造の続きをするつもりだ。


 その前に、孤児院の方の様子を見てこようと思っている。不具合などないか、子供たちに確かめたい。



───何故だ?───

───我も其方と共に行きたい───



「子供たちの前に姿を見せてもよろしいのであれば、私としては構わないのですが…」


 幼い子供たちは、白炎様が神だとは気づかず、見たことのない大きな鳥としか思わないだろう。だけど、問題はそこではない。


 問題は────白炎様のその容貌だ。


 ふさふさで滑らかな────白炎様の白い羽毛を、子供たちはとても気に入るはずだ。


 きっと、悲惨なことになる────白炎様が。


「リゼラ様、本人がこう言っていることですし、構わないのでは?」


 ジグがしれっと提言する。ジグ、絶対解って言ってるよね…。


 何か察したのか────白炎様は私の頭から離れて、今度はジグの頭に張り付いた。


「な…っ?!」


 珍しく、ジグが面食らっている。



───おまえも、ガルファルリエムの小僧の側にいたあの小童のように、姿をくらませるのだろう?───

───仕方がないから、我はおまえと行くとしよう───



 白炎様はどうやら、レナスが【認識妨害(ジャミング)】を発動させるところを見ていたらしい。白炎様の方が、一枚上手だったようだ。


「ジグ───すみませんが、白炎様をお願いできますか?」

「……リゼラ様の頼みとあらば」

「ありがとうございます、ジグ」


 白炎様は、ジグの頭の上で、まるで人間が肘をつくように────大きな翼を折り曲げて自分の顎を載せている。


 何というか────すごく、ふてぶてしく見えるのですが…。


 私のときもこんな感じだったのだろうか。もっと、こう甘えているような感じに思えたけど。


 ジグは、物凄く微妙な表情をしている。ジグには、後で何かお詫びしよう…。



 気を取り直し、塔を抜け、南棟に繋がる扉を開けた。


 この扉は、私かレド様、それに私たちが許可した者にしか、開けられないようになっている。


「リゼ姉さん…!」


 扉は、厨房の脇にあるので、遅い朝食を摂っていたらしい子供───ミナというアーシャと同じ年頃の少女が、私に気づいて立ち上がって駆け寄って来た。


 ラドア先生はいない。執務室かな。


「おはよう、ミナ。今日は、お仕事お休みなの?」

「うんっ。今日は、おかみさんの娘さんが子供を連れて遊びに来るから、お店はお休みなの」


 ミナは、お針子見習いをしている。


 この孤児院では、自分で繕いができるよう、上の子から下の子へ針仕事を教える習慣があるのだが────ミナは針仕事が好きなようで、現在は街にある小さなアトリエで修行中だ。


 貴族が利用するようなアトリエではないけれど、裕福な平民の間で根強い人気のある老舗のアトリエで────ラナ姉さんもマドラのアトリエに就職する以前に修行させてもらったことがあり、今でも仕事を回してもらったりしてお世話になっている。


「そうなの。仕事は順調?」

「うんっ。段々できることが増えてきて、楽しいっ」

「ふふ、良かった。新しい部屋はどう?不自由なところとかない?」

「あっ、そうだった…!リゼ姉さんに会ったら、お礼を言いたいと思ってたの。本当にありがとう!部屋もトイレも洗い場も、すごくいい!不自由なところなんて、一つもないよ!」


 ミナは興奮気味に続ける。


「“二段ベッド”?も寝やすいし、机も大きくて縫物もしやすいし、一人に一つずつランタンがあるのも嬉しいし、専用のキャビネットがあるのも嬉しい…!」


 使える部屋は増えたけど、それでも、一人に一部屋宛がうのは不可能だったので、基本、二人部屋だ。


 シングルベッドを二つ並べてしまうとそれだけで部屋が埋まってしまうため、前世のものを真似た“二段ベッド”を片側に造り付け、向かい側に小さめのテーブル、その両脇に一つずつ背の高いキャビネットを配置した。


 机ではなくテーブルにしたのは、勉強だけでなく、ミナのように針仕事をしたり、冒険者をしている子が装備の手入れをしたりできるようにだ。


 一応イスは二脚ずつ用意したけど、大きさ的に作業するときは、二人並んでは無理なので、そこは交代しながら使ってもらうしかない。


「それに、机の引き出しに入れてくれた鏡とか、櫛とか、化粧品とか、本当に嬉しかった…!」


 テーブルをドレッサーのようにすることも考えたけれど、切れ込みが入っていると、作業するとき気になっちゃうかなと思って、引き出しにした。


 その代わり、手鏡は少しだけ大きめにして、立てて使えるようにしてある。


 女の子が使う引き出しには、化粧品も入れておいた。といっても、荒れた肌を整えるクリームと、ほんのり色付けしてあるリップクリームだけだけど。


 これは、私のお手製だ。ラノベやゲームでいうところの“鑑定スキル”と同様の能力───【鑑識(ジャッジメント)】を験したときに、よく目にする薬草に保湿成分があることが判って、作ってみたのだ。


 効果があることや人体に害がないことは【解析(アナライズ)】で判ってはいるけど、実際の使用感を聴いてみてから、サヴァルさんに相談して、薬師にでもレシピを持ち込もうかなと考えている。


「それに、それに、洗い場もすごくいい!」


 北棟の両隣に一つずつ、平屋造りの洗い場を新設した。


 私のイメージとしては前世で泊まった旅館の“共同浴場”で、入って手前に脱衣場を設え、左側の壁に着替えやタオルを入れておく棚を造り付けて、右側にカウンター台と鏡を取り付けた。


 その奥に、全面石造りの洗い場と湯舟を設えた。


 湯舟は、皆で入れるように洗い場と同じだけ広さをとってある。蛇口は念のため一つだけ端につけてあるが、湯舟の底に魔道具を装った魔導機構を仕込み、常にお湯が張られていて────温度管理だけでなく、常に清浄を保つようになっており、基本、桶で湯舟からお湯を汲んで、身体や頭を洗う。


 そして、ここは洗濯場も兼ねている。勿論、換気や排水もちゃんと施した────古代魔術帝国の技術で。


「男と女でちゃんと分かれているから安心だし、お湯が使えるのも嬉しいよ」


 今までは、敷地内にある井戸の冷たい水で、服も身体も洗っていた。


 夏場はいいけど、冬場は寒くて風邪ひく子が多かったし────男女で使う順番で揉めたり、近所からも丸見えで問題しかなかったので、洗い場は絶対造ってあげたかったのだ。


「喜んでもらえて良かった」

「みんなも喜んでるよ。本当にありがとう、リゼ姉さん」 


 ミナが本当に嬉しそうに満面の笑顔でそう言ってくれて、私も嬉しくなって笑みを零した。


 笑うミナが可愛くて、衝動のままミナの頭を撫でていると────厨房を挟んだ反対側に新たに設けた扉が開いて、男の子が二人入って来た。


「あっ、リゼ姉!」

「えっ、あっ、リゼ姉ちゃん!」


 アーシャと同じ年頃で、すでに冒険者として仕事をしている───ラギとヴィドだ。


「何だよ、ミナ。リゼ姉が来てるんなら呼べよ!」

「そうだよ、何で呼ばないんだよ」


 二人に責められ、ミナは目を潤ませて、私の後ろに隠れる。


「ラギ、ヴィド、私は今来たばかりだよ。────それよりも、農場への付き添いありがとう、二人とも。出迎えられなくてごめんね」

「リゼ姉、倒れたんだろ?こんなところに来て平気なのかよ?」

「そうだよ。寝てなくていいの?」

「ちょっと張り切り過ぎて疲れちゃっただけだから、大丈夫。

二人は、今日は仕事お休みなの?」

「ああ。昨日の仕事で、仲間がケガしちゃってさ。そいつが動けるようになるまで休み」


 ラギが溜息を()く。


「ケガ?────魔獣?」


 ラギとヴィドは、同じパーティーに所属している。それなりに実力のあるパーティーで────確かCランクだったはずだ。


「ちがう、魔物。魔物の集落潰しに参加したんだけど、仲間が油断しちゃってさ」

「そっか。二人も気を付けてね」

「大丈夫、ちゃんとわかってるよ」

「リゼ姉に散々、言われてるもんな」


「「常に周りを見て、どんなときでも考えるのを止めず、ここに帰ってくるまで気を抜くな」」

「だろ?」「でしょ?」


 ラギとヴィドが唱和して、にっと笑う。


 どんなときでも考えるのを止めるな────これは、前世の刀術の師匠だった“師範代”───祖父の教えだ。


 窮地でも考えるのを止めなければ、活路を見出すことができるかもしれないのに、簡単に諦めてしまうな────それが、祖父の口癖だった。


 前世では『おじいちゃんは熱血だね』と“お兄ちゃん”と笑ってたけど、転生して幾度か死線を経験して、今はこの教えがいかに大事か実感していた。


 子供たちにも、最期まで諦めず、屈せず、抗って────生きて帰って来て欲しいと思っている。


 ラギとヴィドの二人が、私が教えたことを守ろうと思ってくれていることが判って、私は嬉しくなった。


 笑みを向けると、二人とも頬を赤くして、顔を逸らす。思春期の男の子らしいな───と微笑ましくなって、私は笑みを深めた。



◇◇◇



「ところで、新しい部屋はどう?不自由なところとかない?」

「すっごく、快適!」

「あのベッド、すごくいいよ!自分だけの場所って感じで」

「ふふ、それなら良かった」


 二人とも、新しい部屋を気に入ってくれたようだ。


 二段ベッドって何かいいよね。前世の私は個室だったから、二段ベッドだったことはなかったけど、幼い頃の友達が妹と共有していて、羨ましかった記憶がある。


「それから、あの地下の広い部屋、あれもすっごくいい!」


 この“地下の広い部屋”とは────実は、こっそり地下に繋いだ、支援システムの支給事項の一つ“調練場”のことだ。


 この厨房のパントリーは地下に設えられている。その小さなパントリーの奥に扉があり、そこは鍵が紛失していて、ずっと“開かずの間”だった。


 今回、【最適化(オプティマイズ)】のおかげで開くことができて、その部屋はパントリーと同じくらいの狭い部屋であることが判ったのだけど、子供たちはそれを知らない。


 だから、パントリーを拡張して、その先に調練場を繋げて───かなり広い異次元空間となったが、“開かずの間”のせいで判らなかっただけで、元々、広い地下空間があったのだろうと考えてくれているはずだ。


「広いから、鍛練もできるし、騒いでても文句言われないし」


 この孤児院の庭は土壌が悪くて草木が育たず、ずっと空き地のままだったので、庭で、子供たちが鍛練したり、幼い子供たちが遊んだりしていたのだけど────住宅に囲まれているため、ちょっと歓声を上げたりすると、すぐに苦情が寄せられていた。


 でも、これで気兼ねなく、遊んだり鍛練したりできるだろう。天候も気にしなくていいしね。


 良かった。今のところ、不具合や不満はなさそうだ。


 ミナとラギ、ヴィドに挨拶して、元待合室にいる幼い子供たちの様子を見に行こうと思ったとき────不意に、ラギが口を開いた。


「なあ、リゼ姉────アーシャは、リゼ姉の侍女になったんだろ?」

「そうだけど」

「それなら…、オレをリゼ姉の騎士にしてくれよ」

「え?」


 突然のラギの言葉に、私は瞬いた。ラギの表情は真剣で、冗談で言っているわけではなさそうだ。


「ボクも!ボクも、リゼ姉ちゃんの騎士になりたい…!」


 ラギに返答する間もなく、ヴィドまでそんなことを言い出す。


 どうしよう────ラギもヴィドも、本気で言っている。どう応えるべきか、逡巡したそのとき────


「ほう…、リゼラ様の騎士になりたい───と?」


 後ろで静かに控えていたはずのラムルが、いつの間にか、私たちの間に割り込んでいた。


「何だよ、おっさん。邪魔しないでくれよ」

「そうだよ」

「私は、この国の第二皇子ルガレド殿下に仕える執事だ。ルガレド殿下は、リゼラ様の主で────婚約者であられる。当然、リゼラ様も私の主となる」

「だから、何だよ」


「私と手合わせをして勝てるようなら────ルガレド殿下に、君たちをリゼラ様の騎士としてくれるよう、頼んであげてもいい」


「えっ、ホントに?!」

「ホントかよ、おっさん…!」


 ラムルの言葉に、私は眼を見開いた。


 今日、ラムルとカデアが私について来たのは、私の身を心配したレド様の指示だ。


 だけど────ラムルにとっては、これも目的だったんだ。レド様の配下を育てるには、この孤児院はうってつけだ。


 ああ…、だから────あのとき、私の魔力が増大したことを確かめたのか。魔力が増えれば、それだけ【配下(アンダラー)】も増やすことができる。


 ラムルは、私が察したことに気づいたようだ。どうするのか、その眼が問う。


 私が迷ったのは、一瞬だけだった。


「それでは────ラムルに任せます」


 私がそう答えることを、ラムルは解っていたのだろう。うっすらと笑いを浮かべ、優雅な動きで一礼する。


「ありがたきお言葉」


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