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第一章―契約の儀―#3


 初めて踏み入った皇城内の聖堂は、6歳のとき神託を受けた教会の聖堂と似ていた。


 半円形の舞台の上に、さらに円形のガゼボのようなものが設えられている。そこには、古代魔術帝国の遺産である、現在の技術では到底編み上げられない魔術陣が描かれている。


 どういった塗料なのか────古代魔術帝国の崩壊から1500年あまり経った今も、それは消えてしまうことなく存在している。


 その魔術陣は、古代魔術帝国で契約の儀が行われる際、用いられていた契約魔術らしい。


 ただ、その発動条件がきちんと伝わっておらず、その魔術陣上で定められている契約の儀の“誓言”を唱えても、発動したのは数えるほどしかないのだという。


 現在は、ただ魔術陣上に立って誓言を交わし、剣の授与を行うだけの───形骸化した儀式をするようだ。


 隣にいるイルノラド公女が私に向かって、私の服装が貧相でみっともないだの、自分の足を引っ張るななどと喚いていたが────無視して舞台をしげしげと観察していると、侍従に先導されて、二人の青年が舞台の脇にある扉を潜って現れた。


 先に入って来たのが、ジェスレム皇子だろう。


 まさに王子様といった派手ないで立ちの、金髪に緑色の眼をした美青年と言ってもいい容貌だが、何て言うか驕り高ぶったような表情が、私にはとても気色悪いものに感じた。



 続いて入って来た青年が、不意に立ち止まった。


 どうしたんだろうと思って見遣ると、相手も私をじっと見ていて────その視線に絡めとられた。



 この方が…、ルガレド殿下────私の主となる人。



 噂通り、左眼に眼帯をつけている。眼帯を潜るように左側の額から頬にかけて、一筋の太い刃傷が走っていた。


 対照的に、通った鼻筋を境にして右側は、本来のまま整っていて、その淡い紫色の瞳をした切れ長の眼が私に向けられている。


 そして───後ろに撫で付けられた白銀に煌く髪に、すらりとした長身。


 貴族間では醜悪な姿と言われているらしいが、どこがだろうと思う。醜悪どころか───すごく格好良くない?


 ルガレド殿下が再び歩き出し、魔術陣の側で立ち止まるのを、私はぼうっとしたまま目で追った。



 どこからか出てきた司祭が、口上を述べ始める。


 それを聞き流しながら、私は今更ながら不安になっていた。


 ルガレド殿下が私のこと気に入らなかったらどうしよう。それ以前に、私の噂を信じていて、私が親衛騎士になるのを嫌がっていたら…。


 もしかして、イルノラド公爵家と絶縁したあのとき、断った方がルガレド殿下にとっては良かったんだろうか────


 そんなことを考えている間に、どうやらジェスレム皇子とイルノラド公爵公女の契約の儀が終わったようだ。



 司祭に名を呼ばれたので、舞台上へと昇って、不安のせいで重くなった足取りのまま、すでに魔術陣で待機しているルガレド殿下の(もと)へと向かう。


 途中、ジェスレム皇子と舞台の隅へと移動した公女が、誇らしげに赤い両手剣を抱き締めているのが目の端に映った。


 え───何あのすごい色の派手な剣。


 一瞬公女が授けられたらしい剣に意識が行ったが、ルガレド殿下の許に辿り着くと、また不安と緊張に引き戻された。


 魔術陣の真ん中で、ルガレド殿下と向かい合う。私は意を決して────ルガレド殿下を見上げる。


 間近で見るルガレド殿下の顔には、蔑みや訝し気な色は微塵も見当たらなかった。そこにあるのは、私と同じ────不安と緊張。


 私は安堵して、強張っていた顔を緩ませた。


「…っ」


 殿下が驚いたように、右眼を見開いて軽く息を呑んだことに気づき、私は慌てて顔を引き締める。


 まずい───突然にやにや笑ったから、変に思われたかな。



 私はごまかすように、片膝をついた。そして、誓言を述べる。


「わたくし───リゼラは、我が力、我が才、我が命を貴方に捧げることを誓います。どうか、貴方の盾となり、剣となる栄誉を、わたくしにお与えください」


「…我───ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダは、其方に我が信頼、我が命を預けると誓う。その証として、この剣を授ける」


 耳の奥に残るような低い美声で誓言を述べ、ルガレド殿下がその腰に提げていた剣を手に取り、私へと差し出す。


 柄も鞘も白く、随所を(シルバー)で彩られたその剣を、私は両手で受け取った。その瞬間────足元から突如、強い光が迸った。


「「っ?!」」



【誓言】を認識───発動条件クリア───

契約魔術(コントラクト)】を発動します───



 感情を感じさせない無機質な声が、耳を経由せず、直接頭に鳴り響いた。



(マスター)】ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダ───【守護者(ガーディアン)】リゼラ───契約完了

支援(サポート)システム】を始動します───

管理亜精霊(アドミニストレーター)】にアクセス───

 接続許可を申請───許可を確認───【接続(リンク)】───成功

魔力経路(マナ・パス)】を開通───完了

魔力炉(マナ・リアクター)】認知不可───設置します…



「?!」


 直後、身体の奥で、大量の魔力が渦巻く。私はパニックに陥りかけるが、その感覚はすぐに消えた。



───完了───起動───正常

(マスター)】【守護者(ガーディアン)】の魔力同期を開始します───成功

総合魔力量の測定開始───完了───【SSSクラス】と認定

特級(エクストラグレ)支援(ードサポート)】が可能と断定───

魔術駆動核(マギ・エンジン)】認知不可────設置します───

転送───設置───完了

魔術駆動核(マギ・エンジン)】起動───正常───

管理亜精霊(アドミニストレーター)】に【接続(リンク)】───成功

使用可能魔術を算出───完了

魔術駆動核(マギ・エンジン)】に【魔術式(マギ・スキーマ)】の書き込み(ダウンロード)開始──────完了


  

 途切れることなくアナウンスが鳴り響き、その度に起こる身体の中を掻き回されるような魔力の奔流に、私は気を失わないようにするのが精一杯で、周囲のことを気にする余裕もない。


 

最適化(オプティマイズ)】を開始します───【潜在記憶(アニマ・レコード)】検索───【抽出(ピックアップ)】───【顕在化(セットアップ)】…


  

 魔力の奔流が、握ったままの剣へと流れ込むのを感じて視線を落とすと、剣が光を放った。私は手の中の剣が形を変えていくのを、ただ唖然として見ていた。


 やっと光が収束したとき───私の手の中にあったのは、一振りの刀だった。直剣だったものが、緩く反り返った刀へと変貌していた。


 刀をじっくり確かめる間もなく、今度は身に着けている服や靴、装身具が光り出す。



─────【最適化(オプティマイズ)】が完了しました


 

 その言葉を最後に、声は止んだ。魔術陣が発していた光も、同時に消え去る。ようやく戻った視界には、ルガレド殿下の愕然とした表情があった。


 お互いの表情を確認した次の瞬間には、私もルガレド殿下も我に返り、周囲の反応を窺っていた。


 皆一様に驚愕した様子で、絶句していた。


 当然だ。私たちの契約の儀式など、第四皇子とイルノラド公女の儀式のオマケ、あるいは引き立て役に過ぎず、まさか契約を成功させるとは誰も予想していなかったのだから。


 一番気になるのは、ジェミナ皇妃一派の反応だった。


「…ぁ、こ、これにて、ルガレド皇子とリゼラ殿の契約は結ばれました」


 自分の役目を思い出したらしい進行役の司祭が、慌てて宣言した。


 それを機に私とルガレド殿下は、魔術陣から降りる。


 事前に、儀式後はジェスレム皇子とイルノラド公女と同じ場所で控えるよう指示を受けていたが───ルガレド殿下は反対側の隅に歩いて行った。私もルガレド殿下の後を追う。


 おそらく、剣や礼服が変わったことに気づかれると厄介だからだろう。



 私の手の中にある、一振りの白い刀。


 形状が変わったことは勿論のこと、白地であることや装飾の意匠など大まかなデザイン自体はそのままだが、彩りだった(シルバー)星銀(ステラ・シルバー)に置き換わっているし、細長いガードが円形の(つば)へと変わってしまっている。


 そして────礼服。


 こちらもデザインはそのままで、素材は明らかに違っていた。見た感じ高級感は変わらないのに、物凄く軽いのだ。多分、丈夫さも増しているのではないかと思う。


 私の礼服はともかく───ルガレド殿下の礼服の方は、ボロボロだったのが嘘のように、新品同様になっているので、間近で見ればその変化は一目瞭然のはずだ。



 司祭が続けて儀式の終了を告げると、先程殿下たちを先導した侍従が司祭に替わって舞台に上がった。


「皆さま、お立合い、お疲れ様でございました。ホールに祝賀会の準備が整っております。そちらの方へ、どうぞお向かいください」


 侍従の言葉を皮切りに、皇王陛下から順に聖堂を出て行く。


 続々と観客が出て行くのを眺めていると、侍従がこちらへ寄って来た。


「ルガレド皇子殿下、リゼラ殿。お二人はお疲れでしょうから、祝賀会にご出席なさる必要はないとの仰せです。ですので、このままお帰りください」

「……了解した」


 ルガレド殿下が頷くと、侍従はさっさと離れて行った。


 イルノラド公爵の側近に、祝賀会には参加することになると聞いていたのだけれど。


 きっと祝賀会で私たちを更に貶めるつもりだっただろうから、それが出来ないなら参加して欲しくないのだろう。


 まあ、でも構わない。別にそんな催し出たくもないしね。




「……リゼラ」


 ルガレド殿下に遠慮がちに名を呼ばれ、物思いを中断する。


 ジェスレム皇子もイルノラド公女も、他の観客達も出て行ったようで、聖堂にはもう私たちしかいない。


「これから────よろしく頼む」


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします、ルガレド皇子殿下」


 真摯に言ってくださるルガレド殿下のお気持ちが嬉しくて、私は自然と笑みを浮かべながら言葉を返す。


「…レドでいい。俺のことはレドと呼んでくれ」

「では、レド様と呼ばせていただきます。私のことは、どうぞリゼと」

「…っ、解った。…リゼ───と呼ばせてもらう」


 そう応えたレド様はすごく嬉しそうで────こんなに喜んでくださると思っていなかった私は、何だか気恥ずかしくなってしまった。



「……色々と話さなければいけないことがあるな」


 レド様は、舞台中央にある魔術陣をちらりと見遣る。


 たしかに、先程のあの現象については、確認したいこと────把握しておきたいことが色々ある。


「とにかく、俺の邸に場を移そう」


 レド様の言葉に、私は頷いた。


※古代魔術帝国で英語を使用していたわけではありません。話されている言語と違う言葉と認識していただければ。適当につけているので、雰囲気を楽しんでいただけるとありがたいです。

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