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第十三章―愚か者たちの戯言―#1


プチざまぁ回です。苦手な方、すみません。

今回、他視点が続く上、長いです。




「おはようございます───ラムル、カデア」


 早朝、朝食を作るのために厨房に赴くと、すでにカデアとラムルが準備を始めていた。


「「おはようございます、リゼラ様」」


 カデアに料理を一任することになったものの、カデアはこの厨房のオーブンが使えない。


 代わりの厨房を確保するまで、夕食はロウェルダ公爵邸の厨房を借りてカデアが作り────朝食と昼食に関しては、しばらくの間、私が引き続きメインで作ることになった。


 アーシャは、孤児院を引き払って侍女としてレド様と雇用契約したが、今しばらくはロウェルダ公爵邸で研修を兼ねて預かってもらっている。


 今日は、冒険者として依頼を受けるつもりなので、朝食の他に、4人分のお弁当───それとラムルとカデアのお弁当を作るつもりだ。


 レド様はいない。私が朝食と昼食を作るなら手伝いたいみたいだったが、カデアが『主人は厨房に入るべきではない』と、頑固に許さなかったためだ。


 今日の朝食は、“チキンライス”をふんわりオムレツで包んだ“オムライス”。『朝食はがっつり食べる』────それが私の前世からのモットーだ。


 お弁当はハンバーガー(もど)きにしようと思っている。


 この間、ハンバーグを作ったときに、近いうちにハンバーガーを作るつもりで、それ用の円いハンバーグも作って、アイテムボックスに保管してある。


 フライドポテトも揚げようかな。


 スープはストックしてある中のどれにしようか考えていたとき────


「おはようございます、リゼラ様」

「おはようございます。お忙しい時分に申し訳ございません」

「お耳に入れておきたいことがございまして」


 ジグとレナスが現れたのだった。


「おはようございます、ジグ、レナス。────レド様には聞かせたくない情報────ということですか?」

「はい。実は────ビバルという男が、リゼラ様を探しているようでして」

「ビバル…」


 その名前には聞き覚えがあった。


 この国の財務管理部に所属する下っ端の役人で────私が、レド様の補佐官に就任するまで、臨時でレド様の専任管理官をしていた、あの───クズ男である。


「……甘い汁を吸えなくなったことに、ようやく気付いた────ということでしょうか」

「そのようです」


 さて────どうしてくれようか。



「リゼラ様、そのビバルというのは?」


 私たち三人の様子に感じるところがあったのか、ラムルとカデアも硬い表情になった。


 私は、そのビバルという男の素性と────その男がレド様に対して何をしでかしたのかを語った。


「ほう…。その男が────リゼラ様を探している、と」


 ビバルの横領は、正規の方法ではもう裁くことは不可能になってしまった。


 ビバルは、どうやらお邸の改装や補修を理由に、レド様の年間予算から多額のお金を引き出していたようなのだが────お邸が【最適化(オプティマイズ)】によって変貌してしまったために、その不正を証明できなくなってしまったからだ。


 まあ、証明できて訴えたところで、皇妃一派によって却下されていただろうけれど。


「それに、そろそろ皇宮使用人の給金日です。ルガレド様の名ばかり侍女だった女も、接触してこようとしてくる可能性があります」


 レド様の名ばかり侍女だった女────確か、名はダムナといったっけ。

 そちらの方は、おじ様に促されて、補佐官になって直後にすでに解雇している。


 もうこの皇宮の使用人ですらないのだが、ダムナは侍女の仕事をしないどころか給金日にしか登城していなかったらしいので、未だに解雇されたことに気づいていない可能性が高い。給金日に一悶着起こしそうだ。


 ダムナという女は、きっと自分の行いの意味など解っていない。


 それが────レド様にどう影響していたかなんて、きっと少しも考えていないに違いない。


 出逢った当初のレド様の状態を思い出すと────冷たい怒りが私の胸の内を侵食していくのを感じた。


 ビバルとダムナ…、本当に────どうしてやろうか。


「リゼラ様────その愚か者どもの対応、このラムルにお任せいただけないでしょうか?」

「ラムルに?」

「はい。そのような愚か者どもに、リゼラ様が煩わされる必要はございません。我らが旦那様にした仕打ち、このラムルが────存分に後悔させてやりましょう」


 ラムルはその細い眼を開き、慈悲など持ち合わせていないかのような凍てついた無表情で告げる。


「ラムルなら大丈夫だと思いますが…、レド様の名を汚さないと約束してくれますか?」

「誓いましょう。決して、旦那様の───リゼラ様の名を汚すようなことは致しません」

「それなら────ラムル、貴方に委細すべて任せます」

「かしこまりました」


 そう応えると、ラムルは滑らかな動作で一礼した。



◇◇◇



 全員分のオムライスを作り終えアイテムボックスにしまった後、ハンバーガーも作り終えて、私は細切りにして小麦粉をまぶした大量のジャガイモをせっせと揚げていた。


 ラムルは早速行動を開始するとのことで出て行き、カデアはレド様を起こしに向かってここにはいない。


 ジグとレナスは、立ち去る機会を逸したのか、私のやることを傍で見ている。


「それにしても…、驚きました。リゼラ様でも、あのように怒りを露にすることがあるのですね」


 レナスが、意外そうに────しみじみ呟いた。


 そうか。ここに来てからこれまで、人の情けや思いやりを感じることの方が多くて、こういった怒りを見せるようなことがなかったな。


「ビバルやダムナのような────ああいった輩は正直大嫌いですし、レド様にしたことを思えば、余計に嫌悪しかないですからね」


 どちらも、イルノラド公爵家の家令バセドや使用人たちを思い出させて、考えるだけで嫌な気分になる。


 私の態度が意外だったのか、ジグもレナスも驚いたようなしぐさを見せた。自分の表情も声音も、冷たいものになっている自覚はあった。


「もしかして…、幻滅させてしまいましたか?」


 軽い怒りは見せたことはあったかもしれないけれど、ここまで冷たい感情を見せるのは初めてだし────たとえ相手が最低な人間だったとしても、誰かを嫌ったり悪く言うというのは、やっぱり見ていて気持ちのいいものではないよね。


 でも、ジグとレナスに幻滅されてしまうのは、結構────いや、かなり悲しいかもしれない。


「いえっ、そんなことはありませんっ!」


 レナスが、慌てて首を振る。ああ、気を使わせちゃったかな。


「幻滅などしておりません。貴女は…、お怒りになった表情も、とても綺麗だと────見惚れていただけです」

「え?」


 ジグに真剣な表情でそんなことを言われて、私は虚を衝かれた。


「…ジグ、てめぇ────いっつも、いつも…っ、そうやって────いいところばっか持っていきやがってっ」


 レナスが、こめかみに血管を浮き上がらせて叫ぶ。


「別にお前だって言えばいいだろ」

「言えるかっ」


 あ、何だ────やっぱり気を使ってくれただけなんだ。


 ジグがレナスに軽く返すのを目にして、さっきのジグの言葉は本気ではなく、私に気を使ってのものだと判断する。


 そう解って、ちょっとほっとした。レド様以外の男性に綺麗だなんて言われたことがなかったので、少しだけドキリとしてしまったのだ。


 それにしても────ずっと組んでレド様の護衛をしてきたせいなのか、この二人は本当に仲がいい。


 兄弟のような、親友のような────そんな二人のじゃれ合いが微笑ましくて、私は先程までの怒りも忘れて、思わず笑みを零した。


 自分たちが笑われていることに気づいたのか、ジグとレナスがじゃれ合いを止め、眼を見開く。


「あ…、ごめんなさい。ジグとレナスはすごく仲がいいなぁって思って…。

ふふ、そういう姿、あまり私には見せてくれないから、珍しくて────」


 二人とも、私の前ではいつも畏まっているし。


「随分────楽しそうだな」


 不意に凍てついた声がして、ジグとレナスの表情がぴしりと音がしそうなほど固まった。


 ジグとレナスの背後に、レド様が立っていた。何故か楽しそうな様子のカデアがその後ろにいる。


「おはようございます、レド様」

「おはよう、リゼ」


 レド様は、いつもと変わらない声と表情で私に挨拶すると────打って変わって凍てついた表情になって、ジグとレナスを見下ろす。


「楽しそうだな…、ジグ、レナス」

「おはようございます、ルガレド様」

「いい朝ですね、ルガレド様」


「お前ら…、まさか────俺がいないのをいいことに、毎朝、こうやってリゼに纏わりついているんじゃないだろうな…?」

「まさか、滅相もない」

「今日は特別ですよ」

「どう特別だというんだ?」

「それは────」


 あ、これはまずい。


「レド様、ジグとレナスがこうやってここにいるのは、本当に今日だけですよ。今日は────私が給金のことで相談があったので、二人を呼んだんです。ついさっきまでラムルもここにいて、立ち会ってくれていたから、私たちだけで話していたわけでもないですし」


「給金のこと?今更、何を?」

「皇宮の使用人たちは、月に一度決められた日に給金を渡されるみたいなので、ジグとレナスもその方がいいか、いつ渡せばいいか、希望を聞いていたんです」


 うう、あまりレド様に嘘は()きたくないけど────でも、ほら、皇宮使用人の給金日について話していたのは事実だし…。だから、お願い、私の罪悪感よ────今だけでいい、ちょっと引っ込んでて…!


 レド様はしばし考え込んだ後、真面目な顔をして口を開いた。


「……別に呼ばなくても、【念話(テレパス)】で話せば良くないか?」


 レド様?何だか、本気で仰っているように聞こえるんですが…。


「つまりオレたちは、リゼラ様に会うことすら許されないと?」

「それは────さすがに横暴すぎやしませんか?」


「別に会う必要ないだろ?」


 レド様が真顔で言う。


「あるに決まっているでしょう。リゼラ様は我々の雇い主ですよ」

「そもそも護衛対象ですからね」


「いや、護衛するときも別に姿を現す必要はないだろ?大体、護衛対象には緊急時以外に姿を見せることはないと言っていなかったか?」

「それは、邸など────屋内に常時いるような場合ですよ。邸にいるときは姿を見せていないじゃないですか」


「狩りのときでも別に姿を見せる必要はないだろ?」

「いや、魔物や魔獣相手には、隠れる意味も場所もないですし」

「別に戦わないんだし、常時、【認識妨害(ジャミング)】で姿を隠して、ただ見守っているだけでいいんじゃないか?」


「…飯はどうするんです?」

「厨房のテーブルに置いておいてもらって、リゼが出て行ってから取りにくればいい」

「……ルガレド様、もしかして本気で仰ってません?」

「勿論、本気だが?」


 レド様…。


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