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第十二章―忠臣の帰還―#2


「レド様のところに戻る前に、幾つか確認しておきたいことがあります。とりあえず、二人とも跪くのを止めて、そちらに座ってもらえませんか」


 私がそう切り出すと、ラムルとカデアは立ち上がった。


「いえ───私どもだけが座るわけにはまいりません。リゼラ様こそ、お座りください」


 この部屋は2人用のため、イスは2脚しかない。


 仕方ないので、二つ並んでいるシングルベッドに向かい合って座る。ちなみに、レナスは遠慮してベッド脇に佇んでいる。


「まずは、到着が随分早かったですが────宿屋の方はどうされたんですか?」

「宿の食堂でウェイトレスをしていた娘を覚えておりますか?」

「ええ。確か───従業員の一人と結婚して、住み込みで働いているという方でしたよね」


 ラナ姉さんより少し年上の、癖のある茶髪を短いポニーテールにした明朗快活な女性で────表情がくるくる変わって、話していて楽しくなった覚えがある。


「実は、あの娘がメイドをしていたシェラです。シェラとその夫に宿屋を任せてきました」

「あの方がシェラさんだったんですか。────シェラさんの夫はどういう方ですか?」

「ファルリエム辺境伯家門の者ですから、心配いりません」


「では───何かあった場合、ラーエからフィルト王国へ抜ける計画は実行可能と考えても良いのですね?」

「はい。私どもがこの8年で準備したことすべてを、あの二人に引き継いできましたから、選択肢に入れていただいて大丈夫です」

「解りました」


 私は頷き、次に確認したいことを訊く。


「ベルネオ商会は協力者と考えて良いのですか?」

「はい。ベルネオもファルリエム辺境伯家門の者です。ルガレド様の事情もすべて承知しております。リゼラ様に依頼を持ち掛けた男が、正真正銘、ベルネオです。何かあった場合は、頼っていただいて大丈夫です」


 ベルネオさん────確か、朴訥で実直そうな印象の青年だった。商人としては駆け出しなのかなと、あのとき思ったけど、あながち間違ってはいなかったのかもしれない。


「解りました」


 あともう一つ、訊いておきたいことがある。


「レド様を逃がす際に手助けを依頼する冒険者の候補は、選び終えているのですか?」

「ええ。一応、候補は絞ってありました」

「いざというときの参考にしたいので、教えてもらえますか?」


 何かあって手配しなければならなくなったら、自分で選んでいる余裕はないかもしれない。


「勿論、それはよろしいのですが────実は…、筆頭候補はリゼラ様だったんです」

「え、私ですか?」

「ええ。護衛としてやるべきことを心得ていて────賊への対処も適切で、魔物に詳しく、魔獣も単独で撃破することができ────旅慣れていて、街道や枝道に詳しく────何よりSランカーで顔も広い。

それに、話していて情に厚いと感じたので…、ルガレド様の事情を知ったら力になってくださるのではないか───と」


「……そうですね。依頼を持ち掛けられたら────おそらく引き受けていたと思います」


 親衛騎士になることなく、冒険者としてただその依頼を受けたとしても、ファルリエム辺境伯への恩義もあるし────きっと、私はレド様の手助けをしていたはずだ。


 その場合、レド様と私はどういう関係になっていただろう────


 私は────やっぱり、レド様に惹かれていたような気がする……。


「実は、私───リゼラ様と初めてお話ししたとき、思ったんですよ。一緒に逃亡するうちに、リゼラ様が、ルガレド様を好きになってくれたらいいのになぁって。亡命してどこかに定住することになっても、リゼラ様がルガレド様を支えてくれたらいいのになぁって────」


 カデアが、弾んだ声でそんなことを言い出す。


「え?」

「リゼさんみたいな女性が、坊ちゃまの傍にいてくれたら嬉しいなって思ったんです。それが───それが…、まさか本当になるなんて───うふふ」


 カデアがそう言って本当に嬉しそうに笑うので、私は何だか恥ずかしくなってしまった。きっと私の顔は赤くなっているのだろう。


 うぅ、そんな微笑まし気に見ないでください、二人とも…。


「えぇっと…、それで───次点はどなたなんですか?」

「Aランカーの“剛剣のギニス”ですね」

「ああ…、ギニスさんですか…」


「リゼラ様はお知り合いで?」


 レナスが口を挟む。


「ええ。年も近いですし、Aランクに昇格したのが同時期だったので…」


 “剛剣のギニス”────赤茶色の短髪に緑色の眼をした、ちょっと不愛想な青年だ。


 私より2歳年上の18歳で、中肉中背でそこまで大柄なわけではないのに、背丈より大きい大剣を得物としている。だから───ついた通り名が“剛剣”なのだ。


「ギニスさんは、私からの依頼は受けてはくれないだろうな…」


 私は、諦めが混じった溜息を吐く。


「何故ですか?」


 私の呟きに、レナスがすぐさま食いついた。


「え?ああ、私───どうも、ギニスさんに嫌われているようなんですよね。話しかけると嫌そうな表情をされますし、会うと毎回突っかかってきますし」


 正直、嫌なら近寄ってこなければいいのにな───と思う。お互い、嫌な気分になるだけだし。


「へえ…」


 あれ、レナスの声が何だか低くなったような気がする…。


 もしかして、ギニスさんの私への対応に腹を立ててくれているのだろうか。私のために怒ってくれたとしたら、ちょっと嬉しい。


「まあ、ギニスさんのことは後で考えます。────そろそろ、ロウェルダ公爵邸へ向かいましょうか」



 ラムルとカデアが宿を引き払う支度をしている間、レナスと二人で話しながら待つ。


「そういえば────ラムルとカデアの宿屋のこととか、ベルネオ商会のこととか、レナスとジグは知っていたんですか?」

「いえ、あの二人がラーエという町で宿屋を営んでいるとしか…。シェラが結婚したとは聞いていましたが────ラムルたちと一緒にいることも知りませんでした」

「そうですか。それなら、ここで得た情報を、後でジグと共有しておいてください」

「了解しました」



◇◇◇



「リゼ」

「レド様」


 ロウェルダ公爵邸へ戻ると────案の定、レド様が落ち着かない様子で待ち構えていた。


 ロルスが気を利かせたのか、今日の授業は早めに打ち切られたようだ。


 レド様は私に声をかけた後、私の傍にいるラムルとカデアに視線を移した。レド様の口から、二人の名が零れ落ちる。


「ラムル、カデア……」


 レド様は、名前を呼んだものの、言葉が続かないようだった。


「ああ、坊ちゃま……」


 感極まったようにそう呟いたのは、ラムルとカデア────どっちだったのか。ラムルもカデアも涙ぐんでいて、レド様同様、言葉が続かない。


「レド様…、お邸へ帰りましょう。帰って────ゆっくり、ラムルとカデアとお話ししましょう」

「ああ、そうだな…」


 再会に水を差すのは気が引けたけど、ここはロウェルダ公爵邸だ。ラムルとカデアも、お邸の方が落ち着いて話ができるのではないだろうか。


 私の言葉にレド様は頷いた。




 シェリアを始めとしたロウェルダ公爵家の面々にお礼を告げて、【転移門(ゲート)】でお邸へと跳ぶ。


「これが───古代魔術帝国の魔道具とやらですか…」


 ラムルは完全に魔導機構の方に気をとられていたが、カデアは8年振りに目にしたエントランスホールに感激していた。


「ラムル、カデア───まずは荷物を部屋に置いてきてはどうですか?」

「あ、そうですね」

「そうさせていただきます」


 私の提案に、二人は我に返ったようだ。


「レド様、どこでお話しされますか?」

「そうだな…。応接室より、厨房の方がいいか?」


 レド様もラムルもカデアも、どこか落ち着きがなく────お互いにまだ直接話すのを躊躇っているような感じで、私が仕切る破目になっている。


「レド様、ラムルとカデアには以前と同じお部屋を使ってもらっていいんですよね?」

「ああ」

「ラムル、カデア───旅装を解いたら、厨房に来てくれますか?」

「「かしこまりました」」


 ラムルとカデアは頷くと、ラムルが二人分のトランクを持ち、寄り添って使用人部屋へ向かう。


「では、レド様。お茶を淹れますから、厨房で二人を待ちましょう」

「そうだな」


 いつの間にか【認識妨害(ジャミング)】を解いて傍に立っていた、ジグとレナスにも訊く。


「ジグとレナスも立ち会いますよね?」

「はい」

「勿論です」


 頷く二人を見て、レド様が何だか苦虫を噛んだみたいな表情で呟いた。


「……お前たちも来るのか」

「酷いですね、ルガレド様」

「オレたちが行くと何か不都合でも?」

「リゼと二人でいる時間が減る」

「……心が狭いですよね、ルガレド様は」

「少しくらいいいでしょう。どうせ、夕飯の後、二人で過ごすんですから」

「それとこれとは別だ。そうでなくとも、最近二人でいられる時間が減っているのに…」


 レド様が憮然と言う。


 確かに────出会って最初の頃に比べたら、一緒にいられる時間は格段に減っちゃったな…。


「とにかく厨房へ行きましょうか。お茶を淹れて────【異次元収納庫】に入れてある作り置きのお菓子を出して、皆でお茶にしましょう?」

「そうだな」


 厨房に向かって、4人で歩き出す。


 私は、そっと────隣を歩くレド様の大きな手を握る。


「!」


 レド様は一瞬驚いたような表情をした後、すぐに嬉しそうに微笑み、私の手を優しく握り返してくれた。 

 

 そうして────厨房までの短い距離だったが、私はレド様と手を繋いで寄り添っていた。


 

◇◇◇



「本当に────よく戻って来てくれた、ラムル、カデア」


 旅装を解いたラムルとカデアが、簡素な普段着で厨房に現れたときには、レド様は落ち着きを取り戻していた。


 立ち上がり、厨房に入って来た二人を出迎える。


 ラムルとカデアは、レド様に再会した直後の興奮状態は収まっていたようだったが、レド様の言葉に再び涙ぐんだ。


「坊ちゃま…」

「待て────その『坊ちゃま』というのは止してくれ」


 カデアの呟きに、レド様がすぐさま口を挟む。レド様は決まり悪そうに、ちらりと私を見遣った。


「おやまあ、そうですわね。うふふ、ご婚約者様の手前、そんな風に呼ばれたくはありませんよね。私ったら、気が利かない」


 レド様の様子に、涙は引っ込んでしまったらしいカデアが楽しそうに笑う。


「それでは────これからは、旦那様とお呼び致します」


 カデアに代わってラムルが応え、レド様は頷いた。


「それと、もう自己紹介は済んでいるみたいだが────改めて、紹介しておく。俺の親衛騎士で────いずれ俺の妻となる…、リゼラ=アン・ファルリエムだ。俺と同様に仕えて欲しい」


 レド様が隣に立つ私の肩を抱き、ラムルとカデアに向かって告げる。


「心得ております。女主人として仰ぎ────旦那様同様、誠心誠意お仕えする所存です」


 代表してラムルが返し、カデアがそれに追随して(こうべ)を垂れる。


「リゼも、何かあったら、ラムルとカデアを頼って欲しい」

「はい。そうさせていただきます」


 私がそう言うと、レド様は嬉しそうに口元を緩めた。


 大事な人同士が仲良くしてくれると嬉しい────レド様のその気持ちが解る。私もレド様に微笑み返した。そのとき─────


 厨房にいる全員の足元に魔術式が展開し、【案内(ガイダンス)】の声が響く。



配下(アンダラー)】を認識───発動条件クリア───【契約魔術(コントラクト)】を発動します…



 これも何だか久しぶりだな────なんて思いながら、私は【案内(ガイダンス)】の声に耳を傾けた。


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