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第十二章―忠臣の帰還―#1


4/4に『第十一章#4』を加筆修正して差し替えています。大きな流れは変わっていませんが、もしまだ加筆修正版を未読の方は、そちらから読むようお願いします。



 その日は、ロウェルダ公爵邸で講義を受けていた。


 最近は、週に何度かそれぞれ講義を受け────レド様の授業内容の切りがいいところで休んで、冒険者として活動するというサイクルになっている。


 普段なら、ロイドの授業を終えた後、私はジグかレナスを伴って何かしらの用事で外に出るのだが────今日は、レナスが所用を済ませに離れているため、心配性なレド様にロウェルダ公爵邸に留め置かれていた。


 応接間で、シェリアとお茶を飲みながら、レド様の授業の終わりを待つ。


「私は一人でも大丈夫なのにな…」


 ジグとレナスのことははっきりと話してはいないが、こうして私の外出が許されないことが時々あるので、鋭いシェリアは事情をそれとなく察している。


「それは仕方がないわよ。殿下にとっては、リゼはSランカー冒険者というより、大事な婚約者ですもの」

「心配してくれるのは、とても嬉しいんだけど────」


≪リゼラ様───今、ちょっとよろしいでしょうか?≫

≪レナス?≫


 不意に、レナスから【念話(テレパス)】が入った。

 突然黙った私に、シェリアは何かあったと察したようで口を噤む。


≪実は…、想定外のことが起こりまして────≫

≪何があったんですか?≫

≪ラムルとカデアが────≫

≪ラムルさんとカデアさんが?≫

≪すでに、皇都に到着しておりまして───リゼラ様に、迎えに来ていただけないかと…≫


 え───早過ぎない?レド様が、二人に連絡とるように言ったの、いつだったっけ…?


≪解りました。レド様に許可をもらって、すぐに向かいます。今、何処に?≫

≪皇都の宿屋『月光亭』です≫

≪解りました。『月光亭』ですね≫


 そう応えて、一旦、レナスとの通信を打ち切る。


≪レド様、授業中に申し訳ありません。今、レナスから知らせがありまして、ラムルさんとカデアさんが皇都に到着したとのことなので、私が迎えに行ってきます≫

≪ラムルとカデアが?……早過ぎないか?≫


 やっぱり、そう思いますよね…。


≪解った。ジグを連れて行ってくれ≫

≪いえ───レナスとすぐに合流しますし、ジグはレド様についていてください≫


 ロウェルダ公爵邸でそうそう何か起きるとは思わないけど、やはり誰かしらレド様の傍にいないと、安心できない。


≪…解った。その代わり、どこにも寄らずに、すぐにレナスと合流してくれ≫

≪解りました。それでは、行ってきます≫


 物凄く心配そうに言うレド様に苦笑しながら、私はそう応えた。



◇◇◇



 シェリアに、以前仕えていたレド様の執事と侍女を呼び戻そうとしていることを打ち明け────その二人をロウェルダ公爵邸に入れる許可を得てから、【転移(テレポーテーション)】で街に出た。


 レナスたちがいる宿屋『月光亭』は皇都の中でも老舗で────冒険者になる以前、好意でお手伝いをさせてもらったことがある。


「こんにちは、おかみさん」


 月光亭の古いけれど品の好い扉を潜ると、馴染みの恰幅のいいおかみさんが目に入り、私は声をかけた。


「おや、リゼ。どうしたんだい?」

「実は、この宿のお客さんに、冒険者として依頼を受けまして。部屋番号も聞いているので、会いに行っても良いですか?」

「そうかい。いいよ。行っておいで」


 おかみさんは、あっさりとそう言ってくれ────私を信頼してくれているのだと思うと、嬉しくなった。


「ありがとう。それでは、お邪魔します」


 勝手知ったる宿屋だ。迷うことなく、客室が並ぶ二階へと上がる。


 宿に泊まるのは、大抵が皇都に店を持たない商人か冒険者なので、今時分は部屋を空けている者も多く、閑散としていた。


 私は、予めレナスから聞いた番号がつけられた扉まで、ちょっと緊張しながら歩いて行く。


 ラムルさんとカデアさんか────どんな人たちだろう。


 話を聞く限りでは、レド様にとって親のような存在みたいだ。できれば私も仲良くしたい。


「リゼラです。迎えに来ました」


 ノックをして告げると、直後に扉が開いて、レナスが出迎えてくれた。


「リゼラ様、ご足労をかけて申し訳ありません」

「いえ、気にしないでください」


 レナスに応えてから、その背後に視線を移すと─────


「あれ…、ラルさんとデアさん…?」


 そこにいたのは────以前、冒険者としての仕事で訪れた町で知り合った夫婦だった。


「そうか───ラムルとカデアは、ラーエの町で宿屋をしていたんだったな。冒険者であるリゼラ様が利用したことがあっても、おかしくはないか…」


 私がラムルさんとカデアさんを見知っていることに驚いたレナスは、すぐに納得したように呟く。


 レナスの言う通り────私が知る“ラルさん”と“デアさん”は、フィルト王国との国境の町ラーエで宿屋を開いていた。


 とある依頼でラーエを訪れた際、ラルさんとデアさんが経営する宿を紹介され、お世話になったのだ。


「お久しぶりですね、リゼさん」

「お元気そうで何よりです、リゼさん」


 二人は、変わらない笑顔を浮かべ、屈託なく言う。


「お久しぶりです、お二人とも。────お二人が…、ラムルさんとカデアさんだったんですね」


 だけど、こうして二人の素性を知ってみれば、諸々のことが納得できる。


 ラルさんは───焦げ茶色の短髪を後ろに撫で付け、同じ色の口髭を生やした、胸板の厚い大柄な男性だ。


 身のこなしが見るからに素人のそれではなく、周囲には元冒険者だと思われていたけれど、私には冒険者のものとはどこか違うような気がしていた。


 デアさんも同様だ。デアさんは一見、栗色の髪をひっ詰めて項でお団子にしている、ちょっとぽっちゃりとした───どこでにでもいそうな優し気なおばさんに見える。


 でも、体格の割に身のこなしが軽く────時折見せる鋭い視線が、どうしても普通の中年女性とは思えなかったのだ。


「レド様を────フィルト王国経由で逃すつもりだったんですか?」


 私が問いかけると、ラルさんもデアさんも、にっこりと微笑んだ。


「さすがです、リゼさん」

「ええ。その通りです」


 亡命するとしたら、ドルマ連邦かアルドネ王国しかない。


 ガドマは共和国とは名ばかりで排他的だし───ミアトリディニア帝国なんて以ての外だ。フィルト王国は弱小国で、この国からレド様を差し出すよう要求されたら従うしかないだろうから、通過するだけならともかく亡命するのは危険だ。


 アルドネは国境を接していないから直接向かうことはできない。


 ドルマとの国境は、現在、ベイラリオ侯爵家門の貴族が統治しているため、避けるしかない。


 そうすると────自ずと選択肢は限られてくる。


 そこまで考えて、不意に閃く。


「もしかして────あの依頼…、ラルさんとデアさんが絡んでいました?」


 “あの依頼”とは、私がラーエに向かうことになった依頼のことだ。


 “ベルネオ商会”というところから受けた依頼で、ラーエまで荷物と従業員を護衛して欲しいとのものだった。


 サヴァルさんに照会したら、取引した限りでは信用できる商会とのことだったので、引き受けたのだけど────正直、腑に落ちなかったのだ。




 ラーエと国境を接するフィルト王国は、小さいが歴史は古く────単に“古王国”とも、“聖王国”とも呼ばれている。


 この国は、何故か魔素が他の地域と比べて極端に少なく、魔物や魔獣の出現は稀なのだそうだ。


 その代わり、魔素を多分に含んだ鉱石は採れない。魔物に荒らされることなく農業ができるので、農作物が唯一の特産となるのだが、いかんせん国土が小さく、他国に輸出できるほどではない。


 つまり────外貨が稼げないのだ。


 だから、現在のフィルト王国は、他国と何かを輸出入するということがほとんどなく、ほぼ自給自足のみで成り立ち、ちょっとした鎖国状態にある。


 フィルト王国に輸出するのでもなく、あの規模の荷物をラーエという小さな町に運ぶというのも不自然だったし────道中に現れた盗賊も、何と言うか妙な感じだったのだ。


 言葉の訛りもまちまちで、色々な所から連れてきたような─────



「あれは…、私を試していたというより────レド様を逃がす際、逃亡の手助けを依頼する冒険者を吟味していたのですか?」


 ラルさんとデアさんが目を見開く。


「いや…、本当に────さすがです、リゼさん。貴女のお考え通りです。ラーエでお話ししたときも鋭い方だとは思っていましたが…、これは────レナスが称賛するわけですね」


 え、称賛?


「……レナス?一体、何を言ったんですか?」

「ありのままにお話ししただけですよ」


 レナスはそう答えたけど────絶対、話を盛っている気がする…。



「リゼラ様」


 ラルさんに呼ばれて、そちらを向くと────ラルさんとデアさんは、先程までの朗らかな表情を消し、跪いた。


「リゼラ様───我らが主ルガレド様を苦境からお救いくださったこと、心より感謝申し上げます」

「貴女様のご尽力は、レナスよりすべて聞いております。そして───ルガレド様のためにお心を砕いてくださっていることも。本当に───感謝の念に堪えません」


 二人の声は震えていて、レド様を本当に大事に思っているのが判る。8年お傍を離れても、その忠義は少しも損なわれていないのだろう。


「ラルさん、デアさん…」


 レド様が大事に思っている人たちが、同じようにレド様を大事に思ってくれていることに、私も胸が熱くなる。


 早くレド様に会わせて差し上げたい。


「私どものことは、どうか───ラムル、カデアとお呼びください」

「これより、貴女様は、ルガレド様同様───私たちの仕えるべき主となるのですから」


「……解りました。ラムル、カデアと呼ばせてもらいます。────二人が戻ってきてくれたこと、私も本当に嬉しく思います。これから、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」

「誠心誠意、お仕えさせていただきます」


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