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第七章―拠りどころ―#5


「セアラ側妃様は…、レド様を死なせないために────生まれ直した?」


「はい。“一度目の人生”では、セアラ様がお護りしたためか、ロレナ前皇妃とそのお子である第一皇子ロゼルト殿下はご存命であったそうです。それに加え、セアラ様がルガレド様をお産みになり、ゲルリオル伯爵令嬢が第三皇子ゼアルム殿下をお産みになりました。

ロレナ前皇妃もご存命の上、三人の皇子が揃ったため、それを理由に皇王陛下は先代ベイラリオ侯爵の要求を突っぱね通し────ついぞジェミナは妃となることはなかったそうです」


 この国では、太陽と三つの月になぞらえ────国の太陽たる皇王は、三人以上の皇子を必ず生ませなければならないという風習がある。


 そして、上から三人の皇子に、それぞれ三つの月を模った個章を与えることになっている。


「ルガレド様も、今世のように邪魔されることなく成人し、兄であるロゼルト皇太子殿下に忠誠を誓い、“護国の将軍”となりました。

ですが───そのまま平和裏には終わらなかった。先代ベイラリオ侯爵が黙っているはずがなかったのです。先代ベイラリオ侯爵の念願は、皇王の外曾祖父となって最高権力を手に入れること。

先代ベイラリオ侯爵は、今世では病死しましたが────“一度目の人生”では死ぬことなく、ルガレド様が成人した後も現役で、力を蓄え続けていました」


「あるとき、隣国ミアトリディニア帝国が国境を破って侵攻し、ルガレド様は軍を率いて迎え撃ちました。

悲惨な戦争だったそうです。敵味方双方にかなりの死傷者を出し、戦地となったその地域は街も村も潰され、民間人にも相当数の死傷者を出した───と、セアラ様は仰っていました」

「辛うじてミアトリディニア帝国を追い返したルガレド様が皇都に戻ると、待っていたのは─────ミアトリディニア帝国をこの国に引き入れ…、多くの兵士と民を殺したという冤罪でした」


 私は息を呑む。


 何で────どうして…?


「ロゼルト皇太子殿下は、第一皇子として生まれたから立太子したものの、特出した才はなく凡庸であったそうです。決して面には出さなかったけれど、神眼を持ち、才能豊かであったルガレド様にコンプレックスを感じていたらしいのです。

母君であるロレナ前皇妃でさえ気づいていなかったのを、目敏い先代ベイラリオ侯爵は気づき、ロゼルト皇太子殿下に疑心を植え付け、言葉巧みにルガレド様を陥れさせたのです」


「セアラ様が彼らの企みに気づいたときには、もう手遅れだったそうです。ルガレド様は…、弁明(むな)しく、有罪となりました。ファルリエム辺境伯も共犯として捕らえられ、ルガレド様を助けることも逃がすことも叶わず…、ルガレド様は────戦争で(すさ)んだ民たちの怒号を受けながら…、衆人環視の中で処刑されたそうです」

「…っ」


 処刑?────国のために命懸けで戦って戻ったレド様を?────それも…、護ったはずの国民に罵られながら?


 どうして────どうして…、レド様がそんな目に遭わなければならないの?


「セアラ様は……、ルガレド様の落とされた首を抱いて────自らの首を切って自害されたとのことです」


 あまりの悲惨さに────血の気が引いて、寒気がした。


「そして────亡くなられたセアラ様は、ルガレド様の魂魄を抱いたまま、“深淵”に堕ちて────そこで…、大賢者ガルファルリエムと出会いました」


「────ガルファルリエム?」


 どうして、ここでその名が?


「ええ。ガルファルリエムです。()の大賢者は、嘆くセアラ様に、時間を遡ってやり直す方法を授けてくださったそうです。だけど────それにはセアラ様の魂魄を使う必要があった。

セアラ様は迷わず、やり直すことを選んだとのことでした」


「オレは────セアラ様が生まれ直したことは信じつつも、この深淵で大賢者に会った下りは半信半疑でした。

ですから…、リゼラ様がルガレド様の神眼をお調べになられたとき、総毛立ちました。このセアラ様が会った大賢者が、神竜ガルファルリエムの化身であったなら…、子孫であるセアラ様の前に現れても────やり直す(すべ)を授けてくださっても、何らおかしくはない────」


 不意にレナスの話声が遠のき────ぼんやりとしたヴィジョンが、蜃気楼のように湧き上がった。



 深淵────(くら)い…、何もない空間────

 誰かが佇んでいる────胸元まで闇が覆っていて────

 顔は見えない────体つきから見ると────男性…?

 あれは…、あれは────誰?



「リゼラ様?」


 声を掛けられ、正気に返る。


 ─────今のイメージは何…?


「いえ…。続けてください」


 ジグとレナスはちょっと気づかわし気に私を見た後、再び口を開いた。


「セアラ様は、ルガレド様の魂魄を抱いたまま生まれ直したそうです。今世では脆弱で、騎士となる道は断念されました。

それでもロレナ前皇妃をお護りし、ルガレド様をお産みになるために、セアラ様は側妃に立候補し、やはり今世でも皇王陛下にお気に召され、後宮へと入られました」

「ですが…、ロレナ前皇妃をお護りすることはできませんでした。今世では第一皇子を出産される直前にロレナ前皇妃は亡くなられました。

そうして────今世では先代ベイラリオ侯爵の要求を撥ねのけることができずに、ジェミナ皇妃が後宮に上がることとなったのです」


「誤算はそれだけではありませんでした。ルガレド様の神託が、何故か“一度目の人生”とは違い、『英雄』と下されたことでした。

すでにジェスレム皇子が産まれていたこともあり、皇妃一派には────」


「待って────レド様の神託が…、違った?」


「はい。“一度目の人生”では、ルガレド様の神託は『将軍』だったそうです」

「……セアラ側妃様は、そのことについてどう考えていたんですか?」

「いえ、解らない────と」


「では、セアラ側妃様の神託は?」

「セアラ様の神託は、一度目でも今世でも『騎士』でした」


 セアラ側妃は今世では脆弱だったのに────下された神託が『騎士』…?


「リゼラ様?」

「あ、ごめんなさい…。────そのために、レド様が皇妃一派にお命を狙われるようになり、セアラ側妃様はお命を落とされたのですね?」


 セアラ側妃────セアラ様は、どんなにか無念だっただろう…。


 レド様を護るために生まれ直して、でもそれも志半ばで、そのお命を落とされて────想像するだけで辛い。


「その通りです」

「後は────ご存じの通りです。皇妃一派の謀略によってファルリエム辺境伯が国を護ってお亡くなりになり、ルガレド様は孤立させられました」


「我々は、亡きファルリエム辺境伯は元より────強制的に解雇されたラムルたちに、セアラ様が語った悲惨な運命からルガレド様をお護りすることを任されました。ですから────万が一にも存在を知られ引き離されることを恐れたのです」


 だから…、徹底的に気配を消して潜んでいた────レド様にさえ気づかれないように。


「……8年前のミアトリディニア帝国の侵攻は、ジェミナが皇妃となったことで起こったことですよね。

先代ベイラリオ侯爵が、今世では病死した理由は解っているのですか?」

「いいえ。これに関しては、セアラ様が亡くなった後に起こったこともあり、何がどう作用してそんなことになったのか見当もつきません」


「では────8年前、ミアトリディニア帝国で軍閥の中でも強硬派だったヴァールディ公爵が、ファルリエム辺境伯軍に破れて公爵自身も負傷した上、敗戦の責を負って失脚し───それ以来、ミアトリディニア帝国は平和主義に傾いていますが────それでも、セアラ側妃様の“一度目の人生”において起こったという大戦が勃発する恐れはありますか?」

「“一度目の人生”でルガレド様が戦ったのが、まさにそのヴァールディ将軍と聞いております。おそらく、一度目とまったく同じ戦争はもう起こらないと思います」


「そうですか…。それなら、“一度目の人生”に囚われ、ミアトリディニア帝国ばかりを警戒するのは危険ですね。勿論、警戒はするつもりですが、もっと国内の情勢、他の周辺国の内情などにも目を配るべきかもしれません。

“一度目の人生”からは大分外れてしまっていますし、ジェミナ皇妃という闖入者もいますから────もう何が起こるか判らない」


 まあ────でも、結局のところ、私の想いも、やるべきことも変わることはない。


「ジグ、レナス────私は、レド様を絶対に護りたい…。協力してくれますか?」


 ジグとレナスはソファから立ち上がると、レド様と主従の誓いを交わしたときのように、片膝をついた。


「この命、いかようにも」

「御意のままに」


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