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序章―対極の月―#1

いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。

新たにブックマーク登録してくださった方、どうもありがとうございます。


第二部のスタートとなります。今回は序章(4話)を投稿します。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


※※※



「ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダ────御前へ」


 このレーウェンエルダ皇国宰相───シュロム=アン・ロウェルダの声が、“謁見の間”に朗々と響く。


 その瞬間、辞令式に参加する貴族たちの列に、微かな動揺が走る。


 何故なら────皇妃の実子であるジェスレム皇子を差し置いて、ルガレド皇子が先に呼ばれたからだ。ジェミナ皇妃とベイラリオ侯爵家に阿って、ジェスレム皇子から辞令を賜るものと思い込んでいたのは、皇妃一派だけではなかった。



 “謁見の間”は、その名の通り、皇王陛下にお目通りするための広間で────下座に設けられた両開きの扉の手前から上座に据えられた豪奢な玉座に向かって、径路のごとく赤い敷物が敷かれ、二手に分かれた参加者たちがそれを挟むようにして並んでいる。


 すべての貴族や官吏が辞令式に参加して皇王陛下より直々に辞令を賜るわけではないものの、一度に済ませるには、大会議室を合わせたよりも広く取られている“謁見の間”でも難しく、何度かに分けて行われる。


 今行われている辞令式は初回で、皇族と主要な役職や領地を担う貴族が対象だ。



 玉座に近い位置に並んでいたルガレド皇子が、列から抜け出て赤い敷物に踏み込む。共に並んでいたルガレド皇子の従者二人が、それに続いた。


 銀糸の繊細な刺繍で彩られた純白の上衣と漆黒の下衣を身に着け、同じく白地に銀糸で刺繍が施されたショートマントを羽織ったルガレド皇子は────その陽光に煌く白銀の短髪も、以前のように後ろに撫で付けてごまかすのではなく、きちんと手入れされて後ろに流している。


 本人のためにあつらえたと思しき高雅な準礼服に、伸ばした背筋と堂々とした足取りも相俟って、これまで持たれていた惨めな印象など微塵もない。漆黒の眼帯とその下に走る刃傷さえも、醜悪さより威厳を感じさせた。


 そして────ルガレド皇子に付き従う従者の一人である、親衛騎士の少女。


 癖のない艶やかな黒髪を靡かせてルガレド皇子を追う彼女は、イルノラド公爵家から除籍された出来損ないとの評判だったが────商人や冒険者の間では知らぬ者はいないSランカー冒険者であることが判明し、先日の魔物の集落の件でその実力を証明したばかりだ。


 ルガレドの亡き外祖父の名を継ぎ、ファルリエム子爵の地位に就く彼女───リゼラは、主であり婚約者であるルガレド皇子と同様の銀糸の刺繍が刺された純白の上衣と漆黒のショートパンツに、上衣と同じく銀糸の刺繍が施された太腿半ばまである漆黒のサイハイブーツを履き、臆することなく歩む。


 真っ直ぐに前を見据えていて、残念ながらその美貌は眼にすることはできないけれど、凛とした立ち姿が目を惹く。


 それから────ルガレド皇子のもう一人の従者である、壮年の男。


 こちらは、そのルガレド皇子よりも筋骨の目立つ大柄な体躯と厳つい面容から、一見無骨な印象だが────ルガレド皇子とファルリエム子爵に歩調を合わせて進む後ろ姿からは細やかさが覗えた。


 ルガレド皇子に倣って、主のものに似た純白と漆黒を組み合わせた準礼服を纏っているところを鑑みると、彼の役どころは侍従ではなく、おそらくルガレド皇子の側近だろう。


 その相貌はどこか亡きファルリエム辺境伯を彷彿とさせ────ルガレド皇子に侍るのが当然のごとく思える。


 ルガレド皇子を始めとした一行は、赤い敷物の先端まで辿り着くと、そこで足を止めた。一糸乱れぬ動きで、三人は同時に片膝をつき、(こうべ)を垂れる。


「第二皇子、ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダ───面を上げよ」


 口を開いたのは、傍に侍る侍従でも進行役のロウェルダ公爵でもなく、玉座に(おわ)す皇王────ドリアム=アン・レーウェンエルダその人だ。


 長い間見せていた無気力さなど感じさせない、確りとした声音でそう告げる。それに釣られて皇王の顔を伺い見た参加者は、声のみならず、表情や眼差しまでもが力強さを湛えていることに気づく。


「は」


 ルガレド皇子が短く返答しつつ、頭を上げる。


「“特務騎士”に任ずる。全力を以て、職務を全うせよ」

「謹んで───承ります」

「また、魔獣の脅威を退けた功績を称え────公爵位を授ける。以後、アン・レーヴァと名乗ることを許す」

「謹んで、賜ります」


 驚きや反対の声はない。ルガレド皇子が公爵位を賜るのは、事前に行われた会議で皇妃一派主導の下に決定されたことだ。反対の声など上がるはずもなかった。


 ルガレド皇子の皇位継承権は顕在であるものの、臣籍に下ったことで皇位から遠のき────さらには、皇族から外されたように考えている皇妃一派の表情には、揃って愚弄や嘲笑といった嫌な色が滲んでいた。


「第二皇子付親衛騎士、リゼラ=アン・ファルリエム───面を上げよ」

「は」


 再び首を垂れたルガレド皇子と入れ替わるように、ファルリエム子爵が凛とした声音で返答をして頭を上げる。


「魔獣の脅威を退けた功績を称え────伯爵位への陞爵を許す」

「光栄至極に存じます」


 こちらも、驚きや反対の声は上がらない。


 この国では、元々重要な役職を任じる際に下級貴族を伯爵位まで陞爵することは珍しくなかったが───それを悪用した皇妃一派が、ベイラリオ侯爵家門や傘下の下級貴族を伯爵位に陞爵したり、皇妃が気軽に伯爵位を与えたりしたため、“伯爵”の総数は膨れ上がっていて────現在、伯爵位は、まるで価値が下がったかのように見做されている。


 そのため、ファルリエム子爵の陞爵も取るに足らないこととして、特に反対されることもなかった。


「第二皇子付側近、ディンド───面を上げよ」

「は」

「魔獣の脅威を退けた功績を称え────男爵位を授ける。以後、アン・ファリエと名乗ることを許す」

「謹んで、賜ります」


 アン・ファリエ────“ファルリエム”に(ちな)んだ家名だと気づいた敏い貴族の中には、ディンドと呼ばれた側近がファルリエム辺境伯の後継だった男だと思い至る者もいた。


 亡きファルリエム辺境伯の甥であるのなら、辺境伯を彷彿とさせるのも納得がいく。同時に────行方知れずとなっていた男が、ルガレド皇子の側近として現れたことに、驚きも覚える。


「ルガレド、並びにディンド───貴き身となった証として、記章を授ける」


 皇王の言葉を受けた侍従がルガレド皇子に歩み寄り、月銀(マーニ・シルバー)で造られたトレーを恭しく差し出す。


 ルガレド皇子は二つ並んだうちの一つを手に取り、予め空けられていた首元にその記章を着ける。


 侍従は続けて、ディンドの許へと向かう。ディンドは残されていた記章を手に取って、ルガレド皇子と同様に首元にそれを着ける。


 侍従が完全に下がったのを機に、ルガレド皇子が口を開いた。


「我───ルガレド=アン・レーヴァは、皇王陛下の御恩情に応え、必ずやその責を全うすることを誓います」


 ルガレド皇子改めレーヴァ公爵が、一層深く首を垂れる。


 ファルリエム伯爵、ディンド改めファリエ男爵は、レーヴァ公爵と共に首を深く垂れたのみで、何も言葉にしない。これは、主───すなわちレーヴァ公爵に付き従うことで責務を全うするという表れだ。


「その誓い、信じよう。────下がってよい」

「「「はっ」」」


 三人は同時に立ち上がると、ファルリエム伯爵とファリエ男爵が左右に退き、踵を返したレーヴァ公爵がその間を抜ける。ファルリエム伯爵とファリエ男爵は、行きと同じようにレーヴァ公爵の背を追って歩き出す。


 三人は、すぐに戻るべき位置へと辿り着き、まごつくことなく列に加わった。



「ジェスレム=ケス・オ・レーウェンエルダ────御前へ」


 正規の順番でいくのならば、次はゼアルム皇子のはずだが────ゼアルム皇子は、今年度も役職に就くことなく公務に専念することになっている。


 この辞令式に参加してはいるものの、立場としては来賓に近い。



 ジェスレム皇子が列から抜け出て、赤い敷物に沿って進む。ジェスレム皇子の背後を、三人の側近と三人の専属騎士が続く。


 つい一月前までは侍っていた親衛騎士は見当たらない。噂では、教会に魔獣が現れた折、ジェスレム皇子を庇って両腕を失くしたとのことだ。もう、二度と社交界に戻ることはないだろうとも謂われている。


 ジェスレム皇子の準礼服は、皇子の髪色である黄金色の上衣に純白の下衣で────銀糸を施した上衣に漆黒の下衣を纏っていたルガレド皇子とは、()しくも対になるような色合いだ。


 あまりにも煌びやかな生地のためか刺繍などは施されておらず、その代わりに房の付いた派手な肩章と目に眩しい宝石を散りばめた記章で飾り立てている。


 通常、肩章と記章は、これまでの功績を明示するものだが────ジェスレム皇子には何の功績もないので、ただ似せているだけの代物でしかない。


 肩章と上衣のパイピングによる縁取りは深紅で、おそらくは親衛騎士であったイルノラド公女の髪色か瞳の色に因んだのだろう。


 マントは上衣と肩章よりは明るめの紅色をしており、艶やかで高級そうな毛皮に縁取られている。毛皮で裏打ちもされているようで、そのせいで分厚いマントが重そうに翻る。


 首元に着けられたジェスレム皇子の個章である“第三の月”の模造章は、太陽金(ソル・ゴールド)の台座に、モチーフごとに宝石を当て嵌めた贅沢な造りで────特に、メインである“月”に当てた聖結晶(アダマンタイト)は、希少であるにも関わらず、惜しげもなく大粒のものが使われている。


 その下に散りばめられた“星々”に使われているのは、金剛石(ダイヤモンド)緑柱石(エメラルド)、それに紅鋼玉(ルビー)蒼鋼玉(サファイア)などだ。


 側近や護衛は、ジェスレム皇子の瞳に因んだらしい深緑色をした揃いの準礼服を纏い────身形(みなり)だけはきちんと整えられていた。


 ジェスレム皇子の一行は、派手さが目に余るものの身に纏う服飾品は見るからに高級品ばかりな上、兄皇子たちよりも多くの従者を従えていて、誰よりも豪華ではあったが────先程のルガレド皇子の一行に比べると、何故か見劣りした。


 それは────おそらく、皇子自身と従者たちの動作のせいだ。個々の姿勢や歩き方は勿論、一団となって進むも歩調が微妙にずれていて、精彩を欠いている。


 皇妃一派の貴族たちが「おお…」と小さく感嘆らしき声を漏らしたが、追従(ついしょう)でしかないことは明らかだった。


「第四皇子、ジェスレム=ケス・オ・レーウェンエルダ───面を上げよ」

「はっ」

「“特命将軍”に任ずる。全力を以て、職務を全うせよ」

「…っつつしんで承ります」


 すんなり言葉が出てこなかったのか、ジェスレム皇子の返答はぎこちない。


 ジェスレム皇子は、自分が魔獣討伐に駆り出されることを知ったとき、嫌がって泣き喚いたとのことなので────もしかしたら、そのせいかもしれないと勘繰る者もいた。



※※※



「お帰りなさいませ───旦那様、リゼラ様、ディンド様」


 辞令式を終え、レド様とディンド卿───それに、姿をくらませたジグとレナスと共にお邸に帰り着くと、ラムルを始めとした仲間たちに出迎えられた。


「無事、辞令を賜った。それと、公爵位も賜り────俺はレーヴァ公爵となった。リゼはファルリエム伯爵、ディンドはファリエ男爵だ」

「おめでとうございます───旦那様、リゼラ様、ディンド様」



 ディンド卿のみならず、レド様が叙爵することになったのは、おじ様の提案だ。


 魔物の集落及びスタンピードの件での報酬を“褒賞金”という形にしてしまうと、皇妃一派の妨害によって、減額───もしくは、“成人した皇子としての責務”を口実にされて、無償となる可能性があった。


 叙爵すれば、貴族年金が支払われる。年金額が褒賞金の額には程遠くても、分割払いのようなものだし────貰えないよりはいい。


 冒険者に対する慰労、素材の買取などで、レド様が自腹を切った分だけでも回収しておきたい。


 まあ、それでも、皇妃一派が渋るのではないかと思ったが────おじ様の想定通り、反対の声は上がらなかった。それどころか、こぞって賛成した。どうも、レド様が皇族から外されるように錯覚したらしい。


 領地を持たない名誉貴族であることも、軽視された要因みたいだ。


 公爵ともなれば、年金額もレド様の予算に匹敵するくらいには貰えるのだけれど。領地からの収入がない分、大したことがないように思えるのかな。


 私の陞爵とディンド卿の叙爵についても、おそらく同じ理屈で取るに足らないと思われて見逃されたのだろう。



「それでは…、これよりこの邸は“レーヴァ公爵邸”というわけですな」


 レド様が出世したようで嬉しいのか、珍しく浮かれているラムルに、レド様は口元を緩める。


「ああ。これからは、この邸を“レーヴァ邸”と呼ぶか」


「それなら────拠点スペースに収めているお邸は、セアラ側妃様に因んで…、“セアラ邸”と呼ぶことにしませんか?あのお邸は、ファルリエム辺境伯がセアラ側妃様を想って建てられたものですし」


 お邸の名称がないのは不便だと思っていたので、これを機に提案すると、レド様は顔を綻ばせた。


「それはいいな────そうしよう」


 ラムルやカデアだけでなく、ジグとレナスも嬉しそうに表情を緩める。



「昼食にするには、まだ早いな。────どうする、リゼ」


 腕時計を確認したレド様が、私に訊ねる。


「そうですね…。せっかくですし、このまま、このエントランスホールで<聖騎士(グローリアス・ナイト)の証>へのアクセスを試みてみませんか?」


 レド様とディンド卿が叙爵して“貴族章”を授かることになったときから、試してみようと決めていた。


 もし、成功すれば、レド様とディンド卿も【聖剣】を手に入れることができるはずだ。


 実は────以前、“第一の月”と呼ばれるレド様の“個章”でも試してみようとしたことがあった。


 “個章”は、聖結晶(アダマンタイト)を精巧に加工して作られていて────明らかに“貴族章”と似ていたので、分析してみたら、案の定<聖騎士(グローリアス・ナイト)の証>だった。おそらく、遺跡から発掘されたメダルのうちの一つなのだろう。


 ただ、レド様が皇位継承権を放棄することになれば、“個章”も返上しなければならない。


 状況がどう転ぶか読めなかったため、試すのは保留にしていた。



「そうだな…。今夜は新年度を祝う夜会があるからな。午後はその準備もあるし────今のうちに試すか」

「はい」

「ノルン───頼む」

「解りました、(マスター)ルガレド」


 ラナ姉さんとアーシャと共にいたノルンは、二人から離れて、こちらに歩み寄る。



聖騎士(グローリアス・ナイト)の証>を認識───アクセスを開始します…



 ノルンの身体が、淡い光を帯びる。同時に、ディンド卿の首元の記章が光を放つ。まずはディンド卿から試すようだ。



魂魄───魔力量───身体能力───技能───経験───オールクリア

聖騎士(グローリアス・ナイト)】として認定されました

認識章(コード・クレスト)白梟(スノーウィ・オウル)】───

ディンド=アン・ファリエ名義に書き換えを開始します────完了

特殊能力【武装化(アーマメント)】を付与───

特殊能力【(シールド)】を付与───

特殊能力【防御(ガード)】を付与───

武装化(アーマメント)】を発動します───【潜在記憶(アニマ・レコード)】検索───【抽出(ピックアップ)】───【顕在化(セットアップ)】…



 ディンド卿の全身が眩い光に包まれる。光を透かして浮かび上がる人影が微妙に変化した直後、光は掻き消えた。


 何事もなかったかのように元に戻った空間には────ディンド卿が、純白の鎧を身に纏い、静かに佇んでいた。


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