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第四章―ロウェルダ公爵邸にて―#4


「ところで、この貴族章────何を(かたど)っているのかしらね?」


 やっと二人から解放されて、元のドレス姿に戻ると、シェリアが首を傾げて言った。


「我がロウェルダ公爵家のは三日月だし、他の貴族家のもすぐに判るような形なのに、これはよく判らないわ」

「ああ、これは『雪の結晶』なの。雪の欠片って、よく見てみるとこんな感じなんだよ」

「そうなの?」

「一片一片模様が違っていて、同じ模様は一つとしてないらしいよ。私の前世の世界と同じなら、だけど」


「これ、雪なの。そう考えると素敵な意匠ね。わたくしとしては、このドレス、夜明け前の星空というイメージだったのだけれど、雪の降る夜空に見えてきたわ」

「言われてみれば、そうかも」


「しんとした静かな綺麗さ───とでも言うのかしら…。リゼにはぴったりだわ」

「…褒め過ぎじゃない?」


 シェリアが大真面目に言うので、私は何だか照れ臭くなる。


「そんなことないわよ。リゼって、こう…、目を惹くのよね。佇まいも所作も本当に綺麗で────わたくしたちが意識して行う所作を、自然と行っている、とでも言えば良いのかしら」


 もしかして、前世で、行儀を叩き込まれたからかな?姿勢や動作など、厳しく指導された覚えがある。


「それで、どうするつもりなの、リゼ」

「うん、まずは────【最適化(オプティマイズ)】」


 いつものように魔術式が発動し、光に包まれる。ドレスやパンプスは昨日してあるので、それほど魔力は持っていかれない。


「【情報開示(ステータスオープン)】」


 うん、やっぱりだ。装備の箇所に、“フェイスガード”という記述がある。


 初めて【現況確認(ステータス)】を見たとき、これ何だろうと疑問に思ったのだ。顔に装備なんてつけてなかったから。


 後で確認してみたら、何と化粧のことだった。古代魔術帝国の化粧品は、紫外線だけでなく、ある程度の攻撃からも皮膚を護ってくれるらしいのだ。……凄すぎるよね。


 まあ、それで、一体何がしたいのかと言うと、使用できる魔術の中に【(エクス)(チェンジ)】というものがあって、これは今手にある武器を別の武器に換えることができるのだけど────さらにすごいことに、登録しておけば、装備一式を取り換えることも出来るのだ。


 化粧も“装備”になるなら、この魔術で換えることが可能なはずだ。


 私が実行可能魔術の項目の【(エクス)(チェンジ)】という文字を指で触ると、アイコンが複数並んでいるページに跳んだ。


 アイコンは陰影がついた球形のシンプルなもので、赤いものと緑のものが、規則正しく並んでいる。私はそのうちの緑のアイコンに触れた。



CR‐5に装備一式を登録します───完了───【(エクス)(チェンジ)】で変更可能になりました



 よし、それでは試してみようかな。


「【(エクス)(チェンジ)】───CR1」


 魔術式が現れ、光を発した。光は私の全身を包む。


 光が晴れたとき、私の格好は、昨日登録しておいた、冒険者として活動する際に着けている装備に変わっていた。鏡で確認すると、髪型もただのハーフアップに、顔もノーメイクになっている。


「リゼ?今何をしたの?」

「うん、ちょっと待って。…【(エクス)(チェンジ)】───CR5」


 再度、魔術式が現れ、光に包まれる。


 視界が戻ると、先程のドレス姿に戻っていた。鏡を確認すると、髪はさっき結い上げてもらった状態に、そして顔は化粧を施してもらった状態に戻っている。


「やった。大成功!」


「ねえ、どういうことなの?」

「ええっとね、ドレスを着て髪型も化粧もやってもらったこの状態を、記録したの。だから、いつでも魔術でこの状態になれるようになったというわけなの」

「…よくわからないけど、わかったわ。とにかく、今のその姿にいつでもなれるようになったのね?あの貴族章をつけたときみたいに」

「うん、そういうこと。…自分では髪も化粧も出来ないから、これで解決したわ」


 あれ───でも化粧は頑張れば自分でも出来たかな。一通りやり方習っているし。


 まあ、いいか。手慣れていない私のメイクより、カエラさんの綺麗なメイクの方が断然いい。


「あら、あの魔道具でいつでも来れるのだから、当日来ても良かったのではないの?」

「当日は、おば様もシェリアも支度があるんだから、そんな迷惑はかけられないよ」

「…そんなことはないわよ、と言いたいところだけれど、大変なのはカエラたちなのだから、わたくしが言うべきではないわね」


「いえ、仰っていただいて大丈夫です、シェリアお嬢様。────リゼラ様、そのようなお気遣いは不要でございます」


 気配を消して佇んでいたカエラさんが、珍しく強い口調で言う。


「…ありがとう、カエラさん。何かあったときは、また頼らせてもらうから」


 カエラさんは黙って一礼すると、一歩下がって、シェリアの後ろにまた控えた。



◇◇◇



 応接間に戻ると、レド様は一人でお茶を飲んでいた。ソファに座り、その長い脚を組んでいる。レド様は何をしていても様になるな…。


「お待たせしました、レド様」

「考えていた通りにできたのか?」

「はい、おかげさまで。これで、夜会の格好の方は大丈夫です」


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