終章―新たなる旅立ちの前に―#3
「それで────お前はいつまでリゼに引っ付いているつもりなんだ、鳥」
孤児院での食事会を終えて、お邸で少し休憩をとった後────私たちは精霊樹の許に向かっていた。
精霊獣が隠れ住む森を進みながら、姿をくらませることなく私の肩に留まる白炎様を、レド様が睨みつける。
<む…、今日くらいは傍にいてもいいだろう。我が神子とは、しばらく逢えなくなるのだぞ。それもお前のせいで>
「朝から夕方まで纏わりつけば十分だろうが。まさか────就寝まで共にする気ではないだろうな?」
<それもいいな。────我が神子よ、今宵は共に寺院に泊まらないか?>
「その無駄に長い尾っぽを毟り取って欲しいようだな────鳥」
<なんて野蛮な奴だ…!我が神聖なる尾っぽを毟るなど、野蛮にも程があるぞ…!>
ブルブルと身体を震わせた白炎様が、両翼を広げて私の頭にしがみつく。
「尾っぽだけなんて優し過ぎますよ、ルガレド様」
「そうです。あの鶏冠もどきも毟り取ってやりましょう」
私が口を挟むより早く、ジグとレナスが追撃する。
<何て恐ろしいことを…!ガルファルリエムの小僧の配下は本当にろくでもないな!>
尾っぽと鶏冠のない白炎様…。それはそれで可愛らしい気もするけど、毟り取っちゃうのはね…。
「三人とも、白炎様を揶揄うのはそこまでにしてあげてください」
「別に揶揄ってなどいない」
……それは、つまり本気だということで?いや、ジグとレナスも真剣な顔で肯かないで…。
精霊樹の許へ辿り着くと、そこにはアルデルファルムが待ち構えていた。
レド様はしばらく顔を出せていなかったから、アルデルファルムの金色の双眸が喜びに煌いている。
<<<よく来てくれました───ルガレド、リゼラ、ジグ、レナス>>>
すでに日は暮れていたが、皓々と輝く二つの月に加えて、精霊樹が柔らかな光を発していて、遠目にこの場を囲う木々の枝まで見て取れるほど明るい。
アルデルファルムの傍では、精霊獣たちが思い思いに寛いでいる。
ネロやヴァイス、斥候を務めてくれていたローリィを始めとした栗鼠型やネズミ型の精霊獣たち、それにおじ様との連絡役を担ってくれていたロビンもいる。
少し離れたところにはダイニングテーブルが置かれ、先に来ていたカデアたち女性陣が、予め用意しておいた料理や飲み物を取り出しては並べている。
ラムルとウォイドさん、ハルドとバレスも手伝っているようだ。
ラギとヴィドは、宙を泳ぐ魚の群れやエイに目が釘付けだ。
アルデルファルムや精霊獣たちの存在に驚き、それが落ち着いたら、今度は魚たちの存在に目が行った───というところかな。
私に気づいたエルが手を振る。
その傍らで歓談していたらしいディンド卿、ヴァルトさん、ベルネオさんの三人は話を止め、こちらに視線を向けた。
それと、もう一人────エルの隣に薄い笑みを湛えた男性が佇んでいる。エデル───いや、レムトさんだ。レムトさんは、三日前から劇団に戻っていた。
こうして集まっているのは、遅ればせながら、レド様の成人祝いをするためだ。
それだけでなく、歓送迎会と慰労も兼ねている。そのために、今回の騒動に係わった“エデル”も呼ばれたというわけだ。
それから、もう一つ目的があった。
それは、白炎様とアルデルファルムの再会だ。アルデルファルムがレド様に仕えていることを知った白炎様が、逢いたいと望んだのだ。
<久しいな、聖竜よ。息災のようで何よりだ>
<<<まさか、貴方に再び逢える日が来ようとは…。そのお姿────転生なされたのですね>>>
<ああ。我が神子リゼラのおかげでな>
<<<今は何と?>>>
<“白炎”だ。我が神子が名付けてくれた>
白炎様は、私の肩の上でもふもふの胸を張る。
<<<白炎───ご誕生の寿ぎを申し上げます>>>
<うむ。感謝する>
アルデルファルムの言葉に、白炎様が嬉しそうに小さく羽搏いた。
<それにしても、聖竜よ。またしても小僧の子守をする破目になるとは────お主も苦労するよな>
アルデルファルムより先に、ジト眼のレド様が応じる。
「リゼに世話をかけているお前にだけは言われたくない」
<何を言っておる。我が神子に世話をかけているのはお前の方だろう>
<<<どうやら、転生しても、関係性は変わらないようですね>>>
あ、やっぱり、昔からこうなんだ…。
「坊ちゃま?お鳥様?」
カデアの凍てついた一声で、ぴたりと言い合いが止まる。
<<<カデアはすごいですね。ルガレドと白炎を止めることができるなんて>>>
ええ、私も同感です。
「旦那様───お待たせして申し訳ございません。お食事に致しましょう」
レド様と私はラムルに促され、テーブルの方へ向かう。イスはない。人数が多いため、立食にしたのだ。
「お鳥様のために、特別にお席をご用意しております。ささ、こちらへどうぞ」
ラナ姉さんが、テーブルの端に置かれたクッションを敷き詰めた籠を両手で示す。
シルクのような光沢のある純白の布地で作られたクッションは、銀糸の刺繍が施され四隅に銀色の飾り紐が付けられていて高級感があった。
ラナ姉さんの口調と表情は真剣で、ふざけているような様子はない。
ラナ姉さんは、白炎様に対して軽々な態度をとっていたが────私が知らない間にラナ姉さんが何か失言をしてしまったらしく、それを謝罪してからは白炎様をきちんと敬うようになった。
白炎様も、ラナ姉さんのことを『小娘』呼ばわりから『娘』呼びになったのだけれど────ラナ姉さんの敬い方は、ちょっと大仰過ぎるような気がしなくもない…。
<いや、我は我が神子の肩で十分…>
「鳥───ラナの好意を無下にする気か?ラナが忙しい時間を縫って、お前のために手ずから作ってくれたんだぞ。有難く使わせてもらえ」
<お前は我が神子から我を離したいだけだろう>
「そんなことはない。俺はお前のためを思って言ってやっているんだ。いいか?ラナはリゼの姉のような存在だ。そんなラナを悲しませたら、リゼに嫌われることになるんだぞ?」
<むむ…、解った。小僧の思惑通りになるのは癪だが、仕方あるまい…。────娘、有難く使わせてもらう>
白炎様が私の肩を飛び立ち、クッションに舞い降りる。
それを見たレド様が満足げに笑う。……というか、レド様がラナ姉さんを嗾けて作らせたわけじゃないよね?
◇◇◇
「旦那様───どうぞ、こちらをお受け取り下さい」
賑やかな食事を終え、デザートを食べる前にお茶で一息ついていると────ラムルが傍に来て、手に持っているものを恭しくレド様に差し出した。
それは小さなトランク型の鞄で、凝った作りの留め具がついている。
「これは?」
「私どもからの成人のお祝いでございます」
「ありがとう」
嬉しそうに表情を緩めたレド様は、受け取った鞄の中に何か入っていることに気づき、テーブルの空いている箇所に置いて、鞄を開いた。
中は全面に布が張られていて、マグカップと片手に載るサイズのプレートが2枚、レド様の個章が刺された白いナプキンが数枚納められ────蓋部分には、ナイフとフォーク、それにスプーンが革ベルトで括りつけられている。
「食器のセット───か?」
「はい。リゼラ様に教えていただいたのですが────伝統産業などのない地域では、成人したら家を出て独立することが多いため、成人祝いに食器を贈る習慣があるのだそうです」
貧しい地区では、フォーク1本だったり、マグカップ1個だったりするらしいが────余裕のある地区だと、マグカップとプレート、それにカトラリーのセットを贈る。
新年度になれば、私たちは国内各地を巡ることになる。野営することもあるだろうから、そのときに役立つのではないかと考え、提案した。
本当は、前世の“洋画”に出てくるような“ピクニックバスケット”を再現したかったのだけれど────トランク型のバスケットがなかったので、革張りの鞄で代用した。
鞄や食器、カトラリーを手配したのは、エルとベルネオさんで────布を張り、革ベルトをつけたのはラナ姉さんだ。ナプキンに刺繍を施したのは、カデアとラナ姉さん、それにアーシャとセレナさん────鞄や食器、カトラリーの代金を支払ったのは、エルと男性陣とのことだ。
ラギとヴィドは、孤児院の子供たちと共にお祝いをしてくれたので、この件には係わっていない。
仲間となって日が浅いミュリアとバレスには、声をかけていなかったみたいだが────自ら一緒にお祝いしたいと申し出てくれて、少額ではあるもののお金を出してくれたと聞いている。
「そうなのか。────ありがとう、大事に使わせてもらう」
レド様が、仲間たちに向かって、感謝の言葉を述べる。
私もレド様へのお祝いを渡そうと思ったとき────ラムルが、レド様のものと似た鞄を私に差し出した。
「こちらは、リゼラ様に」
「え───私にも?」
思いも寄らなったことに、孤児院で子供たちに贈り物をされた際のレド様と同じような反応をしてしまった。
「そうですよ。リゼラ様もご成人なされたのですから、私どもがお祝いをするのは当然でしょう?」
私の反応がおかしかったのか、ラムルは口元に笑みを浮かべて答えた。
「……どうもありがとう。祝ってくれて────本当に、嬉しい」
零れた笑みと共に仲間たちにお礼を言って、ラムルから受け取った鞄を開く。
「俺のものと揃いのようだな」
レド様の仰る通り、ナプキンの刺繍以外は、レド様のとお揃いみたいだ。私も、大事に使わせてもらおう────そう心に決めて、鞄をそっと閉じる。
私は前屈みなっていた上半身を起こして、レド様を見上げた。そして、取り寄せたものをレド様へと差し出す。
「レド様───これは私からの成人のお祝いです」
私の言葉に、レド様は顔を綻ばせた。
「ありがとう…、リゼ」
レド様は、渡した木箱を開け────中に敷かれたクッションに鎮座しているものを見て、呟いた。
「腕時計?」
「はい。間に合わせではなく、レド様のために創り上げたものを使っていただきたくて」
レド様の腕には、地下遺跡での騒動の際に創ったものが巻かれている。でも、それは急ごしらえのため、皆のものとは違って、最低限の機能しかない。
ジグとレナスによると、レド様はずっと仲間たちの腕時計を羨ましがっていたみたいで────自分も欲しいと言い出せなかったらしい。
それならば、きちんとしたものを贈りたいと思ったのだ。
「ジグたちのものとも、ラムルたちのものとも違うんだな」
「ええ」
ジグとレナス、ハルドとバレス、ラギとヴィドのものは、ケースとベルトが一体となった黒いシリコン擬きの“スポーツウォッチ”────ラムル、ディンド卿、ヴァルトさん、ウォイドさん、ベルネオさんのは、ブランドものを模した黒い革製のベルトにケースはステンレス擬きだ。
レド様のは、ケースだけでなく、ベルトも同じステンレス擬きだが、一体化しているわけではなく────確か“3連ブレス”と言うんだったかな。細かいパーツを繋ぎ合わせた仕様だ。文字盤は黒に近い群青色をしている。
早速着け替えようとするレド様につけ方を説明しつつ、着用を手伝う。
新しい腕時計を眺めて、レド様は破顔した。
それは、少年のような無邪気な────贈って良かったと思える笑顔だった。
「こちらの時計は、私がいただいてもよろしいですか?」
「構わないが、どうするんだ?」
「創り替えて、自分で使おうと思いまして」
私は、予め創っておいた魔水晶を取り寄せると、不要となった腕時計に載せる。魔水晶が発した光が腕時計を包み込み、シルエットが目に見えて変化する。
ラギとヴィド、ミュリアとバレスから上がった驚きの声が耳を掠める。
光が消え失せた後────腕時計は、完全に別物となっていた。
レド様のものとケースやベルトの造りは同じであるものの、レド様のものよりベルトは細身で、文字盤は紫とも濃い目のピンクともつかぬ色味をしており、その大きさも一回り以上小さめのサイズだ。
「俺のものと似ているな」
レド様に指摘され、私はぎくりと肩を震わせる。それに気づいたレド様が、問うような視線で私を覗き込む。
「ぅ、その───この2本は合わせてデザインされたもので…、夫婦や恋人同士で身に着けるものなんです…」
前世で“ペアウォッチ”と呼ばれていたものだ。どうせ創り直すなら違うデザインにしようと思って、前世の記憶を検索して見付けたのだ。
両親の結婚20周年のプレゼントとして“お兄ちゃん”と合同で贈るつもりで、ネットを検索したりお店に出向いて調べた記憶が残っていた。まあ、購入する前に“お母さん”が“スマートウォッチ”を買ってしまって、結局別のものにしたのだけれど。
「そうなのか」
レド様は、嬉しそうに笑みを零した。
ここまでお揃いにしたら“重い”と思われるかも───と、ちょっと心配だったので、喜んでくれたことにほっとする。
「実は、俺もリゼにお祝いを用意してあるんだ」
「え───でも、“輝く薔薇”の費用を出していただいたのに」
「あれは援助だ。贈り物とは違う」
レド様は木箱を取り寄せると蓋を開けて、箱の中を私に見せる。
敷き詰められたクッションに並べられていたのは、繊細なレースで縁取られた幅広の黒いチョーカーらしきリボンと、星銀でできた薔薇を模したペンダントヘッド────それに、同じく星銀でできた、輝く月を囲うように星々と雪の結晶を散りばめたピンブローチだ。
「市井では、想い人や恋人に花を贈る習慣があると聞いた。生花から始まって、布でできたもの、鉱物で模したものと段階があって────劣化しにくい鉱物で模したものは強い想いを表すと。
子供たちがリゼに薔薇を贈るとは思っていなかったから、二番煎じのようになってしまったが────街中を歩くときには、これを着けて欲しい」
レド様は、次にピンブローチを指し示して続ける。
「こちらのブローチは、親衛騎士として立つ際に着けてくれ。俺の個章が組み込まれているから、リゼが俺の庇護下にあると示せる」
「ありがとうございます…、レド様」
レド様の想いが籠められた贈り物に、胸が熱くなった。
私は服装を【換装】で冒険者としての装備に替えて、薔薇のチョーカーをつける。
おそらく、このチョーカー部分はラナ姉さんが作ってくれたのだろう。胸を覆うビスチェアーマーとアームボレロの立て襟が重ならない、剥き出しの首元にちょうどよく納まる。
ペンダントヘッドがビスチェアーマーにかからないように長さも調整されている。
ふと、肌に触れる星銀の薔薇に魔力を感じた。これは────
「レド様の魔力?」
「気づいたか。その薔薇には、魔力を蓄えられるようになっているんだ。リゼの魔力を全快させるほどには蓄えられないが、それでも足しにはなる。いざという時に、引き出して使ってくれ。勿論、ブローチの方も同じ仕様だ」
レド様の魔力が常に感じられて、とても心強い。笑みと共にお礼の言葉がまた零れ出る。
「ありがとうございます────レド様」
◇◇◇
「何だこれ───すっげぇ美味い!」
デザートの“プリン”を一口食べたラギが、興奮気味に叫んだ。ヴィドは甘さ控えめの“ガトーショコラ”が気に入ったらしく、無言で口に運ぶ。
アーシャはラギに食べ尽くされまいと自分のプリンを確保し、ラナ姉さんはガトーショコラを食べつつ、弟妹たちと白炎様の世話を焼いている。
「リゼ!」
「エル?」
「ルガレドお兄様、少しの間、リゼとおしゃべりをしてもよろしくて?」
「……長くならないなら」
「では、リゼをお借りしますわね」
レド様の許可を得て、レムトさんと共に、エルが私の傍らに立つ。その手には、“シュークリーム”が山盛りになった皿が載っていた。
「……エル、それ全部食べる気?」
「ち、違うわよ?これは、ほら、リゼとレムトと一緒に食べようと思って」
ジト眼で訊くと、エルはしどろもどろに言い訳をする。
「そうだとしても取り過ぎだよ。まったくもう…」
私は溜息を吐いて、エルの皿からシュークリームを一つ摘まみ取った。
「あっ!」
「一緒に食べるために持って来たんでしょ?」
「う…」
涙目になるエルに、ちょっと意地悪だったかなと苦笑が浮かぶ。仕方ないな。
「そんなに気に入ったなら、また作ってあげるから」
「本当?約束よ?」
「はいはい」
エルにいつものように返して、レムトさんを見遣る。今日の雰囲気は、“レムトさん”というより“エデル”かな。
「エデルも、一つどうですか?」
「いえ、遠慮しておきます。エルに恨まれたくないので」
エデルはクールに言い放ったが、その笑みはいつもの貼り付けたようなものではない。
「失礼ね。そんなことで恨んだりしないわよ」
「そうなの?じゃあ、もう一つ食べてもいい?」
「駄目!」
反射的に叫んだエルに、我慢していても笑みが零れた。私はそれをごまかすように、エデルに話しかける。
「昨日は舞台に立ったんでしょう?久しぶりの公演はどうでした?」
「いつも通りでした」
「本当、いつも通りだったわよ。レムトにとっては初めての演目でリハーサルを1回やっただけだったのに、まるで何度も演じているかのような演じっぷりだったわ。レムトの最後の公演だというのに、全く普段と変わらないし」
「え…、最後の公演って────やめてしまうの?」
驚きのあまり、素でエデルに訊ねる。
「ええ。他にやりたいことを見つけたので」
エデルがやりたい職種の想像がつかなくて、私が目を瞬かせていると、エデルは口元を緩めて笑う。
「そういうわけで────リゼさん、私を貴女の執事として正式に雇っていただけませんか?」
「えっ?」
「私はとても役に立つと思いますよ」
軽い口調とは裏腹に、その声音には感情が籠っている。
「私の執事になることが、貴方のやりたいことなの?」
「ええ、そうです」
エデルは、それ以上は語らない。だけど────本気で言っていることは感じ取れた。
「すでに劇団は退団して、皆には別れを告げてきました。殿下にも許可をもらっています。後は、リゼさん────貴女次第です」
レド様が許可をしたことに驚く。
でも───思い返してみれば、私の側近をエデルに兼任させるおつもりだったようだし、無理をする私に補佐をつけると息まいていたときにはエデルも候補に入っていた。
あのときすでに、レド様はエデルが配下となることを想定されていたのだろう。
視線を向けると、話を聴いていたらしいレド様はコーヒーの入ったカップを持ち上げる手を止めて頷いた。
エデルが私の執事になりたい理由は判らないけど────どうせ、私はこの人を放っておけない。
エデルの生い立ちを知ったとき、この人の傍にいざという時に手を差し伸べてくれるような誰かがいてくれたらと願った。
私の執事になるというのなら────私が手を差し伸べることができる。
レド様より優先することはできなくても、主として便宜を図ることはできるはずだ。
「解りました。では…、私の執事となってもらえますか?」
私のその言葉に、口元だけでなく目元も緩め、エデルは満面に笑みを湛える。いつもの表面上に貼り付けたものとは違う───心からの笑みだ。
「喜んで」
喜色の滲んだ声音で応えた後、エデルは何かに気づいたように付け加える。
「あ、加護も下さい」
さらりと言われて、私は苦笑した。
まあ、エデルが不老長寿となるのはいいことかもしれない。そうなれば、たとえ家族がいなくても、老後の心配はいらないし────永く生きているうちに血縁に関する懸念もなくなって、添い遂げたいと思える人と出逢うこともあるかもしれない。
それにしても────加護のことを知らされているところを見ると、エデルはすでに仲間として受け入れられているようだ。
「それでは、主従の契約を交わしましょうか。────ノルン、手伝ってくれる?」
「はい、主リゼラ」
レド様がカップをテーブルに置き、デザートを食べていた他の仲間たちも私たちの様子に気づいて視線を向ける。
カデアから離れてこちらへ歩み寄ったノルンの身体が、淡い光を帯びる。
【配下】を認識───発動条件クリア───【契約魔術】を発動します…
あれ、レド様の足元に魔術式が展開していない?
【主君】リゼラ=アン・ファルリエム───【配下】イーデル───契約完了
「えっ」
「どういうことだ?」
傍らのレド様も声を上げる。
私たちの困惑をよそに、ノルンのアナウンスは留まることなく、通常通りに続いていった。
そして────
─────【最適化】が完了しました
最後にエデルの【最適化】が済んで、ノルンのアナウンスが途切れると、レド様が口を開いた。
「ノルン───これはどういうことだ?何故、俺は入っていない?」
「それは、配下エデルの忠誠心が主リゼラにのみ向けられているからです」
「つまり────エデルには、俺への忠誠心はないということか?」
「はい」
「………エデル?」
「心配はご無用です、殿下。貴方に何かあれば、リゼさんが悲しみますからね。忠誠心はなくても貴方に従いますし、裏切るようなことは決して致しませんよ」
「いや、別にそこは心配していない」
苦虫を噛んだような表情で返したレド様に、アルデルファルムが鎌首を擡げて近づける。
<<<ルガレド、それでは一体何が問題なのですか?>>>
「アルデルファルム様の仰る通りだ。我々精霊獣も我が姫としか契約を交わしていないが、我が姫の主である神竜の御子には従っているぞ。他に何の問題があるというのだ?」
ヴァイスも不思議そうに訊く。私の肩に飛び乗った白炎様が、何だか楽し気な様子でそれに同調した。
<そうだぞ、小僧。この者は精霊獣と同じだと思えば、問題はなかろう?>
「こんな可愛げのない精霊獣がいてたまるか。というか、お前、絶対解っていて言っているだろう?」
仲間たちは、当事者である私やエデルをそっちのけで言い合うレド様と白炎様を眺めている。呆れている者、面白がっている者、戸惑っている者、驚いている者───と、様々だ。
栗鼠型の精霊獣であるローリィが、白炎様とは逆側の肩によじ登って来た。
「神竜の御子様は、わたしたちを可愛いと思っているということですか?」
レド様が何を気にされているのかローリィには理解できないみたいで、私にそう訊ねる。
「ふふ…、そうみたい」
「それは嬉しいですね」
ローリィの隣に舞い降りたロビンが、言葉通り嬉しそうに呟いた。
ローリィとロビンを見て遠慮する必要はないと思ったのか────これまで遠巻きにしていたヴァイスを始めとした他の精霊獣たちも次々とやって来て、私に群がる。
ノルンが負けじと精霊獣たちを押しのけて、私の隣に陣取った。
<あ、こら。我が先に載っていたのだぞ>
肩に載ってきた精霊獣に押され、白炎様がレド様との言い合いを中断して文句をつける。
いつの間にかノルンと精霊獣たちに囲まれている私を目にして、レド様は不服そうに顔を顰める。
レド様のその拗ねたような表情が愛おしくて────私は笑みを零した。




