第二十八章―邂逅の果て―#17
いつも読んでくださる皆様方、ここまで読んでくれた方々、本当にありがとうございます。
申し訳ないことにまたもや遅くなってしまいましたが、今回の4話分の投稿で、この章はようやく終わりとなります。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
※※※
皇宮内に複数ある特別会議室の一つ────緊急会議で使われたものとは別の大会議室で、主要貴族と上級官吏による調整会議が行われていた。
半円形のすり鉢型の部屋に階段状に設けられた座席から見下す形になる、最底辺に据えられた議長席には、この国の宰相であるシュロム=アン・ロウェルダが座っている。
「それでは────グズラマイラ伯爵領に関しては、このまま据え置きということでよろしいですね?」
シュロムが問いかけると、賛成する旨の言葉があちこちで上がった。声を上げたのは、ベイラリオ侯爵家に阿る皇妃一派の者ばかりだ。
他は沈黙を守っている。どうせ反対したところで、意味がないからだ。
議席の過半数を占めているだけでなく、主要な交易路や穀倉地帯を握られているため、それを盾に意見を押し通されて終わる。
グズラマイラ伯爵はベイラリオ侯爵家門の貴族家で、先代ベイラリオ侯爵が台頭するまでは、領地を持たない名ばかり男爵家だったが────おこぼれに与って、功績もなく伯爵に昇爵したばかりか、点在する穀倉地帯の一つを擁する領地を任されている。
グズラマイラ伯爵が領地を経営するようになって、年々収穫高が減少しており、明らかに業績が悪化しているのに────問題視しようにも、皇妃一派に押し切られ、こうして“様子見”か“据え置き”となるのが通例となっていた。
勿論、それはこのグズラマイラ伯爵領だけでなく────すべてのベイラリオ侯爵家門や傘下の貴族家、それに皇妃やベイラリオ侯爵家に阿る貴族家の任地あるいは任務においても、だ。
「それでは、次の────」
もはや意味を成していない会議を進めるべく、シュロムが口を開いたとき────不意に、議長席の背後にある両開きの重厚な扉が開く音で遮られた。
入って来たのは、この国の皇妃であるジェミナ=アス・ル・レーウェンエルダだ。
後ろに、皇妃好みの美貌の騎士と、もう一人────見慣れない青年を伴っている。金髪碧眼の端正な顔立ちのその青年は、向けられる数多の眼差しに怯むことなく、人の好さそうな柔らかな笑みを浮かべて佇む。
皇妃が突然現れたことに、驚いた様子はない。むしろ、またか───という雰囲気だ。
「ごきげんよう、皆さま方。今日は提案があって参りましたの」
そう宣う皇妃のニタニタと笑う顔が気色悪いと感じるのは、シュロムが皇妃を虫唾が走るほどに嫌っているせいなのか。
「皆さま、あの野獣の子───ルガレドをどうするかお困りでしょう?アレは、公務もできない“出来損ない”ですもの」
それでなくとも醜悪な笑みが、嘲笑を含んでもっと醜悪なものになる。
通常、側妃腹だとしても、実子以外の皇子や皇女には敬称をつけるものだが、この皇妃にそんな常識はない。
しかも───驚くことに、皇妃は、これを詭弁などではなく本気で言っているのだ。
自分が公務から遠ざけさせたことも、遠ざける以前はきちんと公務を熟していたという事実も、すっかり頭から抜け落ちているらしく────ルガレドが公務をしないのは、無能で怠惰だからだと本当に信じ込んでいるというから理解できない。
「アレは、公務はできないくせに、獣退治みたいな野蛮なことだけは得意で────隠れて冒険者などという下賤な職業に就いているらしいですわ。その上、自作自演でこの皇都を救ったと嘯いているそうですのよ。
ですから、そんなに獣退治が好きなら、それをさせたらよろしいと思いますの。どうかしら?」
さも名案を挙げたとばかりに、皇妃は得意げに参加者たちを見回す。
「それと、我が皇子ジェスレムにも同じことをさせようと思っておりますの。
先日の騒ぎのことを、どうもアレが自分に都合よく言い触らしているらしくて、愚かな民衆はそれを信じてジェスレムを悪く思っているみたいですけど────ジェスレムとアレが同じことをすれば、いくら民衆が愚かでも、どちらが正しいかわかるはずですわ」
ルガレドの方は一応提案という形をとっていたのに、ジェスレムの進路については、まるで自分が決めて当然のような言い草だ。実際、そう考えているのだろう。
「つまり────ルガレド皇子殿下とジェスレム皇子のお二方に、国内各地で魔獣討伐に従事していただくということですか?」
「そうよ」
自分の意見が却下されるとは微塵も思っていない皇妃は、シュロムが自分の息子には敬称をつけていないことに気づかず、機嫌よく応える。
参加者───主に皇妃一派がざわめいた。
「いいのではないか?」
「そうですね…」
「下手に辺境に押し込めて、目の届かないところで悪だくみされても面倒だしな」
皇妃の提案に賛成する声が、次々に上がる。それだけにとどまらず、好きに意見を交わし始める。
「ジェスレム殿下には、上級騎士を随行させればよかろう」
「それなら、彎月騎士団の団長と上級騎士たちが適任ではないかと」
「これは汚名返上するいい機会だ」
この大事な時期に休暇で皇都を離れ、職責を果たさなかった彎月騎士団の団長と副団長、団長補佐、上級騎士は、総じて降格処分及び転属が決定している。
彼らのほとんどは皇妃一派に属する貴族子弟だから、普段なら見逃されるところだが────ジェスレムから目を逸らせるため、今回は罰することができたのだ。まあ、通常よりも軽い処分ではあるが。
身内としては、これに便乗して立場を回復させたいようだ。
あの身分を笠に着ただけの役立たずどもを随行させたところで、ジェスレムに魔獣討伐など果たせるとは思えないが────ジェスレムを含めた役立たずどもを纏めて厄介払いするには、本当に“いい機会”だ。
ジェスレムの進路については、自尊心を満足させつつ権力も伴う役職を、皇妃一派より幾つか候補に挙げられていたものの、いずれも任せるには力不足であることが明らかで────だからといって、他の役職に就けるにしても、周囲に与える悪影響を考えると頭の痛い案件だったのだ。
(まあ、当のジェスレム皇子は魔獣討伐を任じられると知ったら、その場で卒倒しそうだけどね…)
何せ、教会での体験がトラウマとなったところに、ヴァムの森に異様な魔物の集落が見つかったという話が耳に入り、その件が収束するまで自室から一歩も出ようとしなかったくらいだ。
それも、部屋の半分を占めるほどの護衛を詰めさせていたと聞く。
国としても、この提案は悪いものではない。
おそらく、ルガレドとリゼラの実力を過小評価している皇妃一派は、ルガレドが騎士や兵士を伴うことを阻止することで妨害できたと信じ────反皇妃派や中立派など、自分たちに迎合しようとしない貴族家の領地に、ルガレドを派遣しようとするはずだ。
そして────自分たちの領地には役立たずをたくさん引き連れたジェスレムを招くだろう。
ビゲラブナが防衛大臣に就任してから、毎年この時期になると各地に現れる魔獣の討伐は、必ずといっていいほど問題となっていた。
防衛大臣の後釜がどうであれ、団長と上層部を入れ替える彎月騎士団はしばらく機能しないし────虧月騎士団も偃月騎士団も、グリムラマ辺境伯軍を何とかしない限り動かせない。
“デノンの騎士”が奮闘しようにも限りがある。
ルガレドとリゼラに魔獣討伐を任せられるのなら、動かない騎士団や辺境伯軍に代わる討伐隊を結成する必要もない。
さりげなく見回せば────反皇妃派や中立派の貴族たちの満更でもない様子が見て取れた。
◇◇◇
「お帰りなさいませ───旦那様」
くだらない名ばかりの会議の後、通常の執務をこなし────シュロムがロウェルダ公爵邸へ帰り着くことができたのは、晩餐を終えるどころか就寝する頃合いだった。
期限を守らない皇妃一派のせいで、年度末は毎回こんな感じだ。
ここのところ、シュロムとロヴァルは、夕食を皇宮に届けてもらって執務の合間に済ませているため、邸で摂れた験しがない。
「皆はもう寝たかい?」
「いえ。ご就寝の準備をされているところです」
「では、執務室に集めてくれるかな。ロルスとロイドもね」
「かしこまりました」
ロドムの後ろに並んでいた執事や侍女たちが、シュロムの命令を果たすべく、音を立てずに踵を返す。
シュロムはロヴァルとロドムを従え、執務室に向かって歩き出した。
「本日も、お勤めお疲れ様でした───旦那様」
まず執務室に現れそう言ったのは、ロヴァルとロドムの祖父ロルスだ。続いて、ロヴァルの父であるロイド────そして、シュロムの妻であるミレア、娘のシェリア、息子のシルムがやって来て、口々にシュロムを労う。
「皆───こんな時間にすまないね」
全員が揃ったところで、シュロムは口火を切った。
「今日の会議で、ルガレド殿下とジェスレム皇子の進路がやっと決まってね」
あの後───やはりというべきか、満場一致に近い状態で、ルガレドとジェスレムを魔獣討伐に従事させることが決まった。
渋っていたのは、皇妃一派の中では珍しく思考能力が機能している輩だ。しかし、その反対意見は、同志たちの妄想に基づく意見によって掻き消された。
「ルガレド殿下は“特務騎士”に───ジェスレム皇子は“特命将軍”に就いて、各地で魔獣討伐に従事していただくことになったよ」
「“特務騎士”は聞いたことがありますが────“特命将軍”、ですか?」
ロルスが、怪訝な表情で返す。
「聞いたことはないはずだよ。あの場で奴らが作り出した役職だからね。本当に────好き勝手してくれる」
既存の“護国の将軍”が挙がらなかったのは────どんなに権力を翳そうと、ジェスレムでは就任できないと奴らも解っているためだろう。
3つの騎士団と4つの辺境伯軍を統括する“護国の将軍”となるには、素養だけでなく、皇族の血を引いていることが必須となる。何故なら────“護国の将軍”に授けられる“宝剣”は、皇族に連なる者にしか扱えないからだ。
ジェスレムが皇王の実子ではないことは公然の秘密であるが────さすがに、正式に確定されてしまうのはまずい、ということだ。
「まあ…、何はともあれ────こちらの思惑通りに動いてくれて良かったよ」
皇妃が、重要な会議に許可もなく乱入して、こうやって勝手に物事を決める───あるいは変更してしまうことは珍しいことではなかった。
それは、皇妃自身の浅慮な思い付きだったこともあれば、取り巻きや“お気に入り”に唆されての場合もあった。
今回の提案は、乱入時、皇妃の傍らにいた金髪碧眼の青年───シュロムの手の者による入れ知恵だ。
ガラマゼラ伯爵の弟に始まって、ゾアブラの息子に加え、これまでの“お気に入り”を鑑みるに────皇妃は、端正な顔立ちで線の細い中性的な優男を好む傾向がある。
ゾアブラの息子と知り合いだったというリゼラの執事に、仕種や表情、口調に留まらず声の出し方など、指導してもらった甲斐があって────彼は、皇妃に上手く取り入ることができたらしく、今のところ一番の“お気に入り”とのことだった。
とはいえ────目論見通りに皇妃が動くかどうか確信はなかった。皇妃は単純で御しやすそうに見えるが、気まぐれで思考に一貫性がないため、その行動は読み切れない。
例えば───“お気に入り”に懇願されて、その家族を優遇すると約束したとしても、翌日には気が変わって、約束を簡単に反故にしたりする。
気が変わる理由は、夢見が悪かった、侍女のちょっとした仕種で気分を害した、用意されたドレスが自分の気分に合ったものではなかったなど────くだらないとしか言いようがないものばかりで、予防しようがない。
これまで、多くの“お気に入り”が、取り立てられては捨てられてきた。
長続きした者は一人もいないというのに、自分なら旨く立ち回れると思うようで、皇妃に近づく愚か者は後を絶たない。直近だと、ダブグレル伯爵がまさにその例だ。
(皇妃がずるがしこい野心的な人物なら、もっと簡単だったんだけどね…)
それなら、そこに付け込んで、もっと早くこの国に巣食うクズどもを一網打尽にできていただろう。
「それでは────いよいよ動き出すのですね、旦那様」
そう訊ねるミレアの声音は落ち着いていたが、期待を隠しきれていない。
「そのつもりだよ」
シュロムがそう答えた瞬間、ミレアの微笑が喜色を含んで満面の笑みとなった。そして、ミレアは思わずといったように、呟く。
「やっと────やっと…、あの女を引き摺り下ろせるのね」
ミレアが、シュロムに降嫁する条件として願ったのは、マイラをミレアの傍に置くことと────必ず、“ジェミナをその立場から引き摺り下ろすこと”だった。
ようやく────それを叶えるときが来た。
「待たせてすまなかったね───ミレア」
「うふふ、それは仕方がありませんわ。その代わり、絶対にやり遂げてくださいな」
「勿論」
シュロムは嬉しそうに笑みを零し続ける妻から、黙ってこちらを見ている娘たちへと視線を移す。
「ルガレド殿下襲撃の件で、皇城内に潜んでいた暗殺者たちは一人残らず駆逐できた。皇妃一派の息のかかった門番も取り調べに乗じて解任させ、こちらに与する者へと入れ替えたから────もう、今までのようには容易に入り込むことはできない」
リゼラによれば、皇城には古代魔術帝国の“障壁”という魔術が張り巡らされているため、城門以外から出入りすることは不可能なのだという。
城壁を越えようとしても、見えない壁に阻まれるらしく────皇城の背後に広がる森から魔物や魔獣が侵入することがないのは、そのおかげだそうだ。
女官長や侍従長など皇城内の使用人を統括する立場の者は、皇妃一派を通じて就任し、皇妃に従順なように装ってはいるが────実は、シュロムが潜り込ませた者たちだ。
皇王の住まう皇宮の女官や侍従、ゼアルムの皇子邸の侍従や侍女においては、すでに皇妃一派の影響が強い者を入れ替え始めている。
まあ、ベイラリオ侯爵が遣わした使用人や護衛もしくは商人に扮して、入り込むことはできるかもしれないが────皇王であるドリアムやゼアルム皇子に係わるような上級使用人に就かせることは、これでできなくなった。
「皇城内の秩序を立て直し、安全を確保でき次第────私やゼアルム殿下が代行していた公務と共に、皇王陛下にすべての権限を戻すつもりだ」
ドリアムが公務を疎かにし、ゼアルムとシュロムが代行していたのは、権限を分散させる必要があったからだ。
こうしておけば、この国の最高権力を手にするためには、ドリアムとゼアルム、それにシュロムの三人を暗殺しなければならない。
ドリアムを殺してジェスレムに皇王位を継がせたとしても、権限の大半は依然としてゼアルムとシュロムに留まったままとなる。
「その暁には、ゼアルム殿下の立太子を宣下していただき────同時に、ゼアルム殿下とシェリアの婚約、我がロウェルダ公爵家がゼアルム殿下の正式な後見となることを公表する予定だ」
シュロムはそこで言葉を切って、シェリアに問いかける。
「覚悟はできているね?────シェリア」
シュロムの言葉に、シェリアは一度目線を落として────再び顔を上げたときには、その双眸に強い光を湛えていた。
「ええ。大丈夫よ────覚悟はできているわ」
シェリアは、幼い頃から何度も誘拐され────その経験がトラウマとなっていた。外出することをひどく恐れるようになり、ここ数年はリゼラかシュロムが傍にいないと邸を出ることすらできなかった。
だけど、皇太子妃ともなれば、そんなことを言っていられなくなる。否が応でも外に出なければならない上、これまで以上の危険に晒されるのは確実だ。
「リゼが────この皇都を出る前に、持てる力を以て、わたくしを護る手立てを調えると約束してくれた。それに、わたくしには、カエラたちがいるもの。だから────大丈夫よ、お父様」
微かに震える指先を押さえ込むように自分の左手を右手で握りながらも、シェリアは気丈に告げる。
この国では、先代ベイラリオ侯爵のせいで前時代的な男尊女卑思想が一部の貴族家で復活しているとはいえ、女性の地位は決して低くない。皇女も政治に参加するし、女性でも爵位を継ぐことができる。
しかし、皇王や皇太子の妃となると、子を生み血を残すことが最優先とされ、政に携わることはない。
妃の主な公務は、夜会やお茶会、一部の式典を開催して、社交界を取り仕切ることとなる。後は、慈善事業の主宰、国民からの陳情の聞き取り、外国からの賓客を夫または外交官と共にもてなす───などだ。
どれも実際に動くのは文官や女官で、妃は統括するだけに留まる。当然、妊娠出産期間中は免除される。
幼少期から皇子妃候補だったシェリアには、通常の令嬢教育だけでなく、公務に必要となる知識は施されている。
正式に皇族の婚約者となったら、決して公にはされない皇族の闇史や伝承を学ぶことになるものの、呑み込みの早いシェリアには難しいことではないはずだ。
シェリアは、リゼラとルガレドが婚約したと知ったときには、すでに覚悟を決めていたに違いない。
その頃から、シェリアがミレアに皇女として培った知識を学び始めると同時に、これまで修めたものを復習し始めたことを、シュロムは知っていた。
シェリアに“準皇族”としての自覚が芽生えたと、ロルスは嬉しそうにしていたが────おそらく、シェリアが皇太子妃となる覚悟を決めたのは、国のためではなく、リゼラを護るためだ。
ルガレドの弟であるゼアルムの妃になれば、リゼラと義理の姉妹になれるというのも大きいだろう。
シュロムは、ずっと、イルノラド公爵家の籍を抜けたら、リゼラにシェリアの側付きを務めてもらいたいと考えていた。
そして、皇妃一派を一掃して、ルガレドかゼアルムを擁立するためにシェリアを嫁がせる際には、シェリアの親衛騎士になってもらえたら───と。
リゼラに孤児院の有様を相談されたとき、買収して所有者となることを勧めて、その交渉や手続きを手伝ったのはそのためだ。
別に籍を抜けなくても、イルノラド公爵家と縁を切るだけなら、国から出て行くだけでも事足りる。冒険者となって早々にランクを上げ、何処でも生活していける術を得ていたリゼラを、孤児院という足枷を作ることで引き留めたかった。
それだけでなく、シェリアの親衛騎士にする際に支障のないよう、リゼラにイルノラド公爵家との絶縁を決意させるという目的もあった。
敏いリゼラは、そんなシュロムの思惑を察しているようだったが────それは、シェリアのためだと思っていたみたいだ。
リゼラがいることで状況が好転すると最初に気づいたのは、いつだったか。
初めは偶然だと思っていた。そう感じているのが自分だけではないと知り、ロウェルダ公爵家に取り入るために裏で糸を引いているのではないかと疑った。
しかし、調べれば調べるほど、リゼラが幸運を引き寄せているとしか思えなくなった。大半が、計画するのは不可能な───偶然が重なった結果だったからだ。
確信に変えたのは、誘拐されたシェリアやシルムの救出にリゼラが加わると、ケガする者はいても犠牲者は一人も出ていないという事実だ。
共に救出に向かった者たちは、思い返してみれば、いつもより勘が鋭くなっていたようだと述べていた。何でも、嫌な予感がして危険を免れたのは、一度や二度ではないそうだ。
(本当に…、“幸運の女神”としか言いようがない────)
結局、シュロムが思い描いていたようにはいかなかったけれども、リゼラは望んでいた以上のものをもたらしてくれた。
特に、努力すれば必ず報われるという────“祝福”。
リゼラには、目的を叶えるためにシビアな状況を引き起こすかもしれないと、祝福を授けたことを謝罪されたが────それでも、叶わないよりは断然いい。
長い間もがいてきたシュロムたちにとっては、確かな希望だ。
先代ベイラリオ侯爵が一大勢力を築き上げることができたのは、その采配にある。
支配下に置きたい役職には、ビゲラブナのような従順だが頭の回らない人物を宛がい───主要となるような大都市の領主など、勢力を保つのに必要な役職には能力のある人物を宛がって、基盤を盤石としていた。
ベイラリオ侯爵家門や傘下の貴族家、それらに与する者どもを排除しようとすると、激しい反発にあって阻止される。
だから、シュロムは───自分では動かずに皇妃やその取り巻きを嗾けさせて、先代ベイラリオ侯爵が見込んだ能力のある人物たちを、ベイラリオ侯爵家に与する中でも愚かな人物へと、少しずつ少しずつ置き換えていった。
それを免れ、未だしぶとく居座り続ける者もいるものの────概ね、入れ替えることができた。
秘かに勢力を削いだのはいいが、どうやって一網打尽にすべきか思案していたところに、リゼラによって奴らの虚構が暴かれた。
加えて────ディルカリド元伯爵の口から、奴らが何故あんなにも“ディルカリダ側妃”の再来を求めているのかも、明らかになった。
「ゼアルム殿下が立太子なさると知れば────奴らはきっと動く」
いつもの微笑ではなく、口元を歪めてシュロムは笑う。
ロルスとロイドの眼差しが、剣呑なものに変わる。先代ロウェルダ公爵とその公女の───護りきることができなかった主たちの仇をとるときが来たのだから、当然だ。
先程から笑みを湛えたままのミレアと、覚悟と緊張を秘めたシェリア。
そして────シュロム譲りと言われる、底冷えしそうな凍てついた笑みを浮かべるシルム。
「必ず────あのクズどもを…、一人残らず引き摺り下ろす」
それは宣告というよりも────父と妹を喪ったあの日から、シュロムが胸に抱いていた決意の表明だった。