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第四章―ロウェルダ公爵邸にて―#3


「おはよう、リゼ」


 翌朝、厨房で朝食を作っていると、レド様が厨房に顔を出した。


「おはようございます、レド様。────すみません、もう少しで作り終えますから。これを作ったら、鍛練に向かいましょう」


 朝食は鍛練の後に摂ることにしようと、レド様と決めた。


 終えたらすぐ食べられるよう、先に作っているだけなのだ。アイテムボックスに入れておけば、作り立てそのまま食べられるしね。


「急がなくていい。俺が少し早過ぎただけだ」




 レド様は、基本、下級兵士専用の調練場で、鍛練を行う。


 例によって、騎士や上級兵士専用の調練場には出入りさえ許されていないそうだ。本当───あいつら全員呪われてしまえ。


 私は調練用の刃を潰した片手剣を両手それぞれに1本ずつ持って構え、レド様は調練用の両手剣を構えて、対峙する。


 仕掛けるのは私からだ。地面を蹴ってレド様に肉薄し、左右の剣を振るう。レド様は両手剣を一度振るうだけで、2本の剣をいなした。


 レド様の力に耐えられず態勢を崩しかけた私に、レド様は剣を止めることなく、追い打ちをかけてきた。今度は私が、両手の剣でレド様の剣を受け流す。


 そうして、次々に角度を変えて打ち合うこと数度、どちらからともなく剣を下ろす。


「リゼの動きは流れるようで、本当に無駄がないな」

「それはレド様こそ、ですよ。それに、ここ数年素振りばかりで、手合わせをしていなかったとは、とても思えません」


 私も全力ではないが、レド様がかなり手加減してくれていたのが判る。全力なら、きっと私では敵わないだろう。


 その後は、レド様が両手剣を片手剣に替え、また打ち合いを続けた。


「そろそろ、戻るか」


 見ると、兵士たちが集まりつつある。兵士たちに迷惑をかけないように、兵士たちが鍛練を始める前に、レド様は自分の鍛練を終えるようにしているのだ。


「そうですね。戻って、朝食を摂りましょう」



◇◇◇



「夕食でも言ったが、リゼの料理は美味しいな」


 降り注ぐ光の中、サンルームで朝食を摂っていると、レド様がそんなことを言い出した。


 私が作ったのは、普通のオムレツと、昨日の夕食でも出したシチューだけなんだけど。


 サラダは、サンルーム産の野菜に、ドレッシングの材料がなかったから塩を振っただけだし───パンは、ロウェルダ公爵邸の料理人であるダグさんが焼いたものだし。


 そんな風に言われると、ちょっといたたまれない。


「…そうですか?ありがとうございます」

「いや、こちらこそ、作ってくれてありがとう」


 ああ、もう────レド様のその笑顔が本当に眩し過ぎる。



「そういえば、リゼは常に魔力を全身に廻らせているみたいだが…」


 レド様が思い出したように言った。


「ええ。その方が身体能力が上がるので」

「そうなのか。────今度やり方を教えてくれないか?」


 というか───魔力で底上げしていないのに、あれだけ動けるレド様はすごいです。


 【身体強化(フィジカル・ブースト)】という魔術が使用可能になったけど、あれはまだ試せていない。

 使い勝手が悪かったり、人前では使えないということもありえるから、レド様にも魔力を使った身体強化を覚えてもらった方がいいかもしれない。


「解りました。落ち着いたら、一緒に練習しましょう」


 魔術を使えない時はやはり魔法で戦うしかないので、これからも魔法を使う鍛練は欠かさないようにするつもりだ。


 早く魔術を試しに使ってみて、有用な魔術を絞らないといけないな。魔術を組み込んだ戦い方も研究しないと。


 それに、刀も久しぶり────というか、今世では初めて使うし、刀を使った鍛練もしなきゃ。

 

 あ───そういえば、剣もまた調達しなきゃ。愛用の双剣と対の短剣が【最適化(オプティマイズ)】で勝手に“小太刀”と“小刀”に変わってしまったので、代わりの剣を用意しないと。

 どちらも思い入れがあって、すごく気に入っていたんだけど…。


 思わず溜息を()くと、レド様に気づかれてしまった。


「リゼ、何か気に病むことでもあるのか?」

「あ…、いえ、気に病むというか…」


 剣のことを話すと、レド様は少し考え込んでから、口を開いた。


「カタナとやらは、リゼの前世の故郷独特の剣だと言っていたな。ということは、あれはリゼの前世の記憶を読み取って、造られたものなのだろう?ならば、リゼの記憶から、また双剣に造り直すことは出来ないか?」

「!!」


 目から鱗だ。確かに、そうだ。試してみる価値はある。


「ありがとうございます、レド様。食べ終わったら、早速試してみます」




 朝食後、後片付けをしてから、エントランスホールに移動する。


 エントランスホールは、明るくて、何も置いていない広い空間があるので、作業するには一番いい。


 私は双剣だった“対の小太刀”を両手で持ち────えぇっと、確か…


「【潜在記憶(アニマ・レコード)】検索────」


 使いたいと意識するだけで発動はするはずだが、初めて試すときは、やはり何となく声に出してしまう。


 足元に魔術式が広がり、その光がふわりと私を包み込む。私は固く目を瞑り、双剣のことを思い描く。


 すると、頭の中に持ち手やガード、刃の形などが鮮明に思い浮かび、鞘の色や質感、腰に提げている時の感じや、手に持った時の重さ、斬った時の感覚が次々と甦ってきた。今だと感じて、唱える。


「【(ピック)(アップ)】────【顕在化(セットアップ)】」


 自分の中の魔力が両手から流れ出て、対の小太刀へと注ぎ込まれていく。刀は形を変えていき、見慣れたシルエットへと変貌した。


 光が収束したとき、私の手には記憶通りの愛用の双剣があった。


「やった…!できました、レド様…!」


 これなら、きっと小刀の方も短剣に戻せるはずだ。嬉しくてレド様に笑いかけると、レド様も笑みを返してくれた。


「良かったな」

「はい、ありがとうございます。レド様のおかげです」



◇◇◇



「そろそろ、いいかな?」


 ロウェルダ公爵邸では、そろそろ朝食を終える頃合いだ。


「ネロ、お願いがあるんだけど…」


 呼ぶとネロが現れる。


「なあに?」

「あのね、シェリアにそちらに行ってもいいか、聞いてきて欲しいの」

「わかった。行ってくるね」


 ロウェルダ公爵邸の方はもう行っても大丈夫ということなので、出かける準備をする。


「それでは、これを試してみるか」


 レド様の言う『これ』というのは、“(エクスト)(ラグレ)(ードサ)(ポート)”とやらの一環で、どこからか支給してもらえた【転移門(ゲート)】という────“魔導機構”だ。


 それは直径2mほどの魔水晶(マナ・クォーツ)で造られた円盤で、複雑な魔術式が彫り込まれていた。


 エントランスホールの使用人部屋寄りの壁際に設置したのだけど、驚いたことに、一瞬で床に同化した。私やレド様にはそこに魔術式があることが感じ取れるが、きっと他の人には判らないだろう。


 昨日ロウェルダ公爵邸を辞する前に、公爵邸の方にも【転移門(ゲート)】を設置させてもらっている。


 これを設置するために、ロドムさんやマイラさんにも、契約魔術の支援システムのことを打ち明ける必要があったのだ。


 この【転移門(ゲート)】という魔導機構は、設置された【転移門(ゲート)】同士を繋ぐことで瞬時に行き来できる、便利な代物だ。


 これはレド様か私でなければ、作動しないようになっているらしいので、ロウェルダ公爵家に迷惑をかける心配もない。



 実は───昨日、皇城を出る時、一悶着があった。門番は何か言い含められているのか、レド様が街に下りることを渋り、出るのに時間がかかったのだ。


 以前、レド様が門を出ようとした時は、成人していないことを理由に許可をしなかったらしい。なので、もう成人したことを強調して、昨日は何とか門を出られたのだが────今日は別の理由を用意していそうだ。


 こうなるであろうことは予想出来ていたので、【現況確認(ステータス)】で色々調べて、事前に、門を通らずに外に出る策を講じていた。


 【(テレポーテ)(ーション)】という魔術も使えるようになっていたので、そちらを先に試してみたが、阻害される感覚があり、皇城から外には転移できなかった。


 ネロ曰く、皇城の城壁には空間を隔てる何かがあるらしい。だから、邸で最初に呼んだとき、いつものようにすんなり入れず、ちょっと遅くなってしまったんだとか。


「それでは、行こうか」

「はい、レド様」


 レド様と一緒に魔術式の上に載る。すると、自然とロウェルダ公爵邸が思い浮かんだ。


「ロウェルダ公爵邸へ」


 レド様が呟くように告げると、足元の魔術式が作動し始める。魔術式から光が溢れ出て、その強さが段々と増していく。


 ついには私たちの全身を包み込むほど強くなり、視界が光で覆われた時、一瞬浮遊感に襲われた。


 足の裏に固い地面を踏む感触が戻ったと思った瞬間、光が霧散して、視界が戻った。


 目の前には、おば様、シェリア、シルム、ラナ姉さん、カエラさん、マイラさん、ロドムさんが勢ぞろいしている。一列に並んで、皆してこちらを凝視していたので、私はちょっと、ぎょっとしてしまった。


「すごいですわねぇ。あれが、古代魔術帝国の魔術…!」

「お母様、違いますわよ。あれは魔術ではなく魔道具らしいですわ」

「僕もやってみたい…!ねえ、ねえ、殿下、後で僕にもさせて…!」

「おやめなさい、シルム。殿下に対して馴れ馴れしくしすぎですわよ」


 皆、興奮冷めやらぬ様子だ。シルムが珍しく小さい子供のようにはしゃいで、シェリアが嗜めている。


「いや、俺たちは従兄弟同士なのだし、気さくに接してくれて構わない。シルム、夜会も終わって、落ち着いてからで良ければ、俺の邸に招待しよう」

「ほ、本当…?!ありがとう、殿下…!」

「……………殿下、あの」

「もちろん、シェリア嬢、君も」

「ありがとう存じます、殿下…!」

「わたくしも、行ってもよろしいかしら?」

「もちろん、公爵夫人も、ラナも来るといい」

「わたしも…?ありがとうございます…!」


 ふふ、レド様はすごく嬉しそうだ。



◇◇◇



 さて───今日は一つ試したいことがある。


「リゼ、何をするつもりなの?」

「うん、とりあえず、夜会当日の格好をしたいの」

「メイクとヘアメイクも、当日同様に施すということ?」

「うん。お願い出来るかな?」

「もちろん、いいけれど……」


 女性陣だけで、ロウェルダ公爵邸のドレッシングルームに移ると、私は早速行動を開始した。


 まず、昨日選んだドレス、黒糸で編まれたレースのアームカバーと靴下、パンプスなどを身に着ける。


 コルセットとスカートの骨組み(クリノリン)は【最適化(オプティマイズ)】をしたら一体化して、形状はそのままなのに柔らかい素材のワンピースになったので着るのが楽になって嬉しい。


 それから、髪を結い上げて髪飾りをつけてもらい、きちんと化粧を施してもらう。


 最後に貴族章だ。貴族章を提げるのは、真珠を半透明にしたような円い小粒の“月水晶(マーニ・クォーツ)”を連ね、幾重にも巻いたネックレスだ。


 貴族章をネックレスに提げると、すかさず【武装化(アーマメント)】が発動したので、解除しようとすると、何故かシェリアとラナ姉さんから止められてしまった。


「昨日は驚いちゃって、ちゃんと見れなかったから。ね、少しだけ観察させて」


 ラナ姉さんにそうお願いされて、仕方なく、シェリアとラナ姉さんの好きにさせる。


「すごいわね、これ。このパイピングと模様、刺繍かと思ったら違うわ。どうやって付けているのかしら」

「ブーツの下にはレースで縁取りされた靴下を履いているのね。────あれ。これ、タイトスカートかと思ったら、違うみたい」


 ラナ姉さんの言う通り、私もバックスカートの隙間から見えているのは、タイトスカートだと思ってたら、何と言うか、前掛け?みたいになっている。


 それとは別に柔らかいふわふわの生地でできたカボチャパンツみたいのを穿いていて、その上に同じ生地のすごく短いペティコートみたいなのを何重にも履いているような感じだ。


 まあ、動きに支障はないからいいけど。


「この布、控えめに光沢があって、肌触りも滑らかで────うっとりするほど綺麗よね」

「はあ、一度でいいから、こんな生地扱ってみたいです…」


 二人はうっとりと、私の装備を眺めている。いつまで待てばいいのかな…。


 視線をずらすと、おば様は、一角に設置されたソファに座って、いつの間にか用意されていたお茶を飲んでいた。


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