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第二十八章―邂逅の果て―#10


 最初の対面を切り上げてから、それほど時間が経っていないので、少し躊躇したものの────バレスの手足を再生するなら早い方がいいということで、私たちはバレスに伺いを立てて再び会いに行った。


 レド様と私だけでなく、セレナさんとヴァルト、ハルドも入って来たことに気づき────バレスは顔を強張らせる。


 レド様たちはベッドの手前で足を止めたが、私はさらにベッドの側まで行く。


「ゆっくりと休むよう言ったのはこちらなのに、また押しかけてごめんなさい」

「いえ。それで、話とは────先程、僕がお願いしたことですか?」

「ええ、そうです」


 私が頷くと、バレスの双眸が僅かに揺らいだ。


「先程、貴方は────死にたいわけではなく、四肢を失くして生きることもままならないから殺して欲しいと言った。もし…、私が貴方の手足を再生することができたら────私たちに力を貸してくれますか?」


 バレスは、一瞬、私が放った言葉の意味を呑み込めなかったらしく────虚を衝かれたような表情になったが、すぐに訝し気に顔を顰めた。


「………揶揄っているのですか?僕の手足を再生する?────そんなこと…、できるはずがないじゃないですか」

「私は、そんな質の悪い冗談は言いません。そもそも、貴方を揶揄ったり騙したりしたところで意味がないと思いませんか?」


 私の返答に、バレスは口を噤んだ。そして、しばらく黙って考え込んだ後、瞳に決意を湛えて私を見上げた。


「………いいでしょう。どうせ、このままでは死ぬしかないんだ。

本当に────貴女が、僕の手足を再生できるというのなら…、残りの人生を────いや、この命を捧げてもいい」


 バレスに嘘を()いている様子はない。レド様もそう判断されたみたいで、伺い見た私に向かって頷く。


「それでは…、交渉成立ということで────始めましょうか」


 すぐに始めるとは思っていなかったのか、バレスは少し眼を見開いた。


 ラムルが進み出て、バレスに被せていたダウンケットを大きく捲って、ベッドの端まで寄せてくれる。


 バレスは、薄手のガウンのようなものを着せられていた。


 これは、初めて魔力の使い過ぎで寝込んだ際、ラナ姉さんに頼んで創ってもらったもので────前世で“入院患者”が着る…、確か“患者衣”と言うんだったかな。それを元にしている。


 これなら、着替えてもらう必要はなさそうだ。



「─────【起死回生】」



 私を起点に展開した魔術式が眩い光を迸らせる。光はベッドを突き抜け、バレスの身体を包み込む。


「っ?!」


 驚いたバレスが身じろいだ。


 私の魔力が魔術式に傾れ込み、幾つもの小さな魔術式がバレスの身体の下に重なり合って展開する。アルデルファルムのときと様相が違うのは、癒すのではなく、欠損部分の再生だからだろう。


 服に隠れていて肉眼では見えないが────【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させている私には、四肢の切り口から延びるようにして、血管や“神経”、“リンパ管”と思しき細い糸のようなものが下方に広がっていくのが視えた。


 そして、骨が形作られ、筋肉がそれらを覆い、その他───私では名称も知らない組織などが隙間を埋めていく。


 すべて私の魔力によって創られるために、すごい勢いで身体から魔力が抜けていった。


 真新しい皮膚に包まれて、滑らかな爪がそれぞれの指先に被さり────見慣れた手足と化したときには、私の魔力は半分を切っていた。


 さらに魔力が身体から抜け、血と魔力へと変換されて、バレスのものに継ぎ足された。これらが新たな四肢に流れ込み、指先まで行き渡ると────それを以て術が完成したらしく、すうっと全ての魔術式が音もなく消え失せた。


 固有魔力を使い果たす前に終わって、私の口から安堵の溜息が零れる。


「……終わりました。無事、再生できたのではないかと思いますが────どうですか?」


 私の問いを受けて、バレスは我に返ったようで────恐る恐る両手を持ち上げ、翳した。


 自分の両手を目にして、バレスは唇を戦慄かせた。


「ぁ…」


 言葉にならないのか、バレスの口からは掠れた音が漏れただけだった。


 それから、バレスは震える両手をベッドに突き、上半身を起こした。身体を反転させて、ゆっくりとベッドから降り立つ。


「ぁ、ああ…っ」


 今度は、先程よりも確りとした声が漏れ出た。


 バレスの両目から涙が溢れて、頬を伝った。その涙を無造作に拭って、濡れた手を見て、また涙が零れた。


 力が抜けたのか、バレスは両膝をつき、幼子のように声を上げて泣きじゃくる。


 私はバレスの方へ踏み出そうとして、眩暈を覚えた。体内に残る魔力が少ないせいだ。


 まずいな───と思ったとき、後ろから大きな腕で抱き抱えられた。勿論、その腕の主はレド様だ。


「リゼは魔力を使い過ぎたようだ。少し休ませる」


 レド様は私を軽々と抱き上げ、仲間たちに告げる。


 身体に力が入らず、私は抵抗することなくレド様に身を預けた。


「すみません、レド様…」

「気にするな」


 レド様は表情を緩めてそう言った後、仲間たちへと再び振り返った。


「バレスを頼む。落ち着いたら、身なりを調えさせて────応接室に連れて来てくれ」

「かしこまりました」


 ラムルが応え、セレナさんとヴァルトさん、ハルドが頷いたのを確認したレド様は、私を抱えて扉に向かって歩き出す。


 レド様の肩越しに、セレナさんたちが蹲るバレスに歩み寄るのが眼に入った。


 セレナさんが屈んで覗き込み───呼びかけると、バレスが涙に濡れた顔を上げる。セレナさんは柔らかい笑みを湛えて、バレスに何か囁く。バレスは泣きじゃくりながらも、口元に笑みらしきものを浮かべた。


 扉が閉められて、私にはそこまでしか目にすることはできなかったけれど────セレナさんとバレスは、きっと大丈夫だ。きっと────家族として過ごせるようになる。


 私はそんなことを思いながら、レド様の肩に頬を預けて瞼を閉じた。



◇◇◇



 ラムルがバレスを連れて来たのは、それから1時間ほど経ってからだった。


 レド様に魔力を分け与えてもらったおかげで、私は眩暈を覚えることなく、バレスを迎え入れる。


 バレスは、伸び放題だった淡い色合いの茶髪を誰かに整えてもらったらしく────前髪は眼にかからない程度、後ろは肩を越す程度に短くして、後頭部で括っている。


 着替えがなかったからか、身に纏っているのはハルドとお揃いの侍従服だ。


 ラムルに続いて扉を潜ったバレスは、迷うことなく歩を進め、私の正面で立ち止まって片膝をつく。


「先程は感謝を申し上げることもせず、大変失礼いたしました。本当に感謝しております、リゼラ様。このご恩は一生忘れません。

お約束通り────この命、貴女様に捧げます。いかようにもお使いください」


 深く(こうべ)を垂れて、バレスはそう述べた。


「私は────こちらにいらっしゃる…、このレーウェンエルダ皇国の第二皇子であるルガレド殿下を、この命に換えても護り抜くと心に決めています。貴方が私に恩を感じてくれているのならば、どうか…、ルガレド殿下を護るために、その力を貸してくれませんか?」


 顔を上げたバレスは、強い光を湛えた双眸で私を見て────再び(こうべ)を垂れ、厳かに宣言する。


「それが貴女様の願いならば────僕は…、この命をかけてルガレド殿下をお護り致します」


 バレスの確りとした声音には、固い決意が感じられ────その言葉は信頼できると思えた。


「ありがとうございます。どうか…、ルガレド殿下───レド様のことをお願いします」


 自然とお礼と笑みが零れる。それを受けたバレスが、また顔を上げ応えようとしたとき────不意にノルンの声が響き渡った。



【亜神の恩寵】の発動を確認────【契約魔術(コントラクト)】を開始します…



「えっ?」


 私だけでなく、レド様とラムルからも驚きの声が上がる。何が起こっているのか判らないバレスは、ただ突然響いた声に眼を見開いていた。



【境界の神子】リゼラ=アン・ファルリエム───【聖使徒】バレス───契約完了

【亜神の恩寵】───【寵愛クラス】と断定

【聖使徒】バレスに固有能力【聖壁】───授けました

【聖使徒】バレスの固有魔力量───【Sクラス】と認定

【聖使徒】バレスに【一級(ファーストグレ)支援(ードサポート)】が可能と断定───

管理亜精霊(アドミニストレーター)】に【聖使徒】バレスの接続許可を申請───許可を確認───

接続(リンク)】───成功

【聖使徒】バレスの使用可能神聖術を選出───完了

【聖使徒】バレス、上級神聖術【快癒】───会得しました



 驚いているうちに、ノルンのアナウンスが途切れる。私は慌てて、ノルンに呼びかけた。


「ノルン!」


───はい、(マスター)リゼラ───


「どういうこと?加護を与えていないのに、何故、【恩寵】が発動したの?」


───いえ、(マスター)リゼラは聖使徒バレスの四肢を再生する際に加護を与えています。“【亜神の恩寵】が発動した”と見做されたのは、(マスター)リゼラが聖使徒バレスに新たに祝福を与えたためです───


「四肢を再生したときに加護を与えた…?」


 ラナ姉さんのときのように、無意識に加護を与えていた────ということ?


 それとも────【起死回生】を施すこと自体が加護を授けるのと同じ、ということ…?

 それに、【魂魄の位階】が昇格する旨のアナウンスがなかったことを考えると────ジグとレナスの場合と同じく、すでに昇格していたことになる。もしかして、【起死回生】を施した時点で昇格していた…?


 これは、後で詳しく調べるべきかもしれない。


 もし後者だったら────アーシャやハルド、もしくは部外者に施すとなれば、よほどの事態だとしても問題になる。


 とにかく、今は、困惑しているバレスへの説明と───勝手に不老長寿にしてしまったことに対する謝罪をする方が先だ。


 どのみち、仲間となったからには事情をすべて打ち明けるつもりだった。

 私は、先程の現象について説明すべく、口を開いた。



「つまり────僕は、歳をとることなく…、500年近く生きることになる、と?」


 バレスは黙って話を聴いた後、そう聞き返した。声音にも表情にも動揺しているような色は見受けられず、意外に落ち着いている。


「そういうことになります。事情も知らせず、貴方の承諾も得ていないのに────本当にごめんなさい…」


 私が頭を下げると、バレスは首を横に振った。


「いえ、謝罪の必要はございません。僕は死ぬはずったところを貴女に救われ────この命を貴女に捧げると誓いました。数十年だろうと数百年だろうと、その誓いに変わりはない。むしろ、お仕えできるのが永ければ永いほど、その分だけ貴女に恩を返すことができる。僕としては本望です。

きっと、先に事情を知らされ意思を確認されたとしても、僕は貴女のご加護を賜ることを希望したでしょう。ですから────どうか、お気になさらないでください」


 バレスの表情には屈託がなく、本心からそう言ってくれているようだった。


「ありがとうございます」


 私は、もう一度頭を下げた。



◇◇◇



 レド様を交えた【主従の契約】を終えた後は、バレスの扱いについて話し合う。


 私としては、ファルリエム子爵家所属の魔術師として雇うつもりだったのだが────ラムルがレド様専任の侍従にすることを提案し、レド様がそれに賛同した。ラムル曰く、皇子ともなれば、侍従を二人以上侍らすのが通常なのだそうだ。


 ………何だか、またもや言い包められた気がしてならないけれども。




「夕飯まで、まだ時間があるな…」


 レド様が腕時計を一瞥して呟いた。


「バレス───少し話を聴かせてくれるか?」

「かしこまりました」


 レド様の要望に、バレスは頷く。


 レド様はソファに腰を下ろし、私とバレスにも座るよう促す。私はレド様の隣に、バレスは向かい側のソファに腰を下ろした。


 すかさず、ラムルがティーセットを取り寄せ、レド様、私、バレスの前にお茶を注いだティーカップをソーサーと共に置いた。


「何からお話すればよろしいですか?」

「そうだな…、では、あの地下遺跡のことから聴かせてくれ」

「かしこまりました。ただ───あの遺跡や“秘術”に関しては、正式に伝えられたわけではなく、囚われてから父とドルトの会話を聞きかじっただけですので、僕の推測も混じっているということをご了承ください」


 バレスはそう前置きして、語り始めた。


「父とドルトは、あの遺跡のことを“ディルカリダの遺産”と呼んでいました。何でも、エルダニア王国の中興の祖であるバナドル王の側妃ディルカリダが我がディルカリド家のために遺してくれた遺跡だそうで────代々、当主と跡取りにのみ、その存在を伝えられていたみたいでした。

ディルカリド家に連なる者だけが出入りを許されているらしく、ディルカリド伯爵家が取り潰されて───この3年、父はあの遺跡に潜伏していたようです」


「拠点としていたあの場所に敷かれた魔術陣────古代魔術帝国では“魔術陣”ではなく“魔術式”と呼ぶらしいのだが…、あの魔術式については何か聴いているか?」

「はい。あれは魔獣すら隷属させることが可能とのことで────エルダニアの時代から、我が家に代々伝わる“秘術”を行うのに利用されてきたみたいです。あの魔術陣───いえ、魔術式、でしたか。魔術式の上に載せるだけで効果が発揮されるため、隷属させておきたい魔物や魔獣を常にあの場に留めていました。

ハルドの父ウルドと兄コルドも───ドルトに誘われて合流したものの、魔物を飼った挙句に魔獣化させるという父の所業に恐れをなして逃げ出そうとしたらしく、あの魔術式に載せられていました」


「では────お前とデレドは、何故…?」


 レド様は躊躇いがちに、バレスに訊ねる。


 レド様が疑問に思うのも尤もだ。手足を斬り落とさずとも、あの魔術で隷属させるだけで良かったはずなのだから。


「僕が遺跡に連行されたときには、すでにウルドとコルドはあの魔術によって隷属させられていました。ウルドたちのように逃げ出されると面倒だと考えたようで────僕も…、後に連れてこられたデレドも、初めからあの魔術を施されました。

あの魔術は、魔術式から離れても、しばらくは効果が続きます。僕とデレドは、ディルカリドの血を持つために、あの遺跡に父以外の者が出入りする際に随行させられていました。あるとき、我に返ってしまったデレドが逃げ出そうとしたそうです。また逃げ出すことを警戒して────父はデレドの手足を斬り落とすようドルトに命じました。

当初は両足を斬り落とすだけのつもりだったようですが、デレドが両手を振り回して抵抗したり、両手で這って逃げ出そうとしたみたいで────両手も斬り落とされました。食事や排泄などの世話は必要となりましたが、ウルドやコルドにさせればいいだけの話ですし、出入りで連れ出すときは担いでいき、用事が済むまで猿轡を咬まして魔術式の側に隠しておけばいいので────魔術の効果が切れないうちに一度戻って、また迎えに行くという手間もなくなったため、思いの外、その状態は便利だったらしく────すぐに、僕も同じ状態にされました……」


 手足を斬り落とされたときのことを思い出したのだろう────バレスは表情を歪ませ、その記憶を遮断するように瞼を一度閉じた。身体も僅かに震えている。


 ディルカリド伯爵が拠点としていた区画の隅に、施療院に設置されるものと同じ魔術陣が描かれていた。あの魔術陣の効能はポーションと同様みたいだから、おそらく四肢の切断部分はあれで塞いだのだろう。


「……(むご)いことをする」


 レド様が眉を寄せ、そう零す。その声音には、はっきりと嫌悪が感じられた。私も同感だ。


 実の息子に、いや、他人だとしても────まだ成人もしていない子供に、どうして、そんな酷い仕打ちができるのか────本当に理解に苦しむ。


「一つ、訊いてもいいですか?」


 ふと気になったことがあって、私は口を挟んだ。


「地下遺跡へは、教会の階段から出入りできたはずですよね。それ以外に、魔術式でも出入りしていた───ということですか?」

「はい。ドルトが食糧などを調達してくる際は階段で行き来していましたが────時折、“ゾブル”と呼ばれる男を何処かに運ぶために、僕かデレドが魔術式を発動していました」


 バレスとデレドに【転移門(ゲート)】を発動させて、ゾブル───ゾアブラの転移した先は、おそらく皇城内だ。


 皇城内には幾つかの【転移門(ゲート)】が、いずれも目立たない位置に残されている。魔導機構の側で待たされていたバレスには、そこが何処か見当がつかなかったとしてもおかしくはない。


 ゾアブラの後をつけさせても、いつもある地点で忽然と姿を消され素性が掴めなかったと、おじ様が言っていたっけ。魔術で転移していたのなら、追えるはずもない。



「それでは…、次に“秘術”というのについて聴かせてくれ」

「かしこまりました」


 バレスは頷いて、口を開く。


「先程、ウルドとコルドが隷属の魔術を施された経緯をお話しした際に、彼らが父から逃げ出そうとした理由として挙げた────魔物を魔獣化させるという行為。その魔獣化させる技法を、父とドルトは“秘術”と呼んでいました」

「その技法───とは?」

「魔物に魔力を注ぎ込んで、人為的に魔獣化させるというものです」


 バレスは魔獣化させるのが主目的と認識しているみたいだけど────これは、おそらくエルドア魔石を精製するための技法だろう。


「どうやって魔物に魔力注ぎ込んでいたのですか?」


 ジグの前世の知識によれば────いかに魔力量があろうと、魔力を操作することはできないはずだ。


「父は専用の魔術陣を使っていました。その魔術陣がどういったものかは知りませんが────身体に括り付けられると、身体中の魔力がそれに吸い取られるように感じました」


 ディルカリド伯爵が所持していたものの中に、確かにそれらしい魔術陣があった。


 分析によると、使い手の魔力を寄せ集めるという────魔術陣だけでなく、魔導機構にも必ず組み込まれる基本的なものだが、それが単体で刻まれていた。


「先程、お前は『魔物を飼った挙句』と言っていたが────あの場で魔物を飼育していた、ということか?」

「はい。あの魔術式の上で、魔物を繁殖させ────ウルドとコルドに世話をさせていました」


 バレスは詳しく語りたくなかったようで、簡潔な物言いだったが、それでも怖気(おぞけ)が走った。


 前世でも牛や豚など飼育して繁殖をさせていたけど────幾ら顔の形状が似てはいても、オーガもオークも牛や豚とは似て非なる存在だ。二足歩行で人とも似た個所がある分、嫌悪感を催す。


「魔物を捕らえて連れ込むよりは、その方が容易なのかもしれないが────よくも、そんな(おぞ)ましいことができる」


 レド様も私と同じように感じたのか、顔を顰めて溜息を零した。


「ディルカリド伯爵は…、その“秘術”で魔獣を造って────復讐に利用しようとしていたのだな?」

「はい」

「だが、あの魔術式から離れれば隷属は解けてしまうのだろう?一体、どうするつもりだったんだ?」


「父は、魔獣に知性を持たせて、魔術に頼らずに従わせる方法を模索していました。ドルトとの会話から聞きかじったところによれば、どうも兄の件が起こる以前から研究していたらしく────知性を持たせることはできても、従わせることがどうしてもできないみたいでした。

ゾブルが新たな協力者を連れて来たことにより、皇宮やジェミナ皇妃とジェスレム皇子の内情を探ることができるようになって────魔獣を従わせるのではなく、量産して皇城内に送り込み暴れさせる方向にシフトしたのです」


「それが、どうして教会に魔獣を放つことになったんだ?」

「当初の計画では、辞令式が行われているところに魔獣の群れを放つことになっていました。そのために、同じ魔獣化をさせるにしても、魔力の注ぎ方などを変えて、より強い個体を創ろうと試行錯誤していましたが、試しに外に放ったところ、どれも難なく冒険者に討伐されてしまったとのことで────数を揃えても騎士に阻まれ、目的は達せられそうもないという結論に至り、その計画は頓挫しました。

辞令式は諦めるにしても、ジェスレム皇子だけでも襲わせようと、教会におびき寄せることになったのです」


 バレスがレド様の疑問に答え終えたところで、私は口を挟んだ。


「魔獣に…、魔獣に知性を持たせるとは────どうやって…?」


 嫌な予感に、声が微かに震えた。


 レド様とラムルの驚いたような表情が目の端に映る。


 バレスは、私の様子に困惑しながらも、口を開いた。


「隷属させる魔術式とは別の───ディルカリダ側妃が遺した魔術式を利用していました。教会に続く階段下に仕込まれた魔術式────あれは施された者に新たな知性を宿らせるという効果があるらしく…、父は魔獣をあれに載せていました」



実は、この話の前に、リゼラとルガレドのどちらがバレスに【神聖術】を施すかをめぐっての攻防があったのですが、長くなり過ぎたのと、ちょっとワンパターンに感じたので、テイストを変えて少しだけ話を膨らませて、こぼれ話に回すことにしました。ルガレドが「自分がやる」と言い出さなかったことに違和感を覚えた方や、暇つぶしに読んでもいいと思った方は、こぼれ話⑦を覗いてみてくださると嬉しいです。

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