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第二十八章―邂逅の果て―#7


「まさか、うちの支部からSランカーが二人も出るなんてな。しかも───史上最年少と史上最短ときたもんだ」


 ガレスさんが、レド様から返却されたばかりの(シルバー)のコインを見ながら、感慨深げに呟く。


 レド様は、新しいライセンスを懐中時計に収めると、空となった箱をマジックバッグにしまった。


「さて、と────それでは、リゼ、遺跡の話を詰めるとしようか」


 シルネラさんに言われて、私は意識をシルネラさんへと戻す。


「まずは、詫びをさせてくれ」

「詫び───ですか?」

「ああ。リゼが自腹で依頼を出して、遺跡の保護をしてくれたそうだな。冒険者が遺跡を発見した場合、遺跡の保全はギルドがやらなければならないことだ。依頼料として支払われた分は、謝礼金を上乗せして返金する」

「面目ない、リゼ。何せ、遺跡の発見に携わったのは今回が初めてで────すっかり頭から抜けていた」


 シルネラさんに続いて、ガレスさんがすまなそうに言う。


「まあ、そうそう遺跡なんて見つかるものではないですし────こんな大きな街の近くで見つかるとは思わないですしね。そんなに気にしないでください。謝礼金なども不要です」


 それに、遺跡を保護するというより、ただ皇妃一派を警戒していただけなので────頭を下げられたり、謝礼金をもらうのは気が引ける。


「ところで────あの遺跡のことですが、国とは話がついているんですか?」

「ああ。面倒な輩を介さずに、宰相殿───ロウェルダ公爵と直接交渉することができたんでね。遺跡といっても何もない広場にしか見えないこともあってか、特に揉めることなく、すんなり所有権を認められたよ」

「そうですか」


 あの緊急会議で、おじ様とガレスさんに面識ができて────スタンピード殲滅戦の事後処理では、ガレスさんはおじ様と何度か遣り取りをしている。その関係で、おじ様に話を持っていくことができたのだろう。


 おそらく、レド様のSランク昇格の推薦人に関しても、おじ様に協力を仰いだに違いない。


「それで、リゼはあの遺跡をどうするつもりだ?」


「“古代魔術帝国の遺跡”だと認めたということは────シルネラさんたちは、あの集落跡を調べたということですよね。『魔術陣が少なくとも一つは組み込まれている』と言っていましたが、あれはどういう意味ですか?

魔術陣を確認することはできなかったけれど、今まで認識されることがなかったことから魔術陣があるだろうと推察しているということですか?

それとも────魔術陣が幾つか存在しているらしいことを確認できたということですか?」

「……前者だ。古代魔術帝国の魔術陣は視認できないので、魔術が発動することでしか存在の確認はできない」


「魔術陣を確認できるような魔道具みたいなものはないのですか?」

「今のところ、そういった魔道具は発明されていないし───古代魔術帝国の遺跡からも発掘されていない」

「そうですか。────“魔術協会”ではどうでしょう?」


 私がそう問いかけると、シルネラさんは私から視線を外して後ろを振り向いた。


「ドナ?」

「……魔術協会でも、古代魔術帝国の魔術陣を確認することは、多分できないと思います」


 人見知りなのか、ただ注目されるのが苦手なのか、ドナさんは目線を落としたまま無表情に答える。


「ドナは、魔術教会に所属して、魔術陣を組み上げる仕事をしていたんだ」

「そうなんですか?」


 魔術陣を組み上げる────それは是非とも話を聴いてみたいけど、ドナさんの様子を見る限り難しそうかな。そんなことを考えつつ、私は続ける。


「そうすると────どの組織も、魔術陣を写し取り、持ち帰って研究するということはできないということですよね」

「そうなるな」


「あの遺跡の舗装材は、魔物の集落を撤去する際、大槌やツルハシを打ちつけても傷一つつくことはありませんでした。あれは、持ち出すことは不可能だと思うのですが────どうですか?」

「………無理だろうな」

「やはり、そうですか…。それでは────魔術陣にしろ、あの舗装材にしろ、研究するにはあの場所でするしかないということですよね」

「ああ」


「あの遺跡があるヴァムの森は────魔物討伐をするには実力が足りない低ランカーにとっては、生活の糧を得られる、なくてはならない場所です。それだけでなく、この皇都に出回っている薬品類のほとんどは、あの森で採れる薬草で賄っていますから────森を踏み荒らされるのは困ります」


 あの遺跡───【転移港(ポータル)】は、【隠蔽(ハイディング)】を完全に停止させることができたものの、拠点登録も管理者の書き換えもできなかった。


 拠点登録さえできれば他の場所に移動させられただろうけど────現状ではどうしようもない。


「うちで買い取って踏み荒らさないように徹底したとしても────遺跡を動かすことができない以上、上前を撥ねようと忍び込んで来る輩がいるだろうな」

「ええ、私もそう思います。まあ、忍び込んだところでどうしようもないことが判明すれば、すぐに落ち着くとは思いますが────それでも、しばらくは影響が出ますよね」


 どうしたものかな…。


「あの遺跡────ダウブリム方面の街道から入るなら、すぐに辿り着けるんだよな?」


 私が考え込んでいると、レド様が口を挟んだ。


「それなら、いっそ公開してしまったらいいのではないか?冒険者ギルドを窓口にして、料金を払って規約を守るなら誰でも調査できるようにして───冒険者を案内につけて、街道側から入るように徹底させてはどうだ?」

「それは…、いい考えですね。それでも料金を払わずに忍び込もうとする輩はいるでしょうけど────公開するにあたって、『遺跡の場所はダウブリム方面の街道から入ってすぐの所』と周知させて、併せて常に冒険者が森に入ることも喧伝して、なるべく街道側から忍び込むように仕向けることができれば被害は最小限で済むはずです」


 冒険者たちが森から引き揚げた頃合いを見計らって、暗くなってから忍び込むとしても────人気がないのは街道側も同じだ。それなら、少ないとはいえ魔物も生息する暗い森の中を突っ切るよりも、街道側から入ることを選ぶだろう。


 公開することにより、【隠蔽(ハイディング)】を解明されて悪用されるかもしれないという懸念はあるものの────魔術式を認識する術がないとのことだから、その心配もなさそうだ。


「それに、一時的とはいえ、低ランカーの仕事を増やすことができます」

「ふむ…、なるほど。それはいいかもしれないな。ガレス───どう思う?」

「そうだな…、確かにいいかもしれん。リゼの言う通り、低ランカーの仕事にもなる」


「それで、リゼ───どうする?ギルドで遺跡を買い取るか?」


 シルネラさんに訊かれ、私は迷う。


 レド様の提案通り、公開して運営を冒険者ギルドに任せるならば、他の組織には売却するわけにはいかないし────冒険者ギルドに買い取ってもらった方が面倒はない。


 だけど────あの遺跡は手放さない方がいいような気がする。


「古代魔術帝国の魔術陣は発動するまで、認識することは不可能なんですよね?あの遺跡の魔術陣は、何らかの不具合を生じて停止した可能性が高いです。おそらく、再び発動するのは難しいのではないかと思いますが…、それでも────魔術陣の効能や詳細を解明する手立てはあるんですか?」

「……いや、もしリゼの言う通りなら、解明するどころか────魔術陣を読み取ることすら無理だろうな」

「それなら、買取は許可されないのではありませんか?」

「どうだろうな…。経緯から考えると、あの遺跡に眠る魔術陣は有用なものだと予想できる。今は無理でも研究を続けていれば、いずれ解明できる可能性を見込んで────他の幹部たちも買取に賛成するとは思うが…」


 シルネラさんの言葉を信じるならば、やはり【隠蔽(ハイディング)】を解明される可能性は限りなく低そうだし────公開することは問題ない。


 このまま私が所有して、ギルドに管理をしてもらうのが一番いいかな。


「遺跡の所有権を私が所持したまま、管理運営だけを冒険者ギルドに委託したいと思います」


「だが…、それでは、あの二人の好意が無駄になってしまうのではないか?ラギとヴィドは、売り払ってリゼの持参金にすべく、あの遺跡の所有権を譲ったのだろう?」

「それは…」


 確かに、シルネラさんの言う通りだ。それに────売り払うどころか、ヴァムの森の維持のために私が所有し続けると判ったら、ラギとヴィドは私の負担を増やしてしまったように感じるかもしれない。


「────それなら、俺が買い取ろう」

「え?」


 レド様が?


「俺が買い取って、ギルドに委託する。そうすれば問題ないのではないか?」

「ですが、それでは────」


 実質、私の持参金をレド様に出してもらうことになってしまう。レド様に金銭的負担をかけるわけにはいかない。


 反論しようと口を開きかけた私に、レド様はにっこり笑って先を制した。


「ならば────リゼの持参金として、遺跡の所有権を譲り受けるというのはどうだ?」


 思ってもいなかった提案に、私は瞬く。


「鉱山の所有権や特許などを持参金代わりとして献上するというのは、よくあることだ。だから、リゼが遺跡の所有権を持参金代わりに差し出すのは、何らおかしなことではない」

「でも───それは、鉱山や特許による利益が持参金の代わりとなるからでしょう?あの遺跡の所有権では、状況的に持参金代わりにはなり得ません」

「確かに大きな利益は得られないが────狭小地とはいえ国の領有でなくなった土地が、皇子である俺の所有となることは意義がある。それに…、これなら────お互いに金銭的な負担もなく、ラギとヴィドの好意にも沿う」


 レド様の言うことは、道理には適っている。


 けれど、それでは持参金がないのと同じだ。結果的にレド様が損をしてしまう────そこまで考えて、私ははたと気づいた。


 遺跡の所有権とは別に、持参金も渡せばいいんじゃない?


「解りました。お言葉に甘えて、ご提案の通りにさせていただきます。ありがとうございます、レド様」


 私がそう言うと、レド様は笑みを深めた。


「では、これで決まりだな。リゼの持参金は、ヴァムの森に存在する古代魔術帝国の遺跡の所有権()()───だ」


 ………あれ?これ、もしかして、レド様の術中に嵌った?


「聞いた通りだ───シルネラ、ガレス」

「こちらは管理をするだけでよいのだな?」

「ああ。リゼの持参金として所有権を俺が譲り受けるのはまだ先だが────しばらくはリゼが所有するにしても、委託するにあたっての報酬や管理運営についての詳細は、俺の側近を交えて話を詰めたい。日を改めて、席を設けてくれるか?」

「了解した」



◇◇◇



「それでは失礼します───シルネラさん、ガレスさん」


 ギルドの応接室を辞して、姿をくらませたジグとレナスを伴い、レド様と連れ立って階段を下りる。


「思ったより、時間をとられたな。昼食には早いが、先に食べてしまうか」

「そうですね」


 そんな会話を交わしつつ、カウンターには寄らずにセラさんに会釈だけして扉を潜る。


 この後は商人ギルドに行く予定なので、昼食は孤児院で摂るつもりだ。どちらからともなく、孤児院に向かって歩き出す。



「ところで───リゼ。ラギとヴィドのことだが…」


 しばらく歩いたところで、レド様がそう切り出した。


「あの二人は、リゼの騎士になることを望んでいるのだろう?」

「はい」

「それなら────“騎士見習い”として、正式に雇用してはどうだ?」

「“騎士見習い”、ですか?」

「ああ」

「文官であれ武官であれ、“見習い”になるには15歳を過ぎてからだと聞いていたのですが…」


 確か、ファルお兄様もそうだったはずだ。


「そうだな。だが、いつの間にかそうなっていただけで、別に明確に決められているわけではないんだ。軍国主義だった時代には、10歳を過ぎたあたりで親元を離れて見習いとなった例も少なくない。

騎士見習いとなれば、給金を出してやれるし────今のような冒険者の仕事の合間などではなく、もっと時間をとって、武術や立ち振る舞いなどを学ばせてやれる。ディンドやヴァルトの従者にして、傍で学ばせた方が為になると思う」


 レド様の言葉を聴いて────レド様がラギとヴィドのことを考えて提案してくれているのが感じ取れて、胸が熱くなった。


 笑みだけでなく、お礼の言葉が零れ出る。


「ありがとうございます…、レド様」


「決まりだな。孤児院で二人に会えたら、打診して────承諾が得られたら、急いでラムルに契約書を作成してもらうか。パーティーを抜けるにあたっての調整やら手続きやらあるだろうからな。新年度に間に合わせたい」

「いえ、ラムルも忙しい身ですし────私が自分で作成します」

「いや、雇用するのは俺だからな。リゼの手を煩わせるわけにはいかない」

「………レド様?ラギとヴィドは、私の騎士になりたいと望んでいるんですよ?」

「ああ、解っている。だから、正式に騎士となった暁にはリゼにつけるつもりだ」

「いえ、そうではなく────ラギとヴィドは、私が雇うべきです。私の騎士なんですから」


 持参金の件はしてやられてしまった。ここは絶対に引くわけにはいかない。


「だが、リゼには、ラギとヴィドを指導できる騎士がいないだろう?ラギとヴィドのためにも、俺が雇った方がいい」

「私が雇って、ディンド卿やヴァルトさんに指導してもらうのでは駄目なのですか?」

「それでは有事の際、指揮系統が混乱する。それに、ラギとヴィドは平民だ。皇子である俺の直臣にした方が公の場にも連れていきやすい」

「………」


 レド様の仰っていることは尤もな気もするけど────何だか、うまく言い包められているような気もする…。


 だけど、反論も代替案も浮かばず────思わず唇を尖らせた私に、勝利を確信したレド様は、嬉しそうに微笑んだ。


「決まりだな────ラギとヴィドは俺が雇う」


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