第二十八章―邂逅の果て―#6
いつも読んでくださっている方々、ブックマーク登録してくださってまで読んでくださっている方々、本当にありがとうございます。
最近、更新がなかなかできなくて申し訳ありません。今回の投稿は2話分となります。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
ノルンのアナウンスが途絶え、私とベルネオさんを包んでいた光が消え失せる。
「ありがとうございます、リゼラ様」
「いえ、これからもよろしくお願いします───ベルネオさん」
これで───エル、ウォイドさん、ベルネオさんの全員に加護を授けることができた。
「今日はもう時間がないので、【固有能力】の検証は後日改めてしますね。そのときに、使えるようになった魔術や能力、それから支援システムも使ってみましょう」
「解ったわ」
「「よろしくお願いします」」
エルが頷き、ウォイドさんとベルネオさんが頭を下げる。
「いつにする?」
ネロのように瞳をきらきらさせたエルにそう訊かれて────私は今後の予定を思い浮かべる。
エルとウォイドさんは辞令式が終わるまでは連日公演があるだろうし、ベルネオさんだって商人としての仕事があるはずだ。こちらとしても、まだまだやることがある。
それに、まとまった時間がとれて、かつ予定を合わせられる日は、やっぱり白炎様やアルデルファルムに魂魄を視てもらうのを優先した方がいい気がする。
「エルたちは、今日より朝早くても大丈夫?」
「私は大丈夫よ」
「私もです」
「俺も大丈夫です」
三人の答えを受けて、私はレド様に振り向いた。
「レド様───エルたちに朝の鍛練に参加してもらいたいと考えているのですが、よろしいですか?」
「ああ。それが一番よさそうだな」
◇◇◇
「リゼ姉!」
「リゼ姉ちゃん!」
エルたち三人、それにディンド卿と別れ────冒険者ギルドへ向かうと、ラギとヴィドが待っていた。ギルド内は、すでに冒険者たちが出払っていて、閑散としている。
「おはよう───ラギ、ヴィド」
「「おはよう」」
今日は、今回の件でやって来た冒険者ギルドの幹部と面会する予定になっている。古代魔術帝国の遺跡の発見者ということで、ラギとヴィドも呼ばれていた。
ラギとヴィドをレド様にきちんと紹介していないことに気づき、私はレド様に向かって口を開く。
「アレド───この二人は、私の孤児院の子で、ラギとヴィド。ヴァムの森に築かれた魔物の集落を発見して報せてくれた、今回の立役者です」
後ろに控えていたレド様が一歩踏み出し、私に並ぶ。
「俺は、リゼの主で───婚約者のルガレド=セス・オ・レーウェンエルダだ。お前たちのことは、リゼとラムルから聴いている。本当によくやってくれた。この国の皇子として礼を言う」
レド様の威厳たっぷりの雰囲気に、ラギとヴィドは驚きで硬直した後、慌てて姿勢を正す。
「ぁ、いえ、その…」
「も、もったいない、お言葉、です」
言葉が詰まってしまったラギをフォローするように、ヴィドが何とか応える。
私の騎士になることを希望してくれている二人は、貴人への振る舞いや言葉遣いも習い始めたばかりだ。いきなり皇族を相手にしたら、しどろもどろになってしまうのは無理もない。レド様もそれを解っているので、咎めることはなかった。
「それでは、行くとしようか」
レド様に促され、私たちは連れ立ってセラさんの待つカウンターに向かう。挨拶を一通り交わしてから、二階の応接室へと案内される。
「ギルドマスター───リゼさん、アレドさん、ラギ君、ヴィド君をお連れしました」
「入ってくれ」
ガレスさんの返事を受けて、セラさんが扉を開けてくれたので、一番ランクの高い私が最初に踏み込む。
「失礼します」
次にレド様───そして、ラギ、ヴィドと続く。セラさんは、中に入ることなく扉を閉め、小さな足音を立てて一階へと戻っていった。
「おう、来たか。そっちに───あー…、どうすっかな」
ガレスさんは、私たちにソファを勧めようとして、全員が座れないことに気づいて眉を寄せる。
私は、考え込んでしまったガレスさんから、向かい側のソファに座る冒険者ギルドの幹部である女性に視線を移した。
「お久しぶりです、シルネラさん」
「元気そうだな、リゼ」
「おかげさまで」
淡い茶髪を一本に編み込んで左胸に垂らし、程よく化粧を施した女性───シルネラさんは、その男勝りな口調とは裏腹に、妙齢の女性らしく艶やかに微笑んだ。
簡素な詰襟のシャツにズボンを穿き、ロングブーツといった出で立ちなのに、女性らしさは損なわれていない。シルネラさんと会うと、服装だけが女性らしさを醸し出すわけではないのだと、いつも改めて思う。
「まずはどのお話からされますか?」
「そうだな…、それでは、古代魔術帝国の遺跡の話からしようか」
私の質問の意図を察してくれたようで、シルネラさんはそう答えた。
おそらく、レド様との話は長くなるだろうから、先に済ませた方がいい。
「それなら────ガレスさん、まずはラギとヴィドを座らせてもらっていいですか?」
「ああ。────ラギ、ヴィド、座ってくれ。リゼとアレドは、すまんが、少しの間待っていてくれ」
レド様と私は頷くと、ラギとヴィドに道を譲る。ラギとヴィドが戸惑いながら、ソファに座った。
≪すみません、レド様≫
≪気にするな≫
私たちはそんな遣り取りを交わしつつ、ソファの近くに控える。
「さて、ラギとヴィドといったか────私は、シルネラ。これでも冒険者ギルド本部に籍を置いている」
「Dランカーのラギ、です」
「Dランカーのヴィドです」
レド様の威圧感を体感した後だからか、ラギもヴィドも先程よりはスムーズに応答する。
「ヴァムの森に築かれた魔物の集落の発見────これは、紛れもない功績だ。しかも、その際にオーガと遭遇したと聴いている。よくぞ無事に撤退し、報せてくれた。君たちのおかげで、犠牲者を増やさずに済んだ」
シルネラさんは口元に佩いた笑みを深める。
「ギルドは、その功績を称え────褒賞金として、一人につき金貨10枚を贈呈するつもりだ。これは、今回のスタンピード殲滅戦の報酬と共に支払われる。楽しみにしておいてくれ」
「ひぇ、き、金貨10枚…」
「そんなに…」
ラギが奇妙な声を漏らし、ヴィドは頬を引きつらせた。
「それから────あの魔物の集落が築かれた場所は、古代魔術帝国の遺跡と認められた。あの遺跡の所有権は、発見者の君たちにある。
あの遺跡には一見何もないようだが、魔術陣が少なくとも一つは組み込まれている。それに、舗装材は現在の技術では造り出すことができない素材のため、それだけで価値がある。
そのまま所有するのも、ギルドや国など───いずれかの組織に売り払うのも、君たちの自由だ」
シルネラさんの言葉に、ラギとヴィドは顔を見合わせる。二人の間に会話はなかったが、何かを決めたようで、ヴィドが口を開いた。
「売ったら、どれくらいもらえるんですか?」
「相手にもよるが────少なくとも、30年近く働かずに家族を養っていけるくらいはもらえると思うぞ」
ラギとヴィドはまた顔を見合わせ、頷き合う。
「それなら────ボクたちは、遺跡の所有権をリゼ姉ちゃんに譲ります」
「えっ?」
私は思わず、声を上げた。
「何言ってるの、ヴィド。────もしかして、手続きとか交渉とかお金の管理とか心配してるの?だったら、ちゃんと私が手伝うから、」
「まあ、確かにそれもあるけど────ボクたち、あの遺跡に価値があるんだったらリゼ姉ちゃんにあげようって、初めから決めてたんだ」
「そうだよ。だから、遠慮なくもらってくれよ」
「でも、ラギ」
「だって、リゼ姉には必要だろ────ええっと、何て言ったっけ、“自援金”?」
「“持参金”だよ、ラギ」
────えっ、持参金?
「そう、それそれ、持参金。貴族とか大商人とか───いいところに嫁に行く場合、必要なんだろ?リゼ姉、大金稼いでるのに、いつもオレたちのために使ってるから、結婚するとき足りないんじゃないかってなってさ」
「ボクたち、みんなで少しずつお金貯めてたんだけど────まさかリゼ姉ちゃんが皇子様の妃になるなんて思ってなくて。貯めてた分じゃ全然足りないだろうし、どうしようって思ってたんだ」
「持参金が少ないといじめられるって聞いたけど、これなら大丈夫だろ」
ラギが満足げに笑みを浮かべ、ヴィドがレド様を振り仰いで「大丈夫ですよね?」と訊く。レド様は目元を緩めて頷いた。
皆がそんなことを考えてくれていたなんて────私のためにそんなことをしてくれていたなんて…、まったく気づかなかった。
その心遣いに────胸に温かいものが込み上げる。
「ありがとう───ラギ、ヴィド」
後で、他の皆にもお礼を言おう。
「だけど───大丈夫だよ。私だって、いざというときに備えてお金は貯めているから。だから、ちゃんと自分たちのために使って」
「貯めてるっていったって、この前、孤児院をキレイにしたばっかだし、そんなに残ってないだろ?」
「そうだよ。遠慮しなくていいよ、リゼ姉ちゃん」
「それに、オレたちはリゼ姉の騎士になるんだから、大金持ってたって意味ないもんな」
「だよね。金貨10枚もらえるだけで十分だよ」
ラギとヴィドは、決意を覆しそうにない。
どうしよう────ここで、孤児院の改築にはお金はかかっていないと話すわけにはいかないし…。
ちらりと向かい側に眼を遣ると、ガレスさんとシルネラさんはこちらを微笑ましげに見ているが、シルネラさんの後ろに控える───おそらくシルネラさんに随行してきたギルド職員二人は、どこか白けた雰囲気だ。
これ以上、ここで押し問答していても埒が明かない。
どのみち、手続きや交渉は保護者として手伝うつもりだった。ここは所有権を譲り受けて、二人には後で報いる方がいい。
「……解った。有難く受け取るね。本当にありがとう、二人とも」
私の言葉に、ラギとヴィドは朗らかに笑った。
「それでは、遺跡の所有権は“双剣のリゼラ”に譲渡する────ということでいいんだな?」
「「はい」」
「そうか。では、後ほど、その旨を書類に起こしておく。手続きは書類を作成してからになる。ラギ、ヴィド───悪いが、後日、また手続きのために来てもらいたい」
「「わかりました」」
「今日のところは、話は終わりだ。ご苦労だった」
シルネラさんにそう言われて、ラギとヴィドはソファから立ち上がる。そのまま出て行こうとして、思い出したように振り返る。
「ぁ、えっと、失礼、します…」
「失礼します…」
二人はぎこちなく頭を下げて、今度こそ応接室を出て行った。
「いい子たちじゃないか。それに、礼儀正しい」
「ありがとうございます」
シルネラさんにラギとヴィドのことを褒められて、嬉しくて笑みが零れる。
「さて────お待たせしてすまなかった。どうぞ、こちらへ」
シルネラさんが空いたソファを示し、レド様と私は並んで腰を下ろす。
「お初にお目にかかる、皇子殿下。私はシルネラ=セルク。この冒険者ギルドの幹部を務めている」
「ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダだ。アレドと呼んでくれ」
初対面であるレド様と自己紹介を交わすと、シルネラさんは私に視線を向けた。
「改めて────久しぶりだな、リゼ」
「お久しぶりです。まさか、シルネラさんが来られるとは思いませんでした」
シルネラさんは、ドルマ連邦生まれだ。幹部の中にはこの国出身の人もいるので、その人が来るのではないかと思っていた。
「この街には少々縁があるんでね。代わってもらったんだ。────この二人とは、リゼも初めてだったな。ケイルとドナだ。二人とも冒険者だが、現在は私の補佐を担ってくれている」
シルネラさんの背後に立つ二人は、どちらも注目されることに慣れていないのか、ちょっと居心地悪そうに身じろいだ。
おそらく、生真面目そうな線の細い壮年の男性がケイルさんで────褐色の髪をお下げにした大人しそうな若い女性がドナさん、かな。
「それでは、お互い忙しい身であることだし、本題に入ろうか。アレド、君を呼び出したのは他でもない────これを渡すためだ」
そう告げて、シルネラさんは小さな木箱をローテーブルに置いた。
木箱には繊細な幾何学模様が彫り込まれ、その斑のない塗料が光彩を纏い、高級感を醸している。その木箱に、私は見覚えがあった。
「どうぞ────開けてみてくれ」
シルネラさんに促され、レド様が蓋を留めている金具を外して開く。レド様はその中身を見て、眼を瞠る。
「これは────」
箱の中に敷き詰められたクッションに置かれていたのは────Sランカーの証となる、魔水晶のコインだ。
「今回の君の働きは、昇格に値すると認められた。さらに推薦人も定数を得られ、実力と人望の双方が揃ったことにより、最上位ランクへの昇格も認められた。君は────このライセンスの授与で以て、正式にSランカーだ」
「だが、俺は」
「『冒険者としての技能を身に付けるまでは昇格するつもりはない』────だろう?」
「そうだ。俺は、まだ一人で依頼を受けられるほど素養がない」
「無論、それはこちらも解っている。そこは、“双剣のリゼラ”を随行させることを委任の必須条件にするつもりだ」
「しかし、それでは…」
「“星”の数が達したのに、昇格試験に臨まないのは────素養のことだけでなく、Aランカーになったら招集義務が課せられるから、というのもあったのではないか?」
「ああ、その通りだ」
「だからこそ、この異例の二段階昇格だ。君ほどの実力者が、そんなことを理由にBランカーに留まっていられては困るのでね」
シルネラさんはそこで言葉を切り、私を一瞥してまた続ける。
「そして、それ以上に────有事の際に“双剣のリゼラ”がまったく動けないという事態は避けたいのだよ」
確かに────何かあって要請が来ても、レド様のお傍を離れられない状況ならば、私は断るだろう。
だけど、レド様が要請を受けたなら、私もついていくことになる。皇子という立場上、要請には毎回応えられないとしても、私に要請するよりは引き受ける可能性は高くなるはずだ。
それにしても、スタンピード殲滅戦からまだ2週間しか経っていないのに、随分迅速だ。
シルネラさんに一任されているにしても、承認されるのが速すぎる。通常ならもっと審査に時間がかかるところだ。
これは、もしかしたら────レド様が冒険者登録の申請をした時点で、そのつもりで動き出していたのかもしれないな。
正直、私としてはこの申し出はありがたい。Sランカーという立場は、レド様の身を護る切り札になる。
ただ────釈然としないレド様のお気持ちも理解できた。
私がレド様にかける言葉を探していると、ガレスさんが口を開いた。
「アレド───Sランカーになれば、リゼの指名依頼について行くことができるぞ」
「解った。有難く受けよう」
あっさり即答したレド様に、シルネラさんはちょっと微妙な表情になった。
ガレスさんは、いつの間にかレド様の対応の仕方をマスターしてしまったようだ…。