表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
186/214

第二十八章―邂逅の果て―#2

いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。


申し訳ありません、ちょっと構成に悩んでいたので遅くなってしまいました。

今回の投稿は2話となります。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

「行ってらっしゃいませ───旦那様、リゼラ様」


 ラムルに見送られて、レド様と私はエントランスホールの隅に設置してある【転移門(ゲート)】から、ベルネオさんの商館へと跳ぶ。


 そして、後ろからついて来るジグとレナス同様に【認識妨害(ジャミング)】で姿をくらませ、商館を出て歩き出す。


 姿をくらませたのは、今更ではあるが、ベルネオ商会所有の建物に出入りしているところを見られないようにするためだ。


 今回の騒動で、“Bランカー冒険者アレド”が“ルガレド皇子”であるということが知れ渡ってしまった。


 元々、国民には皇妃の被害者と見なされていたこともあり────皇都民は好意的に捉えてくれている。それどころか、英雄視しているらしい。


 害意を持つ者はいなさそうだが、皇妃一派が何かしてこないとも限らない。


 裏通りにひっそりと立ち並ぶ商店街をしばらく進んでから、誰もいないことを確かめ、【認識妨害(ジャミング)】の対象を、『レド様に害意がある者』に変えて───改めて、私たちは冒険者ギルドを目指して歩き出した。



 今日は、冒険者だけのスタンピード殲滅戦の打ち上げだ。


 殲滅戦に駆り出された冒険者だけでなく、後片付けの手伝いに近隣の支部から駆け付けてくれた低ランカーたちも対象に入る。


 そのため参加者があまりにも多く、一つの酒場では入りきらないことが目に見えているので、幾つかの酒場を貸し切って分散させることになっている。


 解体師たちは、別の日に改めてやる予定だ。


 本来なら国が祝勝会を開くべきなのだが────ようやく皇都入りした皇妃一派が強硬に反対したために、企画の段階で立ち消えとなった。


 このまま何もしないわけにはいかないので、皇子であるレド様が個人的に労う形で、この宴会を催すことにしたのだ。費用もレド様の予算から賄う。


 あいつら全員、いい加減、本当に呪われてくれないかな。


 まあ、でも────冒険者たちには、貴族を交えた堅苦しい祝勝会よりも、こういった宴会の方がいいかもしれない。


 レド様と私は、Bランカーたちが集まる会場に少しだけ顔を出して、すぐに辞するつもりだ。


 打ち上げ会場となっている酒場をすべて回って労いたいところだけど、顔を出すだけでも低ランカーたちは委縮してしまうだろうということで断念した。


 ちなみに、セレナさんやアーシャ、ハルドとヴァルトさん、ディンド卿は打ち上げに参加しない。


 レド様が参加を勧めたけど、セレナさんは元々そういった場は苦手だし、未成年のアーシャとハルドはお酒は飲めないから宴会は興味ないみたいだし────ディンド卿に至っては、スタンピード殲滅戦には冒険者ではなくレド様の補佐として参加したので、遠慮するとのことだ。


 ヴァルトさんは、すごく意外なことに下戸なのだそうで、宴会は行ってもそれほど楽しめないらしい。


 それなら誰かと手合わせをしている方がいいと言われて、何だか妙に納得してしまった。ディンド卿かハルド辺りが付き合わされることになりそうだな。



「酒場に行く前に、ギルドの方に寄って行かれるのですよね?」

「ああ。ちょっとガレスと話さなければならないことがあってな」


 魔物や魔獣の解体はどうにか終えたものの、しなければいけないことは、まだまだある。


 今回の場合、誰がどれくらいの魔物を討伐したか判別することは不可能なので────肉や魔石、その他買取可能な素材をすべて換金して、報酬は現金のみで一定金額を支払い、働きに応じて褒賞金という形で上乗せすることになっている。


 肉も素材も大量過ぎて売り捌けるか心配されたが────サヴァル商会とベルロ商会が、採算が取れないのを承知で、かなりの量を買い取る旨を申し出てくれている。


 私とレド様は、鞣革や魔石などはサヴァルさんとベルロさんに回し、日持ちしない肉を可能な限り買い取らせてもらうつもりだ。


 レド様が買い取った肉の一部は、おじ様の勧めで貧民街で配付するみたいなので────私の方は、自分の所有する孤児院に回すのは勿論、もう一つの孤児院に寄付しようと考えている。



 冒険者ギルドに辿り着いて扉を潜ると、まだ夕暮れの頃合いだったが、冒険者たちは早々に打ち上げ会場へと向かったのか、数えるほどしか人はおらず閑散としていた。


「こんばんは、セラさん」


 カウンターで依頼書の処理をしているセラさんに、手を止めさせてしまうことをすまなく思いつつも、声をかける。


「こんばんは、リゼさん、アレドさん。ギルドマスターとの面会の約束ですよね?応接室へどうぞ」


 お礼を言って向かおうとしたとき────セラさんが、ちょっと慌てた様子で付け足す。


「あ、リゼさん。ユリアさんがリゼさんに何か用事があるみたいで────少しだけ時間を取って欲しいとのことです」

「ユリアさんが?」

「はい。あちらで待っています」


 セラさんの右手につられて視線を向けると、そこにはソロのBランカー冒険者───ユリアさんがいて、申し訳なさそうに会釈をした。


 レド様と別行動することに少し躊躇ったけど────時間がないし、何かあっても駆け付けられる距離だからと自分に言い聞かせる。


「レド様、すみません。私はユリアさんのお話を聴いてから向かいます」

「……解った」


 レド様は言葉とは裏腹に、何だか納得していなさそうな表情で頷く。


≪ジグ、頼んだぞ≫

≪は───お任せを≫


 いや、レド様───それは、私とレナスがするべき遣り取りだと思うのですが。ただユリアさんと話すだけなのに、一体何を心配されているのですか…。


「………アレドさん、応接室でギルドマスターがお待ちだと思いますよ」


 何を察したのか、セラさんが般若のようなナニカを背負って、にこやかに促す。これは早々にこの場から退散した方が良さそうだ。


「そ、それでは、レド様───ユリアさんとのお話が済み次第、向かいますので」

「ああ、また後で」


 私はレド様とレナスから離れて、姿をくらませたままのジグを連れ、ユリアさんの許へと歩み寄る。


「こんばんは、ユリアさん」

「リゼラ様───お忙しいところ、お時間をとらせてしまい申し訳ありません」


 ユリアさんとは、ベルロさんの護衛依頼を通して知り合ったのだが────何故だか、初対面のときから私に対して様付だ。


 言葉遣いや所作から貴族出身に見えるので、私の素性を知っているのかもしれないと最初は警戒したものの、敵意や害意は感じないし、仕事ぶりを鑑みても悪い人には思えず、とりあえず当たり障りなく接している。


「いえ。私に何かご用とのことですが…」

「こちらをお返ししたくて────どうも、ありがとうございました」


 そう言って差し出されたユリアさんの掌に載っていたのは、スタンピード殲滅戦で私が貸し出した短杖だった。


 ギルドに頻繁に出向いてはいたけど、ユリアさんとは会えていなかったから、返してもらう機会もなかった。


 ユリアさんは律儀そうだし────ずっと気にかかっていたのだとしたら申し訳ないな。


「わざわざ、すみません。────この杖、使い勝手はどうでしたか?」


 私が訊くと、ユリアさんは、ぱっと表情を変えた。


「とても使いやすかったです!袋を出し入れする手間がなかったので、発動したいときにすぐに発動できました!それに、剣との切り替えもスムーズにできました!」


 ユリアさんは、興奮気味に一気にまくし立て───驚いて目を瞬かせた私に気づいて、さっと顔を赤くした。


 長身で端正な顔立ちのユリアさんは、綺麗というか凛々しい女性で、表情を大きく崩したところを見たことがなかったので、何となく“クールビューティ”な印象を持っていたのだけど────


「も、申し訳ありません…、つい興奮してしまって…」


 そう呟いて縮こまる様が何だか可愛くて、私は思わず笑みを零してしまった。


「いえ。それなら良かったです。魔術陣を固定していた部分はどうでしたか?ちょっと緩くて外れそうだったとか、逆に強く固定し過ぎて魔術陣に傷がついたとか───そういった問題はありませんでしたか?」


 実は、この杖はセレナさんのために創ってお蔵入りした試作品の一つで────魔術陣では験したことがないまま、ないよりはいいかなという考えで貸し出してしまったので、ちょっと心配していたのだ。


「大丈夫です。ちょうどいい塩梅でした」

「そうですか。それでは────その杖は、ユリアさんに差し上げます」

「え?───よ、よろしいのですか?」


 セレナさんにはもう別の杖を渡しているから、その杖を使うことはない。アイテムボックスにしまい込むよりは、ユリアさんに使ってもらう方がいい。


「ええ。この皇都の危機に駆け付けてくれたお礼です。良かったら、役立ててください」

「そんな────私の方こそ、魔術陣を取り戻してくださった謝礼をしなければならないのに…」

「そのことなら恩に着る必要はありませんよ。偶然の賜物ですので。ですから、遠慮せずにもらってください」

「……ありがとうございます。大事に使わせていただきます」


 ユリアさんは柔らかな笑みを浮かべて、大事そうに杖を握り締めた。自然と私の口元も緩む。


「あ───もし、その杖が不要になって手放すときは、私に相談していただけますか?」


 現在の魔術師は、魔術陣が勝手に魔力を吸い取って発動してしまわないよう、魔力を徹さない魔獣の鞣革でできた巾着袋に入れておき、発動させるときだけ取り出し、発動し終えたらすぐにしまうという不便なやり方をしているらしい。


 これまで改善する工夫がなされなかったのは、おそらく、希少な魔術陣を所有していると余計な輩に悟られないため、隠し持つことを優先していたからではないかと思う。


 だけど、魔水晶(マナ・クォーツ)で魔術陣を作製することに成功して、冒険者ギルドで量産できるようになれば────希少なものではなくなり、隠し持つようなことをしなくてもよくなる。


 そうしたら、今度は発動しやすさが重視されるはずだ。


 魔術陣と併せて、こういった道具が普及したら、魔物や魔獣討伐ももっと楽になるかもしれない。


 魔術陣の量産に目途がついた際には、この杖と同じようなものを創ってサヴァルさんに持ち込もうかな───と漠然と考えているので、そうすると特許の問題とか出てくる可能性もある。


「いえ、大丈夫です!絶対に手放す気はありませんので!どんなに懇願されても、絶対に───絶対に譲ることはありえませんので!」

「そ、そうですか…?」


 ユリアさんは、拳を固めて、物凄く力強く言い切った。いや、そこまで大層な代物ではないのだけれど…。まあ、気に入ってもらえたのなら良かった。



◇◇◇



 合流したレド様と連れ立ってギルドを出ると────街はもう完全に夜闇に沈んでいた。


「ところで、リゼ───ユリアの話とは何だったんだ?」

「貸していた杖を返したかっただけのようです。あれから会えていませんでしたから」

「ああ…、そういえば貸していたな」


 レド様は、納得いったように呟く。


「で───それだけか?」

「え?はい、それだけですが…」

「そうか…。それだけで信者になってしまったのか…」

「はい?」


 何か、ハルドのときも、そんなことを言っていたような…。


「いや、何でもない」


 レド様は首を横に振る。……うん、これ以上は訊かない方がいいな。これは深く追求してはいけない。話題を変えよう。


「今日は暗いと思ったら、月が二つとも大きく欠けているんですね」

「そういえば、そうだな」


 まあ、それでも前世の夜に比べたら明るいのだけれど。


 この世界に生まれて16年も経つのに、二つの───あるいは三つの月が浮かぶ夜空を見上げるたび、ここが前世とは違う世界であることを実感して不思議な気分になる。


 自分がこの世界に存在していることも─────


「リゼ?」

「あ…、すみません。何だか、」


「リゼちゃん!」


 後ろから呼ばれて、私は言葉を呑み込む。


 振り返ると、バドさんの奥さんで、かつてガレスさんが率いていたAランクパーティーに所属していたベテラン冒険者───エイナさんが、手を振っている。


「こんばんは、エイナさん」

「こんばんは。リゼちゃんと殿下も酒場に向かうところ?」


 エイナさんは、スタンピード殲滅戦の直前から何度かレド様と顔を合わせている。その度に『アレドでいい』とレド様が言っているのだが、タメ口にはなっても何故だか殿下呼びだけは変わらない。


「ええ。エイナさんも?」

「子供たちもいるから参加しないつもりだったんだけど、バドがいつもより早く帰って来て、『行ってこい』って言ってくれてね。まだ間に合う時間だし、ちょっとだけ参加させてもらおうかなって思ってね」


 エイナさんは嬉しそうに答える。


 頬がほんのり色づいているところを見ると、打ち上げに参加できるからというより、バドさんが気遣ってくれたことが嬉しいみたいだ。


 二人がお互いを思いやっているのが感じられて、ほっこりする。


「幼子がいる身でありながら、この皇都を護るために参戦してくれたこと────本当に感謝している」


 エイナさんが幼い子供を持つ母親であることを改めて認識したのだろう。レド様が真摯にそう告げると、エイナさんは朗らかな笑みを浮かべた。


「この皇都はあたしにとって第二の故郷ですから、護るのは当然です。殿下こそ、皇都を護ってくださってありがとうございます。皇都民を代表して、お礼を申し上げます」


 レド様は、一瞬目を見開いてから、エイナさんの感謝の言葉を噛み締めるように瞼を閉じて────瞼を開けたときには、その口元に微笑を湛えていた。


「誰か一人にでも…、そんな風に思ってもらえるなら────剣をとった甲斐があった」


 “一度目の人生”で刻み込まれた傷は、そう簡単には癒えるものではないだろう。


 それでも…、ほんの少しだとしても、今のエイナさんの言葉でレド様の傷が癒えてくれたならいいな────そんなことを願いながら、私はレド様の右手に自分の左手を絡ませて、身体を寄せる。条件反射のように、レド様は私の左手を握った。


「……ガレスとセラちゃんが言っていたのは本当だったのね」

「え?」

「あのリゼちゃんが所かまわず恋人とイチャついてると聞いて、『ウソだ~』とか思っていたんだけど────まさか本当だったとはね…」

「え、いや、そんな────所かまわずイチャついてなんていませんよ?!」

「ええ?それじゃ、その手は何?」


 レド様と私の繋がれた手を見遣って、エイナさんはニマニマ笑う。慌てて手を放そうとするも、レド様が放してくれない。


「いいのいいの、恥ずかしがることないわ。付き合い始めというのは、そういうものよ。あたしとバドだって、ガレスによく言われたもの───『所かまわずイチャつくな!』って。

それにしても…、あの───そこらの大人より大人びていて、どんなときでも冷静で、誰に対してもクールなリゼちゃんが、恋人をつくって人前でイチャつくようになるなんてね~。

しかも、相手は顔良し頭良しの能ある皇子様!まさに最強夫婦!」

「いや、何ですか、その『顔良し頭良しの能ある皇子様』って…」


 確かに、レド様は顔も頭もいいし、文武に限らず、あらゆる方面に才覚がありますけども。


「それに、『最強夫婦』って────エイナさんは、時々、ガレスさんみたいなことを言いますよね…」

「そりゃね、ガレスとは兄弟みたいに育って、冒険者になってからもずっと一緒だったからね────考え方とか言い方とか似てるのは当然よ」

「え?エイナさん、ガレスさんとは幼馴染なんですか?」


 現役時代、同じパーティーに所属していたとは聞いていたが────幼馴染とは知らなかった。


「あれ、聞いてない?そうよ~、小さい頃は本当の兄弟だと思ってたくらいだったんだから。ガレスの方も、あたしのこと実の“弟”だと思ってたみたいよ」

「“弟”?────“妹”ではなく?」

「うん、“弟”。ガレスは、あたしが怒ると思って隠してるけどね。あいつ、確実にあたしのこと男のように思ってたわ。まあ、あたし自身、子供の頃は自分が女だっていう自覚がなかったのよね。女の子と遊ばないで、男の子に混じって騎士ごっことかしてたし」

「そうだったんですか」


 そんなに意外でもないかな。エイナさんは一見ほわほわした和やかな感じだけど、弓を担いで一人で魔物を狩りに行っちゃうような人だ。


 まあ、でも───何だか納得した。ガレスさんとエイナさんの遣り取りが気安いものだったのも、かつてパーティーを組んでいた仲間だからというだけでなく、幼馴染だったからなんだ。


 あ、それなら────


「エイナさん、ちょっとお訊きしたいことがあるんですが…」

「ん?なぁに?」

「ガレスさんの幼馴染に、“記憶持ち”がいたと聞いたんですが────エイナさんもお知り合いですか?」


 ガレスさんは忙しそうで訊ねる暇がなかったから、エイナさんから話を聴けたら有難い。


「ああ、それ────あたし」


「…え?」

「“ガレスの幼馴染の記憶持ち”でしょ?それ、あたしのことよ」

「そう───なんですか?」


「そういえば、リゼちゃんも記憶持ちだったわね。それで、訊きたいことって?」

「…前世の記憶について、お訊きしても構わないですか?」

「別に話すのは構わないんだけど…。話せるほど覚えてないのよね。断片的というか────身に覚えのない場面みたいのが幾つか記憶に紛れているだけで、自分がどんな人物だったとか、どんな家族がいて、どんな生活してたとか、そういったことが判るような記憶はないの。

あ、でも────多分、行商みたいなのやってたんじゃないかしら」

「行商?」

「そう、行商。冒険者になって、いろんな所へ行くようになって───その先で、記憶に紛れている光景に該当する場所があったのよ。それが一つだけでなくて、何ヵ所もなの。それぞれ───1日で往復できそうな近い所もあれば、国を跨ぐような遠い所もあって…、ただ単に引っ越しただけとは思えないのよね。だから、旅をするような職業だったのかなって。

だけど、防具とか武具を身に着けたり、魔物と戦っているような記憶はないから、冒険者ではないと思うのよね。でも、自分の店みたいなのも出てこないから、行商でもしてたんじゃないかなと」

「なるほど───確かにそうかもしれませんね」


 エイナさんが【記憶想起(アナムネシス)】による“忘却障害症”だとしても、これでは当時の記憶はなさそうだな。


 “神託”ではなく、“参拝義務”で【記憶想起(アナムネシス)】を施されたのなら、ディルカリダ側妃と関わった可能性がある。些細な遣り取りでも聞けたら、何か手掛かりになるかもしれない────と思ったのだけれど。


「この皇都にある教会に行った記憶はありますか?」

「墓参りってこと?」

「いえ、教会の中───聖堂に入って…、何らかの儀式を受けたというような記憶です」

「正直、ここの教会に入ったことがないから、確実じゃないけど────教会っぽいところで儀式みたいなのは受けた記憶はないわね」

「そうですか…。────ありがとうございます。訊きたかったのはそれだけです」

「何か、リゼちゃんのご期待には沿えなかったみたいね」

「いえ、ちょっと訊いてみたかっただけですから。すみません、引き留めてしまって。酒場へと向かいましょう」


 私がそう促すと、誰からともなく歩き出した。


 だけど、ガレスさんの幼馴染の“記憶持ち”がエイナさんで良かったかも。


 “魂魄の損傷”の詳細が判って、何らかの処置が必要となったとき、エイナさんなら打ち明けやすいし、受け入れてくれそうだ。



 それにしても────エイナさんも前世では商人だったかもしれないのか。2人ほど“記憶持ち”の知り合いがいるが、それぞれ前世は商人と冒険者だと言っていた。


 前世のエルも商談などで各地を巡ってたみたいだったし────“記憶持ち”になる人は旅に出る傾向でもあるのかな。


 そういえば、魂魄に傷を負って“忘却障害症”になった場合って、代を重ねたら、どんな記憶になるのだろう。


 前世の記憶がある状態で生きていた記憶を、また受け継いで────どんどん、それが積み重なっていくのだから、記憶がごちゃごちゃになってしまいそう────


 ─────記憶がごちゃごちゃに?


 前世は商人だというその知り合いも、エイナさんと同じようなことを言っていた。『あまり覚えていないが、多分、商人だった』───と。


 冒険者だったという知り合いもだ。その人は今世でも冒険者を生業としているので、私が『前世の記憶が役立ちますね』と振ったら、『よく覚えてないから、そうでもない』と言っていた。


 もし────あの人たちも、エイナさんみたいに色々な場所の記憶が断片的に残っていて、エイナさんと同じように考えて────商人あるいは冒険者だったのかもしれないと思っているのだとしたら────



「リゼ?」


 レド様に心配そうに声をかけられて、私は我に返った。いつの間にか、目的の酒場に到着している。


「どうした?まだ疲れがとれていないのか?」

「すみません、レド様。ちょっと考え事をしていたもので」

「気にかかることでもあるのか?」

「帰ったらお話しします」

「絶対だな?」


 念を押すレド様に苦笑しながら、私は頷く。


「ほら、リゼちゃん、イチャついてないで酒場に入るわよ」

「いや、今の遣り取りのどこがイチャついていたように見えるんですか」

「全部」


 ……エイナさんってほわほわした外見とは裏腹に豪快なお姉さんのように思っていたけど、意外と恋愛脳なんだな。


 手を繋いだままだし、レド様が私の表情を見逃すまいと顔を近づけているから、真正面から見つめ合っているような態勢だけど────別に普通に話していただけだし。


 それなのにイチャついているように見えるのは、エイナさんが恋愛脳なせいに違いない────多分、いや、きっと。


「と、とにかく酒場の中に入りましょうか───レド様」

「ああ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ