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第二十七章―双剣―#9

ブックマーク登録と評価、それに『いいね』を押してくださった方、どうもありがとうございます。

そして、いつも読んでくださっている皆様方、本当にありがとうございます。


もう少し書き進めてから、まとめて更新したかったのですが、執筆に使っているPCの調子が悪く、休み休みにしか書けないため、もうちょっとかかりそうなので、今回は1話だけ投稿させていただきます。


少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


※※※


 待機場所にて、ルガレドからの合図を待っていたダズロ=アン・イルノラドは、その合図がついに来たことを確認して────側近のセロム=アン・ノラディスと視線を交わした。


 そして────ダズロからの指示を待つ騎士や貴族の私兵に向かって、声を張り上げた。


「ルガレド殿下より合図が来た。これより────挟撃を開始する!」


 ダズロは、先頭で横一列に並んでいる、“デノンの騎士”30名からなる騎馬隊を見据えた。


 彼らはダズロの言葉を受けて、それぞれの傍らに佇む通常よりも体格のいい軍馬に乗り上げ────利き手で手綱を掴むと、逆の手に握る両刃の長剣を構えた。


「第一陣、進め!」


 はっ────と、一様にダズロの指示に短く返すと、各々の馬を蹴って一斉に駆け出す。


「我々も行くぞ!全員、進め!」


 騎馬隊の後ろに並んでいた私兵や騎士たちが、第一陣を追って速足で歩き出す。


 ダズロとセロム、それから今回ダズロの補佐を務めるアダン子爵は、愛馬に乗り上げて────共に奔り出した。




 ダズロたち三人が辿り着いたとき、第一陣である騎馬隊はすでにオーガと交戦し始めていた。


 騎士たちは、片手で馬を巧みに操り、オーガの群れを縫うように駆ける。側を走り抜けていく際、片手で水平に掲げた剣身90cmほどの幅広の剣がオーガの首を刈り取っていった。


 どうやら、騎馬隊による奇襲は成功したようだ。

 突然の騎馬での攻撃に、オーガはまだ対処できていない。


 陣形を造る時間を稼ぎつつ、少しでもオーガの数を減らすのが目的だ。


 しばらくして、オーガが迎撃あるいは反撃をしてくるようになって、容易に首を刈り取ることができなくなってきた頃────徒歩でこちらに向かっていた残りの仲間たちが到着した。


 騎士として───貴族の私兵として訓練された彼らは、命じられるまでもなく、すぐに適度な距離を開けて、予め指示されている配置につく。


 馬に(またが)ったままのダズロは、同じく馬上のセロムとアダン子爵と共に、本陣最前列の右端に佇む。


「第一(いしゆみ)隊、構え!」


 ダズロが命じると、最前列に並ぶ弩───クロスボウを持った40名の兵が、すぐにでも発射できるよう構える。


「セロム───騎馬隊を退かせろ!」

「かしこまりました」


 ダズロの命を報せるべく、セロムが掌に握った魔道具を発動させる。


 これは、ルガレドから預かっているものと同様の魔道具で────こちらは光だけでなく、光と音で報せる。

 一方的で受信できる距離も短いが、その代わり受信機の数が多い。各部隊長と副隊長に一つずつ持たせてある。


 間を置かずして、騎士たちは馬首を翻す。オーガの追撃を躱しながら、騎馬隊はその俊足で以てオーガの群れから離れる。


 オーガが騎馬隊を追って、こちらへと迫り来る。


 騎馬隊は追いつかれることなく、立ち並ぶ弩隊の隙間を駆け抜けて、後方に退避した。


「第一弩隊、撃て────!」


 号令をかけた直後、無数の矢がオーガの群れ目掛けて飛んでいった。


 矢は空を切って物凄い速度でオーガたちに迫り、その硬い毛皮を破って突き刺さる。

 中には手に持つ剣や斧などで叩き落とされたものもあったが、大半は深々と突き刺さった。


 幾本もの矢を受け───当たり所の悪かったオーガが、その場に崩れ落ちた。


 対魔物・対魔獣用として、これまで幾度となく改良が行われてきたクロスボウだ。人の手で引く弓よりも、射程も威力も大幅に上回る。


 しかし、射程と威力に重点を置いて大型の弓を搭載しているために重いことと、矢の充填に手間がかかることが難点で────冒険者にはあまり普及していない。


「第一弩隊、退()け!」


 撃ち終えたクロスボウを抱えた弓兵たちが、次々に踵を返して、後列に立ち並ぶ弩隊の隙間からその後ろへと退く。


「第二弩隊、構え!撃て────!」


 無数の矢を射かけられてもなお止まらないオーガに、新たな矢が襲う。そしてまた、急所に矢を食らったオーガがその場に倒れ込む。


 ダズロは、戦場に素早く目を走らせる。重装の騎士が乗ることを想定して体格よく育てられた愛馬は、体高がある。馬上からはある程度遠くまで見渡せた。


 予想していたよりも、矢に倒れたオーガの数が多く───向かって来るオーガの数はそれほどでもない。それに加えて、大半が手負いだ。


(今のうちに、ドレアド伯爵子息を出撃させておくか…)


 ドレアド伯爵子息は、これが初陣となる。この状態なら、ドレアド伯爵子息も気持ちに余裕をもって初陣に臨めるだろう。


 こちらとしても、何かあってもサポートできる。


「バルデイン伯爵隊、ドレアド伯爵隊、グレミアム伯爵隊────突撃!」


 すでに第二弩隊は後方に退いており───最前列に立ち並ぶ6つの部隊の中から、ダズロに名指しされた3つの部隊が飛び出した。


 こちらへと迫っていたオーガの群れと正面からぶつかる。


 どの部隊も基盤は各自の私兵だが、人数を40名程度に(なら)すべく、“デノンの騎士”、虧月(きげつ)騎士団の上級騎士とイルノラド公爵家の私兵を組み込んでいるから、戦力が大きく偏る心配はない。


 それぞれの部隊長の指示の下、オーガ1頭に対して私兵か騎士の3~4名が取り囲む。



 オーガ1頭に騎士ならば最低5人割り当てることを想定しなければならないと、緊急会議でルガレドが言っていたが───あれは、あくまで万全を期すための目安だ。


 実際には、通常のオーガなら、1頭当たり2~3名で十分討伐は可能だ。勿論、ダズロやセロムのような実力者ならば、一人でも事足りる。



 クロスボウによって傷を負っていることもあり、どの部隊も苦戦することなくオーガを次々に討ち取っていった。

 そう時間もかからずに手負いのオーガをすべて討ち取ると、その後方からやって来た一団と戦い始めた。


 騎士や私兵たちが、相手取る敵を定めて囲い込む。数的に勝っていることが幸いして、有利な状況に持ち込めていた。


 ドレアド伯爵子息も、落ち着いて指揮を執れているようだ。


 戦況を窺っていたダズロは、味方部隊の様子に目を配っている間に、後方から近づいてくるのが、オーガではなくオークに替わっていることに気づいた。


 オークはオーガよりも弱いとはいえ、それでも屠るにはそれなりに労力がいる。


 それに―――迫り来るオークの一団は、オーガの一団に比べ数が多い。


「騎馬隊、最前列へ!」 


 待機中のアルゲイド侯爵隊、ゲルリオル伯爵隊、ガラマゼラ伯爵隊の合間を抜け、馬に跨った“デノンの騎士”たちが最前列へと躍り出る。


「双槍の陣形!」


 ダズロの命を受け、騎馬隊が二手に分かれて───さらに二列になって縦に並んでいく。

 どちらも同じ配列で、先頭に3名並び、その後ろに2名ずつ並ぶ。


「騎馬隊、構え!」


 先頭の真ん中に位置する騎士だけ正面に、それ以外の騎士は仲間がいない方向───右側に並ぶ騎士は右方向に、左側に並ぶ騎士は左方向に向けて、剣を構える。


「騎馬隊────突撃!」


 騎馬隊が駆け出す。騎馬隊は一糸乱れることなく、陣形を保ったまま猛然と奔る。


 そして────それぞれ、バルデイン伯爵隊とドレアド伯爵隊の合間、ドレアド伯爵隊とグレミアム伯爵隊の合間を駆け抜け、その後方に迫っていたオークの一団に突っ込んだ。


 先頭の中央に位置する騎士が前方のオークを薙ぎ払い、その両脇の騎士二人が、左右のオークを斬り裂きながら、騎馬隊は進む。


 ある程度まで、オークを斬り裂き───蹴散らしつつ前進すると、騎馬隊は進路を変えて、それぞれ道の端に向かった。


 左側の騎馬隊はバルデイン伯爵隊の左方を───右側の騎馬隊はグレミアム伯爵隊の右方を奔り抜け、本陣へと戻って来る。


(さすが───“デノンの騎士”だ)


 ダズロが思わずそう感嘆するほど、左右どちらの騎馬隊も、戻るまで───いや、戻って整列して、動きを止める瞬間に至るまで、足並みが一切乱れることがなかった。


 ダズロが率いる虧月騎士団も、騎馬での動きはかなり統率がとれていると自負しているが、ここまでではない。



 騎馬隊に負傷者などいないことを確認すると、ダズロは視線を前線に戻した。すでに、オーガを討ち終えた集団が、騎馬隊の刃を免れたオークに攻撃を仕掛けている。


 後方に新たなオークの一団が見えたが、まだ距離がある。

 騎馬隊を突入させるなら、もっと近づいてからの方がいいだろう。


「騎馬隊は双槍の陣形を保ったまま、最前列で待機!」


(次の一団を殲滅させたら、交代させるか)


 今のところ有利な状況で戦えているので、どの部隊ももう少しやれそうだが────余力があるうちに交代させる方がスムーズにいく。


()()()()()、魔物の数を減らしておかなければ────)


 鋭く情勢を窺いながら、ダズロは無意識にそんなことを考えていた。



◇◇◇



「今のところは順調ですね」

「ああ」


 傍らに控えるセロムの呟きに、ダズロは戦況から眼を離さずに頷いた。



 何度か部隊の入れ替えを繰り返し────今オークの群れと戦っているのは、アルゲイド侯爵隊、ゲルリオル伯爵隊、ガラマゼラ伯爵隊だ。

 

 途中、騎馬隊と弩隊も交えて、絶え間なく攻撃し続けてきたおかげで───スタンピード後方に群れる魔物の数は、目に見えて減っている。

 魔物の群れに終わりが見え、あと少しで殲滅できそうなところまできた。


 幸いなことに、ケガ人も数えるほどしか出ていない。


 利き腕を折った兵を除いて、待機中に応急措置をしたら復帰できるような軽傷ばかりで、戦力は維持できている。


(そろそろ、交代させた方がいいな)


 そう思い、バルデイン伯爵隊、ドレアド伯爵隊、グレミアム伯爵隊の出撃準備をさせようと口を開いたとき────不意に、何か言い知れぬものが、ダズロの背筋を走り抜けた。


 心臓の鼓動が、耳の奥で大きく鳴り響く。


(何だ…?────何か…、嫌な予感がする)


 これは、いつもの────これまで、何度も死地を切り抜ける切っ掛けとなった────ダズロの“勘”だ。


 しかも、いつもより顕著に感じた。


「旦那様?」


 ダズロの様子に気づいたセロムに声をかけられたが、答える時間も惜しく────ダズロは補佐であるアダン子爵に命じる。


「アダン!至急、第二弩隊の装備を盾に持ち替えさせ───第二弩隊のクロスボウを、騎馬隊に装備させろ!」

「はっ!」


 ダズロの許に配属されて長いアダン子爵は、当然、ダズロの“勘”について知っている。


 すぐさまダズロの命を実行すべく、馬首を返して駆けて行った。


「準備が整い次第、アルゲイド侯爵隊、ゲルリオル伯爵隊、ガラマゼラ伯爵隊を撤退させる」

「かしこまりました」


 セロムがそう返答すると同時に────ダズロの嫌な予感を裏付けるように、オークの群れの向こうに野太い雄叫びが辺りに響き渡り、空気が微かに震えた。


 ダズロが視線を上げると、巨大なオーガのシルエットが前方を横切っていくのが目に入った。


(魔獣か…!)


 しかし、魔獣は向かって来る気配はなく、こちらに背を向ける。

 おそらく、ルガレドたちが相手をしているのだろう。


(嫌な予感は消えていない…)


 消えるどころか────動悸も激しくなるばかりで、嫌な予感はどんどん強くなっている。この嫌な予感は、あの魔獣のことではない。


 きっと────他に何かがある。


「閣下、第二弩隊、騎馬隊の準備が整いました」

「ご苦労」


 アダン子爵が戻る。“デノンの騎士”は勿論、どの貴族家の私兵もよく訓練されていて、さすがに対応が迅速だ。


 先程の魔獣の雄叫びで委縮しているのか、前線の向こうに群れているオークは足を止めている。


 味方部隊はといえば、どの部隊も、対峙しているオークをもう少しで殲滅できそうだ。


「第一弩隊、最前列へ!騎馬隊、次列へ!」


 クロスボウを持った騎士や兵士が抜け出て、最前列に並び立つ。


 そのすぐ後方に、馬に乗った騎士たちが、片手にクロスボウを持った状態で器用にも馬を操って並ぶ。


「第二弩隊改め盾隊、騎馬隊の後ろへ!」


 自分たちの胸下まである盾を携えた騎士あるいは私兵が、横並びに整列する。


「セロム────アルゲイド侯爵隊、ゲルリオル伯爵隊、ガラマゼラ伯爵隊を撤退させろ!」

「御意」


 セロムが魔道具を発動させると、程なくして、オークを殲滅し終えた部隊から撤退を始める。


 それを確認したダズロは、アダン子爵に命を下す。


「アダン、魔術師をここに集めてくれ」

「はっ」


 アダン子爵が再び馬首を返して、陣営の後方へと奔っていく。


 今回、各貴族家が所有する魔術陣だけでなく、少数ではあるが国からも魔術陣を貸与されている。そのため、すべての貴族家隊に1~2名、魔術師を配属することができていた。



 前線へと視線を戻せば、3つの味方部隊すべてが撤退できたようで、こちらへと近づいて来ている。


 その後方にいるオークたちは追って来る様子はない。


 それを見て、ダズロは撤退させたのは間違いではなかったと───これから何か起こると確信を抱いた。


 そして────やはりというべきか、ダズロのその勘は当たった。


 何処からか鳴り響く────鼓膜を揺さぶるほどの雄叫び。


 よく聞けば、それは微妙にずれていて、別々の怒声が重なっているのだと判る。


 その雄叫びが消えないうちに、前方に立ち並ぶオークの向こうに二つのシルエットが現れる。


 シルエットの形状からオーガの変異種だ。先程の魔獣ほど巨体ではないが、どちらも体長3mはあった。


「第一弩隊、騎馬隊、構え────ッ!」


 最前列と次列に並ぶ弩隊と騎馬隊が、クロスボウを持ち上げて構える。


 アルゲイド侯爵隊、ゲルリオル伯爵隊、ガラマゼラ伯爵隊は、すぐ目の前まで戻って来ている。


 この距離ならば、変異オーガに接近される前に合流できるはずだ。ダズロが、そう安堵したのも────束の間。


 変異オーガが動き出したかと思うと────瞬く間に、味方部隊のすぐ後ろにまで迫る。


「っ?!」


(いくら何でも速過ぎる…!)


 巨大化したオーガの変異種を討伐したことは何度もあるが、この巨体でここまで素早い動きをするものはいなかった。


 これでは────追いつかれてしまう。


「変異種が来るッ!散開しろッ!!」


 部隊名を呼ぶ余裕がなく、簡潔な物言いになってしまったが────自分たちに向けたものだと理解したようで、アルゲイド侯爵隊は左方に、ゲルリオル伯爵隊は二つに割れて左右に、ガラマゼラ伯爵隊は右方へと退く。


 左右に散開した騎士たちに向けて、変異オーガが手に持つ棍棒を振り被る。


「弩隊、騎馬隊、撃て────ッ!!」


 変異オーガが棍棒を振り下ろす前に、馬上と地上の二段から放たれた無数のクロスボウの矢が、一斉に変異オーガを襲う。


 2頭の変異オーガは、まるで宙を掻き混ぜるように棍棒を振り回す。


 変異オーガが棍棒を下ろしたときには、ほとんどの矢が打ち落とされていた。棍棒を掻い潜った矢が数本あったものの、変異オーガの毛皮を浅く抉っただけに終わった。


「魔術師隊────」


 アルゲイド侯爵隊、ゲルリオル伯爵隊、ガラマゼラ伯爵隊の魔術師は戻って来ていないため、待機していた貴族家隊に配属していた5人しか集められていない。


 それでも今いる魔術師たちに魔術を撃たせようとダズロは口を開いたが、最後まで言い切ることはできなかった。


 変異オーガが、こちらに向かって、駆け出したからだ。


 変異オーガは、その巨体もあって、次の瞬間には陣営の最前列へと詰め寄っていた。魔術の発動を命じる間もない。


「っ盾隊、構え────ッ!!」


 弩隊と騎馬隊が後方へと退き、今、最前列に並んでいるのは盾隊だ。


 退避は間に合わないと悟って、ダズロは命じる。


 盾隊の騎士あるいは私兵たちは命じられるがまま、片足を引き体勢を低くして盾を翳した。


 居並ぶ盾に二つの棍棒が振り下ろされる。


 2頭の変異オーガは、それぞれ振り下ろした棍棒を横に薙ぎ、たった一振りで盾隊を掃ってしまった。


 盾隊の騎士あるいは私兵たちが、左右に吹き飛ばされる。


 ダズロの視界を、騎士や私兵が横切っていく。彼らが手にしている盾は、いずれも無残に砕けていた。


(盾が────砕けた、だと?)


 盾は、すべて国から貸与されたもので────耐久性を上げるため、今のところ鋼の中で最も硬度が高いセルニア鋼の素体に月銀(マーニ・シルバー)のコーティングがなされていた。


 ビゲラブナ伯爵が出し惜しみ、虧月騎士団に貸し出されたことはなかったので、ダズロが実戦で使用したことはないが────実験では、へこみはしたものの魔獣の攻撃に耐えたと聴いている。


 その盾を────変異種が、あの棍棒で砕いた?


(あの棍棒は、一体何だ?木でできたものではないのか?)


 あれだけの矢を弾いて、一本も刺さった様子はないし───盾を砕いて、折れる様子もない。


 陰に沈んで黒く見えているだけだと思っていたが、それにしては黒過ぎる。


「!」


 阻むものがなくなった変異オーガが、本陣の中心へと踏み込んで来るのが目に入り、ダズロは我に返った。


「総員、散開しろッ!!」


 盾隊の後ろで矢の装填をしていた弩隊と騎馬隊が、散り散りになって離れる。


 後方で待機していたバルデイン伯爵隊、ドレアド伯爵隊、グレミアム伯爵隊が───弩隊と騎馬隊から変異オーガの目を逸らすつもりなのか、各々の得物を構えた。2頭の変異オーガの眼が、そちらに向く。


(まずい────!)


 あの漆黒の棍棒には、おそらく盾も剣も意味を成さない。


「魔術師隊、魔術の発動準備をッ!アダン、弩隊と騎馬隊で無事な者を集めて矢を装填させろッ!」

「はっ!」


 アダン子爵が馬を蹴って駆け出す。


 5人の魔術師たちが、革袋から魔術陣が刻まれた魔石のメダルを取り出して────素手で掲げた。


 それぞれの魔術師の前に、魔術陣が展開していく。


「放て────ッ!」


 魔術陣から放出された、幾つかの火矢や水槍、旋風が、動き出そうとしていた2頭の変異オーガに迫る。


 変異オーガたちはさして慌てることもなく、矢のときと同じように棍棒を振る。棍棒は、いとも簡単にどの魔術も掻き消した。


(くそっ、あの棍棒には魔術も効かないのか…!)


 ダズロが、この状況を打開すべく頭を回らせていると────バルデイン伯爵隊、ドレアド伯爵隊、グレミアム伯爵隊が動き出したのが目の端に映った。


 変異オーガの意識が魔術師隊に向いているうちに、隙をつくつもりなのだろう。


(変異種の意識を、少しでもこちらに引き付けておかなければ────)


「魔術師隊、魔術の発動準備ッ!」


 先程と同じように、魔術陣が魔術師たちの前面に展開する。


 ダズロの思惑通り、変異オーガたちは魔術を警戒してこちらに正面を向けている。


「放て────ッ!」


 ダズロの号令の下、魔術が放たれるのと同時に────騎士や私兵たちが変異オーガに攻撃すべく走り出す。


 まず、ダズロから見て右側にいる変異オーガが動いた。一歩踏み出し、もう1頭を背に庇うように前に出る。


 一方、後ろにいる変異オーガは、自分たちに迫る来る騎士や私兵たちに向き直った。


 後は、もう同じパターンだ。


 魔術も多数の剣も────変異オーガが大きく振るった棍棒によって、すべて薙ぎ払われた。


 魔術を掃った変異オーガは、その大股でこちらに踏み込む。たった一歩で、変異オーガはダズロたちのすぐ眼前に立った。


「っ散開しろッ!!」


 魔術師たちに叫びながら、ダズロは馬を蹴って、棍棒を振り上げる変異オーガに向かって駆け出した。


 あの棍棒をどうにもできないなら────変異オーガの懐に飛び込むしかない。


 甲冑を纏ったダズロの重量をものともせず、愛馬は猛然と駆ける。

 ダズロの意図を察したセロムが並走する。


 棍棒がある程度まで振り下ろされたところで、ダズロとセロムは左右に分かれた。


 棍棒は二人を捉えることなく、地面へと食い込む。


 ダズロは左方向、セロムは右方向に回り込んで、変異オーガの懐を目指す。


 変異オーガはすぐに棍棒を持ち上げ、ダズロに狙いを定めたようで、棍棒を振り被った。

 ダズロが回避しようとしたとき、不意に変異オーガに水槍と旋風が襲い掛かる。


 勿論、それらは棍棒に掻き消され、変異オーガに届くことはなかったが────気を逸らすことには成功した。


 ダズロとセロムは、馬の背に当たらないよう斜めに背負っていた両手剣を抜きつつ、変異オーガの足元に駆け込んで、同時に剣を振るう。


 変異オーガが地を蹴って、後方へと跳び────ダズロとセロムの剣は、切っ先が掠めることすらなく空振った。


 変異オーガがダズロとセロム目掛けて、棍棒を振り下ろす。


 二人は馬首を返そうと手綱を引くが、回避は間に合いそうもなかった。


「放て─────ッ!!」


 右方向から、そう声が響き────幾本もの火矢や水槍が、変異オーガに降り注ぐ。


 それに気づいた変異オーガは、振り下ろそうとしていた棍棒の軌道を強引に変え、魔術を掻き消そうと迎え撃つ。


 反射的に視線を遣ると、ウォレム=アン・ガラマゼラが、残りの魔術師を従えていた。


「上空に向かって構えッ!撃て─────ッ!!」


 間髪入れずに、また声が響いた。これはアダン子爵だ。


 ウォレム率いる魔術師隊の横に、弩隊と騎馬隊が縦二列になって整然と並んでいた。


 無数の矢が上空に向かって放たれる。

 矢は、ある程度まで飛んだ後、下に向かって降り注ぐ。


 真っ直ぐ飛ばすより威力は落ちるが───弩隊と騎馬隊の正面からすると、変異オーガが縦に並んでいるため、奥の変異オーガも狙うとなると仕方がない。


 2頭の変異オーガが矢の雨に気を取られているうちに、ダズロは今度こそ変異オーガから離れるべく馬首を返す。


 馬を左に旋回させたとき、貴族家隊の様子が目に入った。


 変異オーガの棍棒によって吹き飛ばされ────蹲る騎士や私兵。


 中には何とか立ち上がっている者もいたが、剣は砕かれ、何処かケガをしているのか上半身を屈ませている。


 そして────矢が放たれる寸前まで変異オーガと戦っていたと思しき騎士が、別の騎士の肩に担がれて、その場を離れるところだった。


 今回は夜が明けていない状態での戦いで視界が暗いため、騎士も貴族の私兵も、バイザーのついていない簡素な兜を着用している。


 目鼻は露になっているものの、ダズロの位置からは二人の顔は判別つかなかったが、担がれている騎士が手にしている剣で、その騎士がセロムの息子セグルであると判った。


 ならば、担いでいる騎士はファルロだろう。


 ファルロとセグルは、確か共にドレアド伯爵隊に配属されていたはずだ。



 セグルの愛剣は、ノラディス子爵家に継承される魔剣で────セグルが“デノンの騎士”となったときにセロムから受け継いでいる。


 軍国主義時代に当時のイルノラド公爵が、側近を務めるノラディス子爵に褒美として与えたとのことだった。


 以来、ノラディス子爵あるいは子息は、戦場においてその魔剣を振るってきたが────これまで刃毀れしたことすらなかったらしい。


 しかし、セグルの手にある見慣れたそれは、半ばから折れていた。


(あの棍棒は魔剣ですら折ってしまうのか…!)


 変異オーガに攻撃を加えるには、あの棍棒を何とかするしかないのに────魔術もクロスボウも剣も盾も、あの棍棒には意味がない。


 もし棍棒を掻い潜って接近戦に持ち込んだとしても、あの素早さでは攻撃を入れるのも難しい。


(こうなれば────棍棒の攻撃範囲内には入らず、遠距離から魔術やクロスボウを四方から一斉に浴びせる他ないが…)


 魔術師たちの方を窺うと、皆一様に苦しげな様子だ。中には立っていられないらしく、座り込んでいる者もいた。


 あれは────魔力切れの兆候だ。


 ここまでの戦いの中で何度も魔術を発動していたのだから、無理もない。

 ウォレムが率いている方の魔術師たちも同じだろう。


 魔術師の魔力だけではない────矢だって、かなり減ってしまっている。


(せめて1頭だけであったなら、魔術やクロスボウがなくても、まだやり様があったのに────)


 ダズロが、思わずそんな(せん)のないことを考えてしまったそのとき────矢の雨を弾き切った変異オーガが動いた。


 先に弩隊と騎馬隊を潰すことにしたらしく、1頭がアダン子爵たちの方に向かう。


「散開ッ!!」


 指揮を執っていたアダン子爵が、叫ぶ。


 弩隊と騎馬隊だけでなく、ウォレムと魔術師も奔り出した。


 アダン子爵と騎馬隊、それにウォレムと魔術師は、漏れなく、その場を離れることができたが────弩隊の一部が逃げ遅れる。


 変異オーガはクロスボウを持った兵を叩き潰すために、棍棒を振り被った。そして、無情にも振り下ろす。


 逃げ遅れた兵が尻餅をついて、自分に迫る黒い棍棒を見上げたその瞬間────兵の背後から、一人の少女が駆け込んで来た。


 少女は、両手に握る細身の剣を交差させて、変異オーガの棍棒を危なげなく受け止める。


 銀糸で刺されたルガレド皇子の個章を身に纏い、漆黒の髪を靡かせたその少女は──────


「リゼラ…?」


戦いが大分長引いてしまっていますが、これですべての陣営を書き終えたので、あと少しで決着をつけられると思います。もうちょっとだけお付き合いいただけると嬉しいです。

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