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第二十六章―黎明の皇子―#7


いつもお読みくださって、本当にありがとうございます。

ブックマーク登録してまで読んでくださっている方々、本当に感謝しています。


長らくご無沙汰しておりまして、申し訳ありません。一丁前にスランプに陥っておりまして。場面は思い浮かぶのに、ポエマーになれそうな深夜のハイテンションでも言葉が出てこない…。

本当は、この章の最後まで書き上げてから投稿したかったのですが、一向に書き上がらないので、切りのいいところまで投稿させていただきます。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。


 皇王陛下より指揮権を与えられたレド様は、皇城での緊急会議を早々に切り上げ、冒険者ギルドへと場を移すことにした。


 辞令式のために戻って来ていた“デノンの騎士”6個小隊を預かることはできたものの、騎士団の協力は得られなかったので、討伐は冒険者が中心となる。それなら、会議は冒険者を交えた方がいい。


 お邸に一度戻って、ハルドと交代するような形でディンド卿を伴い───ベルネオ商会の商館を経由して、私たちはギルドへと向かう。


 おじ様に頼んで東門とダウブリムに向かう街道を閉鎖したこともあり、すでにヴァムの森に魔物や魔獣が巣食っていることは広まっているらしく、道行く人々は何処かそわそわしていて───何となく不安そうな素振りだ。


 威勢よく呼び込みをする商人たちも、陽気を装っているだけのように感じられた。



 冒険者ギルドへと辿り着くと、早速セラさんによって、2階の大会議室へと通される。


 冒険者ギルドの大会議室は、皇宮のものとも、前世のものとも様相が違って───広い部屋の真ん中に大きなテーブルがあるだけで、イスすらも何もない。参加者は立ったまま、テーブルを囲うのだ。


 大会議室の中へと踏み入ると、すでに待機している参加者の視線がこちらに向く。


 それは、皇城での緊急会議にも参加していた貴族の一部だった。討伐の協力を申し出てくれた貴族たちだ。


 すべて───反皇妃派か、中立を保っている貴族たちで、ベイラリオ侯爵家門や傘下の貴族はいない。


 これまでの魔獣討伐のように、ビゲラブナに責任を押し付けられて陣頭指揮を命じられたからではなく───皇王陛下に指揮権を与えられたからこそ、得られた協力だ。


 その中には、イルノラド公爵とガラマゼラ伯爵もいる。騎士団団長としてではなく、皇都に残っている数少ない配下の騎士と共に、この国に仕える貴族として協力するとのことだ。


 ガラマゼラ伯爵に関しては────すでに接触したおじ様によれば、仕出かしたことをいたく後悔し、また責任を感じているとのことなので────おじ様は、魔獣の件は明るみに出さず、ガラマゼラ伯爵には、国のために───民のために職分を全うさせ、かつ皇妃一派を引き摺り下ろすことに尽力させる心づもりらしい。



 討伐に参加予定の冒険者たちは、まだ誰も来ていない。


 冒険者ギルドの方へ国から正式に緊急依頼と報酬を出してくれるよう、おじ様に要請してあるから───今回の討伐は、ギルド挙げてのものとなる。


 実力と経験がない低ランカーを除いた、この皇都に滞在している冒険者の大半が参加することになるはずだ。


 ただ、大会議室とはいえ入りきらないので、ソロ以外はパーティー、あるいはチームのリーダーのみ出席してもらうことになっている。【転移港(ポータル)】の見張りについているパーティーには、リーダーに限らずパーティーの誰かしら一人だけ代表で会議に出てもらうつもりだ。



 イスはないので立ったままの貴族たちは、左胸に右手を当て、レド様に対して一斉に頭を下げた。


「皆、足労をかけた。こうして参じてくれたことに礼を言う」


 レド様は、貴族たちを労う。


「参加者が出揃い次第、会議を始めることにする。それまで、楽にしていてくれ」


 レド様がそう言葉をかけると、貴族たちはそれぞれに頭を上げ、途端に漂う空気が緩んだ。


 それを横目に───レド様と私は、ディンド卿と姿をくらませたジグとレナスを伴い、上座へと向かった。


 私たちが上座に辿り着いたとき、甲冑を身に着けた一団が入って来た。


 “デノンの騎士”だ。人数的に、おそらく、各小隊の隊長とその補佐官あるいは副長だろう。


 彼らは、こちらへと歩み寄ると、一様に兜を脱いで左手に抱えた。そして、レド様に向かって片膝をついて(こうべ)を垂れる。


「皇王陛下の命により、馳せ参じました。我ら“デノンの騎士”6個小隊は、これより、ルガレド殿下の指揮下へと入ります」


 代表して口上を述べたのは、ファルお兄様だ。


「了解した。これより、其方らの命───このルガレド=セス・オ・レーウェンエルダが預かる。民を護るために、其方らのその力、存分に発揮してもらおう」

「はっ、有難き幸せ」


 レド様のお言葉にファルお兄様が応え、他の騎士たちが一層深く頭を垂れた。


「名乗りを」


 レド様が自己紹介を促すと、ファルお兄様を皮切りに、順に名乗りを上げていく。


 辞令式のために帰還していただけあって、全員が貴族子弟であるらしい。この中では公爵公子であるファルお兄様が貴族として一番身分が高く、そのためにレド様への対応を一任されているようだ。


「参加者が出揃い次第、会議を始める。それまでは、楽にしていてくれ」

「「「「「「はっ」」」」」」


 最後は全員で返事をしてから、騎士たちが立ち上がる。


 騎士たちがレド様から離れていく中、ファルお兄様と例の前世が“木こり”だった騎士だけはその場に留まった。


 その騎士───セグル=アス・オ・ノラディスも今日は兜を脱いで、顔を晒していた。イルノラド公爵の側近によく似た顔とその名から、ファルお兄様を補佐していることに納得する。いずれ、公爵家を継いだファルお兄様の側近となる身なのだろう。


 ファルお兄様は引き締めていた表情を崩して、私に向かって口を開いた。


「リゼ、あのオーク野郎───じゃなかった…、ビゲラブナの野郎───じゃない…、ビゲラブナ伯爵の奴に、酷い侮辱を受けたと聞いたが、大丈夫だったか?」


 あんまり言い直せていませんよ、ファルお兄様…。


 この人、こんなに心配性だったんだ────そう思うと何だかおかしくなって、口元が緩んだ。


「ふふ…、ご心配ありがとうございます、ファルお兄様。ですが───大丈夫です。レド様が護ってくださいましたから」

「そうか、それならよかった。────ルガレド殿下、感謝申し上げます」

「…別に、お前に礼を言われることではない」


 レド様は、先程の毅然としたものとは打って変わって、憮然とした声音で応える。


 レド様のその反応にファルお兄様は苦笑を浮かべてから、また私へと視線を戻した。


「リゼ────何か困ったことがあったら、遠慮せずに言ってくれ。俺で力になれることなら、必ず手を貸すから」

「ありがとうございます、ファルお兄様」


 これまでの罪滅ぼしなどではなく────純粋に、私を心配してくれていることに胸が温かくなって、自然とお礼の言葉と笑みが零れた。ファルお兄様も嬉しそうに笑みを返してくれる。


「……イルノラド公子、仲間たちが待っているぞ」


 明らかに不機嫌な声音で、レド様がファルお兄様に言う。


 ファルお兄様の背後に視線を遣ると、離れていったとばかり思っていた“デノンの騎士”たちが、皆一様に驚いたような表情でこちらを見ていた。“デノンの騎士”だけじゃない────貴族たちもだ。


 公爵家から除籍された不肖の娘が、跡取りである公子と懇意にしていることが意外なのだろう。


 見回すと───ばつが悪いのか、私の視線から逃れるように、大半が顔を赤らめて逸らした。


 顔を逸らさなかった貴族の一人と眼が合う。


 それは───編み込んだ豊かな金髪を項でまとめ、無骨な甲冑に身を包んだ二十代半ばほどの凛々しい女性で───以前、冒険者の仕事で知り合った人だった。


 彼女───グレミアム伯爵オルア様は、女性ながらに伯爵家を背負い、賢明な上に剣術にも長け、行政だけでなく領軍を率いて魔物や魔獣討伐にも率先して赴く───まさに貴族の鑑のような領主だ。


 身分で他人を判断せず、一介の冒険者でしかない私にも良くしてくれた。


 そして───責任感の強い分だけ、噂に聞く我が儘で貴族令嬢としての責務を全うしようとしない“イルノラド公爵家の次女”のことが許せないらしく、頻繁に話題に出すほど嫌っていた。


 オルア様は契約の儀や新成人を祝うための夜会では見かけなかったから、おそらく───先程の緊急会議で、私がその“イルノラド公爵家の次女”だと知ったはずだ。


 だけど、オルア様の強張った表情からは、この事実についてどう思っているのかは読み取れなかった。



「それでは、ルガレド殿下、御前失礼します。────リゼ、またな」


 ファルお兄様にそう言われて、私はオルア様からファルお兄様に意識を戻して、慌てて頷く。


「リゼ、」


 そんな私の様子にレド様が気づかないわけがなく、レド様が私に何か言いかけたとき────扉が開いた。冒険者たちを引き連れたガレスさんとバドさんが、室内へと入って来る。


 レド様を目にした冒険者たちが驚愕に眼を見開く。


 レド様も私も、ギルドに向かう道中は普段着を纏っていたものの───この大会議室に入る直前、服装を緊急会議で身に着けていたものに再び替えていた。レド様は瞳も元の色に戻しているので───その正体は、言わずとも知れる。レド様をBランカー冒険者として見知っている者には驚きも一入(ひとしお)だろう。


「お待たせしてしまい、申し訳ない」

「…いや────それでは、会議を始めよう」


 レド様は、私への言葉を呑み込み────そう告げた。



◇◇◇



「まずは───こうして集まってくれたことに礼を言う。今回、陣頭指揮を執ることになった───ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダだ」


 レド様は冒険者に視線を向ける。


「冒険者の中には、経験の浅い俺が指揮を執ることに疑問を覚える者もいるだろうが───今回の集落潰しは異質なため、騎士や貴族との共闘となる。よって───皇子である俺が陣頭指揮を執ることとなった。Sランカーである“双剣のリゼラ”が、俺の補佐としてつく。“双剣のリゼラ”は、俺が命を預けた親衛騎士であり───最も信頼する人物だ。俺がリゼラの提言を無下にするようなことは絶対にない。だから───そこは安心して欲しい」


 そこで言葉を切り───レド様は、私とは反対隣に佇むディンド卿に視線を遣った。


「それから、この───Bランカー冒険者であるディドルも、俺の補佐としてつく」


 視線を正面に戻して、続ける。


「ディドルは、ドルマ連邦では名の知れた傭兵だ。隊を率いての集落潰しや魔獣討伐を幾度も任され、いずれも成し遂げている。このディドルもまた───剣の腕はさることながら、見識も経験も具えた───俺が信頼を置く人物だ」


 レド様の言葉には感情が籠っており、ディンド卿が静かに感極まっていることが覗えた。


「今回の件は、前例のない未曽有の事態だ。不安な者も多いだろう。だが…、この皇都に暮らす民や滞在する者だけでなく、近隣の街や村に暮らす者たちのためにも────絶対に殲滅しなければならない。どうか、その力を貸してもらいたい」


 真摯にそう頼むレド様に、貴族たちが一斉に右手を胸に置いて頭を垂れる。冒険者たちも頭を下げこそしなかったが、表情を引き締めて頷くように顎を引いた。


「こちらの戦力を把握することから始めるつもりだったが────ガレス。何か、伝えたいことがあるようだな。魔物に動きでもあったか?」


 ガレスさんが会議室に入って来たときから物言いたげにしていたことに、レド様も気づいていたようだ。


「つい先程、集落を監視していた者から連絡がありまして。魔物たちが───ゴブリンを食べ始めた、と」


「ゴブリンを?その様子では、ただの空腹を満たすための食事というわけではないのだな?」

「はい。報告によれば、ゴブリンを食い尽くす勢いだと────手当たり次第に…、成体だけでなく、まだ成長し切っていない子供をも食べている、と」


 ガレスさんが言いながら、顔を顰める。


 何故────今そんなことを?


 ゴブリンは、他の魔物に比べて内包する魔力はかなり少ない。急いで変異種となる───あるいは魔獣化するために魔力を摂取するには、ゴブリンでは役不足だ。


 集落にはオーガやオークもいる。そういった目的なら、共食いとなってもオーガかオークを食べるはずだ。


 それならば、何故────


「もしかして────ゴブリンが不要になった…?」


「リゼ?」

「レド様、魔獣───魔物たちは、集落を捨てるつもりなのかもしれません」

「そう考える根拠があるのだな?」


 レド様の問いに、私は頷く。


「あの集落では、おそらく他の魔物の食糧にするために、ゴブリンを閉じ込めて繁殖させていました。それを食べ尽くすのなら───成体だけでなく、成長し切っていない子供まで食べてしまうのなら…、もう繁殖させるつもりはないということです」


 考えてみれば────【隠蔽(ハイディング)】が機能しなくなった今、あの場所に固執していてもメリットはない。いや、それどころか、デメリットしかない。


「加えて───あの集落は、古代魔術帝国の遺跡の上に築かれています。人工物で覆われた地面には、通常の集落のように木の柱を突き立てることができない。だから、石を積み上げてあばら家を造るしかなかった。同様に、丸太を連ねた塀で囲って集落を護ることができません。これまでは古代魔術帝国の遺産によって護られていたから、必要がなかった。でも───もうその遺産は機能していない」


 魔獣や魔物たちの魔力量なら、ディルカリド伯爵のように、魔導機構に魔力を直接注いで発動させることも可能ではあるが───それには、魔術式の中央部分に魔力を注がなければならない。


 そうしようとしないところを見ると、それを知らないのだろう。


 中央部分にはゴブリンの檻があるので、偶然に魔獣や魔物たちが載って魔力を吸い取られる可能性も低い。


 よって、地下施設の【魔素炉(マナ・リアクター)】を停止しない限り、【隠蔽(ハイディング)】を起動させることはできない。


「だけど、今から石を積み上げて塀を造るには────時間がかかります。それに、あの集落には見張り台や物見櫓もありません。遮蔽物も無ければ、常時全方向を見張ることが難しい────無防備の状態です」

「確かに、それでは新天地を探す方が手っ取り早いな」


 レド様は、納得したように呟く。


 ゴブリンは魔力量が少ないだけでなく、二足歩行の魔物の中では最弱だ。大して戦力にならないし、移動速度という面において足手まといになる。


 ゴブリンの服従の度合いによっては、戦力になるどころか、連れ歩くだけで労力を割かなければならない。


 今のうちに腹を満たしておくというのもあるかもしれないが、おそらく切り捨てることにしたのではないかと思う。


「待て────待ってくれ…、リゼ。それは────スタンピードということか?理性を保った魔獣が、複数の変異種とあの数のオーガとオークを引き連れて、スタンピードとか────冗談じゃないぞ…」


 ガレスさんが、貴族も交えた会議の最中であることも忘れ、素の口調で言う。


「“スタンピード”────『魔物の大移動』を意味する言葉だった、か?」


 レド様が知っていたことに、私は少し驚きながらも頷いた。


「はい。魔物は、集落や巣を築いたら規模を大きくして強化することに力を注ぎ、めったに集落や巣を捨てることはありません。ですが、稀に何らかの事情で捨て、新たに集落や巣を築けそうな場所を探して───集団で移動することがあります。それを、私たち冒険者は“スタンピード”と呼んでいるのです」


 頷くだけに留まらず、貴族たちや経験の浅い冒険者への説明も兼ねて、詳しく答える。


「集落を捨てる…」


 レド様は口元に手を遣り、少し考え込んでから────言葉を零した。


「これは────好都合かもしれないな…」


 レド様の発言を受けて、集まっていた視線に伺うような眼差しが混じる。


「ヴァムの森に造られた集落は、塀や見張り台などがなく攻め入りやすいが、集団で連携して戦うには建物が密集している。こちらには、あの状況は不利だ。だが────奴らが自ら出て来てくれるというのなら…、好都合だ」


 レド様は、誰に向けるでもなく────不敵に笑う。


「うまくやれば────こちらが有利な状況に持ち込める」

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