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第二十六章―黎明の皇子―#1


評価してくださった方、本当にありがとうございます。

いつも読んでくださっている方々も本当にありがとうございます。

更新がほぼ1ヵ月も開いてしまって、大変申し訳ございません。

今回は3話分の投稿となります。少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。


 部屋に日の光が満ちたのを───瞼の向こうに感じて、私は目を覚ました。これは、レド様のお邸にある自室のときとは違い───正真正銘の朝日だ。


 日の光が混じった薄闇に浮かび上がる、見慣れない部屋の様相に少し戸惑いつつ───私は上半身を起こす。


 最近ずっと一緒に寝ていたノルンは、昨夜はアーシャと眠ってもらったため、ベッドには私一人しかいない。


 レド様のお邸の使用人部屋より少し広いだけの部屋の中央に置かれた───セミダブルサイズのベッドから下りて、着替えもせずに、そのまま向かって右手にある小さな扉を潜って続き部屋に入る。


 扉の向こうに続く部屋は、今出て来た部屋の2倍ほどの広さで───真ん中に、ダブルベッド2つ分はある大きな天蓋付きのベッドが設えられている。


 そこには────レド様が昨夜と変わらぬ様子で横たわっていた。


 ここ───新しいお邸の寝室は、夫婦の寝室と付随している主人、夫人のそれぞれの個室から成る。先程、私が寝ていた部屋が夫人の個室だ。


 まだ婚約段階であるレド様と私は、いつもは拠点スペースに収めてあるレド様のお邸で寝泊まりしているが、昨夜は、レド様の意識が戻らなかったため───レド様の目が覚めたとき、すぐに駆け付けられるように、夫婦の寝室にレド様を寝かせて、私は夫人の個室で休んだのだ。



 昨日、やるべきことをすべて終えてから────私はレド様のお傍にずっとついていた。


 脂汗は引いて、寝顔も苦しそうな形相ではなくなっていることに安堵したものの───夜が更け、朝方近くなっても、レド様は一向に目覚めなかった。


 レド様が目覚めるまでお傍にいたかったが────ラムルとカデア、それにジグとレナスに少し休むよう諭されて、仕方なく個室で眠りについた。


 辛い記憶が甦ったであろうレド様が───ジグとレナスが陰ながら見守っているとはいえ、傍に誰もいない闇の中で目を覚まさなかったことに少しほっとしたが───同時に不安が膨れ上がった。


 同じく前世の記憶が甦ったジグとレナスは、すぐに正気を取り戻したのに───レド様は未だ意識を失ったままだ。


 古代魔術帝国仕様となったベッドが作動しているところを見ると、レド様は目覚めることができるほど精神が回復されてはいないのだろう。


 それほどに────辛い記憶ということだ。


「レド様…」


 無駄だと知りながらも────震える声で、私はレド様に呼びかける。


 その澄んだ淡紫色の瞳で私を見て────耳の奥に残るようなその声で私の名を呼んで欲しかった。


 そうして、しばらくベッドの側で立ち尽くしていると───ノックの音が響いた。私は反射的に返事をする。


 静かに扉が開き、ラムルが現れた。


「おはようございます、リゼラ様」

「…おはようございます、ラムル」


「旦那様は、まだお目覚めになられていないようですね」


 ラムルはレド様を覗き込んで、そう呟いた後───再び、私に視線を戻す。


「リゼラ様、朝食の用意が調っておりますが────どうなさいますか」

「ぁ───ごめんなさい…、朝食のこと、すっかり忘れていた…」


 レド様のことで頭が一杯で、失念していた。

 今日はお弁当は必要ないから、私が朝食を作るはずだったのに。


「謝っていただく必要はございません───リゼラ様。本来ならば、これはリゼラ様の業務ではないのですから」


 そう言ってくれたラムルに、私はただ(かぶり)を振る。


 確かに私の本来の業務ではないけれど────お弁当もしくは朝食を作ることは、自分で希望したことなのだ。


 できないのなら、事前にお願いしておくべきだった。


「それで───どうなさいますか?こちらにお持ち致しますか?」

「いえ、ダイニングでいただきます」


 朝食を作ってもらった上に、わざわざ、ここに用意させるのは忍びない。


「かしこまりました」


 ラムルがいつものように優雅に一礼して、部屋を出て行くのを見送ってから────私は身支度をするために、のろのろと動き出した。



◇◇◇



 朝食を終えて、寝室に戻っても───やはり、レド様は眠ったままだった。


 白炎様かアルデルファルムに、視てもらった方がいいかもしれない。

 食事を摂ったことで、少しだけ気持ちが落ち着き、そんなことを考えていたときだった────


≪リゼ!≫


 不意にラナ姉さんの声が、頭の中に響いた。【念話(テレパス)】だ。


 昨日───ラギとヴィドが大ケガをして戻り、ラナ姉さんが神聖術で治したと報告を受けている。


 ラナ姉さんは、二人の経過を見るためそのまま孤児院に泊まって、まだ帰って来てはいなかった。


≪ラナ姉さん?≫

≪よかった───起きてた…!あのね、ラギとヴィドがケガした件で、リゼに話したいことがあるそうなの。すぐに孤児院に来てくれない?≫

≪…解った。すぐに行く≫


 私はそう応えると、すぐにラムルを【念話(テレパス)】で呼び出した。


 何だか────胸騒ぎがする。


 昨夜は、レド様のことや地下遺跡の後始末で忙しなくて、流してしまったけれど───改めて考えてみれば、ラギとヴィドがケガをしたことに違和感がある。


 昨日、エデルを連れて孤児院に行ったとき───ラギとヴィドは、“ヴァムの森”で採取をする予定だと話していた。


 “ヴァムの森”は、皇都周辺に点在する5つの森の中では魔素が少ないため、魔物があまり生息しておらず、魔獣が現れることもめったにない。


 それなのに────ラナ姉さんが神聖術を使わなければならないような大ケガをした?


「リゼラ様、いかがなさいましたか?」

「朝食の後片付け中なのに、ごめんなさい。今、ラナ姉さんから連絡があって───ラギとヴィドが、ケガをした件で話があるみたいなんです。ちょっと孤児院へ行ってきます。その間───レド様をお願いできますか?」

「かしこまりました」


 ラムルは私に恭しく返答すると────天井に向かって声をかけた。


「ジグ、レナス───リゼラ様に随行するように」


 ラムルの言葉を受けて、ジグとレナスが傍に現れる。


「いえ、通常通り───レナスだけついて来てもらえれば大丈夫です。ジグはレド様についていてください」


 私が口を挟むと、ラムルは(かぶり)を振った。


「旦那様には、私とカデアが付き添い───お護り致します。寝ている間にリゼラ様の身に何かあれば───それこそ、旦那様はお心を痛めることとなります。ですから…、どうかお聞き入れください」

「……解りました。では───二人とも、一緒に来てくれる?」

「「かしこまりました」」


 私は、静かに眠り続けるレド様に一度眼を向けて────ラムルに視線を戻した。


「ラムル────レド様を頼みます」

「お任せください」



◇◇◇



 姿をくらましたジグとレナスを伴って孤児院に転移すると、今日は、白炎様ではなく───ラナ姉さんが待ち構えていた。


 ラギとヴィドは、この北棟の個室で一緒に休ませているという。


「リゼ───勝手なことしてごめんなさい」

「気にしないで。レド様にも私にも許可を求めることができなかっただけで───ラナ姉さんの身勝手で二人をこの拠点に入れて、神聖術を使ったわけではないことは、ちゃんと判っているから」


 私の言葉を聴いたラナ姉さんの表情が緩んだ。レド様には───目覚められたら、私から報告しよう。


 ラナ姉さんに案内されて、二人が休んでいる個室に入る。ラギとヴィドはすでに起き上がっていて、並んでベッドに腰かけていた。


 元気そうな二人に、私は安堵の息を吐く。念のため、【心眼(インサイト・アイズ)】で確認してみたが、どちらにも異常はないようだ。


「二人とも、無事でよかった。それで───昨日、何があったの?」


 私が水を向けると───ラギとヴィドの表情が強張り、ヴィドが口を開いた。


「昨日は…、朝に言った通り───ボクたち、ヴァムの森で採取をしていたんだ。魔物も見当たらなかったし、奥まで入っていったんだけど────」


 ヴィドは、そこまで話して言葉を止める。


 困惑しているような表情で───その先は、話したくないというより、どう話せばいいか判らないといった感じだ。


 ヴィドは戸惑いがちにまた口を開く。


「ヴァムの森だし、魔物はめったにいないって解ってたけど───ボクたち、ちゃんと警戒していたんだ。それなのに───マーデュの実を見つけて摘んでたら、いきなりオーガが後ろに立っていて───それまでは木とか草しかなかったのに───魔物の後ろの方に…、集落が───魔物の集落があったんだ…」


「集落が…、ヴァムの森に?」


 それも────突然、現れた?


「ヴィドが言ってることは本当だよ。集落があったんだ。それに───本当に…、いきなり現れたんだよ」


 私がヴィドの言葉を信じていないと思ったのか、ラギが援護するように言葉を継ぎ足す。


「オレたちだけじゃオーガには敵わないから、逃げ出したんだけど───追いつかれて…、戦うしかなくて───でも、やっぱり敵わなくて、剣を囮にして何とか逃げて来たんだ…」


 そこで、言葉を切って────ラギは顔を伏せた。


「ごめん、リゼ姉───リゼ姉にもらった剣、失くしちまった…」

「ごめんなさい、リゼ姉ちゃん…」


 ラギとヴィドは、悔し気に────悲し気に、私に詫びる。


 ラギとヴィドの剣は、二人が冒険者になったときに私が贈ったものだった。


 二人に限らず、孤児院の子供が冒険者になると、私は初心者に相応しい───だけど、それなりに質の良い装備一式を贈ることにしていた。


 ラギとヴィドは、身体が成長したこともあり防具は新調したが───剣は未だに大事に使ってくれていたのだ。


 そのことに胸が温かくなるのを感じながら────私は俯くラギとヴィドに言葉をかける。


「気に病まないで、二人とも。私が贈った剣が、二人の命を助けてくれたのなら────贈った甲斐があったよ。ラギとヴィドが…、ちゃんと戻って来れて────本当に良かった」


 元より、私が冒険者となる子供たちに装備を贈るのは────命を落とすことなく戻って来て欲しいがためなのだから。


 顔を上げたラギとヴィドに笑みを向けると、二人は眼を潤ませた。



「話は戻すけど───ラギ、ヴィド。二人はオーガに襲われた後、真っ直ぐ孤児院に戻って来たの?」


 ヴァムの森のすぐ側にある東門からは、冒険者ギルドよりも孤児院の方が圧倒的に近い。ボロボロの状態では、孤児院に辿り着くだけで精一杯だったはずだ。


「ああ。ヴィドも気絶してたし、オレもケガしてて────とにかく孤児院に戻らなきゃって思って…」

「では、ギルドにはまだ報告していないのね?」

「あ───そういえば、してない…!」


 私は懐中時計で時間を確かめる。


 まだ早朝といっていい時間帯ではあるが───冒険者なら、すでに動き出している時間だ。


 もし、低ランカーの冒険者が採取のためにヴァムの森に向かって、奥まで入り込んだら───大変なことになる。


 私は、確認と調査も兼ねて───ヴァムの森へ行くことを決める。ギルドに寄らずに真っ直ぐヴァムの森へと向かう方がいいだろう。


「ラギ、ヴィド───もう動ける?」

「ああ」

「大丈夫だよ」

「それなら───すぐにギルドに行って、さっき私に話してくれたことをガレスさんに報告してくれる?それと───私はヴァムの森に向かう。そのことも伝えておいて」


 ラギとヴィドは、表情を引き締めて頷く。


「ラナ姉さん、ラギとヴィドを南棟へ連れて行ってくれる?」

「わかった」



 ラナ姉さんがラギとヴィドを引き連れて、部屋から出て行くのを見送ってから────私は白炎様を呼ぶ。


 白炎様が淡い光と共に現れ、私の肩に留まる。


「おはようございます、白炎様。昨日は子供たちを護ってくださって、ありがとうございました」


<おはよう、我が神子よ。昨日のことなら…、礼は必要ない。我は───何もできなかった>

「いいえ、そんなことはありません。もし何かあっても───白炎様が子供たちを護ってくださると思えば、安心できましたから」

<そうか…>


 白炎様は私の言葉が嬉しかったのか、いつものように私の頬に頭を擦りつけた。その柔らかく滑らかな感触に思わず口元が緩むが、今はそれどころではないと気持ちを切り替える。


「白炎様、申し訳ありませんが───またお願いしたいことがあるのです」

<何だ?>


 私は───白炎様に、あの地下遺跡に施されていた禁術のことを説明して───レド様の状況を打ち明ける。


「どうか…、レド様のことを診ていただけないでしょうか?」


<ふむ───相分かった。それでは早速、共にガルファルリエムの小僧のところへ行こうではないか>

「すみません、白炎様。お願いしておいて申し訳ないのですが───私は、これから行かなければならないところがあるのです」

<そうなのか…。共に行けぬのは残念だが───仕方あるまい>


「ジグ、白炎様をレド様の許へお連れしてくれる?」


 私を心配して二人をつけてくれたラムルには悪いけれど────こちらからお願いしておいて、白炎様をお一人でお邸に向かわせるのは気が引ける。


「………リゼラ様のご命令とあらば」


 例の微妙な表情で姿を現したジグの頭に、白炎様が飛び移った。

 私は慌てて、白炎様に【結界】を施したが、ジグの表情は変わらない。


<不服そうだな、小童>

「………別にそんなことは」


 何だか、ジグに悪いことをしてしまったような気分だ…。

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