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第二十五章―過去との決別―#15


 おじ様にディルカリド伯爵とドルトを引き渡し、仲間たちを連れてお邸へと戻ると────すでに日は暮れていた。


「「お帰りなさいませ、リゼラ様」」

「お帰りなさいませ、ご主人様」


 私たちの帰還に気づいたカデアとハルド、そしてエデルが作業部屋へと続く扉から出て来て、迎えてくれる。


 カデアとエデルにはケガした様子は見られず、私は安堵した。



「レド様は…?」


 まだ意識を失ったままだとしても、すでに目覚めていたとしても────どちらにしろ、心配だった。


 私の問いに、カデアは首を横に振る。


「まだ目を覚まされてはおりません」

「そうですか…」


 レド様の様子を見に行きたい────そんな思いが擡げたが、まだ事後処理が終わっていない。


 私は気持ちを何とか切り替えると、後ろに控える仲間たちに指示をするべく振り返った。



◇◇◇



 カデアとエデルを伴って、別行動中の報告を聴くために、ダイニングルームへと赴く。


 何処に、どう座ればいいか考えていると────ラムルがイスを一つ引き寄せて、テーブルと平行にイスの向きを変えた。


「どうぞ、リゼラ様」

「ありがとうございます、ラムル」


 私がイスに座ると、カデアとエデルが正面に立ち、ラムルとジグが私の後ろに控えた。


 ラムルの隣にはディンド卿もいる。


 あの魔術のせいで心身ともに疲れているであろうディンド卿には、もう休むよう言ったのだけれど、自分だけが休むわけにはいかないと押し切られたのだ。


 まあ、アーシャも、やはり休んでいないセレナさんを手伝って、カデアに代わって夕飯の仕上げをしているし───ヴァルトさんも、ハルドと一緒に、使用人部屋に寝かせたバレスの様子を見に行っている。


 この状況では、確かに一人だけ休むのは気が引けるかもしれない。



「まずは───カデア、エデル、無事で良かったです。ケガはありませんか?」

「お気遣いありがとうございます───リゼラ様。私もエデルも、ケガは負っておりません」


 カデアが一歩進み出て、代表して応えてくれる。


「それでは、報告をお願いします」

「かしこまりました」


 カデアは頷いて────教会での一部始終を語り出した。



 カデアの報告で、一連の流れが────どうして魔獣があの【聖剣】を持っていたのか、もう1頭の魔獣がどうなったのか────ようやく掴めた。


 私たちが討伐した魔獣とは別の───もう1頭の魔獣は、駆け付けた“デノンの騎士”によって討伐されたらしい。


 多少の苦戦はしたものの、平民に犠牲者を出すことなく、無事に討伐してくれたようだ。


 “デノンの騎士”たちの中に、命に係わるようなケガをした者はいないと聴いて、少しほっとする。



「…ジェスレム皇子は、助かったのですね」


 本当に────悪運が強い。


 護衛や取り巻きの貴族は命を落とし、イルノラド公女は両腕を失くしたというのに、ジェスレム皇子は五体満足で助け出されたとのことだった。


「はい。“デノンの騎士”に護衛され、皇城へと戻りました。イルノラド公女は、貴族専用の施療院へと運ばれたようです」



「ゾアブラは?」

「ロウェルダ公爵の私兵に引き渡しました」


 それを聴いて、私は安心した。


 おじ様なら────ゾアブラのことも、ディルカリダ伯爵とドルトのことも、上手く取り計らってくれるだろう。



「ただ───ひとつ懸念が。ゾアブラを護衛していた二人の男も捕えるつもりでしたが、見当たらなかったのです」


「混乱に乗じて、逃げられた────ということですか?」

「おそらくは」

「そうですか…」


 私は、後ろに控えているラムルへと顔を向ける。


「ラムル───捜索の手配をお願いできますか?」

「かしこまりました」


 ラムルは、いつものように優雅な動きで一礼した。



◇◇◇



「二人とも、ご苦労様でした。それでは夕食にしましょうか」


 私は、カデアとエデルを労うと、皆に告げる。


 本当はレド様の許に行きたいところだけれど────行ったら、きっと傍を離れがたくなる。


 このまま、ここで夕飯を食べてしまった方がいいだろう。私が食事を終えないことには、ラムルもカデアも休めない。



「…リゼラ様」

「何ですか、カデア」


 カデアに硬い声で呼び止められ、私は再びカデアへと振り向く。


「申し訳ございません、リゼラ様。私は、リゼラ様にエデルを必ず無事に連れ帰ると約束しながら────結局、危険に晒してしまいました。本当に申し訳ございません…」


 悄然とそう謝罪するカデアに、私は目を瞬かせた。カデアの責任感の強さに、私は口元を緩める。


「いいえ、カデア。貴女は、よくやってくれました。エデルが自分の意志であの場に残ったんです。貴女のせいではありませんし────話を聴くに、エデルが残ってくれて良かったとも思っています」


 エデルの冷静さが、カデアを助けてくれたみたいだし。カデアとエデルがお互いを補ったからこそ、ケガもなく無事に済んだ────そう思う。


「エデルは───貴女がどんなに促しても、きっとお邸へは帰らなかったでしょう。ゾアブラを死なせたくなかったようですから。だから───どうか気にしないでください」


 それはカデアに向けた言葉だったが、反応したのはエデルだった。エデルは、衝撃を受けたような態で呟く。


「僕が────ゾアブラを死なせたくなかった…?」


 ああ、エデルは自覚がなかったのか────自分が、魔獣からゾアブラを護ろうとしていたことに。


「リゼさんは────どうして、そう思ったんです…?」


 困惑しているような口ぶりで、エデルが私に訊ねる。本当に自覚がないエデルに、私は苦笑しながら答える。


「私が貴方を助けたあのとき、エデルが自分で言ったんじゃないですか。ゾアブラはお世話になった人なのだ───と。恩を感じているのでしょう?」


 エデルがそう言ったとき、私は【心眼(インサイト・アイズ)】で確かめている。あの言葉に嘘はなかった。


 私はまだ、誰かが嘘を吐いたところを【心眼(インサイト・アイズ)】で視たことがないけれど───レド様曰く、悪意ある嘘を吐くと、その人を取り巻く具象化された性根が濁るのだそうだ。


 まあ、エデルの場合、嘘というか───その演技に悪意はなさそうだから、【心眼(インサイト・アイズ)】では判らない可能性もある。


 それでも────あのときのゾアブラに対する言葉にはエデルの感情が籠っていたと、私には確信があった。



 エデルの言葉には、大抵、感情が伴っていない。


 だからこそ、私は、エデルは演技にしか興味がない────他人には興味がないのだと思い込んでしまっていたのだ。


 だけど───時折、その言葉に感情が籠もることがある。


 エルの代役のために劇団に身を寄せたとき、共演や演技指導でエデルと何度も言葉を交わしているうちに、そう気づいて────注意して聴くようにしていたら、いつの間にか聞き分けられるようになっていた。


 ジェスレム皇子に接触した件だって、盗賊団のときのことが頭にあったから、単なる好奇心で動いたのだと決めつけて責めてしまったが────もしかしたら違ったのかもしれないと、今更ながらに思う。


「それに───ゾアブラの息子さんのことも、必要以上の付き合いはなかったと言っていたけれど、ジェスレム皇子に嫌悪を覚えるくらい親しみを感じていたようですし────貴方は…、ゾアブラを死なせたくなかったんだと思ったんです」



※※※



「違いましたか?」


 エデルを真っ向から見て、そう問いかけるリゼラを、エデルは信じられない思いで見返す。


 リゼラの言う通りだった。


 思い返してみれば────確かに、教会での自分の行動は────カデアに邸へ帰れと再三言われたにも関わらず、理由をつけて残ったのは────ただゾアブラを助けたかったのだとしか考えられない。


 エデルは、そのことに本当に自覚がなかった。


 劇団に誘ってくれたザグレブに───息子の頼みを聞いただけとはいえ、快く劇団に迎えてくれたゾアブラに、エデルが恩を感じていたのも確かだ。


 それまで周囲から気味悪がられるだけだったエデルにとって────あれは、人生の転機だった。


 何故、この人には解ったのだろう────エデル本人でさえ解らなかったのに。そんなことを思いながら、エデルはただリゼラを見つめる。


 エデルは、ふと既視感を覚えた。


 そういえば────リゼラに対してそう思ったのは、初めてではないことに思い当たる。


 以前、エルの代役となったリゼラに演技の指導をしていたとき、会話をする中でそんな風に感じたことが時々あった。


 エデルの言葉が表面上のものだと解っているリゼラは、大体の言葉は当たり障りなく受け流したが、時折こうやって真剣に返してくれた。


 それは、いつも────エデルが本心で語ったときや、エデルの自覚していない本音に対してだった。


(ああ…、そうだ────だから、僕はリゼさんの傍にいたいんだ。リゼさんとは、ちゃんと話をしていると────対話をしていると…、感じることができるから────)


 自分の在り方が解らず、常に誰かの人格を演じているエデルには、誰と会話していても、セリフを交わしているようにしか感じられなかった。


 罵詈雑言も、称賛の言葉も、身を案じてくれる言葉さえも────それは演じている表面上の人格に対してのものであって────エデル自身に向けられているようには思えなかった。


 だけど、リゼラと話しているときは違う。リゼラは────表面上の言葉とエデルの本音を聴き分けて反応してくれる。


 ルガレドに言ったことは嘘ではない。リゼラは、エデルが演じる人格を替えても態度や対応を変えたりしないから、気が楽だと思っていたのも本当だ。


 だが───そもそも、舞台以外で演じる人格を替えないようにしているのに、リゼラの前でしてしまうのは────どんなに演じる人格が違っても、リゼラのエデルを見る眼が変わらないからだ。


 リゼラのあの眼は、エデル自身を見てくれているように思えて、安心するのだ。


(何だ───僕が探していたのは…、自分の在り方なんかじゃなくて───ただ、僕を見て、僕の言葉に応えてくれる人だったんだ…)


 エデルは、それが────それこそが、生家で過ごしていた頃から、ずっと切望していたものなのだと────これまで放浪してまで求めていたものなのだと────ようやく自覚した。


 そうだ────だからこそ、リゼラが自分の言葉に応えてくれるだけに留まらず、自分の身を案じてくれることが、エデルは嬉しかったのだ。


 求めていた人が、自分の望み以上のものを与えてくれたことが────心が震えるほどに嬉しかったのだ。


「エデル…?」


 リゼラが、何も応えないエデルを、少し心配そうに見上げる。ただ、それだけで、エデルは喜びが込み上げるのを感じた。


(殿下の意識が戻って、この件が落ち着いたら────リゼさんに傍にいさせて欲しいとお願いしよう)


 エデルは、改めてそう心に決めた。


 本当は、すぐにでも懇願したいところだが、リゼラは憔悴している。今は煩わせるべきではない。


 ルガレドには、もう言質を取ってある。


 今回は────断られたとしても、絶対に引き下がるつもりはない。


 エデルがこれまで培ってきたものは、きっとリゼラの役に立てるはずだ。リゼラの傍にいさせてもらえるのならば、何だってしよう。


 求めていたものだけでなく、希望をも見つけられたような気がして────エデルは、その込み上げる感情のままに、自然と笑みを零した。


 それは────演技ではない、エデルが生まれて初めて浮かべた純粋な喜びの笑みだった。


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