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第二十五章―過去との決別―#7


いつも読んでくださっている方、ここまで読んでさった方、本当にありがとうございます。


今回は、教会での話がメインとなりますので、ファミラの腕を失くすシーンも含め、少々残酷な展開があります。ご注意ください。


※※※



 ゾアブラを護衛していた二人のうちの一人、ペギル=ラス・オ・バヤギルを墓地の奥で意識を失わせ、ゾアブラ同様に縛り上げて転がしたカデアは、もう一人────ヒグスと呼ばれていたという男を探し回っていた。


 だが、何処かで擦れ違ったのか、見当たらない。仕方なく聖堂に戻ると、すでにジェスレムが参拝を始めていた。


(こうなったら────奥の部屋で待ち伏せするしかない)


 そう考えたカデアは、一旦、舞台の向こうにある空間に戻ることにした。

 エデルも逃がさなければならない。


 舞台に上がったとき、先程ペギルを縛り上げた際にスカートに絡みついていたらしい小枝が落ちて、小さな音を立てた。


 ひやりとして咄嗟に舞台下を見たが、誰も気にも留めていなかったので安堵の息を吐く。


 そして、舞台の上に視線を移すと────参拝のために跪くジェスレムと眼が合った。


 いや────眼が合ったわけではなかった。


 カデアは姿をくらませているのだ。眼が合うわけがない。ジェスレムは、ただこちらを見ていただけだった。


 不意にジェスレムの口元が、歪んで笑みを形作った。その笑みを目にして、カデアは何故かぞっとした。


 それは────探していたものを見つけた子供みたいな────でも、邪気が感じられる歪な笑みだった。


 ジェスレムの目線がカデアから外れ───カデアは現状を思い出す。

 そうだ───こんなことをしている場合ではない。



 通路へと入り込み、隠された奥の空間へと急ぐ。


 通路から出る前に、奥の空間の気配を探ってみたが、変わった様子はなさそうだ。カデアは通路から踏み出る。


 エデルがゾアブラを隠すように佇み、警戒心を露にしていた。


 どうやら、エデルは、隠していたはずのカデアの気配を感じ取っていたようで────カデアは驚いた。


「何だ…、アンタか」


 安堵したように息を()いたところを見ると────エデルは、一応はカデアを味方だと思ってくれているらしい。


「ジェスレム皇子が来たわ。今、参拝している。エデル───貴方は、お邸へ」


 帰りなさい────カデアが、そう続けようとしたときだった。


 がしゃがしゃがしゃ───と、あの金属の絡み合う嫌な音が響き始めた。ゆっくりと壁が持ち上がっていく。


 壁の向こうが(あらわ)になるにつれて、ハンドルを回すモノが徐々に姿を現す。


 それを目にしたカデアの震える口から────思わず言葉が零れ落ちた。


「まさか────そんな…、馬鹿な────」


 壁の向こうにいて、その大きな指を器用に使ってハンドルを回していたのは────巨大化したオーガの魔獣だった。



◇◇◇



「何、呆けてんだ、カデア!逃げるぞ!」


 エデルに一喝され、カデアは我に返った。


 エデルは未だ気絶したままのゾアブラを肩に担ぐ。壁はまだ開ききっていない。今なら逃げられる。


 この閉じられた空間で魔獣と戦うのは無理だ。しかも、見た限りでは、魔獣は2頭いた。とにかく、急いでこの場から離れなくては────


「エデル、貴方は【往還】を使ってお邸へ帰りなさい」

「それは、最後の手段だ。とにかく、ここを出るぞ。先に行ってくれ。誰かと鉢合わせしても、オレでは対処できない」

「…そうね───わかったわ」


 ようやく冷静になれたカデアは、エデルの言葉に頷き───通路へと飛び込んだ。エデルがその後に続く。


 カデアは、走りながらランタンを取り寄せて灯す。


 壁の隙間に入り、次の通路に移って先を急いでいると───突然、強い衝撃に襲われた。足元が大きく揺れる。


 地震ではない。


 今、揺れたのは────壁が揺さぶられたからだ。


(魔獣が壁を叩いている…?!まさか───壊そうとしているの…?!)


「急ぎましょう、エデル!」

「ああ!」


 通路の端まで辿り着いたとき、背後の方で何かが崩れ落ちるような音がした。後ろは見ない。


 幸い、この壁は意外と頑丈で、魔獣で以てしても一撃では砕けないようだ。


 カデアとエデルは、壁が崩れる音に追い立てられて、段々大きくなっていく揺れに苦労しながらも────ひたすら走った。


 前方に光が見えた。通路の終わり───壁の途切れた個所から、光が差し込んでいる。


 あと少しで舞台に出られる────そう思った瞬間、隣の壁が砕け、壁の破片が降り注いだ。


「【防衛(プロテクション)】!」


 自分とエデルの頭上を覆うように魔術を施して、壁の破片をやり過ごすと───カデアとエデルは、光が差し込むその場所へと駆け込み、舞台上へと躍り出た。


 同時に───今通って来た通路を擁する壁が完全に崩れ落ち、露になった奥の空間から2頭の魔獣が、こちらを覗いているのが見えた。


 舞台上には、すでにジェスレム皇子はいない。いるのは、眼に痛い金色のコートを羽織った真っ赤な髪色の女性だけだ。


 女性は、舞台の客席側の端まで後退って────遠目でも判るほど、震えている。


(あれは────おそらく、ジェスレム皇子の親衛騎士であるイルノラド公女…)


 リゼラを長い間虐げてきた────イルノラド公爵家の長女だ。大事な主を虐げたことに思うところはあったが、カデアはすぐに関心を移した。


 一番の懸念は、アルゲイド侯爵だ。最悪───彼だけでも、逃がさなければならない。


 舞台下に視線を遣ると、出入り口に近い所を陣取っていただけあって、アルゲイド侯爵家の一団はすでに聖堂を出て行くところだった。


 ドレアド伯爵家も出入り口に向かって、移動し始めている。


 グラゼニ子爵家は逃げ出したそうにしてはいるものの、共にいるジェスレムが逃げようとしないため、その場に留まっていた。


 素早くそれだけを確認すると───カデアはエデルを促し、舞台下へと飛び降りる。


 聖堂の出入り口は一つしかない。アルゲイド侯爵家の一団に続いてドレアド伯爵家の一団が辿り着き、そんなに広くないこともあって、出入口は詰まっている状態だ。


 これでは────逃げられない。【往還】を使うべきか、カデアが迷っていると────エデルが口を開いた。


「大丈夫だ。端に寄って、じっとしていれば魔獣をやり過ごせるはずだ」


「え?」


 エデルに言われたことが理解できず、カデアは思わず声を漏らした。


「魔獣はオレたちを認識できない」


 エデルは、腕時計を指す。


 もしかして───エデルは【認識妨害(ジャミング)】のことを言っているのだろうか。


「いえ───【認識妨害(ジャミング)】は」

「知能が低い魔物や魔獣には効果がないんだろ────それは知ってる。だが───アンタも、さっきの見ただろ?」

「あ…!」


 そうだ────あの魔獣は、ハンドルを回して壁を開けた。知能はそれなりに高いはずだ。


 それに、確か───ディルカリド伯爵たちに意図的に造られた魔獣は、理性を失っておらず、知能も少し上がっているようだと聴いている。


 それならば────エデルの言う通り、【認識妨害(ジャミング)】の効果もあるに違いない。


 カデアは、エデルと共に───魔獣は勿論、どの集団からも距離をとって壁際に寄った。エデルは足元にゾアブラを下ろして、疲れたように一息()く。



 改めて舞台上を見ると、イルノラド公女は、逃げ出したいけれど逃げられない様子で────ただ、ガクガクと足を震わせている。


 すると、何を思ったのか、イルノラド公女は腰を屈めて、足元に転がっている両手剣を拾い上げた。


 派手な赤い鞘を払い───とても剣術を修めたとは思えない姿勢で魔獣に向かって構えるイルノラド公女を目にして、カデアは公女の正気を疑う。


 ルガレドやリゼラのように、単独で討伐できるのならともかく────この状況の中で魔獣に剣を向けるなんて、襲ってくださいと言っているようなものだ。


「まさか────武具を使う魔物や魔獣が、武具を奪おうとする習性を知らないの?」


 カデアは思わず、呟く。


 しかも、イルノラド公女の持つ両手剣は────古代魔術帝国の魔剣と噂される剣だ。


 魔物は魔力があるせいか、魔剣を知覚するとも聞いたことがある。


 案の定、イルノラド公女の持つ両手剣に引き付けられたように───1頭の魔獣が、奥の空間から抜け出して、舞台上へと片足を乗り上げた。


 魔獣の重みで舞台は大きく軋み、その足元に蜘蛛の巣のような亀裂が走って───魔術式を護る2つのガゼボが、それぞれ魔獣の硬い腕や太腿に当たって、あっけなく崩れる。


「や、やだ…、こないで…!」


 泣きそうに顔を歪めながら、イルノラド公女が震える声で叫ぶ。


 カデアは、その様を冷めた眼で見ていた。今なら助けようと思えば助けられる。だけど────カデアにそのつもりはなかった。


 カデア単独では2頭の魔獣を倒すことが困難である以上、ここで中途半端に手を出す意味はない。優先すべきは、ルガレドの安全だ。


 それに────あの公女がリゼラを苦しめたことは、リゼラを大事に思っているカデアにとって、到底許せるものではない。


 もし、リゼラがイルノラド公女の死を悲しむようであったなら、カデアも危険を冒して何とか助けようとしたかもしれない。


 だが、リゼラが悲しむとは思えなかった。



 イルノラド公女は、助けを求めて後ろを振り返る。そして────ジェスレムの表情を見て、愕然となった。


 ジェスレムは、心底楽しそうに笑っていた。まるで────イルノラド公女が魔獣に殺されることが、愉しくて仕方がないというように。


 これには────冷めた目で見ていたはずのカデアも、呆気にとられてしまった。


「本当に────歪んでいるな…」


 カデアが零すよりも早く、傍らにいるエデルがそう零した。一瞬だけ、それに気を取られ────また舞台に視線を戻した瞬間だった。


 魔獣は───その太く毛深い右腕を、ただ左右に大きく振っだけのように見えた。イルノラド公女が吹き飛び───向かい側の壁に激突して、ずるずると床に滑り落ちる。


 魔獣の右手には、イルノラド公女のちぎれた両腕が握られていた。


 その両手が緩み、掴んでいた両手剣が、ガラン────と音を響かせて、舞台上に転がった。


 魔獣がその両手剣を拾おうと屈み込んだとき───とうとう魔獣の重みに耐え切れなくなった舞台が、まるで口を開けたかのように崩れ───舞台を構成していた建材ごと、魔獣の巨体を呑み込む。


 突然の出来事に、カデアやグラゼニ子爵一家のみならず、あのジェスレムまでもが驚きを隠せず、誰もが唖然とした表情で立ち尽くした。



「な────何があった…?おい、お前、見て来い!」


 ジェスレムが、グラゼニ子爵家の護衛らしき男に命じる。


 その男は躊躇いつつも、命令通りに確かめようと辛うじて残っている舞台の端に上った。


 男が覗き込んだ、そのとき────不意に、魔獣を呑み込んだ巨大な穴から、眼を焼くような眩い光が迸った。


 カデアは咄嗟に瞼を閉じたが、あまりの眩さに瞼を通しても光を感じ取れるほどだった。


 しばらくして────ようやく、光が収まったと感じられた頃、カデアは恐る恐る瞼を開けた。他の面々も眼を瞑っていたらしく、次々に開いていく。



「え────そんな…、穴がない…?」


 呆然と呟いたのは、ジェスレムに命じられ舞台に上がった男だった。それを聞き咎めたのはジェスレムではなく、男の主であるグラゼニ子爵だ。


「おい、どういうことだ?!」


「そ、それが────魔獣が落ちたはずの穴がないんです…!」

「そんなわけがないだろう!」

「ほ、本当です!ただ床があるだけで────穴なんてどこにも」


(そうか────修復されたんだわ…!)


 グラゼニ子爵たちの会話に、そう思い当たり────カデアは腕時計を見る。修復がなされても、おかしくない時間だ。


 これで地下との繋がりが塞がれ───新たな魔獣が、ここに現れることはなくなった。


 たけど────まだ問題が一つ残されている。


「ひ…っ」


 舞台の端に乗り、主と遣り取りしていた護衛の男が───恐怖で喉が引き攣ったような悲鳴を漏らす。


 奥の空間に留まっていた───もう1頭の魔獣が、修復によってできた確かな足場を踏み締め、身を乗り出したからだ。


 その魔獣の腕によって、再び悲鳴を上げる間もなく、男が吹き飛ばされたのは一瞬だった。


 魔獣は完全にこちら側に出てくると、グラゼニ子爵とジェスレム皇子の混成集団に向けて───両手を組んで振り被った。


 護衛たちは主たちを見捨てて逃げようとしたが、もう間に合うはずもない。


 魔獣の両手が振り下ろされる。幾つかの悲鳴に遅れて────何かが潰れる音が響き渡った。


 叩きつけられた魔獣の両手から僅かにずれたために、一緒にいたジェスレムが難を逃れたのは奇跡に近い。


 同じく無事だった護衛が、ジェスレムを置いて駆け出す。


 恐怖に顔を歪めたジェスレムは、何歩か後ずさってから、腰が抜けたのか────その場にへたり込んだ。


 組んだ両手を何度も振り下ろし、グラゼニ子爵家の一団に動く者がいなくなると────魔獣は、座り込み恐怖で歯を鳴らしているジェスレムに視線を向ける。


「ひ、ひいぃぃいぃ…っ」


 他人が魔獣に襲われることは愉しくても、さすがに自分が襲われるのは恐ろしいようで────ジェスレムが、情けなく半泣きになりながら、耳障りな悲鳴を漏らす。


 そのまま、ジェスレムも、グラゼニ子爵家と同じ末路を辿るかと思われたとき────金属が擦れるような、けたたましい音が響き、魔獣の気が逸れた。


 そして────全身に鎧を纏う騎士たちが、聖堂内へと現れた。


 胸当てに国章を刻んだ、雄々しき騎士である彼らは───その成り立ちで以て“デノンの騎士”と呼ばれている。


(ああ───これで…、もう平民街に魔獣が解き放たれることはない)


 前回は3頭の魔獣が相手だったから苦戦したと聞いているが───今回、魔獣は1頭しかいない。魔獣討伐に慣れている彼らなら、きっと討ち取ってくれるだろう。


 カデアは、安堵の溜息を()いた────



※※※



 踏み固められた畦道(あぜみち)を、まだ幼い少年と少女が手を繋いで歩いている。


 少年は()()()()おさがりの着物を着て、少女の方は、すぐ下の妹───つまり少女にとって姉のおさがりを着ている。


 少女と少年は、後ろを歩くレナスに気づいて───“お勤め”から帰って来た長兄を見て、嬉しそうに笑みを零した。


 畦道の両脇に広がっているのは────風にさざめく稲穂の海だ。初めて見るはずなのに────レナスは、その光景に、ふと郷愁を覚えた。


(ああ、そうだ───これが“米”だ。リゼラ様が時折ご馳走してくれる、あの“白飯”…)


 (かや)で屋根を()き、木で造られた───レーウェンエルダ皇国では見たことがない様式の小さな家々。飛び交う赤トンボ。


 妹の帯に挿し込まれた、カラカラと乾いた音を立てて回る───赤い風車。


 土間に設けられた台所で───忙しなく夕餉の支度をしている、白いほっかむりをした母。


(ああ…、これは───最後の情景だ。平和だった頃の───)


 レナスは、この後、父母や弟妹たちが───いや、この村がどうなるか知っていた。


 思い出したくなかった────でも、思い出してしまった。


 ()()()()()()稲に絶望し────度重なる地震に恐れ慄き────土砂に圧し潰されて帰るべき家を失い────なすすべもなく、手足を投げ出して道端に倒れ伏す人々……


 次々と過っていく、生まれ育った故郷の崩れ落ちた景色と───親しい人たちの変わり果てた姿────


(そうだ───そして…、“巫女”が───神を鎮めるために、あの“儀式”を行った…)


 レナスは、“巫女”を───ひいては“神具”を守護する者の一人として、“儀式”に参加した。


 “神の住まう場所”を再現して───夜闇に沈む時分、山の中腹に存在する“神域”で、ひっそりと行われた“儀式”。


 “御神刀”を手に静かに舞う、レナスが護るべき───かつては美しかったであろう年老いた白髪の“巫女”。


(オレは────あの“儀式”で命を落とした────)


 これらはかつて生きた自分の───“前世の記憶”だと思い至る。レナスは、いつの間にか閉じていた瞼を開けた。



 烈しかった頭痛も消え───先程までは霞がかっていた思考は冴えている。そして────現状を思い出した。


「…っルガレド様!」


 自分の足元に伏している主君の名を呼び、膝をつく。


 どうやら気を失っているだけのようで、レナスは安堵したが───額に脂汗をかいているルガレドを見て、あることに気づいた。


 レナスは、おそらくあの魔術により、“前世の記憶”が甦った。それならば、同じことがルガレドにも起きているはずだ。


 すなわち、ルガレドにも“前世の記憶”が───セアラの語った、あの悲惨な体験が甦ってしまったということに他ならない。


(とにかく、安全な場所まで運ばなければ────)


 ルガレドを運ぶために腰を屈めたとき───天井が大きく軋み、ぱらぱらと細かな木片のようなものが降り注ぐ。


 何だか嫌なものを感じて───レナスは、急いでルガレドの上に【防衛(プロテクション)】を施して立ち上がる。


 警戒して数分も経たずに────レナスの嫌な予感は当たった。


 階段の手前の天井が開くように崩れ落ち、まるで吐き出されるごとく、魔獣が瓦礫と共に降って来た。


 これは───先程、ルガレドと追いかけていた魔獣に違いない。


 魔獣はまだ起き上がっていない。今のうちに討ち取らねば────レナスはそう考え、“太刀”を取り寄せ携える。


 【身体強化(フィジカル・ブースト)】を発動し、床を蹴ろうとした瞬間────レナスの背後から、眩い光の波が押し寄せてきた。


 それはレナスを追い越し、前方の魔獣をも通り越し───同時に壁や天井を覆い尽くしていったかと思うと、先程とは比べ物にならないほどの眩い光を迸らせた。


 あまりの眩しさに、レナスは眼を護るべく、目を瞑って腕で覆う。



 腕を外し、瞼を開けると────そこは、もう違う空間になっていた。


 天井の穴も、瓦礫も───階段すら消えている。先程までは石造りだった壁や天井も、レナスでは見当もつかない素材に変わっていた。


 階段が設えられていた場所はぽっかりと空き───全体的にかなり広い空間となっている。


 これは、【最新化(アップデート)】により修復されたということなのだろう。


 魔獣は、まだ立ち上がっていない。


 レナスは、魔獣の側に両手剣が転がっていることに気づいた。


 何だか妙なものを感じ、その剣を【解析(アナライズ)】しようと思ったとき────魔獣が起き上がった。


 魔獣は、その習性からか、その両手剣を拾う。


 人間では両手で扱わなければならないほど大きいものだが、魔獣の手にあると大振りの短剣にしか見えない。


「!?」


 すると────両手剣が光を発し、形を変え始めた。光を帯びた剣は、みるみる大きく膨張していった。


 光が収まったときには────魔獣は、その巨体に見合った両手剣を手にしていた。


「嘘だろ…」


 レナスは唖然とした声音で呟く。


 あれは───あの光は、レナスもこれまで何度も見ている───【最適化(オプティマイズ)】の光だ。


(何だ───あれは…?)


 魔獣の両手剣が、まるで────立ち(のぼ)る炎のように揺らめいている。勿論、あれは現実の炎ではない。


(“炎を纏う剣”────そうか!あの剣は…、ジェスレム皇子がイルノラド公女に与えた────古代魔術帝国の剣か…!)


 レナスは、今度こそ【解析(アナライズ)】を発動させる。

 そして────思わず、また同じ言葉を零した。


「嘘だろ…」



【聖剣ver.17:汎用型】

 神代遺物である【真なる聖剣】を参考に造られた人工の【聖剣】。使い手を選ぶこれまでの【聖剣】とは違い、ある程度の魔力を持っていれば、誰でも使うことのできる汎用型。持ち主の魂魄を剣身に纏うことで、【聖剣】としてのスペックを装える。【魂魄】すら斬ることが可能。



 魂魄すら斬れるということは────あれに斬られたら、死ぬだけに留まらず、存在が消滅するということだ。


「あの巨体で、持っている剣が【聖剣】とか…、酷くないか?」


 魔獣が───その濁った双眸を、レナスに向ける。



 レナスは、太刀の鞘を払った。


 何にしろ───戦わないという選択肢はない。微かに聞こえる争いの音は止んでいない。仲間たちは未だ交戦中で、応援は期待できそうもない。


 ルガレドを護れるのは、今────レナスしかいないのだ。


 抜身の太刀を正眼に構え、魔獣を見据える。


 この太刀は、もう一人の主───リゼラがレナスのために創ってくれた対魔獣用武器だ。


 先程のように魔力の刃を放つこともできれば───魔力を刃に纏わせて斬ることもできる。


 先に“居合術”だけ習い、“刀術”は追々リゼラから習う予定だったのだが───もうその必要はなくなった。


 今のレナスなら、太刀を扱えるからだ。まあ、勿論───鍛練はするつもりではあるが。


(しかし────あの方は、何処まで引き寄せるんだろうな)


 何故、レナスの対魔獣用武器に“太刀”を選んだのか。


 まさか、レナスが前世で、自分と同じく“刀術”を修めたと知っていたわけではあるまい。


(それにしても、今世でも“巫女”に仕えることになるとは────縁とは、不思議なものだ)


 【最適化(オプティマイズ)】も疾うに済ませ、すでに自分の手に馴染んでいる太刀を見て────愛する主を思い浮かべて、レナスはうっすらと笑みを浮かべる。


 【最新化(アップデート)】は終わった。

 それほど間を置かずに、あの方は来て下さるだろう。


 さあ───まずは、ルガレドから魔獣を引き離さなければ────

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