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第二十五章―過去との決別―#4

 ネロが戻るより先に、カデアが───アーシャ、セレナさん、ヴァルトさん、ハルドを引き連れて、【管制室(コントロール・ルーム)】へと現れた。


 カデアは侍女服のままだったが、他の面々は冒険者として活動する際に身に着ける装備を纏っている。

 カデアより、あらましを聴かされているのだろう────全員、神妙な面持ちだ。


「魔獣・魔物討伐、ディルカリド伯爵たちの捕縛の予定を、急遽、早めることとなった。この地下遺跡の修復が終わり次第と考えているが────場合によっては、修復完了を待たずに行うことになる」


 レド様は、皆の前に立ち、そう告げた後────この地下遺跡の状況、一連の事情を説明する。


「カデア、ラナへの連絡は?」

「はい、入れてあります。孤児院から出ないよう、また子供たちを孤児院の外に出さないよう言い含めました。ですが…、エデルについては───ラナにこちらへの連絡を頼むと、もっと調べてくる旨を言い残し、また孤児院を出て行ってしまったとのことで───すでに孤児院にはいないようです」


「!」


 まさか────また教会に戻ったの?


 もし、エデルが教会に向かったのなら────【最新化(アップデート)】が間に合わなければ、巻き込まれることになる。


 お邸に転移できるよう施してはあるが、相手は魔獣だ。【往還】を発動する前に、攻撃されたらどうしようもない。


「…っ」


 どうしよう────この状況では、自分で助けに行くことも、誰かに助けに行ってもらうこともできない。


 軽い絶望に襲われた私に、レド様が安心させるような力強い声音で言う。


「大丈夫だ────リゼ」

「レド様…?」


「カデア───至急、教会へと向かってくれ」


 レド様の言葉に、私は驚いて目を見開いた。


 レド様は、私の言わんとすることを察したらしく───口を開こうとした私の機先を制して答える。


「エデルのためだけじゃない。いずれにしろ───教会の状況を知るために、誰かしら待機させるつもりだったんだ」


「ですが───旦那様、この地下遺跡では【念話(テレパス)】は使えない状態です。どうなさるおつもりですか?」

「誰かを連絡役として、邸に残すしかないな」


 ラムルの疑問に、レド様は溜息を()いた。


 これから、魔物の群れもしくは複数の魔獣を相手にするのに───それでは、2人も抜けることになってしまう。


 他に何かいい方法はないのかと考え始めたとき────ネロが忽然と現れた。口には、手紙らしきものを咥えている。


 待ちに待った────おじ様からの返事だ。


「ネロ…!」


 私がネロに駆け寄って膝をつき、咥えている手紙の端を掴むと、ネロは手紙から口を離した。


「これ、シューからのお手紙」

「ありがとう、ネロ!」


 私は早速、手紙を開いて目を通す。


「リゼ────ロウェルダ公爵は何て?」

「……教会へは、“デノンの騎士”を向かわせてくれるそうです。だから───レド様と私は、教会へは、決して近づかないように────と」

「そうか」


 レド様は、カデアに向き直る。


「カデア───エデルの保護と斥候を任せる。決して正体は気取られるな。だが───緊急の場合は、魔術、神聖術を躊躇うことなく使え。後のことは考えなくていい、お前とエデルの生命を優先しろ」


「かしこまりました」


 カデアが頭を下げるのを見ながら────私はふと考える。


 【臣下(アンダラー)】同士でも、【念話(テレパス)】はできる。それなら───ネロと他の仲間たちはどうなのだろう、と。


 ネロは私の【使い魔】で、カデアは私の加護を受けた【聖女】だ。できてもおかしくないような気がする。


「ねえ、ネロ。ネロは、離れていても私の声が聴こえるんだよね?」

「うん、どこにいても聴こえるよ」


「それじゃ、ここにいる皆やラナ姉さんの声は?」

「もちろん、聴こえるよ。みんな、リゼとつながっているからね。精霊獣のみんなとも話せるよ」


 私の質問の意図を悟ったレド様が、口を挟む。


「それでは───ネロ。カデアが呼びかけたら、話を聴いて、俺たちに教えてくれるか?」

「それ、リゼのお願い?」


 ネロが、レド様から私へとそのキラキラと輝く大きな眼を向けて、訊ねる。


「そうだよ。お願いできる?」

「いいよ」

「ありがとう、ネロ」


 私がレド様に視線を移すと、レド様は私に頷いてから、カデアに再び顔を向けた。


「カデア───何かあったらネロに知らせてくれ」

「かしこまりました」


 再び頭を下げて踵を返したカデアに、私は声をかける。


「カデア、孤児院を経由するなら───念のため、白炎様に事の次第を伝えてくれませんか?」


 もし、最悪の事態となってしまった場合、孤児院を護ってくださっている白炎様にも事は及ぶ。伝えておいた方がいい。


「かしこまりました」


「それと───エデルを頼みます」

「お任せください、リゼラ様。エデルは、このカデアが必ず無事に連れ帰ります。ですから───ご心配なさらないでくださいな」


 カデアは力強く請け負い、屈託なく笑ってくれた。


 暫定ではあるけれど───私はエデルの主だ。仕えてくれる使用人を護る責任がある。


 だけど───それだけではなく、私はエデルに生きていて欲しかった。酷い目にも遭って欲しくない。


「ありがとうございます、カデア。ですが───無理だけはしないでください。私は貴女にも無事に戻って欲しい」

「解りました。必ず無事に戻ると────お約束いたします」


 カデアは私の言葉が嬉しかったのか───笑ってそう宣言した後、一礼して、【転移門(ゲート)】へと向かった。


「レド様───ありがとうございます」

「ついでだから、気にしなくていい」


 レド様の口調はぶっきらぼうで────確かに教会の様子を探らせるべきではあるので、本当についでなのかもしれないけれど────それでも、私は嬉しかった。



※※※



「ここは────まるで、鉱山の坑道みたいですね」

「ああ…」


 ディンドの唖然として呟かれた言葉に───ルガレドは、鉱山の坑道など見たこともなかったが、呆気にとられるあまり反射的に頷いた。


 ディルカリド伯爵たちが、拠点として利用して───潜んでいる区画から、現段階で最寄りとなる【転移門(ゲート)】に跳んだルガレドたちは、一瞬前までいた【管制室(コントロール・ルーム)】とのあまりの落差に愕然となった。


 少し狭い空間であるそこは、土壁に落盤を防ぐため継接(つぎは)ぎに張り巡らされた坑木がいかにも拙く見え───頼りなく感じる。


 事前にリゼラの力を借りて調べた限りでは、この坑道は、ディルカリド伯爵の拠点まで続いているはずだった。


 この空間は、おそらくディルカリダ側妃によって整えられたのだろう。


 この状態を見るに───リゼラの推測通り、知識はあっても古代魔術帝国の技術を復元することはできなかったに違いない。


「…崩れやしませんかね、ここ」


 心配そうに───そう零したのは、意外にもヴァルトだ。


「まあ───確かに、いつ崩れてもおかしくなさそうだ」


 ルガレドは───いつものように、リゼラに相談しようと傍らに眼を遣って───彼女は今、自分の傍にいないのだと思い出した。


 リゼラは、この地下施設の【最新化(アップデート)】のため【管制室(コントロール・ルーム)】を離れられない。


 ルガレドは、リゼラの護衛を任せたジグ以外の仲間を伴い───【最新化(アップデート)】による地下施設の修復が間に合わなかった場合に備えて、いつでもディルカリド伯爵の拠点に突入できるよう、その入り口付近で待機するべく、一足先に向かっていた。


 リゼラは、その区画の【最新化(アップデート)】が済み次第、後をノルンに任せて、こちらへと合流する予定だ。


(仕方がないとはいえ、リゼの傍にいられないのは苦痛だな…)


 早く合流したい────そんなことを思いながら振り向くと、ルガレドの心中を察したらしい仲間たちが、何だか生温かい眼でこちらを見ていた。

 ラムルとヴァルトに至っては、ニマニマとしか言いようがない笑みを浮かべている。


「それで、坊ちゃま───おっと、失礼。旦那様、どうなさるおつもりで?」


「…………固定魔法を使おうと思う」


 ルガレドはちょっと憮然としながら、ラムルの問いに答えた。


 【つがいの指環】のおかげで、ルガレドも物に【防衛(プロテクション)】を施すことが可能となったが────リゼラによれば、【防衛(プロテクション)】をかけてしまうと【最適化(オプティマイズ)】をすることはできなくなるとのことなので、ここは固定魔法の方がいいだろう。


 固定魔法【結界】を通路全体に施してしまえば、とりあえず崩れてくることはないはずだ。


 この地下施設の【最新化(アップデート)】に魔素を回しているせいか、周囲に漂う魔素が少なく感じたルガレドは、自分の魔力を編み上げて、通路全体に【結界】を張り巡らせた。


 神眼で視てみると、坑道を煌く網が覆っているのが見て取れる。


「固定魔法を施したから、これで崩れる心配はないぞ。良かったな───ヴァルト」


 お返しとばかりに、ルガレドがヴァルトを名指しで告げると、ヴァルトは少し慌てたように反論した。


「いや、ワシは別に恐れてるわけではないですから。ただ、ちょっと───狭い場所が嫌なだけというか…、生き埋めになったら嫌だなと思っただけで」


 ヴァルトは、どうやら狭い場所が苦手らしい。まあ、ヴァルトの場合は戦い方が大振りだから、やりにくいというのもあるのかもしれない。


「狭い場所が怖いなんて────情けねぇな、ジジィ」

「…うるせぇ。別に怖いわけじゃないぞ。嫌なだけだ」


 ここぞと揶揄うハルドに、ヴァルトは拗ねたように、そっぽを向く。そんな二人を、セレナは口元に微笑みを浮かべて────優しい眼で見ていた。



「さて────しばらくは、ここで待機だな」


 坑道の端まで行き、ディルカリド伯爵たちがいる区画への入り口まで辿り着くと────ルガレドは、足を止めた。念のため、【認識妨害(ジャミング)】を施しておく。


「…修復完了まで、およそ45分か」


 時間を確かめると、意外と経っている。最寄りの【転移門(ゲート)】からここまで結構、距離があったようだ。


(修復が、どうにか間に合えばいいが…)


 ルガレドは【索敵】を発動させて、ディルカリド伯爵一味と魔獣、魔物を確認してみる。先程、リゼラと共に探った際と変わりはなく、少しだけ安堵した。


「奴らに何か動きはありましたか?」


 ルガレドの行動に目敏く気づいたディンドに訊かれ───ルガレドは、首を横に振った。


「いや。先程と変わりはない」


 現在、この拠点にいる人間は───ディルカリド伯爵、その息子であるバレスとデレド。そして───ヴァルトの兄でハルドの祖父であるドルト、ハルドの父ウルド、ハルドの兄コルドの計6人。


 魔物・魔獣は───総数として39頭いることが判明している。


 内訳は判らない。【索敵】などで探っただけでは、魔物か魔獣か区別がつかなかったからだ。


 ディルカリド伯爵によって造られた魔獣は、内包する魔力量が通常の魔獣より少ないので、魔力量の多い魔物と区別がつきにくいのだ。


 ハルドの父と兄が加担していることについては、先程、リゼラの【心眼(インサイト・アイズ)】と重ね合わせて【索敵】して初めて、判明した事実だ。ハルドの魔力と照らし合わせたことで、明らかになった。


 セレナの弟たちのときと同様、ハルドもヴァルトもセレナも、この事実に対してかなり驚いていた。ハルド曰く────ハルドの父と兄には、こんな大それたことに加担するような度胸はないはずだという。


 それから───気になる点がもう一つ。魔物・魔獣が1ヵ所ではなく、数ヵ所に点在していることだ。


 【索敵】で探った限り、周囲を囲う檻のようなものも、魔物や魔獣の身体に鎖など拘束具のようなものも感知できなかった。


 この二つの疑問点を踏まえて────もしかしたら、ディルカリド伯爵は、相手を隷属させるような魔術陣、あるいは魔導機構を所持しているのかもしれない────と、リゼラは言っていた。


 だから、どうか注意して欲しい────と。

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