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第二十三章―逆賊たちの持論―#9

※※※



「ゾアブラが殺そうとした男を助けた女が────“双剣のリゼラ”だっただと…!?」


 ウォレム=アン・ガラマゼラは、報告に来た青年に向かって声を荒げた。


「は、はい。おそらくは…」


 ウォレムの剣幕に、同志であるヒグスはしどろもどろに答える。


 このヒグスという男は、かつて騎士として国に伺候していた元男爵令息で───妹が皇妃によって口にするのも憚るような貶めを受けた挙句、家が取り潰されたという過去を持つ。


 同じ皇妃を憎む者として、ウォレムに協力していた。


 剣術の才覚もなく、要領もそれほど良くはないが、参画する動機が動機なだけに裏切る心配がない。



(よりにもよって────“双剣のリゼラ”とは…)


 “双剣のリゼラ”─────


 Sランカー冒険者という触れ込みの───ウォレムの友人、ダズロ=アン・イルノラドの不肖の次女だ。


 剣術の修行もせず、教養を身に付けることもなく、社交すらしなかったという────我が儘で傲慢な娘。


 ダズロの話によると───それは妻と長女の嘘で、実はこっそり邸を抜け出して冒険者となり剣術を研鑽していたとのことだったが────ウォレムは、その話をまったく信じていなかった。


 ダズロはあれで人が好い。


 きっと、次女の虚言に騙されたに違いない────ウォレムは、そう考えていた。


 大体、単独で魔獣を討伐したとか────女の身でありえるはずがない。

 誰かの手柄を自分のものにしたか、冒険者ギルドに金でも掴ませているのだろう。


 公明正大を謳っていたくせに、冒険者ギルドも堕ちたものだ。



(だが────そんな娘でも、ルガレド皇子の親衛騎士だ)


 何故、単身でそんな場所にいたのかは解らない。大方、ルガレド皇子を放って、街で遊び惚けていたのだろうが────タイミングが悪かった。


 悪用できるネタになるとでも考えたのか、手を出してくるなど────本当に余計なことをしてくれる。



 余計なことといえば────ゾアブラの奴もだ。


 邸に入るところを見られそうになったからといって、短絡的に殺そうなどとするべきではなかった。


 その男が、いくらゾアブラの過去を知っていたとしても────これから起きる事件とそうそう結び付けられないし────結び付けてしまったとしても、そんな男の言うことなど誰が信じる?


(放っておけば良かったものを────)


 ウォレムはまた舌打ちしたくなるを抑えた。


 ゾアブラ───今は“ゾブル”と名乗っているのだったか。ゾブルのことは同じ穴の(むじな)のように思ってはいるが、今回のことは苛立つのを止められなかった。



「それで?その殺し損ねた男の行方は掴めたのか?」

「いえ、それが────男が所属していた劇団で聞き込みをしたところ、一度劇場に戻って来たものの、荷物を持ってすぐに飛び出して、それきりだとかで────劇団の方でも探しているそうです」


「それで“双剣のリゼラ”の方は?そっちで匿っている可能性は?」

「情報が少な過ぎて────何とも。冒険者同士の仲間意識でもあるのか、どいつも口が重くて、あまり情報が集まらないのです」

「そうか」


 やはり、この皇都の冒険者ギルドは“双剣のリゼラ”の手に落ちているようだ────ウォレムは、そう確信する。


 悪用するために男を助けたのなら、その男は“双剣のリゼラ”に匿われている可能性が高い。だが、そちらから辿るのは無理そうだ。



(向こうは、まず、邸を所有する者────すなわちゾブルと繋がっている人物を探ろうとするはずだ)


 邸の者には、邸の側をうろつく者や邸のことを聴き出そうとする者が現れたら、こちらの情報は与えずに、ウォレムへと報告するよう厳しく命じてある。


 今のところ、そういった報告はない。こちらのことは、まだ知られていないと考えてもいいだろう。


 この状況下では、ゾブルにしばらく皇城へ入り込むことを控えさせるべきかもしれないが、ゾブルにはジェスレムをおびき出す役割があるため、危険は承知で行かせるしかない。



 計画当初は───事を起こすのは辞令式で、と考えていた。それが狂ったのは、あの口先だけで役立たずの元伯爵────ディルカリドのせいだ。


(ちっ、何が───“理性を失わない最強の魔獣”だ)


 確かに、従来の魔獣とは違い、理性を失わず知能も少しは高くなっているようだ。だけど────それだけだ。


 冒険者に簡単に討伐されてしまうようでは意味がない。


 連携を見せた魔獣には、ウォレムも期待を寄せていたが────後で聞いたところによると、大して手こずる様子もなく、そう時間がかかることもなく、駆け付けた冒険者に討伐されたのだという。


 これでは────騎士たちが動員されれば、もっと簡単に倒されてしまうに違いない。


 今回の辞令式は────虧月(きげつ)騎士団と偃月(えんげつ)騎士団のほとんどはエリアエイナ地帯に留め置かれている状態のため、警備を担当するのは彎月(わんげつ)騎士団のみという、事を起こすには絶好の機会だった。


 辞令式で何かが起これば、警備を担当する騎士団の責任になる。

 だが、今回は────ウォレムもダズロも責任を負う必要がない。


 だからこそ────ゾブルとディルカリドの話に乗ったのだ。


 “地下”で魔獣を見せられたときは旨くいくと思ったが────辞令式を襲わせても、これでは標的を殺す前に討伐されてしまうだろう。



(今回は、皇妃は諦めるしかないが────ジェスレムとファミラは殺さなければ…)


 ゾブルをジェスレムに近づけたのは、辞令式のときジェスレムとジェミナを確実に殺すための布石だったが────これを利用するしかあるまい。


 最悪、ジェスレムは失敗したとしても────ファミラだけは殺さなければならない。世間と関わり、何か仕出かしてしまう前に────


(こんなことなら────ファミラをジェスレムの親衛騎士になどすべきではなかったな)


 どうせ辞令式でジェスレムは死ぬのだからと────ファミラの本性を知ったダズロに相談されたとき、もう今更止められないと言い訳して強行したのが仇になってしまった。



 思えば────ルガレド皇子の当初の親衛騎士候補であったダルバ=アス・オ・バルラナを惜しんだのが間違いだった。


 ルガレド皇子の親衛騎士が、リゼラではなく───ダルバであったなら、こんな面倒なことにはなっていなかったはずだ。


(まあ、いい。あんな大法螺で簡単にごまかせると考えるような浅はかな娘だ。どうせ───大したことはできまい。だが───念のため、手を打っておくか)


 ルガレド皇子には何の恨みもないが────こうなっては、仕方がない。ウォレムは、今回の件の罪をルガレドに被ってもらうことを決めた。


 そうすれば────リゼラも共に始末できる。


 もし、リゼラが何か口走っても、悪あがきとしかとられないだろう。

 それに、リゼラはすでにイルノラド公爵家から除籍されている。ダズロに累が及ぶことはないから、リゼラが罪人となることは一向に構わない。



 ダズロの娘たちを犠牲にすることに、ウォレムには何の躊躇いもなかった。


 長女と次女────どちらも不出来な娘だったことに対してダズロに同情は覚えたが、ウォレムたちの計画によって、その娘たちが死ぬことになろうと罪悪感はない。


 ダズロも娘たちを亡くせば最初は悲しむだろうが────死ぬのは不出来な娘である上に、長男は健在なのだ。


 何だかんだ言ってすぐに忘れるはずだとウォレムは無意識に考えていた。


 さらに言えば────自分の死んだ弟に対する感情とは違い、ダズロの娘たちへのその感情はすぐに忘れるような軽いものだ────と。


 ダズロはそんな性質ではないと知ってるはずなのに────謝礼金という名の口止め料に目が眩んで、あんなに可愛がっていた次男が殺されても、抗議すらしなかった自分の両親と同様に考えていることに────ウォレムは自覚がなかった。



 ウォレムの生家ガラマゼラ伯爵家は、エルダニア王国時代から続く家柄だ。


 ガルド=レーウェンがエルダニア王国を瓦解させたとき、中立を保つと言えば聞こえがいいが、様子見をしていたことが幸いして貴族であり続けることができただけの貴族家の一つで────ベイラリオ侯爵家やディルカリド伯爵家とは違い、権勢など持つべくもない。


 何の才覚も持たない両親は、エルダニア王国時代から続くというこの家柄しか誇るものがない────典型的な“老害貴族”だった。


 現在、ベイラリオ侯爵家の権力の下、このレーウェンエルダ皇国を巣食うクズどものほとんどは────この“老害貴族”だ。


 レーウェンエルダ皇国の実力主義の下では芽が出ず、エルダニア王国が続いていればもっと権力を持てたはずだと妄想を抱き、本気で自分たちは選ばれた者だと信じる────あのバカども。


 両親とは違い、剣術に才覚があったウォレムは───幼い頃から、そんな自分の両親を恥じていた。


 対する両親の方も、才覚を持つウォレムを疎ましく思っていたようだ。ウォレムには、両親に可愛がられた記憶がない。


 ウォレムにとって、“家族”は弟のウォルスだけだった。


 ウォレムとは違い、美貌を誇っていたという祖母の血を色濃く受け継ぎ、線の細い美男子だったウォルスは───剣術に関して才覚はなかったが、朗らかな人好きのする人柄で───あの鬱屈していた両親ですら可愛がらずにいられなかった。


 ウォレムが騎士となったことを自分のことのように喜び────『自分もウォレム兄さんのような騎士を目指すんだ』と語っていた弟。


 念願叶って────ようやく騎士となった矢先、その夢はあの愚かな小娘によって踏み躙られた。


 あの当時のことを思い出すだけで、今もなお薄まることのない────どろりとした憎しみがウォレムを満たす。


 自分がその美貌を気に入って強引に親衛騎士にしたにも関わらず、ジェミナは、先代ベイラリオ侯爵によってウォルスが殺されても、悲しむ表情すら見せなかったと聞いている。


 それどころか────あの愚かな小娘は…、『初夜で自分に痛みをもたらしたのだから、殺されるのは当然だ』と────そう宣ったそうだ。



 あの────青系統の髪色を持って生まれたために、先代ベイラリオ侯爵にただ担ぎ上げられただけの存在のくせして────自分のことをまるで神のごとく錯覚している、愚かで本当にどうしようもない小娘────ジェミナ。


 そして────ジェミナをのさばらせる要因となっている、エルダニア王国に端を発する老害貴族たちの間でのみ流布している────“青髪信仰”。


 先代ベイラリオ侯爵は───ジェミナの髪色が青系統であることを根拠に、ジェミナが、かつてエルダニア王国を繁栄させたというバナドル王の側妃の再来だと謳った。


 ジェミナが皇妃となって次代の皇王を生めば、自分たちがガルド=レーウェンによって奪われてしまったものを取り戻せるだろう────と。


 エルダニアを偲ぶ無能な老害貴族どもは、こぞってその甘言に縋りついたが───ウォレムには、本気でそれを信じる者の───信じていた自分の両親の気が知れない。


 あれは繁栄をもたらすどころか────国を崩壊させるだけの有害な女だ。


 そもそも───そのバナドル王の側妃が“青髪”だったというのは、何処から得た情報なのか。


 青髪が正しかったとしても、エルダニア王族の血筋でないベイラリオ侯爵家に何故現れたのか。


 信憑性など何一つないのに────それを信じ込んだ、いや信じたい老害貴族どもが、ジェミナの手先となって国を荒らしている。


 今回は利害が一致しているから、手を組んではいるが────ディルカリドだって、あの老害貴族どもと大して変わりはない。


 ディルカリドの場合は、ジェミナなどではなく────自分の死んだ長男こそが、そのバナドル王の側妃の再来だと信じているようだった。


 その死んだ長男は濃紺の髪色を持ち、膨大な魔力量を誇っていたという。


 それを────あの偽物の息子に殺されてしまったというのが、ディルカリドの主張だ。



(バカバカしい…。どいつもこいつもバカの極みだ)


 心の中でそう吐き捨てたウォレム=アン・ガラマゼラは────自分が、ゾアブラだけでなく、その老害貴族どもやディルカリド元伯爵とも、同じ穴の狢となってしまっていることに、気づいていなかった─────


いつも読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。


8/9に『こぼれ話④』を、本日『こぼれ話⑤』を投稿しております。そちらも覗いてみてくださると嬉しいです。

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