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第二十三章―逆賊たちの持論―#6

「やっぱり────私の推論は間違っていなかったみたい…」


 ディルカリド伯爵たちの企みを阻止することを決意した翌日────“お城”の工房で、私はノルンと魔力についての検証をしていた。


 レド様はジグを連れて、一足先に冒険者ギルドへと向かっている。



 ラムルとカデア、ジグとレナスの冒険者ライセンスを分析して────私は、自分の推論が正しいことの確証を得られた。


 ラムルとカデアも冒険者として登録していたようなので、ライセンスを一時的に借り受けたのだ。


 四人とも、通常の登録者とみなされ、魔力を測定するだけの魔道具を仕込まれたコインを宛がわれていた。


 このコイン自体も詳しく分析してみたけど───これはレド様や私のコインとは違い───おそらくコストダウンのためだと思うが、魔力の識別には、古代魔術帝国の技術ではなく、後の時代に創り出された魔道具が組み込まれているらしく───そこまで精確ではないようだ。兄弟で取違いが起きたのも仕方がない。


 肝心の魔力の分析だが────実験するまでもなかった。


 何故なら────古代魔術帝国では魔力について究明されており、魔力の質が血縁関係で似ることは明らかにされていたからだ。


 コインに登録された魔力を軽く分析しただけで、ラムルとカデア、ジグの親子関係が───カデアとレナスの姉弟関係が、それぞれ判明した。


 これなら、【解析(アナライズ)】でも調べることはできそうだ。



「では────リゼラ様のお考え通りだったのですね?」

「そのようです」


 レナスに訊かれ、私はうっかり敬語で返してしまった。


「リゼラ様?」

「ええっと…、そうみたい」


 レナスは、満足げに目元を緩める。

 うう、ずっと敬語で接していたから、慣れない…。


「とにかく────エルドア魔石を分析してみま───みるね」


 言い直して、私はあのレド様が首を落としたオーガの魔獣から採取されたエルドア魔石を取り寄せ、再び【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させた。


 あれ?───この魔石は、魔素が均等だ。


 この魔獣の肩口で採取した魔石は、(まだら)だったのに。

 こっちの魔石が先に精製されて、さらに魔力を注がれてできたのが、あの肩口から採れた魔石だったのかな。


 私は、もっと深く視てみる。



【純魔石】

 魔物に大量の魔素が注がれることによってできた魔石。魔物の魔力のみが凝固された通常の魔石より、含まれる魔素の量が多い。注がれた魔素のみで構成されており、また時間をかけずにできたらしく、魔素が均等になった状態で凝固している。この魔石を構成している魔素は、自然の魔素のように亜精霊を含んでおらず、【魔力炉(マナ・リアクター)】により濾過されたものと思われる。

 冒険者ギルド皇都支部のギルドマスター・ガレスにより、これは【エルドア魔石】と呼ばれる人工物と判明した。

 【エルドア魔石】は、「エルダニア王国正史─中期─」によれば、エルダニア王国時代バナドル王の在位中に発明されたものらしく、「エルダニア魔術史」によると、バナドル王に仕えていた【青髪の魔女】によって考案されたものだという。

 この【青髪の魔女】は、名前も含めて詳細は伝えられていないが、「バナドル記」や「カイバルス王国興亡記」の記述から、バナドル王の側妃ディルカリダではないかと、歴史研究家ビオドは自著「魔術考」で述べている。

 製法については、何らかの方法で魔獣の体内で精製していると思われるが、不明。



「あれ?」


 情報が追加されてる。


 これ────もしかしなくても、シャゼムさんの蔵書による情報?


「バナドル王の側妃ディルカリダ…」


 ディルカリド伯爵家の家名と似ている。何か関係があるのだろうか。


「ノルン、エルダニア王国国王バナドルの側妃ディルカリダについて検索してくれる?」

「はい、(マスター)リゼラ。エルダニア王国国王バナドルの側妃ディルカリダについて検索します」


 ノルンの身体が淡い光を纏う。眼前に、40インチほどの半透明なモニター画面のようなものが現れ、文字が浮かび上がる。



[側妃ディルカリダ]

 エルダニア王国第31代国王バナドルの第4側妃。

 出身については、「エルダニア王国正史―中期―」にはガウラレア公爵令嬢と記されているが、「エルダニア王歴」ではガウラレア公爵家養女と記されている。「バナドル記」に、バナドル王が視察のために地方に赴いた際、連れ帰ったとのみ記述があるだけで、その詳細や出身は書かれていない。

 バナドル王は、美しく聡明なディルカリダのみを寵愛し、王妃や他の側妃には見向きもしなかったという。



 これでは、ディルカリダ伯爵家との繋がりは見えないな。偶然、名前が似ているだけ?念のため、もう少し検索してみた方がいいかな。


「ノルン、エルダニア王国第31代国王バナドルについて検索」

「了解。エルダニア王国第31代国王バナドルについて検索します」


 ノルンの身体が再び淡い光を帯びると、モニターもどきに違う文章が現れた。


「………」


 別段、今回の件に繋がるような記述はないな。第一王子として生まれ、立太子し、順当に即位しただけの王だ。


 ただ、ディルカリダが側妃となる以前は特筆すべき功績はなかったのに───ディルカリダが側妃となった途端、まるで覚醒したかのように次々に革新的な政策を打ち出し、身分に拘らず人材を集めて国力を上げたというのが────何だか気になる。


 愛する女性を手に入れたことにより王のやる気が向上したとか、ディルカリダの内助の功だとか考えられはするけど…。


 それから、気になる点がもう一つ。この王都に教会を誘致したという逸話の───教会が祀る“守護神ティルメルリエム”の聖堂を造り上げ、司教を招致したという下り。


 この“聖堂”って───あの“神託”を受けた聖堂のことだよね。皇都の教会はエルダニア王国時代のものとは聞いていたけれど、このとき造られたんだ。


 では────あの“神託”に使われた魔術式は?

 あれは、いつ持ち込まれたのだろう────



「リゼラ様?」


 レナスに名を呼ばれ、我に返る。そうだ、脱線している場合じゃない。魔力の分析をしなければ。


 エルドア魔石を分析しようとして────ふと思いつく。


「ノルン、ディルカリド伯爵家について検索」

「了解。ディルカリド伯爵家について検索します…」



[ディルカリド伯爵家]

 エルダニア王国時代から続く、魔術で身代を築いた名家。「エルダニア王国貴族名鑑―王国歴514年編纂版―」によれば、その始まりはエルダニア王国第31代国王バナドルの治世まで遡る。

 バナドル王が制定した【参拝義務】で王都を訪れた始祖サリルが、偶然、教会を訪れていたディルカリダ側妃にその魔力の高さを見出されたのが始まりだという。魔術で功績を挙げ、叙爵に至った。恩あるディルカリダ側妃に敬意を表し、【ディルカリド】を家名とした。

 騎士ガルド=レーウェンが腐敗したエルダニア王国を瓦解させ、レーウェンエルダ皇国を起ち上げた際、助力した功績で皇王となったガルドより子爵位を与えられた。武を尊ぶレーウェンエルダにおいて、長いこと不遇をかこっていたが、デノン皇王に重用され、伯爵となった。

 3年前、嫡男がジェスレム皇子の反感を買って殺され、伯爵自ら抗議に出向くも、ジェスレム皇子の母であるジェミナ皇妃によって、ディルカリド伯爵家は取り潰された。



 やっぱり───ディルカリダ側妃とディルカリド家は、関係があったんだ。

 それにしても…、見出された場所が教会?


 それに、この“参拝義務”というのは何───?


「ノルン、【参拝義務】について検索」

「了解。【参拝義務】について検索します…」



【参拝義務】

 エルダニア王国第31代バナドル王が打ち出した政策。身分問わず、王侯貴族から奴隷まで例外なく、王都に建設した教会に必ず参拝することを義務付けたもの。

 「バナドル記」によれば、生活の苦しい平民や、自分の所有する奴隷まで、王都への巡礼を課せられ、最初は反発があったようだが、旅費の補助金が出たことと、実力のある者はバナドル王やディルカリダ側妃の目に留まる好機となったことから、次第に反発はなくなっていったという。

 バナドル王の三大功績のひとつとされる。



 何だか───“神託”みたいだ。


 もしかしたら…、もうこの時点で魔術式は設置されていて───あの魔術式で、参拝しに来た者を調べていたのかもしれない。


 私はそこまで考えて───思考を切り替えるために、一つ息を()いた。


 さあ、エルドア魔石を分析してしまおう────



◇◇◇



 冒険者ギルドに赴くと、時刻はもう正午近くだった。


 昼の混雑はまだ始まってはいない。ギルド内は閑散としていて────レド様は見当たらない。


「こんにちは、リゼさん」

「こんにちは、セラさん。アレドは、来ましたか?」

「はい。アレドさんに頼まなければならないような依頼はなかったので、狩りに行っています」


「どの辺りへ向かったか、判りますか?」

「いえ、そこまでは」

「そうですか、解りました。自分で探してみます。ありがとうございました、セラさん」


 私がそう締めくくり、カウンターを離れようと振り向くと、セラさんに呼び止められた。


「あ、リゼさん。例の魔獣の出現場所についての情報ですが───アレドさんに渡してあります」

「解りました。ガレスさんにお礼を言っておいてください。それでは、また」


 セラさんにそう応えて、私は今度こそ、カウンターを───冒険者ギルドを後にした。




 ギルドを出て、レナスと共に人通りがない方へ進み、【認識妨害(ジャミング)】で姿をくらます。


 レド様を【把握(グラスプ)】で探すと、私がブラッディベアの魔獣を討伐した辺りにいるようだった。もしかして────レド様も魔獣の出現場所を検証してくれているのかもしれない。


 【転移(テレポーテーション)】を発動させて、一気に近くまで跳ぶ。


「!!」


 映る景色が変わって────目に入ったのは、レド様が魔獣2頭と交戦している姿だった。


 どちらもオーガで、3mほどに巨大化している。変貌はしていなかったが、角が異様に大きい。【心眼(インサイト・アイズ)】を発動しなくても、内包する魔力量の少なさが感じ取れた。


 あれは、おそらく────ディルカリド伯爵に造られた魔獣だ。


 レド様の脅威になるような強さではないが、前回同様、魔獣は理性を失っておらず、動きも連携しているようだ。


 おまけに、レド様の後ろには、低ランカーらしい冒険者が数人いる。幸い、彼らは魔獣に目を向けていた。


 私は、【認識妨害(ジャミング)】を解いて────奔り出す。



 2頭の魔獣はその異様な角を武器としているらしく、上半身を屈めて体勢を低くして、まるで“闘牛”のように勢いをつけてレド様に向かっていく。


 角は太く鋭く───あれに刺されたら一溜まりもないだろう。


 1頭だけならレド様の敵ではないが、攻撃しようとするたび、もう1頭に邪魔をされ、手こずってしまっているみたいで───人目があるから、ジグも援護したくともできないようだ。


 左右から迫る魔獣の角を、レド様は身体の動きだけで躱している。2頭の魔獣との距離が近過ぎて、両手剣が振るえないのだ。


 私はある程度近づいたところで膝と両手を地面に突き、こちらに背を向けているオーガを狙って、魔法を放った。


 この間とやり方は同じだ。地中の魔素を操って、隆起させた土を固定魔法で強固にして、魔獣にぶつける。


 上半身を屈めていた魔獣は、前のめりに飛ばされて、しまいには地面に突っ込んだ。太く鋭い角が地面に食い込んで埋まる。


 私に気づいていたレド様は、私が魔法を放ったのと同時に攻撃に転じて、もう1頭の魔獣の側面に回り込み───魔法によって魔獣が吹き飛んだ瞬間、上半身を屈めた魔獣の低い位置にある首目掛けて、両手剣を振り上げた。


 私はその結果を見届けることなく、地面に角が埋まって身動きのとれない魔獣に向かって奔る。


 レド様と同じように、魔獣の側面へと回り───もう1頭よりもさらに低い位置にある首に、対の小太刀を振るった。




「助かった、リゼ」

「いえ、遅くなってすみません。ケガはありませんか───アレド」

「俺は大丈夫だ」


 どうやら、レド様にケガはないようだ。思わず、安堵の溜息が出る。


 レド様の無事が確かめられたので、冒険者たちに振り向くと───全員、呆然とした表情を浮かべて棒立ちになっていた。


「貴方たちもケガはありませんか?」


 一番先頭にいる私より幾つか年上らしい冒険者が、私の言葉に我に返って、返答してくれた。


「ぁ、い、いえ───その…、オレたちは大丈夫です。魔獣に襲われる直前に、そっちの人が助けてくれたから…」

「そうですか。では、どなたかギルドへ戻って、援助要請をしてきてくれませんか?」

「わ、わかりました」


 その冒険者は頷くと、自分の仲間に顔を向ける。彼の仲間たちは、まだ呆然としていて常態を取り戻していない。


「それじゃ、オレが行ってきます。────すいませんが、オレの仲間を頼んでもいいですか?」

「解りました。それでは、お願いします」

「はい!」


 何故か嬉しそうに頷いて、その青年は背を向けて走り出した。青年の後ろ姿から、彼の仲間へと視線を移す。


 さて───どうしたものかな。魔獣が出現した状況を訊きたいのだけど。


「リゼ、俺が訊く」

「そうですか?では、お願いします」


 レド様が私の肩に手を置いて、言う。


 それなら───と、レド様に任せることにした。レド様は、未だに呆然としている冒険者たちの方へ歩み寄っていく。



 私は、地面に倒れ伏している魔獣に近づき、こっそりと【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させた。


 やはり───2頭とも内包する魔力量が少ない。


 それに、体内に残留する魔力は、先程まで検証していた魔力と同じものだ。すなわち────ディルカリド伯爵の魔力と。


 私はバドさんの言葉を思い出し、魔獣の角を観察してみる。


 確かに、うっすらと模様がついている。もう1頭の魔獣の角と見比べてみると、模様が似ていた。


 バドさんの見解が正しいなら────この2頭も兄弟ということになる。



「嘘じゃねぇよ!」


 もっと深く分析してみようとしたとき────突然、叫びに近い大声が響き渡り、私は反射的に声の方に振り向いた。


 冒険者の一人が、レド様でなく、自分の仲間に向かって何かを訴えている。


 私は────その内容に、ただ眼を見開いた。


「お前らは前を向いてて見てなかったけど────オレは見たんだ!道の真ん中に、魔獣がいきなり現れたのを!」


 私は、そう言い募った冒険者の許へと行く。


「それは───その魔獣が現れた地点は…、何処ですか?」

「え、ぁ、あっち────あ、あの辺りです」


 私は、その冒険者が指さす方へと向かうと───再度【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させて、地面を視る。


 それは────すぐに見つかった。


「これは────」


 常人には見ることのできない、整備された道に仕込まれたそれは────【限定転移門(リミテッド・ゲート)】だった。

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