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第三章―ファルリエムを継ぐ者―#1


 そろそろお昼時なので、礼服を着替えて、昼食を摂ってから話をしようということになった。


 レド様が部屋を出て行き、私は着替えを出そうと、マジックバッグを取り出す。そして、いつものようにバッグを開けたのだけど────


「え───えええええええっ?!」


 バッグの中身がない────というより、中がない。


 マジックバッグは、前世であった床下収納庫のようになっていた。

 入口が真ん中にあって、入口より大きい収納スペースが入口の下に四方に向かって広がっている感じだ。

 どういう仕組みなのか、きちんと床と壁があり、重力もあった────今までは。


 それが、本当に何もないのだ。中は煙────いや靄?みたいなものが漂っているだけで、中に手を入れて伸ばしてみても、何にも触れない。


「どうして、急に…」


 いや、心当たりはある。剣や礼服────この邸を変えたアレだ。


「あ、そうだ。────【解析(アナライズ)】」



【無限収納袋:リゼラ】

 【異次元収納袋】を最新化(アップデート)したことにより、無限収納が可能となった。時間停止機能つき。



「………それで、これ、どうやって中身を取り出せばいいの?」


 この中には、私のほぼ全財産をしまっていたのだ。一応、万が一のことを考えて、多少の金銭を預けたり隠したりしてはあるが────


「う、嘘でしょう…」



◇◇◇



「リゼ?」

「レド様…」


 しかたなく礼服のまま、応接室に赴くと、すでに着替えたレド様が私を待っていた。


 レド様は白いシャツに黒いスラックスという簡素ないで立ちだったが、スタイルがいいせいか、何を着ても様になる。…なんて、そんなことを考えている場合じゃない────


「一体、どうした?」


 あまりに意気消沈している私に、レド様はおろおろと狼狽(うろた)えている。……ちょっと可愛い。


「実は────」


 私は、レド様にマジックバッグのことを打ち明けた。


 あの後、取り出したいものを声に出してみたり、上半身を中に入れて探ってみたりしたが────中身を取り出すどころか、認識することすらできなかった。


「リゼは、“収納袋”を持っているのか?」

「あ、はい。私、こう見えてもSランカー冒険者なので…」

「冒険者なのか?───それもSランク?」


 昼食の後でちゃんと話そうと思っていたけど、こうなったら話してしまった方が良さそうだ。


 『ミコ』という神託を受けて、イルノラド公爵家の待遇が変わったこと。

 死にそうになって、街に出たこと。

 生きるために冒険者となって、イルノラド公爵家と絶縁するためにSランカーを目指したこと。

 イルノラド公爵に呼び出され、除籍され、絶縁したこと。


 そして、私には前世の記憶があり、だからこそ────こうしてやってこれたこと。


 私はレド様に、包み隠さず、すべてを話した。


「……………」

「レド様?」

「─────イルノラド公爵家は、なくなっても構わないな?」

「は、え?」

「イルノラド公爵家など潰してしまおう。ああ───それがいい」

「え、あの、レド様?」


 凍てついた眼をして、レド様が何だか危ないことを言い出した。


 あ…、もしかして────レド様、私が受けた仕打ちに対して怒ってくれている?────私のために……?


 そう思うと、私は胸がいっぱいになった。込み上げる感情そのままに、私は笑う。


「あの人たちのことは、もういいんです。もう───縁は断ち切りましたから。ですが…、ありがとうございます───レド様。私のために怒ってくださって────」


 私の言葉に、レド様は我に返ったようだった。


「リゼは…、何故────俺の親衛騎士になってくれたんだ?なる義務はなかっただろう…?」


 レド様は私にそう訊いたものの、私の答えを待たずに俯いた。私は、レド様に歩み寄って────長身のレド様の顔を覗き込むように見上げる。


「何ででしょうね…。何だか、放っておけない気がしたんです。私は虐げられていた状況から自由になることができたけど────貴方は、その身分ゆえにそれが出来ない。だから…、少しでも私が力になれたらって────」


 レド様が泣く寸前のように、表情を崩した。


「それに────私…、ファルリエム辺境伯に命を助けられたことがあるんです」


「……爺様に?」

「ええ。あれは8年前────私が8歳の時、私は、お世話になっていた孤児院の子たちと、皇都から出てすぐの森で採取をしていて、魔獣に襲われたんです。本来、あの森には弱い魔物しかいないはずでした。一緒にいたのは私より年上のもう冒険者になっていた子たちだったんですけど、魔物ならともかく魔獣には敵わなくて────」


 魔獣は、魔物なんかより獰猛で遥かに強い。魔物とは強い魔力を持つ獣のことで、魔獣とは大量の魔素に侵され凶暴化した魔物のことをいう。


 魔物は生存本能によって人や獣を襲うが、魔獣はただひたすら周囲の生物を襲う。


「殺される寸前だったところを、ファルリエム辺境伯に助けていただいたんです。辺境伯は護衛を一人だけ伴って、急いでいるご様子でした」


 8年前────ファルリエム辺境伯は、突如、辺境伯領に進軍してきた隣国ミアトリディニア帝国と交戦し、辛くも帝国軍を退けはしたものの、辺境伯軍は戦死者を大多数出し、その中には辺境伯自身も含まれていた。


 タイミングから見て、帝国軍侵攻の報を受け、ファルリエム辺境伯領に急ぎ戻るところだったのではないかと思う。


「そうか…、あの時に……」

「はい。あの状況では、見捨てて行ってもおかしくはなかったのに────ファルリエム辺境伯は私たちを助けてくださったんです」


 一度だけ逢った、大柄で厳つい顔をしたファルリエム辺境伯が思い浮かぶ。長身痩躯で端正な顔立ちのレド様とは似ても似つかない。


 それでも────どこか重なるところがあった。


「ファルリエム辺境伯は、私のことなど知りもしなかったでしょうし────別に恩を売るために私たちを助けてくださったわけではないでしょう。私はあのまま、ただ平民の冒険者として生きていくこともできた。でも────これも縁だと思ったんです」


 私が普通にイルノラド公爵令嬢として生きていたのなら、ファルリエム辺境伯に救われる状況になど陥ることはなかったはずだ。


 きっと────レド様の親衛騎士になることもなかった。


「不思議ですね…。何か一つでも違っていたら、私が今ここにいることはなかった」

「……本当にそうだな。イルノラド公爵家のリゼに対する仕打ちは許せないが、爺様がリゼを助けてくれたことも────リゼが今ここにいることも、感謝したい」


 そう言って穏やかな笑みを浮かべたレド様に、私も笑みを返した────


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