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第二十三章―逆賊たちの持論―#1


いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。


※第二十二話#9の“ウォレムが亡くした家族”が「息子」となっておりましたが、「弟」の間違いです。申し訳ありません。

それから、最後のダズロの心情を読み直してみて、どうも納得がいかなかったので、書き直しています。前回の投稿直後に読んでくださった方は、その部分だけでも読み返していただけると、ありがたいです。


「すまん、リゼ、アレド。せっかく来てくれたのに悪いが────まだ、魔獣の解体が終わっていないんだ。また午後に出直してくれないか」


 3頭の魔獣を討伐した翌日───ガレスさんとの約束通りにギルドを訪ねると、頭を下げられた。


 よくよく考えれば、3頭もの巨大化した魔獣の解体だ。幾ら急がせたって、そんなに早く終わるはずがない。


「いえ、私たちが早過ぎました」

「いや、オレが時間を指定しておけばよかったんだ。本当にすまんな」

「気にしないでください。それでは、また午後になったら来ますので」

「ああ、頼む」


 ガレスさんは申し訳なさそうに応えると、裏庭にある倉庫で行われている解体に立ち会うためだろう────受付カウンター脇の扉から出て行った。



「すみません、アレド。ちゃんと時間のことを考えるべきでした」


 いつも通り、朝食後の鍛練を終えてすぐ、何も考えずに出てきてしまった。


 冒険者としては遅い出勤だが───世間的には、まだ早い時分だ。貴族の夫人や子女ならば、ようやく起き出す時間帯になる。


「いや───リゼが謝ることではない。遅れるよりは断然いい。────それよりも、せっかくだから、何か依頼を受けないか?」


 レド様が本気でそう思ってくれているのが判って────私はレド様のその気持ちに笑みを返して頷く。


「そうですね」


 何かいい依頼はないかセラさんに訊こうと振り向くと────般若のようなナニカを背負ったセラさんが、にっこりと笑った。


 いえ、今のは、いちゃついていたわけではないんですよ、セラさん…。


「ええっと…、その、セラさん?」

「今のところ、リゼさんやアレドさんに頼まなければならないような依頼はないですね。魔物や魔獣の目撃情報もないですし、今日はどの森にも満遍なく冒険者が入っている状態ですから、手薄になりそうな個所もないです」

「そうですか…」


 それなら、どうするかな。


 昨日できなかった“デファルの森域”で訓練するか────それとも…、などと考えていたら、レド様がちょっと躊躇いがちに口を開いた。


「その…、リゼ、昨日の依頼───あれは…、俺では受けられないか?」

「え?昨日の依頼───ですか?……あ、荷物運びや買い物の?」


 暇つぶしに見た低ランカー向けの依頼のことだよね。


「もしかして────やってみたいんですか?」


 レド様は、子供のように───こっくりと頷いた。う、可愛い…。


「セラさん、今、低ランカーの状況はどうなっていますか?」

「そうですね。現在、まだ討伐依頼を受けられないような低ランカーの子が数人いますが…、幸い、雑用依頼はありあまっている状態ですので、一つくらいなら受けていただいても大丈夫ですよ」

「そうですか。ありがとうございます、セラさん」


 私はセラさんにお礼を言って、レド様に向き直る。


「それでは、あちらに行って依頼を選びましょうか」

「ああ、そうしよう」


 レド様が嬉しそうに口元を緩めたので、私も嬉しくなって微笑む。


 あ───まずい。セラさんから呪詛のような冷たいナニカが漂い出した。


「い、行きましょう、アレド」



 ギルド内が閑散としているのもあって、ボード付近にはやはり誰もいなかった。レド様と私は、ボードの真ん前を陣取って、依頼をじっくり検分する。


「昨日、俺たちが見たものは、どれも残っていないな」


 確かに、荷物運びや子守、買い物、雑木林の草取り────どれも、依頼書はなくなっている。


「でも、また色々追加されているようですよ。アレドはどんなことをやってみたいですか?」

「そうだな…、正直、どれもやってみたい気がするが…。リゼは、どれがいいと思う?」

「そうですね…」


 レド様にとって、楽しい───いい体験となって、かつ午後までには終えることができるもの。


 そして────できれば、他の低ランカーでは少し持て余してしまうような依頼がいい。やっぱり、低ランカーの子が稼ぎやすいものは残しておいてあげたいし。


「それなら────これなんかは、どうですか?」


 私は、目についた依頼書を指さす。


「『本棚から本を取って来る仕事』?…何と言うか、変わった仕事だな」


「ほら、この依頼主────昨日は買い物の依頼を出していた人です」

「ああ、足にケガをしているという…」


 これなら、文字を読めない冒険者には受けられないし───報酬が子供のお小遣い程度なので、文字が読めたとしても受けるのを躊躇しそうな依頼だから、レド様が受けてしまっても差し障りはなさそうだ。


「もしかしたら、本棚が2階にあるとか、取りたい本が梯子を上らないと取れない位置にあるとか───そういうことかもしれませんね」

「ああ、なるほど。しかし…、それほど本を所有しているなら、裕福なのではないか?使用人くらい雇っていそうな気がするが────」

「きっと会ってみれば判りますよ」

「そうだな。うん、面白そうだ。それでは、これにするか」

「ふふ、そうしましょう。アレド、その依頼書をボードから取ってください」

「解った」


 依頼書は、ボードに押しピンで貼ってあるだけなので、簡単に外せる。レド様は、左手で依頼書の端を掴むと、右手で押しピンを抜き取った。


「ピンはどうすればいい?」

「元の位置に刺しておいてください。新しい依頼書を貼るときに、また使いますから」

「なるほど」


「では、カウンターに戻って、処理をしてもらいましょう」



◇◇◇



 依頼主の住居は、割と裕福な商人や皇宮勤めの官吏などが多く住むエリアにあった。立ち並ぶ家々も、豪邸とまではいかなくても、それなりに大きい戸建てばかりだ。


「ここだな…」

「ええ…」

「これは────改善される前の…、俺の邸を彷彿とさせるな」

「そうですね…」


 つまり───長い間、手入れも補修もされていないボロ家だということだ。


 家自体は、テラスを有した石造りの二階建てで、煙突とか屋根裏部屋の窓があるところとか、きちんと手入れされていれば、かなり素敵な雰囲気なのに────ああ、勿体ない。


 ちなみに、そこそこ広い庭は、伸びきった草がびっしりと覆っている。


「とにかく、訪ねてみよう」


 レド様は、周囲を確認してから、念のためにかけていた【認識妨害(ジャミング)】を解くと───玄関ポーチに乗り上げ、ドアノッカーを鳴らした。


「誰だ?」


 中から、しゃがれた声が返された。少し離れたところにいるらしく、叫び声に近い。


「依頼を受けて、冒険者ギルドより来た者だ」

「そうか。それなら、入ってくれ。鍵は開いとる」


 不用心な気がしたけれど、歩けないのなら仕方がないのかな。


「失礼する」

「失礼します」


 レド様と私は、一応、そう断ってから、中に踏み込んだ。「こっちだ」と呼ぶ声がする方へと、向かう。


 中は、外装よりはマシという程度で、壁紙は汚れている上に、あちこち剥がれかけている。床の隅には、所々に(ほこり)が溜まっていた。



 リビングルームらしき部屋に入ると、声の主と思われる老人が、部屋の真ん中に置かれた一人用のソファに座っていた。


 老人は、顔に深く皺が幾つも刻まれていて、気難しげに見えた。


 頭頂部だけ禿げ上がっており、後頭部には癖が強くてまるで綿のような白髪が残っている。何だか、前世のフィクションに出てきた“マッドサイエンティスト”みたいだ。


 身なりは、黄ばんだ白シャツに草臥(くたび)れた黒いスラックスと───この家の規模には合っていないけど、この荒れ果てた状態には合っている、そんな感じだ。


 老人は、やはり片足をケガしているようで、右足のスラックスを膝まで捲り上げ、足には包帯を巻いている。


 オットマンは所持していないのか、木箱に貴重なものであるはずの本を幾つか載せ、その上に右足を横たわらせていた。


 念のため、【心眼(インサイト・アイズ)】で確認してみると───しかめっ面と言っていい表情をしているけど、根は良い人みたいだ。


「よく来てくれた。まさか、この依頼を受けてくれる者がいるとはな。どうせ誰も受けないだろうと思いながらも───昨日、買い物を引き受けてくれた小僧に、ダメ元で依頼させたんだが…」


 ダメ元だったんだ…。

 まあ───確かに、人を選ぶ依頼だよね。


「依頼人のシャゼムだ」

「Bランカーのアレドだ」

「Sランカーのリゼラです」


 私たちがそれぞれ名乗ると、シャゼムさんは目を見開いた。こういった雑用依頼を受けるのは、Fランカーが通常だ。


「まあ、いい。それじゃあ、今から言う本を取って来てくれるか?まずは…」

「あ───待ってください、シャゼムさん」


 シャゼムさんがそのまま本の題名を告げようとしたので、慌てて止める。


 私は、ベルトの後方に括り付けてあるポーチから、マジックバッグを取り出すと、さらに中から、筆記帖と墨果筆を取り出す。


 そして───筆記帖のまだ空白のページを開いて、墨果筆と共にレド様に渡した。


「どうぞ、アレド」

「ありがとう、リゼ」

「お待たせしました、シャゼムさん。それでは、続きを」


 シャゼムさんは、奇異なものを見るような目で私とレド様を見遣った後───気を取り直したのか、口を開いた。


「…取って来て欲しい本は、9冊だ。それでは、本の題名を言うぞ」


 レド様は、シャゼムさんの言葉を漏らすまいと、表情を引き締めた。


「まずは───『皇国史─戦乱期編─』、『英雄列伝』、『グリムラマ地方考察』……」


 シャゼムさんは、よどみなく次々に本の題名を挙げていく。


 見事に歴史書か、歴史の研究書ばかりだ。シャゼムさんは、歴史研究家なのかな。


 レド様は、言われた題名を書き付けると、律儀に復唱してシャゼムさんに確認する。間違っている箇所はないようで、シャゼムさんは頷いた。


「それで───何処から取ってくればいいんだ?この部屋の本棚ではないんだろう?」


 レド様の言う通り、この部屋にも本棚がある。

 いや、あるというより────私たちが入って来た出入り口と、一ヵ所だけある窓を避け、それ以外の壁は本棚で覆われている。


「勿論、この部屋ではない。どの本が、どの部屋の本棚にあるかは覚えていない。自分で探してくれ」


「…は?」


 レド様が、シャゼムさんの言葉に、思わずといった風に零した。


「この部屋以外の何処かだ。それでは、頼んだ」


 シャゼムさんは、それだけ言うと───私たちが訪れるまで読んでいたらしい本に、視線を移した。


 ええっと、どういうこと…?



◇◇◇



 幾つかの部屋を覗いてみて────シャゼムさんの言葉の意味が解った。


 どの部屋も、本棚で埋められているのだ。勿論、本棚は様々な本で埋まっている。空だとか、隙間がある本棚は一つもない。


 しかも、シャゼムさんの寝室と思われる部屋以外の個室は、本棚が壁に沿って置かれているのではなく、狭い間隔で林立するように置かれていた。


 本棚に入りきらないのか、床に本が積まれている箇所まであった。


 その上、厨房やダイニングにまで、本棚が置かれているのだ。本棚がないのはお風呂場くらいだ。まさに図書館のような家だった。


 これでは───家の補修を行うどころか、使用人を雇うことすらできないはずだ。本を買うために、服装のグレードを落とすのみならず、食事すら削っていそうだ…。


「…………」


 レド様は、呆気にとられたのか先程から無言だ。これは────午前中で終わらないのでは…。


 こうなったら、裏技を使わせてもらうしかない。


「レド様、こうなったら仕方ありません。手っ取り早く、【地図製作(マッピング)】してしまいましょう?【千里眼】を発動してくれますか?」

「あ、ああ、そうだな」


 レド様は、私の提案で我に返ったらしく、頷く。


 私が、【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させて、レド様の【千里眼】と【(シンクロナ)(イゼーション)】させると、レド様と私の左手に嵌められた【つがいの指環】が光を迸らせた。


「ノルン、新規の【立体図(ステレオグラム)】を作製して」


───はい、(マスター)リゼラ───


「レド様、なるべく、ゆっくりと辺りを見回していってくれますか?」

「解った」


 これだけの量の本だ。本の題名も読み取って記録しなければ、意味がない。


 あれ、何か───物凄い勢いで魔力が減っていっている気がするのだけど───気のせい?


 身体から力が抜けてきて、倒れるかもしれないと思ったとき、ノルンの声が響き渡った。


───(マスター)ルガレド、(マスター)リゼラ、完了しました───


「っリゼ!?」


 レド様が私の様子に気づいて、私の腰を抱き寄せて支えてくれる。


「すみません、ちょっと魔力を使い過ぎたようです…」

「何で言わないんだ!」


 レド様は怒りながらも、私に魔力を渡すために抱き締めてくれる。


「ごめんなさい、まさか、ここまで魔力を使うことになるとは思わなくて…」

「もう、いい。リゼの様子に気づかなかった俺が悪い。────しかし…、リゼの固有魔力が底をつくほどの蔵書量なのか…」


 レド様は、呆れたように付け足す。


 しばらくの間、いつものように何とか意識を逸らしながら───そうやってレド様に抱き締められていると、全快ではないけど、ある程度魔力が満たされたのを感じ───私はレド様に声をかけた。


「レド様、もう大丈夫です。ありがとうございました」

「…もういいのか?」


 何でそんなに残念そうなんですか、レド様…。



「それでは───本を探すか。ノルン、先程作製した【立体図(ステレオグラム)】を投影してくれるか?」


───はい、(マスター)ルガレド。正面に【立体図(ステレオグラム)】を投影します───


 レド様の正面に、1㎥ほどのこの家の立体図が現れる。


「これでは、小さ過ぎて、本の題名は読み取れないな」

「レド様、検索してみてはいかがですか?【千里眼】で見たことにより、おそらくレド様の記憶にも蓄積されているはずですから」

「なるほど」

「ノルン、レド様の検索結果を【立体図(ステレオグラム)】に反映させてくれる?」


───解りました、(マスター)リゼラ───


 直後、【立体図(ステレオグラム)】の9つの個所で、小さな光が点滅し始めた。


「この光っている個所にあるということか。では、俺は本を取って来る。リゼは、ここで休んでいてくれ。ジグ、リゼを頼む」

≪は≫


 レド様は、私に口を挟ませる間もなく、それだけ言うと行ってしまった。別に、もう大丈夫なんだけどな。


 まあ、でも、レド様が心配してくださるのは、心苦しいけれど───嬉しい。そんなことを考えていると、ノルンの声が響いた。


───(マスター)リゼラ、この読み取った大量のデータはどうしますか?───


「え?読み取った大量のデータ?」


 ノルンの言っている意味が一瞬理解できず、首を傾げた私は────遅れて意味を悟って、眼を見開く。


「まさか───題名だけじゃなくて…、本の中身も読み取ってしまったってこと…!?」


 え、嘘でしょ?この家にある書物すべての中身を────あの数分で?


 半ばパニックになっている私に、ノルンはあっさり答える。


───はい。それで、この大量のデータをどうしますか?固有の【記録庫(データベース)】でも作製しますか?───


「……うん。それでお願い…」


 道理で、私の固有魔力が枯渇しそうになるわけだ…。

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