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第二十二章―明かされる因縁―#9


リゼラの実父ダズロ視点後編です。

前編を読んでいない方は、#8から読んでいただくようお願いします。


※※※



 ダズロがイルノラド公爵邸に戻ると───ファルロが戻って来ていると家令のバセドに告げられた。


 何か話があるようで────ダズロが帰り次第、会いたいとのことだった。


 ファルロに関しては、契約の儀に立ち会うために戻って来た際、話をした限りでは────レミラに狂わされることなく、騎士として頑張っていることが見て取れ、ダズロは秘かに安堵していた。


 だが、やはりと言うべきか、ファルロは、レミラたちに思うところがあるらしく───辞令式に合わせ戻って来たが、今回は、この公爵邸ではなく、皇城内の騎士たちに割り当てられた宿舎に滞在していた。


 そのファルロが、わざわざ公爵邸に出向いたことを考えると、よほど大事な話なのだろう。




「父上、お疲れのところ、無理を言ってすみません」

「いや、気にするな」


 セロムの息子、セグルも一緒に来ていたようだ。執務室に入って来たファルロの後ろに控えている。


「バセド、下がれ」

「は、しかし────」


 ダズロは、ファルロを案内した後、執務室から出て行こうとしないバセドに命じたが────家令の自分が参加するのは当然だと思っていたのか、バセドは納得がいかない様子を隠そうともせず、さらに反論しようとした。


「下がれ」


 再度、きつく命じると、渋々と出て行く。


 バセドはしばらく扉の前でモタモタしていたが、ダズロが扉の外まで聞こえるように咳ばらいをすると───バセドの気配がようやく遠ざかった。



「改めて────久しぶりだな、ファルロ。元気そうで何よりだ」

「父上こそ、壮健そうで何よりです」


「セグルも、ファルロを助けてくれているようで────感謝する」

「勿体ないお言葉です」


 頭を下げるセグルに頷くと、ダズロはファルロに視線を戻した。


「私に何か話があるとのことだが」


 ダズロがそう切り出すと、ファルロは表情を引き締め、口を開いた。


「…今日────リゼラと偶然会い、話をする機会を得ました」

「っ!」


 思ってもみなかった話題に、ダズロは動揺が隠せなかった。


「リゼラに…」

「はい」


 ファルロは、演習のために皇都郊外に出たこと───その際、3頭の魔獣に出くわしたこと───その魔獣たちと異様な戦いを余儀なくされたこと───そして、ルガレド皇子とリゼラに救われたことを語る。


 ダズロも、魔獣の討伐は何度も経験している。だから、ファルロが今日出くわした3頭の魔獣がいかに異常か、言われずとも判った。


 だが────ファルロの話の本題は、魔獣のことではないらしい。


「個人的にではありますが────リゼラに謝罪をして…、受け入れてもらえました」

「…っそうか」


 ファルロがリゼラにちゃんと謝罪し───リゼラがそれを受け入れたことに、ダズロは何故か衝撃を受ける。


「それから────“神託”についても、話を聴くことができました」


 イルノラド公爵家の今の状況の諸悪の根源といってもいい───神託。


 今更話すことなどあるのかと、ダズロは思ったが───ファルロが語った話の内容は、さらに衝撃的だった。


 そして────ダズロの動揺に追い打ちをかけた。


「リゼラが────記憶持ちだと…?」


 確かに、幼児にしては感情の落ち着いた───やけに賢い子供だとは思っていた。


「何故…、何故────リゼラは、それを教えてくれなかった…?」


「リゼラの前世の故郷には、記憶持ちは存在していなかったようで────リゼラは自分は異常だと認識していたのだと言っていました。だから────誰にも言わなかったと」


 打ち明けてもらえなかったことにショックを受けたが────それ以上に、身近で接していたにも関わらず、察することができなかった自分が情けなかった。


(リゼラのことも───レミラのことも、本当に…、自分は一体何を見ていたのか────)


 神託に拘ることなどなければ────そんな後悔が湧く。

 神託に対するリゼラの見解を聴かされた今、余計に後悔が突き上げた。


 リゼラの見解は俄かには信じがたいものであったが────言われてみれば、腑に落ちるものがあった。


 何故、神託に拘ったのか────それは、ダズロ自身が『剣聖』という神託を授かり、剣によって名を成し、虧月(きげつ)騎士団を統べる立場まで昇り詰めたからだ。


 当然───子供たちも神託によって才能を見出(みいだ)されさえすれば、自分のように成功するはずだと考えていたのだ。


 リゼラの一件は、こうなってしまったのは、レミラだけのせいではない。


 リゼラが神託を受けたときに、自分が言い放ったあの酷い言葉と───冷淡な態度。ダズロは酷い言葉を言い捨て、リゼラもレミラも顧みることなく、聖堂を出て行った。


 おそらく───あのダズロの態度が、レミラの妄執の後押しをしてしまったのではないか。


 あの当時、ダズロは、彎月(わんげつ)騎士団の団長が、ベイラリオ侯爵とビゲラブナ伯爵に嵌められる形で引き摺り下ろされ───焦りと奴らへの怒りで気持ちが荒んでいた。


 だが───だからといって、幼い娘に向かって、あんなことを言うべきではなかった。


 たとえ、武に関する才能がなくたって、リゼラが自分の愛する娘であることは変わりなかったはずなのに────



「父上…、心中はお察ししますが────本題は、ファミラのことなんです」


 落ち込むダズロに、申し訳なさそうにファルロが続ける。


「ファミラの?」

「はい。リゼラに警告をされました。ジェスレム皇子が何者かに狙われている兆候があると────」

「何だと?」


 ダズロは目を見開いて────屈みがちになっていた上半身を起こす。


「リゼラたちもまだ詳細は掴めていないから、詳しくは教えられないとのことでした。だが────気を付けた方がいい、と」


 ダズロの弱々しかった眼の色が強さを取り戻した。後悔に打ちひしがれていた父親ではなく───護国を司る騎士たちを率いる騎士団長の顔となる。


「…リゼラの神託に対する見解が正しいなら────ファミラが持つという“剣術の才能”には、根拠がなくなります」

「そうだな。もう神託のことは考えずともいい。ファルロ───お前の目から見て、ファミラの剣術の腕前はどう見える?」


 ファルロは、一瞬だけ躊躇して────答える。


「正直───基本すら危ういかと。ファミラは…、手合わせでさえ自分が勝てないと癇癪を起こし───指南役を挿げ替えていましたから。きちんと基礎を学べたかも定かではありません」

「そうか…。実戦を経験したことがないとは報告を受けていたが────そこまでとは…」


 つまり───今、ジェスレム皇子が襲われれば…、ファミラは、ジェスレム皇子を護ることなどできないどころか、死ぬ確率の方が高い。


 不出来だろうと、傲慢な性格だろうと────ファミラも、ダズロにとっては大事な娘だ。


「解った。その件は、こちらで調べて───何とかしよう」

「ありがとうございます」


 ダズロがそう応えると───ファルロは安堵したような表情を浮かべた。


「いや。よく知らせてくれた、ファルロ。だが───私に話して良かったのか?ルガレド殿下とリゼラに会ったことは内密にすると約束したのだろう?」


「そうですね…、これは────せっかく俺を信じてくれたリゼラへの裏切りに値する行為だと思います。ですが、ファミラのことを話すためには、リゼラたちのことを打ち明けるのは必要なことでした。

それに───リゼラとルガレド殿下が、皇城を出て冒険者をしていることを内密にしたかったのは、おそらく皇妃一派に漏れることを恐れてのことでしょう。父上は、皇妃一派に漏らすような人間ではないと信じておりますし───ファミラのことを除いても…、リゼラの語ったことは、父上にも話しておくべきだと思いましたので」


「そうか……」


 ダズロは、不覚にも涙が出そうになった。


 リゼラほどではないにしても、長いことレミラとファミラに苦しめられてきたことは────ファルロも同じだ。


 ダズロはそれを助けるどころか────気づきもしなかった。ファルロにしてみれば、不肖の父親だろう。


 それでも────こんな父親でも…、ファルロは信じてくれているのだ。


 改めて───ダズロは、ファルロを見遣った。すでに一年前に成人しているファルロは、もう幼さは残っていない。


 “デノンの騎士”となり、小隊長を任されるだけあって───繊細な顔つきながら、精悍さが伺える立派な青年だ。


 成長過程に携われなかったのは少し寂しいが、それでもファルロの今の姿はとても誇らしく感じた。


 そして────ファルロが“デノンの騎士”となったことも、とても喜ばしいことだった。


 実力の伴わないベイラリオ侯爵家門や傘下の騎士たちは、“デノンの騎士”となることを、まるで左遷のように(うそぶ)いているが───所詮、やっかみだ。


 “デノンの騎士”は、今でこそ魔獣討伐のみに従事しているが、戦乱の時代は戦場では負けなしの最強の騎士団だったと聞く。


 “デノン”とは、戦乱の時代を終わらせた皇王デノンのことで───実力主義を掲げ、国民すべてに神託を受けさせて、有能な者を身分関係なく雇用して、創り上げた騎士団が“デノンの騎士”だったという。


 皇王直属であるため、ベイラリオ侯爵家に荒らされたこの時代にあっても、実力主義は未だ顕在であり───ファルロは、その実力で以て“デノンの騎士”となったのだ。



「今日は、泊まっていくのだろう?」

「そう───ですね。もう皇城の門限には、間に合いませんから」


 話し合いが済み、一息ついたところでダズロが訊くと、ファルロは一瞬顔を顰めた。


 レミラと顔を合わせるのは、気が重いのだろう。それはダズロも同じだ。


「では、私は部屋と夕食を用意させてきます」


 セロムが気を利かせて、一礼して出て行く。


 残された三人は、何となくそれを見送る。セロムが完全に出て行くと、何となく───また会話が始まった。


「ところで────ファルロ。その…、リゼラはどうだった?」


 会話の合間に、ダズロは、先程から一番気になっていたことを切り出した。


「どうとは?」

「だから…、ルガレド殿下といて、その…、苦労してたりとか────」


 ダズロのその言葉に、ファルロは思わずといったように笑みを零した。セグルに至っては、吹き出している。


「苦労していないかどうかは判りませんが───今日、見た限りでは、とても楽しそうに殿下と笑っていました。それに、殿下にはかなり大事にされているようで───セグルなんか、リゼに見惚れて殿下に睨まれていたくらいです」


 セグルが、さっきとは違った意味で吹き出す。


「なっ、おま───言うなよ!お前だって、『ファルお兄様』って呼ばれてデレデレして、殿下に睨まれてたくせに!」

「デレデレなんてしてない。照れてるリゼは可愛いなと、ちょっと思っただけだ」

「それを、デレデレというんだよ」


 子供のように、そこまで言い合った二人は、ダズロの前だと思い出したらしく────慌てて、一旦口を噤んだ。


「すみません、父上」

「申し訳ありません、公爵閣下」

「いや、構わん」


 あまり会わないうちに大人になってしまった息子の子供じみた姿を見れて、ダズロは口元を緩めた。


 それに、リゼラのことも朗報だ。ただ───リゼラに許されたファルロが少し羨ましくはあったが。


「そうか…、リゼラは殿下に大事にされているのだな」

「はい。リゼラに関しては、心配はいらないでしょう」

「そうか────良かった…」


 最終的に本人が望んだとはいえ、立場の危ういルガレド殿下の親衛騎士にしてしまったことは、果たしてよかったのか────ダズロはずっと気にかかっていた。


 だが、ファルロとセグルの話からも───それを語る二人の様子から見ても────リゼラは大丈夫そうだ。



◇◇◇



 セロムが戻り、入れ替わりにファルロとセグルが執務室を去ると────ダズロは、セロムが出て行く前より妙に疲れている気がして、声をかける。


「随分、時間がかかったな」

「ええ。バセドに苦情を聞かされていたもので」

「悪いな、いつも対応を任せて」

「いえ」

「あれに関しては────ファルロがこの公爵家を継ぐまでには何とかせねば…」

「そうですね」


 セロムは頷いた後────表情を改め、再び口を開いた。


「ジェスレム皇子の件は、どういたしますか?」

「そうだな…」


 こういうとき、いつもなら、一番にウォレムに相談していたが────


「セロム────今日のウォレムの言葉…、どう思った?」


 ファミラの行動如何によっては、迷惑をかける────そう予め謝罪したとき、ウォレムが言った言葉だ。その件は────()()()だ、と。


「…慎重を期するガラマゼラ伯爵の言葉にしては────珍しく楽観的かと」


 セロムが言葉を選んで、答える。


「───何かやらかす前に、ジェスレム皇子とファミラが死んでしまえば…、()()()だと思わないか?」


「……旦那様の地位を護るために、ガラマゼラ伯爵が企んでいると?」


 セロムは半信半疑のようだ。


 ウォレムのあの言葉に違和感を感じてはいても────本当に、それだけのために、そんなことを仕出かすことなどあるのか疑問なのだろう。


「ですが───ファミラ様は、旦那様の実の娘ですよ?幾ら、大義のためとはいえ、友人の娘を死に追いやるようなことを、ガラマゼラ伯爵がするとは思えませんが…」


 ダズロだって疑いたくはない。ウォレムは、騎士見習いのときからの友人で───苦楽を共にした仲だ。


 そして、セロムの言うことも尤もだった。


 だけど───ダズロの勘がそう告げていた。ダズロは、自分の勘を信じている。何度も死地を切り抜ける切っ掛けとなった自分の勘を────


 それに───ウォレムには、そんなことを仕出かしそうな動機もあった。ジェミナ皇妃のせいで、たった一人の弟を亡くしているのだ。


「ウォレムが主犯とは限らない。もしかしたら────手を貸す程度かもしれないし、何か知っている程度かもしれない。だが────おそらく、ウォレムは関わっている」


 ダズロがなおも言うと、セロムは深く溜息を吐いた。


「解ったよ。お前が、そんな風に頑固になるときは───大抵、その通りになる。ジェスレム皇子とガラマゼラ伯爵の周辺を探ってみよう」

「頼む」


 セロムがその真剣な目を、ダズロに再び向ける。


「ダズロ────お前の勘が当たったときは…、友人を一人失うことになる。覚悟をしておけ」

「ああ…、解っている」


 セロムの───幼い頃からの親友の自分を心配するその言葉に、ダズロは内心感謝しながら頷いた。


「それにしても────すごいタイミングだ。ファルロが話を持って来たのが、今日でなければ…、ウォレムに感じた違和感など忘れてしまって───結びつかなかったかもしれない」

「そうだな」


 ダズロには、ファルロがリゼラに会ったことからして────何処か運命めいたものに感じる。


「リゼラは…、ルガレド殿下に大事にされているようだ」

「そうか。良かったな」

「ファルロのように────謝罪したら…、リゼラは」


 俺を受け入れてくれると思うか、と続けようとして────あまりに虫が良すぎると思い、ダズロは言葉を呑み込む。


 セロムは、ダズロの気持ちはお見通しのようで、ダズロの肩を軽く叩いて言った。


「殿下が辞令を受けて移動する前にでも、会いに行けばいい」

「そうだな…」


 許してもらえなくても、受け入れてもらえなくても…、一度でいい───リゼラとちゃんと話したい。


 この件が解決したら、必ずリゼラに会いに行こうと、ダズロは心に決めた。

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