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第二十二章―明かされる因縁―#5

「ケガはないか、リゼ」

「はい、大丈夫です。アレドは?」

「俺も大丈夫だ」


 あの程度の魔獣にレド様が後れを取るはずがないとは解っているけど───念のため、【心眼(インサイト・アイズ)】で確認する。レド様のその言葉に嘘はないようだ。


 私をじっと眺めているところを見ると、レド様も神眼で私にケガがないか視ているのだろう。二人して同じことをしていることに、ちょっとおかしくなった。


 振り向くと、まず騎士たちが、こちらを向いたまま、立ち尽くしているのが目に入った。その後ろにいる、商隊の護衛たちや商人たちは、騎士たちほど驚いた様子はない。


「さて───ケガ人に応急手当をしましょうか」


 この3頭の魔獣について検証したいところではあるけれど、それは落ち着いてからだ。どうやら、商人たちやその護衛たちは、すでに応急手当を終えているらしい。


 残るは騎士たちだけど────


≪レド様、騎士たちの対応はどうしますか?≫

≪あれは…、どの部隊かは判らないが───おそらく“デノンの騎士”だ≫

≪デノン───魔獣討伐部隊ですか…≫


 このレーウェンエルダ皇国では、現在、魔物や魔獣の討伐に関して、よほどの脅威がない限り国は関与せず、冒険者頼みだ。


 他の国なら、今回のように城門近くで魔物や魔獣が出たならば、城門に詰める兵士に助けを求める。


 だけど、この国では兵士に訴えたところで、兵士が出て来てくれることはない。だから────あの商人の青年は、冒険者ギルドに駆け込んだのだ。


 これは、例によってベイラリオ侯爵家がもたらした改悪だ。


 すべての騎士団とその下に就く軍団を統括し采配を担う防衛大臣が、才覚ではなくベイラリオ侯爵家に都合のいい人物というだけで選ばれたため、無能なのだ。


 魔物や魔獣の討伐など誇り高い騎士のすることではないと宣い、領軍や冒険者に押し付けた結果が───現在の状況だ。


 魔物や魔獣が出たら、身銭を削って冒険者に討伐を依頼するしかない。


 冒険者にとっては、他国より仕事にありつけるので喜ばしいことだが───この国で生活する国民にしてみれば、たまったものではない。


 それに、騎士も兵士も、選抜基準が改悪された上に実戦を経験する機会が減り、質がかなり落ちているという話だった。


 そんな状況の中で唯一魔獣討伐に携わり、かつ実力主義を掲げて、高い水準を保ち続けているのが────“デノンの騎士”だ。


 皇王直属であり───どの騎士団にも所属しない独立した部隊であるこの“デノンの騎士”は、防衛大臣の管理下にはない。


 だけど────その“デノンの騎士”が、“膨張期”を迎えるこの時期に、どうしてこんな場所にいるのだろう。


≪辞令式に合わせて戻って来た部隊かもしれないな≫


 私の疑問に答えるように、レド様が言う。



 レド様とそんなことを話していると───ガレスさんが、荷馬車と助っ人を引き連れて到着したので、騎士たちへの対応は、ガレスさんに任せることにした。


「リゼさん…!」


 商人の集団の中から、見知った人物が私の名を呼びながら、歩み寄って来た。


「お久しぶりです、ベルロさん。ベルロさんの商隊だったんですね」


 ベルロさんは───以前、私が冒険者として護衛をしたことのある商人で、人の好さそうな好々爺然とした人だが───商人らしく、外見とは裏腹にかなり強かだ。


 サヴァルさんのような大商人というわけではないが、国内の商人の中では成功している部類に入る。


「ええ、お久しぶりですね。今回は非常に助かりました。貴女が皇都にいてくださったとは、私は運が良い。正直、駄目かと思いましたよ」


 ベルロさんは、にこにこと笑顔を浮かべ、応える。


「そちらは───リゼさんの新しいパートナーですか?なかなかの腕を持つと見える。────おや、もしかして…、お二人は婚約していらっしゃる?」


 目敏くイヤーカフに気づき、ベルロさんが何処か楽し気に続ける。


「…はい、結婚の約束をしています。Bランカー冒険者のアレドといいます。────アレド、こちらは、ベルロ商会会頭のベルロさんです」

「アレドという。よろしく」

「ベルロと申します。こちらこそ、よしなに。我が商会は、女性が好みそうな商品も各種取り扱っておりますから、リゼさんに贈り物をなさりたいときは、どうぞご相談ください。リゼさんにはお世話になっておりますからね、とっておきの品をご用意させていただきますよ」

「そうか。そのときは、よろしく頼む」


 ベルロさんの言葉に、レド様は勢い込んで返す。


 ベルロさんは朗らかに微笑んでいるが、内心、いいカモだとほくそ笑んでいそうだ…。これは、話題を変えねば。


「ベルロさんは、しばらく皇都に?」

「ええ。この時期は辞令式のために、お貴族様が都入りしますからね。我々商人にとっては、書き入れ時なんです」


 そうなんだ────毎年、この時期は、魔物や魔獣がよく出没する地域を狙って出稼ぎに出ていたので、それは知らなかった。Aランカーになってからは、“大掃討”に参加していたし。


 商隊の護衛に目を遣る。


 ベルロさんのところは───移動時の護衛は、商会が独自に抱える護衛ではなく、冒険者を雇うことにしているので、彼らは冒険者のはずだ。だけど、見知った者はいない。


 何人かケガをしているようだが、どの人もそこまで酷いケガではなさそうだ。彼らも、しばらく皇都に滞在してくれるといいけど。



「リゼ、アレド───ご苦労だったな。お前さんたちが3頭すべて倒したんだって?」


 騎士たちとの話を終えたらしいガレスさんが、こちらへ来て、労いの言葉をかけてくれる。


「今回は、アレドの活躍ですよ。私が倒したのは1頭のみで、素材も損傷させてしまいましたから。それに───騎士たちが3頭それぞれを抑えていてくれたのも大きいですし」


 私が応えると、三人が奇妙な目でこちらを見る。


 え───何でそんな眼で見るの?

 ガレスさんに至っては、これ見よがしに溜息を吐いた。


「はぁ…。まあ───いい。それより、リゼ、魔獣を切り分けるのを手伝ってもらえるか?」

「解りました」


 最近ようやく、【技能】である【解体】も、任意で発動するように切り替えることができた。


 ジグやレナス、それにノルンに協力してもらって、詳しく分析したら───【能力】も【技能】も、魂魄に直接、魔術式を書き込まれているというだけで、魔術とあまり変わらないようだ。


「俺も傍で見ていていいか?」


 レド様が興味深げに訊いてきたので、私は当然のように頷いた。


「ええ、勿論です。────それでは、ベルロさん失礼します」

「はい。ぜひ店の方にも、遊びに来てください」

「暇を見て、寄らせていただきますね。────ガレスさん、また後で」

「ああ」


 私とレド様が離れると同時に、ガレスさんとベルロさんが話し始めるのが目の端に映る。


 私は、レド様と姿をくらませているジグとレナスを伴って、ガレスさんと一緒に来た馴染みのベテラン解体師の許へと向かった。


「お疲れ様です、手伝います」

「おう、リゼか。それは助かる。あっちのオーガの方、やってくれるか?」

「解りました」




 任されたのは、レド様が首を斬り落としたオーガの魔獣だ。


 私は、マジックバッグから解体用の大型ナイフを取り出す。いい機会なので、レド様にもレクチャーすることにする。


「魔獣は、変貌することによって、内臓の位置がずれたり、歪になることがあります。魔物や魔獣の内臓は、高く買い取ってもらえる素材です。ですので、こういった場合は、内臓を損傷しないよう胴体は避け、首、手足を切り分けるだけにしてください」


 私は話しながらも、【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させると、ナイフを入れて切り分けを開始する。首はレド様が切断済みなので、まずは右肩にナイフを入れた。


 まるで熟した果物を切り分けるときのように、ナイフの刃が滑らかに入って、私はその感触に驚く。


 あ、そうか────この解体用大型ナイフは【最適化(オプティマイズ)】されているんだった。最近は【技能】で済ませていたので、【最適化(オプティマイズ)】されてから、このナイフを使うのは初めてだと気づく。


 これなら────早く終わりそうだ。


「魔獣は、稀に魔石が複数できることがあります。手足の付け根にできていることもありますので、切り分けるときは、念のため、ゆっくり慎重に行ってください」


 説明している傍から、ナイフを入れた肩の部分に魔石があるのが視えた。その稀なケースのようだ。


 私は、オーガの肉の浅い位置を皮膚ごと、丁寧に切り開いていく。まあ、浅い位置と言っても、巨大化と変貌によって上半身が膨張しているので、大型ナイフが柄まで埋まるくらいには深く刺しているのだけど。


 ナイフを進めていくと、肉に埋もれた魔石に辿り着いた。私は刃先を使って、魔石を傷つけないように肉から掘り出す。


 その魔石を手に取ったとき────私は、ふと違和感を覚えた。


 これは、おそらく【純魔石】には違いないと思うが、所持しているものとは、何処か違う気がした。


 【心眼(インサイト・アイズ)】は発動したままだ。その魔石をじっと視ていると、分析結果が現れる。



【純魔石】

 魔物に大量の魔素が注がれることによってできた魔石。魔物の魔力のみが凝固された通常の魔石より、含まれる魔素の量が多い。注がれた魔素のみで構成されている。魔力を何度かに分けて注がれたために、魔素が斑な状態で凝固されている。



 魔力が何度かに分けて注がれた────?


 以前手に入れた【純魔石】と違う────あれは、一度に一気に魔力が注がれ、魔素が均等に凝固していた。おそらく、あれが────ディルカリド伯爵家が、これまで魔石を手に入れるために、やってきたやり方のはずだ。


 まさか────実験している?


 魔力の注ぎ方を変えたりして、出来上がる魔獣の傾向を確かめているの…?

 そこまで考えが及んだとき────背筋に寒気が走った。


 今朝、皆に語った私の推測が───今考えたことが正しいなら…、ディルカリド伯爵たちは────新たな“怪物”を、この世に生み出そうとしている。


 今のところ、彼らに生み出された魔獣は、レド様や私の脅威ではない。


 だけど────強さの問題ではなく…、感情のまま、そんな大それたことを仕出かそうとしていることに────心の底から、ぞっとしてしまったのだ。


「リゼ?」


 私の様子がおかしいことを見て取ったレド様が、心配そうに私を呼ぶ。話すのは、後の方がいいだろう。


 今は、切り分けるのを終えてしまわなくては────



◇◇◇



 魔獣の切り分けを終えた後────私たちは荷馬車に魔獣を載せるのを手伝い、結局、最後までその場に残っていた。


 ベルロさんの商隊は、先に皇都に向かったので、すでにいない。


 何度か往復した荷馬車に最後の魔獣の一部を載せると、一緒に魔獣を載せる手伝いをしていた冒険者たちも、手伝った報酬をもらうためにギルドに戻り始める。


 荷馬車と辺りを確認し終えたガレスさんが、レド様と私のところへやって来た。


「リゼ、アレド、最後まで手伝ってもらって悪かったな」

「いや、いい経験になった」


 ガレスさんの言葉に、レド様が首を横に振って応える。


「だが────リゼは疲れているんじゃないか?」


 ガレスさんが心配そうに私を見た。私が言葉少なだから、心配させてしまったようだ。


「いえ、そんなことはないですよ」


 私が慌てて否定すると、ガレスさんは眉を寄せた。


「もしかして────今日の魔獣のことを考えていたのか?」


 ガレスさんは魔獣の異常な行動を聞き及んでいるのだろう。


 それ以前に───魔獣が殺し合うことなく、複数で人間を襲ったこと自体からして異常なのだ。ガレスさんが、疑問を持たないはずがない。


「バドたちには悪いが、魔獣の解体を急がせようと思っている。二人とも、明日、ギルドの方へ来てくれないか。この件について検証したい。

特にリゼ────お前さんの意見が聴きたいんだ」


 何もなくてもギルドには行くつもりだったけど、私はレド様に視線で問う。

 レド様が頷いてくれたので────私はガレスさんに視線を戻した。


「解りました。明日、必ず伺います」


 バドさんの解体の結果を早くに聴けるのは、こちらとしても願ったりだ。バドさんなら、何か見つけてくれるかもしれない。


「今日は、本当にご苦労だった。魔獣討伐、その後の手伝いの報酬はまとめて渡すから、今日はこのまま帰ってゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます。それでは、また明日に」


 ガレスさんは頷くと、荷馬車に乗り込む。私たちの目の前で、荷馬車は城壁に向かって緩やかに動き出した。他の冒険者たちは、もう一人も残っていない。




 ガレスさんが荷馬車と共に去ると───その場には、レド様と私、姿をくらませたジグとレナス、そして────“デノンの騎士”たちだけとなった。


 これまで端の方で存在を消していた“デノンの騎士”たちは、レド様の前で扇状に展開し、一斉に片膝をついた。


 彼らに敵意や害意は感じられなかったので───私はレド様に並び立っていた位置から半歩後退り、レド様の斜め後ろに控える。ジグとレナスも、【認識妨害(ジャミング)】を解かないまま、レド様の後ろに控えている。


 まだ明るい時分のため、誰かにこの光景を目撃されたりしないように、秘かに【結界】を張った。騎士の誰にも気づいた様子はなかった。


「ルガレド皇子殿下と、親衛騎士───ファルリエム子爵とお見受けします」


 隊長らしき、先頭の騎士が代表して話し出す。兜を着けているため、声はくぐもっている。


「先程は───危ういところをご助力いただき、誠に感謝いたします」

「いや。今回の魔獣は、異例だった。あれが通常の魔獣なら、俺たちの助力は必要なかっただろう」

「有難きお言葉、痛み入ります」


 この物腰からも、レド様を見知っていることからしても、少なくともこの隊長らしき騎士は貴族の出に違いない。


「今日はご苦労だった。民のためにその力を振るったこと────称賛に値する。これからも、民のために尽力してほしい。俺からはそれだけだ」


 レド様が締めの言葉を告げ、解散を促す。けれど、隊長らしき騎士は何も言わず、騎士たちは(こうべ)を垂れたままで、誰一人動き出さない。


「……まだ何かあるのか?」

「その…、お忙しいところを恐縮でありますが────何卒、お時間をいただけないでしょうか…」


 先程の儀礼的な遣り取りとは違い、騎士の声音に感情が混じる。


 その声に────喋り方に、聞き覚えがある気がして、ざわり、と何かが掻き立てられた。


「私の話を聴いていただきたいのです────ファルリエム子爵に」


「リゼに────だと…?」


 レド様の声音が、低く───凍てついたものに変わる。


「一体、何のつもりだ…?リゼが───ファルリエム子爵が…、俺の婚約者と知った上で言っているのか?」


 騎士はレド様の怒りに怯んだのか、一瞬だけ躊躇する素振りを見せたが、その兜に両手をかけた。兜が脱げていくにつれ────徐々にその容貌が明らかになる。


 汗に濡れたアーシャより赤味の強い朱金の髪に───レド様のピンブローチの蒼鋼玉(サファイア)のような蒼い双眸。整った顔立ちは、繊細ながら精悍な印象を受ける。


 それは────見知った顔だった。いや…、見知ったどころではない。何度も間近で相対し────言葉を交わした…、いや、私を罵ってきた────


「…っ」


 兜を脱いだその男は…、イルノラド公爵公子ファルロ────私を出来損ないと呼ぶ、血を分けた実の兄だった。


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