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第二十一章―ファルリエムの忘れ形見―#7


※「ラルド」の名称を「ハルド」へと変更します。混乱させてしまいましたら、申し訳ありません。


「お父様!」

「エ、エル…」


 主従の【契約】を交わし───しばらく歓談していると、エルがウォイドさんを伴って部屋の中へ飛び込んできた。


 心の準備ができていなかったのだろう────ディンド卿は、狼狽のあまり、ソファから立ち上がった。


「その…、久しぶりだな」

「ええ、本当に────お久しぶりですこと」


 エルはにこりともせずに、無表情で応える。


 今日のエルは、裕福な商家のお嬢様といった出で立ちをしていた。


 こうして見ると────舞台の役柄なのかきつい印象を与える化粧を施していても、エルは本当に美しい少女だ。


「全部聴きましたわよ、お父様。自分の存在に気づいてもらえないことに拗ね、リゼに八つ当たりしたんですって?」


 エルが腰に手を当てて、ディンド卿を睥睨(へいげい)する。何かちょっと違うような───合っているような…。


「まったく、いい年して情けない。誰も気づかないのなら───もう追われることがないのなら、喜ばしいことではありませんか!それを拗ねて───リゼに八つ当たりするなんて…!」

「別にそういうわけでは────」

「八つ当たりでしょう。ルガレドお兄様の要請を、自信がないから受けられなかっただけなのに、リゼのせいにしたりして。挙句───わたくしに合わせる顔がないとか嘆いていたんですって?」


 無表情だったエルの顔が、泣きそうに歪む。


「何故、そうなるのですか!もう追われていないのなら、会えない理由などないでしょう!これまでのことを悔いているというのなら────余計に会いに来るべきではありませんか!」


 エルの言葉に、一瞬眼を見開いた後────ディンド卿は項垂れた。


「そうだな…、その通りだ。すまなかった、エル…」

「まったく、もう…!そう簡単には許しませんからね…!」

「ああ…。許してもらえるまで─────お前に何度でも逢いに行こう」


 エルがディンド卿に抱き着き、ディンド卿はエルを大事そうに抱え込んだ。


 ディンド卿が訪ねてこないことに───エルが怒りを見せたことを思い出す。生家の私への仕打ちに対して怒ってくれたとき───ディンド卿の言葉の端々には、エルへの想いが感じられた。


 ああ…、この二人は父子なんだと、私は実感する。


 エルとディンド卿を眺めていると、いつの間にかソファから立ち上がっていたレド様が、私の肩を抱いた。


 私はレド様の胸に頭を預けて────ただ、二人を見つめていた。



◇◇◇



 お邸に帰り───厨房にラムルとカデアを呼び寄せ、ディンド卿が配下に加わったことを報告する。


 ラムルは、昨日の時点でそうなることは予測がついていたらしく、驚く様子はない。


「さすがです、リゼラ様。貴女は本当に────引き寄せる」


 ラムルは驚くどころか────当然のように言う。


 まあ、でも───確かに…、今回のことは、祝福の効果としか思えなかった。私があの時間にギルドに行かなければ、ディンド卿は───命を落とすことになっていたかもしれない。


 実を言うと、朝のうちに行くか昼下がりに行くか迷ったのだ。昼下がりにしたのには、別に深い理由があるわけではなかった。


 昼下がりに行くことにして、本当に良かったと思う。エルが悲しむような事態にならなくて────本当に…、良かった。


「ラムルの言う通りだ。リゼのおかげで、ディンドに会うことができた」


 レド様が、嬉しそうに繋ぐ。


「ディンド様が───あの方が、配下に加わってくださったのなら心強い」

「ああ、本当に」


 ラムルの言葉に、レド様が頷き────私も追従する。


「ええ、そうですね。あの方は、私のどちらの噂もご存知にも関わらず、先入観を持ってはいないようでした。加えて───頭の回転も速いようです」


 ディンド卿は、私が事情を話しきる前に、私の言葉を組み立てて真相に辿り着いていた。


 ともすれば、きちんと話を聴かずに早急に判断してしまったかのような印象を受けるが────あの後の歓談での話し振りからも、ディンド卿は思慮深い方だと、私には見受けられた。


「リゼラ様は、よく見ていらっしゃる。あの方は───何も考えていないように見えて、とても思慮深い方です。洞察力もあり、情も厚く、人を従える素質をお持ちだ。だからこそ、ファルリエム辺境伯は、あの方を後継に据えたのです」


 ラムルは、ディンド卿をかなり買っているようだ。


「そうだな────爺様は、ディンドをとても信頼していた。だから、是非とも仲間となって欲しかったんだ」


 ファルリエム辺境伯を思い出しているのか────レド様は、少し遠い目をして呟く。


 レド様にとっては、このお邸だけでなく────ディンド卿も、ファルリエム辺境伯の忘れ形見なのだろう。




「もう一つ、報告しておくことがある」


 レド様は改めて、私たち───私とノルン、ジグとレナス、ラムルとカデア、アーシャに向けて、口を開いた。


「今日で────ロルスの授業を終えた。明日からは、俺も自由に動ける」

「…もっとかかるかと思っておりました」


 ラムルが、驚いたように言う。


「そうだな。領地経営の復習だけでなく───何処に赴任することになってもいいように、地域を限定せずに大陸の情勢を学び直していたからな。俺も、もっと時間がかかるかと思っていたが…、リゼのおかげだ」


「え───私ですか?」


「ああ。リゼがくれたあの地図が大いに役に立った。それに…、リゼに習った魔力循環による身体能力強化───あれのおかげだ。魔力操作の訓練のために常時強化をしていたんだが、どうも記憶力や思考能力も強化されるようで、一度教えてもらえば理解できた」


 そう言われてみると、確かに───私も魔力を循環させて身体能力を強化するようになってから、記憶力が格段に良くなったような気がする。


 ロウェルダ公爵邸に住み込み、貴族令嬢としての教養やマナーに加え、侍女やメイドの仕事を習わせてもらったときも、あんな短期間で覚えることができたのは、そのおかげなのだろう。


「まず、やるべきなのは────新たな邸の改修の手伝いからだな。今は待機してもらっている仲間たちを、早いところ迎えたい」

「そうですね。ディンド様とヴァルト殿には、孤児院での指導を手伝っていただきたいですし───セレナ嬢とハルドには、侍女、侍従としての仕事を覚えていただかないと」

「そうだな」


 レド様はラムルの言葉に頷くと、私とノルンに顔を向ける。


「リゼ、ノルン───明日から、俺も邸の改修を手伝う」

「解りました。よろしくお願いします、レド様」

「お願いします、(マスター)ルガレド」


 レド様が手伝ってくれるのなら、想定よりも早く改修し終えることができそうだ。


 そうすれば────レド様の言う通り、ラナ姉さんやセレナさんたち、それに今日新たに仲間となったディンド卿を迎え入れることができる。



 思えば────この2ヵ月弱の間に、仲間が随分増えた。


 最初は…、このお邸にレド様と二人きりだった。


 潜んでいたジグとレナスが存在を明かしてくれて────ラムルとカデアがレド様に今一度仕えたいと戻って来てくれて…、アーシャが私を護りたいとついて来てくれた。


 レド様と【契約】したときから補助してくれていたノルンが姿を得て、傍らで直接手助けしてくれるようになった。


 ラナ姉さんが、私を支えたいと望んでくれて────縁あって、セレナさんとヴァルトさん、ハルド君が、レド様に仕えてくれることになった。


 そして────残存するファルリエム辺境伯家所縁の者たち───エルとウォイドさん、ベルネオさんが、レド様の配下となって援護してくれることになり、エルの父親であるディンド卿がレド様に助力を約束してくれた。


 それから…、レド様の魂魄がこの世界に生まれ落ちたときから心を砕いてくれていた、レド様にとって乳母のような存在────アルデルファルム。

 ()のドラゴンは、今世でもレド様に仕えることを望み────アルデルファルムが永いこと護ってきた精霊獣たちは、長であるヴァイスを始めとして、私に仕えることを望んでくれた。



 私が、これまでのことを感慨深く思い返していると─────


「そういえば───ディンドが、リゼは指揮官の才があると褒めていたが…」


 話が一段落着き、ディンド卿の言葉を思い出したらしいレド様が、そんなことを言い出した。


「あれは、ディンド卿の買い被りです。集落潰しは何度もしていますし、運よく効率的に行えたのを、私の指揮の成果だと勘違いしてしまったのだと思います」


 レド様がディンド卿の言葉を鵜呑みにしてしまわないよう、私は即座に否定したのだが────


「いえ、ディンド様の勘違いではないですよ」


 私の言葉をレナスが否定した。


「え、ちょ───レナス!?」

「大規模な集落潰しを前にして漂う緊張感をものともせず───揺るぎのない態度で、ギルドマスターと遣り取りするリゼラ様は、それだけで圧巻でした。そして───ギルドマスターに要点を確認した後、集落潰しに参加する冒険者たちに挨拶をしたのですが…、簡潔な物言いだったにも関わらず───リゼラ様の凛とした雰囲気に、皆完全に呑まれている様子でした。ディンド様の仰った通り────あの一瞬で、冒険者たちを掌握したのです」


 恍惚としたような表情で────レナスは滑らかな語り口で興行師のごとく語る。


 いや、レナスは何を言ってるの?

 もしかして、英雄伝にでもかぶれてるの?


 レナスを止めようとしたとき、今度はアーシャが双眸をキラキラと輝かせて────弾んだ声音でレナスの後に続く。


「そうなんですよ!集落潰しって、ケガ人が結構出るし、下手したら死んじゃうこともあるから、いつもものすごく不安になるんですけど───リゼ姉さんがみんなの中に入った途端、みんなの顔から不安が消えたんです!」

「ちょっ───アーシャまで、何を言っ───」

「リゼ、少し黙っててくれ。レナスとアーシャの話を聴きたい。それで?」

「レド様!?」


 レド様は、私が話の邪魔をしないよう、顔はこちらに向けないまま私を抱き込む。


 私がレド様に動きを封じられ、止めることもできずにいるうちに───レナスとアーシャは、あのときの私の言動を、興奮気味に大げさに語り続ける。


 何これ、新手の拷問?


 私は、レド様に皆の前で抱き締められるという辱めを受け、その上、レナスとアーシャという信頼しているはずの仲間に褒め殺しにされ────心身共にボロボロとなったのだった。うぅ、酷い…。


いつも読んでくださっている方、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!


大まかな準備がやっと終わったので、次回からは皇都編締めの話に突入します。他視点も交え、これまで描いてこなかった事情にも焦点を当てるつもりです。引き続き、切りのいいところまで書き上げたら投稿しますので、お待ちいただけたら幸いです。

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