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第二十一章―ファルリエムの忘れ形見―#6

「これは…、また───」


 魔獣の死体を運ぶための荷馬車と助っ人を引き連れて駆けつけたガレスさんが、そう呟いて絶句した。


「首を一刎ねか…。やったのは────リゼだな?」


 ガレスさんが呆れたように言う。


 いや、まあ、確かに私がやりましたけど────何か、そういう風に言われると、私って“サイコパス”みたいじゃないですか?

 それに、今日は【対の小太刀】の二刀でやったので、“一刎ね”ではないです。


「…だが、まあ、よくやってくれた。お前さんがいなきゃ、人手を集めて事に当たらなきゃならんところだった。きっと────間に合わなかっただろう」


 確かに───他の人では間に合わなかったかもしれない。【転移(テレポーテーション)】を使ってもギリギリだった。


「これじゃ、荷馬車には乗らないな」


 魔獣の全長は3m以上ある。


 ガレスさんと一緒に来た2人の解体師が、魔獣に近寄り、それぞれ魔獣解体用の大型ナイフと鉈を取り出し───荷馬車に載る程度に切り分け始める。


「切り分けている間に、先にケガ人を荷馬車で運んでくれ」


 荷馬車の御者に、ガレスさんが指示する。


「リゼ、アーシャ、ご苦労だったな。お前さんたちも、ケガ人たちと荷馬車で先に帰ってくれ」

「解りました。後をお願いします」




「手伝います」


 3人のケガ人たちを荷馬車に乗せた後、大きな背嚢(リュックサック)を片手で引き摺るディドルさんに声をかけた。


「……頼む」


 無事な右腕で器用に荷台に乗り上げたディドルさんの脇に、背嚢を持ち上げて載せた。


 続けて、私とアーシャ───それに、姿をくらませたジグがこっそり乗り込む。


 荷馬車は、直接、施療院へと向かい───私とアーシャとジグも、そこで荷馬車を降りた。


 ギルドに寄ってもらうと、戻るのが遅くなってしまうので遠慮もあったし────何より、ディドルさんを逃したくなかった。


 遠出をするような依頼ならともかく、狩りや日帰りの依頼で、あんな大きな背嚢を持ち歩く必要はない。それどころか、邪魔になる。


 ディドルさんは────この皇都を出るつもりだった可能性が高い。





 簡素な石造りの平屋である施療院の出入り口は、1ヵ所しかない。その出入り口の前で待っていると、治療を終えたディドルさんが現れた。


「ディドルさん」

「………」


 ディドルさんは、私が待ち構えていることを予想していたようだ。驚いた様子はない。


「少し、お話しできませんか」

「…悪いが、時間がない。門が閉まる前に、皇都を出たいのでな」


 ディドルさんは私を見ることなく───足を止めることなく、足早に通り過ぎようとした。しかし、私の背後に佇む人物に気づくと───足を止めた。


 ディドルさんは、眼を見開き────呟く。


「…ルガレド様」

「久しいな、ディンド卿」


 ちょうど、この通路には私たちしかいない。


 レド様の存在に気を取られているディドルさん───ディンド卿は、私が【認識妨害(ジャミング)】を発動させたことには気づかなかった。


「少しでいい。話をさせて欲しい、ディンド卿」

「………解りました」


 ディンド卿は、観念したように頷いた。


「リゼ、頼む」

「はい、レド様」


 私は、レド様の言葉を受け、【転移(テレポーテーション)】を発動させるべく、魔力を【魔術駆動核(マギ・エンジン)】へと流した────



◇◇◇



「突然、押しかけて済まないな、ベルネオ」


 私たちは、ベルネオ商会の商館の一室を借り受けていた。


 この商館は名ばかりで、レド様の有事の際の拠点とすべく調えたようで、平時は倉庫兼ベルネオさんの皇都滞在時の住居として利用しているらしい。


 ベルネオ商会の店舗は別にあり、従業員たちはそちらに詰めていて、ここにはベルネオさんしかいない。


「いえ、勿体ないお言葉です。────お久しぶりです、ディンド様」

「べネスか。…元気そうだな」


 しかし───この部屋、何もないな。レド様を立ちっぱなしにさせておくのは、忍びない。


 私は、今リフォーム中のお邸から、今日創り上げたばかりのソファセットを取り寄せる。


 レド様とディンド卿に座ってもらおうと振り向くと、ベルネオさんとディンド卿が唖然とした表情を曝していた。


「どうぞ、レド様」

「ああ。ありがとう、リゼ」

「ディンド卿も、どうぞお座りください」

「…………かたじけない」


 アイテムボックスにストックしてある温かいままのお茶が入ったポットと、お邸の厨房からカップアンドソーサーを2セット取り寄せてお茶を注ぎ、レド様とディンド卿の傍に音を立てないようにそっと置く。


「ありがとう、リゼ」

「…………かたじけない」


 私は、お礼を伝えてくれた二人にそれぞれ頷いてから、中腰になっていたのを立ち上がって、レド様の斜め後ろに控える。




「それでは、改めて────10年振りくらいか…、ディンド卿」


 レド様が口火を切ると────ディンド卿が、深々と頭を下げた。


「ファルリエム辺境伯家を護れず────っ真に申し訳ございません。ルガレド様には────本当に…、大変申し訳なく────」


 ディンド卿の声と、膝で握られた拳が────震えている。


「頭を上げてくれ、ディンド卿。それは────貴殿のせいではない。ウォイドも俺に同じように詫びたが、悪いのは────そもそもの諸悪の根源は…、皇妃たちだ。大体───それを言うなら…、詫びねばならないのは俺の方だ。皇妃の標的は俺だったのだから────ファルリエム辺境伯家は、俺のせいで滅びたようなものだ…」


 レド様の声音に、悔し気な色が滲む。


 私は思わず───レド様の肩に手を置いた。

 レド様は、私の手に自分の手を重ね、激情を逃がすように一息吐くと───再び、口を開く。


「ディンド卿────どうか、俺に今一度力を貸してはくれないだろうか」


 ディンド卿は、寝耳に水だったのか────眼を見開いた。


「貴殿は、剣の腕前もさることながら、用兵にも長けていると聴いている。そのために、爺様の後継となったということも。俺は…、愛するリゼを───俺に忠誠を誓ってくれた仲間たちを護りたい。だから───どうか、俺に───力を貸してくれないか」


 レド様は、ディンド卿を真っ直ぐ見て────真摯に言葉を紡ぐ。


 ディンド卿は、その緑色の双眸を陰らせ────レド様から逸らすように、眼を伏せた。


「せっかくの申し出ですが────お断りさせていただきます。自分には…、ルガレド様のご要望に応えられるような実力などないのです…」


 拳を固く握り、ディンド卿は悲愴な表情で、続ける。


「自分は────俺は…、ファルリエム辺境伯家を護れず────バルドア傭兵団も護れなかった…。伯父上に…、バルドアに───後を頼むと言われていたのに…っ」


 少し前に、バルドア傭兵団が代替わりしたらしいという噂は聞いていたけれど────ディンド卿が悔いるような…、何かがあったのだろうか。


「まだ幼い…、護るべき娘を、大義の為だと遠ざけたにも関わらず────結局、俺は何にも成せなかったのです。潜伏しているうちにファルリエム辺境伯家は解体され────辺境伯領は…、皇妃一派の手に渡ってしまった…。虚ろになった俺を拾ってくれたバルドアに恩を返したいと思っていたのに────それすらも…、成し遂げられず────再び失意のうちに彷徨っていたとき…、ルガレド様がようやく成人すると聞き及び────こんな俺でも何かお力になれるかもしれないと────俺はこの国に舞い戻りました」


 ディンド卿の表情が───悲愴なものから、自嘲気味なものに変わる。


「この国に入国したとき…、俺は不安を抱いていました。ドルマとの国境であるこの街は、ベイラリオ侯爵家門下にあるのだから、見つからないよう慎重に行動せねば────と。ですが、それは────自意識過剰に過ぎませんでした。俺のことを気に留める者などおらず────間近で擦れ違った領主やその配下ですら、何の反応をすることなく…、素通りして行きました。考えてみれば、当たり前のことです。ファルリエム辺境伯家を潰すために“後継者”が邪魔だっただけで────ファルリエム辺境伯家が消えた今、俺という存在など気にする必要はない…」


 ディンド卿は自嘲の表情のまま、口元を小さく歪めて苦笑して────独白を続ける。


「それでも────何とか気持ちを奮い立たせて…、この皇都まで辿り着きました。ルガレド様の情報を集め…、どうにかしてラムルと連絡を取ろうとした矢先────リゼラ様…、貴女が現れた────」


「…え───私?」


 突然、自分のことを言及され───私は眼を瞬かせた。


 ディンド卿が顔を上げ、私に向ける。


「貴女は…、あの場にいた者たちを一瞬で掌握し───烏合の衆を見事に采配してみせた。挙句、魔獣すら単独で討った。貴女のような人が傍にいるのなら────ルガレド様には俺なんて必要ない…。貴女なら────貴女が俺の立場だったなら…、きっと────ファルリエム辺境伯家も、バルドア傭兵団も、護り抜くことができたのだろうな…」


 ディンド卿はそこで言葉を切り────また俯き、瞼を閉じた。


「俺の人生とは────何だったのか…。本当に────俺は…、一体、何のために────エルに…、エルに合わせる顔がない────」


 ディンド卿は両手で顔を覆い、懺悔の言葉を漏らす。


「ちょ───ちょっと、待ってください、ディンド卿…!」


 ようやく我に返った私は、慌ててディンド卿を遮る。


「それは買い被りです、ディンド卿。確かに、私は冒険者としては経験が長いですし、魔獣を単独で撃破できるくらいには力をつけました。ですが、それだけなんです。人の上に立ち────導けるような才覚があるわけではないんです…!」


「そんなことはない。貴女には指揮官としての才がある。冷遇されていたと聞いているが────さすがは、軍門イルノラド公爵家のご令嬢だ。騎士を率いるべく育てられたのだということが判る」


「っ!」


 ディンド卿の言葉に、すっと感情が凪いだ。


「ディンド卿────やはり…、貴方は勘違いをしておられます」


 自分で思ったよりも───声が低くなった。私の様子に驚いたのか、ディンド卿が眼を見開いている。


「私は…、あの家で───教育は一切受けておりません。ああ…、いえ───『一切』というのは語弊がありますね。簡単な言葉と文字以外のことは───本当に、何も習わせてもらったことはないのです。それどころか───6歳のときから、除籍されるまでのこの10年間、食事や服など…、生きるために必要なものすら与えてもらったことはありませんでした」


「それは────どういうことだ…?」


 自嘲の表情が驚愕に取って替わったディンド卿は、驚きのあまり素の口調で問う。


「ご存じの通り────この国では、王侯貴族として生を受けた者は、6歳になったら神託を受けなければなりません。私が授かった神託は────両親の期待に添えるものではありませんでした」


 感情を表さないよう、できる限り淡々と話そうとして────声音が硬くなっているのが、自分でも判った。


 一旦言葉を切ったとき、ディンド卿が遮るように呟いた。


「まさか…、そんなことで冷遇したと───食事すら与えなかった、と…?実の────娘に?」


 ディンド卿の声には、先程のか細かったものとは違い───力が入っていた。そして、拳を握り、ぶるぶる震えたかと思うと、次の瞬間────


「信じられん…!自分の娘だぞ…!?何でそんなことができるんだ!俺だって───エルの神託が『商人』で、ほんの少しがっかりはしたが───それでもエルが可愛い娘であることは変わりなかったのに…!食事を与えない…!?何て───何て親だ…!」


 ディンド卿は、さっきまでの落ち込んでいた姿が嘘のように────怒りに塗れた表情でそう叫んだ。


 私は、ディンド卿のあまりの変わりように、呆気にとられてしまった。


「リゼラ様!」

「は、はい」

「除籍など生ぬるい!そんな親、こちらから絶縁状を叩きつけてしまうべきだ!」

「あ、はい。私もそう思ったから、絶縁状を叩きつけました」

「よくやった!」

「ええと…、ありがとうございます?」


 私が困惑しながらも答えると、ディンド卿は満足げに頷き───今度はレド様へと顔を向けた。


「ルガレド様」

「勿論、このまま────放っておきはしない。いずれ…、思い知らせてやるつもりだ」


 レド様は、底冷えしそうな凍てついた眼で、当然のごとく答える。


「それでこそ、“ファルリエムの男”です───ルガレド様。男として生まれたならば…、大事な女は全力を以て護り抜き────大事な女が傷つけられたならば、持てる力を以て報復するべきだ。このディンド、微力ながら───助力させていただきます」

「それは────心強い。是非とも、リゼを護り抜くために力を貸して欲しい」


 ディンド卿は表情を改めて引き締め───立ち上がってから、片膝をついて首を垂れる。


「この命尽きるまで────我が力、存分にお使いください」


 ディンド卿の言葉を受けて、レド様は不敵に微笑む。


「…………」


 不敵に笑うレド様は格好いいし、私を護ろうとしてくれるそのお気持ちも嬉しいけど────ディンド卿は、こんな流れで忠誠を誓っちゃって本当にいいのかな、と────そんな考えが浮かぶ。


 でも、まあ、ディンド卿の話を聴いていた限りでは、恩を返すことができなくて自信を無くしていただけのようだし────これでいいのかもしれない。


 しかし…、レド様の───ラムルのフェミニストっぷりは、ファルリエム辺境伯家伝来のものだったとは…。


 ファルリエム辺境伯家はレド様のルーツなんだな────と、私は改めて認識したのだった…。

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