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第二十一章―ファルリエムの忘れ形見―#5

 エルと思わぬ再会を果たし、セレナさんたちを訪ねた翌日────


 “お城”での新たなお邸のリフォームを昼下がりで切り上げると、お邸に帰る前に、アーシャを呼び寄せて冒険者ギルドに赴く。


 ギルドへと寄ったのは、狩りのためではなく、先日の集落潰しの報酬をもらうためだ。


「こんにちは、セラさん」

「リゼさん、こんにちは。今日のお供はアーシャちゃんなんですね」


 レド様がいないのを見て取ると、セラさんはにっこりと朗らかに笑った。


 セラさんは、別にレド様が嫌いというわけではない。ただレド様と私の遣り取りを見てると、心の底から妬ましくなるだけなのだそうだ…。


「査定、終わってますよ。ギルドマスターから、リゼさんが来たら声をかけるよう言われていますので、ちょっと待っていてくださいね」


 セラさんがカウンターを出て、階段を上っていくのを何となく見届けてから、ギルド内を見回す。


 ディドルさん───ディンド卿はいないようだ。


 まあ、こんな中途半端な時間帯だ。ギルド内には、冒険者は数えるほどしかいない。


 そう簡単には会えないか…。



◇◇◇



 ガレスさんと共にギルドの裏にある倉庫へ向かうと、そこにはバドさんが待っていた。


「こんにちは、バドさん」


 倉庫内には、以前レド様と赴いたときに増して────物凄い量の素材が置かれていた。積み重ねて置かれているにも関わらず、倉庫内目一杯陣取っている。


「アーシャ、得物を確認させてくれないか」


 バドさんは開口一番に言う。アーシャが私の方を窺うように見たので、私は頷いた。


 アーシャに手渡された剣を鞘から出して一通り確かめると、バドさんは納得したような表情を浮かべ、剣をアーシャに返した。


「アーチャーを射殺したのは、リゼだと聴いている。リゼの討伐分がオーガ39頭に魔獣1頭、アーシャの討伐分が12頭だ」

「え、わたしが───そんなに…?」


 バドさんの言葉に、アーシャが驚きの声を上げる。


「ああ。剣の性能もあるのだろうが────それでも、単独でそれだけ倒せるとは…、かなり腕を上げたな、アーシャ」

「…っありがとうございます!」


 アーシャは、双眸を輝かせ───嬉しそうな満面の笑みで、バドさんに応えた。


「だが───素材に所々傷をつけてしまっている。これで満足せずに、もっと精進しろ」

「はい!」


 私も、こうやってバドさんに褒めてもらえると嬉しかったっけ。バドさんは解体に基づいて言葉をくれるから、いつも、いい指標になった。


「今回の買取はどうする?」

「私は、前回同様───鞣革と肉、それに魔石は持ち帰ります。それ以外の部位は買取で」


 ガレスさんに訊かれ、答える。


「わ、わたしも、リゼ姉さんと同じで!」


 続いて答えたアーシャに、私は眼を見開いた。肉はともかく───鞣革と魔石が、アーシャに必要と思えなかったからだ。




 ガレスさんが私たちの冒険者ライセンスであるコインを持って出て行き、バドさんが清算のために出て行くと、私はアーシャに訊ねた。


「アーシャ、鞣革と魔石、買い取ってもらわなくて良かったの?」

「うん。リゼ姉さんにあげようと思って」

「私に?」

「腕時計とか剣とか創ってくれたでしょ?それと、懐中時計もくれたから───そのお礼だよ。少ないかもしれないけど、もらって?」

「そんなこと、気にしなくてもいいのに。あれは、私があげたくてあげたんだから」

「でも…、とても───嬉しかったの。だから、お礼がしたいの」

「アーシャ…」


 アーシャの青とも緑ともつかぬ双眸は濁り一つなく澄んでいて────アーシャのその心情をそのまま表しているように思えた。


「解った。有難くいただくね。ありがとう、アーシャ」

「うん!鞣革と魔石だけじゃなくて、お肉もだからね?」

「ふふ、解った。ありがとう」


 私はもう一度心からお礼を言って、私とアーシャの戦利品を【遠隔(リモート・)管理(コントロール)】でアイテムボックスへと送った。



◇◇◇



 オーガ討伐において、アーシャの体格や双剣での効率の良い仕留め方や、どの部位が高く引き取ってもらえる素材となるのかなど、アーシャに解説していると────そこへ、バドさんが戻って来た。


 私とアーシャにそれぞれ、報酬である硬貨が入った袋を渡す。


「リゼのは、買取分だけでなく成功報酬も入っている。詳細は聴いている。本当によくやってくれた。リゼがいなかったら、壊滅もありえた案件だった」


「そんな───まさか。もしかしたら、もっとケガ人は出てしまったかもしれないですけど、あの場にはガレスさんだっていましたし、壊滅まではいかないのでは────」


「いや。まず、オーガの殲滅にもっと手こずっていただろう。殲滅を終えないうちにオーガロードが魔獣化して戻って来てみろ。確実に悲惨な事態になっていたに違いない。いかにガレスと言えど、手勢がCランカー以下では、その状態を覆すのは至難の業だ」


 私が偶然ギルドへ行かなかったら────指揮を執っていたのは、おそらく『黄金の鳥』のリーダー、ドギさんのはずだ。


 集落潰しや魔獣討伐の参加者のランクが同列の場合、援護を要請したパーティーが中心となるのが通常だ。


 『黄金の鳥』は、それなりに実績のあるパーティーだし────集団で戦うことに慣れていない私よりも、ドギさんなら上手くやりそうに思うけど。


「…納得していない顔だな。まったく、お前は…。まあ、いい。とにかく、よくやった」


 バドさんは呆れた表情を隠さず溜息を吐くと────苦笑いを浮かべ、そう結んだ。


 何だか───最近、買い被られてばかりいるような気がする。ちょっと、いたたまれない。



「あ───そうだ。お前、今回は血抜きしていなかったろう?」


 バドさんが唐突に言い出し───倉庫の隅に置いてある、前世で言う“一升瓶”数本を指さした。瓶はどれも、赤黒い液体で満たされている。


「どうにか、あれだけ集められたが────持ってくか?」


 以前なら、撤去作業中に持ち帰れるだけ血を抜かせてもらっていた。


 だけど今の採取の仕方では人前でするわけにはいかなかったのと───魔獣の件で撤収に時間をかけたくなかったのもあって、今回は諦めたのだ。


 もしかして────私のために採っておいてくれたのだろうか。


「でも…、サヴァル商会にでも持ち込めば、少しはお金になるのでは────」

「正直、どの個体の血がどれくらい入っているのか判別がつかない。金をもらったところで、どいつに振り分ければいいのか解らんし、かといってギルドのものにしてしまうのも着服と受け取られかねないからな。換算しない方がいい。お前が要らんと言うのなら捨てるだけだ。遠慮なく持っていってくれ」

「それなら────有難くいただいていきます」


 これは、ラナ姉さんの魔玄作製の練習に使わせてもらおう。


 ラナ姉さんも、魂魄の位階が上がったことにより、【魔力操作】が可能になったので、現在、鋭意訓練中だ。


 ラナ姉さんは、私の魔玄作りの試行錯誤に付き合ってくれていただけあって、魔玄の作製に精通している。【魔力操作】を覚えられたら、【技能】として昇華するのに時間はかからないはずだ。




「それにしても────ガレスの奴、遅いな」

「そういえば、そうですね」


 血の入った瓶をマジックバッグにしまった後、しばらく待ってもガレスさんが戻って来る様子がない。


 見に行った方がいいかもしれないという考えが浮かんだとき────


「リゼさん!至急、ギルドの方へ来てください…!」


 血相を変えたセラさんが、倉庫へ駈け込んで来た。


 私は黙って、倉庫を出てギルドへと向かう。


 アーシャと姿をくらませたジグが後ろからついて来ていることを確かめると、その後は意識を逸らすことなく、ギルドへと踏み入る。


「リゼ!」


 カウンターの前に、つい先日のように人だかりができていて、やはりその中心にいるガレスさんが、私を見つけて叫んだ。


 人だかりが割れて、ガレスさんの側へ行くと、そこには腕をケガしている若い冒険者がいた。

 二の腕を斬り裂かれたらしく、止血のために巻かれた布の上からでも、ぱっくり割れているのが見て取れる。


「魔獣ですか?」

「そうだ。帰り際、襲われたらしい。仲間が3人取り残されているそうだ」

「場所は?」

「トファルの森とヴァムの森を繋ぐ道の途中のようだ」


 一本道だから案内は必要ないな。


「魔獣の詳細は?」

「おそらくブラッディベアで───巨大化しているとのことだ」

「了解。すぐ向かいます」

「頼んだ。オレたちも後から向かう」

「お願いします。────アーシャ!」

「はい!」



 アーシャとジグを伴い、ギルドを飛び出す。


 人通りが途切れた所で、私は【認識妨害(ジャミング)】を発動し、続けて【転移(テレポーテーション)】を発動する。道がヴァムの森に接する地点に跳ぶと、誰もいないことを確認して、【認識妨害(ジャミング)】を解く。


 そして───トファルの森方面へ向かって奔り出した。



 魔力によって身体能力を強化している私たちは、程なくして、魔獣の姿を捉える。


 なるほど────あれは確かにブラッディベアが魔獣化したものに違いない。


 遠目には、ブラッディベアの姿そのままに巨大化しただけのように見えたが────近づいてみれば、両腕とその手先に埋め込まれた爪が、異様に発達しているのが目に入った。


 【心眼(インサイト・アイズ)】で視てみると、巨大化し変貌している割に、内包する魔力が少ないことに疑問が過ったけど────考えるのは後回しだ。

 とにかく、魔力は身体強化に使われるのみで、魔法を撃ってくる心配はなさそうだ。


 魔獣の前には、前情報と違い、4人の人間がいた。うずくまるように3人伏していて────魔獣からその3人を庇うように、一人の大柄な男が大剣を手に、間に立ち塞がっている。


 灰色の短髪を後ろに流し、鷹の眼のように鋭く魔獣を睨みつけている男───あれは…、ギルドで会えたらと思っていた────ディドルさんだ。


 ディドルさんは身体全体で荒い息をしていて───構えた左腕から血が滴っている。ケガを負っているみたいだ。


 魔獣の左腕は中程で斬り落とされていた。ディドルさんの大剣が血に塗れていることから、ディドルさんの仕業と見ていいだろう。


 ブラッディベアは熊型の魔物で、動作が素早い上、膂力があり───低ランカーでは相手にならない。血のように真っ赤な毛の色と───その血気盛んな獰猛さの二重の意味で、“ブラッディベア”と呼ばれている。


 そんなブラッディベアが魔獣化したのだ。いかに手練れとはいえ、3人ものケガ人を庇いながら、一人では手に負えるわけがない。


 魔獣が右腕を振り被る。ディドルさんに逃げる様子はない。おそらく、自分が避ければ、後ろにいる冒険者に害が及ぶからだろう。


「アーシャ、魔獣は私がやるから、あの人たちをお願い!」

「解った!」


 私はそれだけ告げると───【身体強化(フィジカル・ブースト)】を発動して、地を蹴った。


 【対の小太刀】をベルトから鞘ごと引き抜くと、ディドルさんの前に身体を滑り込ませて、小太刀の刀身ほどもある魔獣の爪を、両手の小太刀で受け止める。


 そして、小太刀で魔獣の爪を絡めとって、ありったけの力を込めて魔獣の腕ごと振り下ろした。鋭利な魔獣の爪は、私の足元の地面にあっさりと深く食い込む。


 私は魔獣の爪に絡まったままの鞘から小太刀を抜き出し、抜身の小太刀を両手に携えて、太い樹木のような魔獣の腕に乗り上げ────奔る。


 魔獣が地面から爪を引き抜いたが────すでに二の腕まで昇り詰めていた私は、魔獣の腕を蹴り跳び上がると、魔獣の首を狙って両手の小太刀を閃かせた。


 先に右手の小太刀を、魔獣の首に食い込ませたけれど、強化された肉に阻まれ刃が進まない。間髪入れず、左手の小太刀を押し込んで右手の小太刀を力任せに進ませて、二振りの小太刀を強引に振り抜いた。


 切り離された魔獣の頭が、音もなく飛んでいった。


 私は、剣を振り抜いた勢いのまま魔獣の肩を踏むと、ゆっくりと後ろに倒れ込んでいく魔獣が、ある程度地面に近づいたところで飛び降りた。


 こっそり【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させ、魔獣が息絶えていることを確認してから、地面に落ちていた鞘を拾って、小太刀を収める。



「皆さん、大丈夫ですか?」


 そう問いかけながら、ディドルさんたちに振り向くと────アーシャ以外の全員が、唖然とした表情で私を見ていた。


 誰も返事をしてはくれなかったが────どうやら、皆何処かしらケガをしてはいるものの、生きているようだ。


 私はベルトの後ろに括り付けたポーチからマジックバッグを取り出し、さらにその中から傷薬や回復薬、包帯などを取り出す。


「アーシャ、応急手当てをするから、手伝って」

「うん!」


 アーシャは、何だか────誇らしげな表情で、頷いた。

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