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第二十一章―ファルリエムの忘れ形見―#4


※「ラルド」の名称を「ハルド」へと変更します。混乱させてしまいましたら、申し訳ありません。


 結局、【念話(テレパス)】でレド様に許可をもらって、先程ラムルを孤児院へ送った魔術で───直接、お邸の地下調練場へと赴いた。


「ほう…、これは凄い。もしかして、新しく造るっていう邸に付ける調練場もこれと同じものか?」

「ええ、そうです」

「ほう、それはいいな。────ところで、隊長さん、さっきもらった剣を慣らすためにも、ちょっと手合わせを────」

「ハルド君と手合わせですね。あちらの方を使っていいですよ。魔術の試し撃ちは、そちらに向けてやりますから」


 私はヴァルトさんの言葉に被せて、笑顔で告げる。ヴァルトさんとの手合わせは長くなりそうなので、今日は却下だ。


「ちぇ~、解りましたよ。────ほら、ハルド、やるぞ」

「ええ、ジジィと手合わせすると、長くなるから嫌なんだよな…」


 ハルド君がぼやく。やっぱり、ヴァルトさんとの手合わせは、長くなるのか…。


 あげたばかりのマジックバッグから剣を取り出したヴァルトさんに倣って、ハルド君も渋々、マジックバッグからショートソードを取り出す。


 二人が向かい合って、剣を構えるのを横目に、私はセレナさんに向き直った。


「それでは、私たちも始めましょうか────」



 アイテムボックスに入れっ放しだった丸太を使い、【創造】で直径1mほどの円い的をとりあえず3つ創って、前方に並べて設置する。


「では、セレナさん、的へ向かって魔術を放ってみてください」

「はい…!」


 セレナさんが杖を両手で掴み、構える。


 セレナさんの右手の親指が、魔力を吸い上げ“氷姫”へと流れるよう設定した魔術式に触れ、魔力が杖の先端の円盤部分に流れ込んでいく。


 セレナさんの目の前に幾つもの魔術陣が展開し、光を放った。


 10cmほどの氷片が魔術式から飛び出し、的へと向かう。氷片は、的に鈍い音を立ててぶつかり、的にめり込んだ。


「どうですか?」

「すごく、いいです…!持ちやすいですし、発動しやすいです…!」


 セレナさんが、ちょっと興奮気味に答える。


「それは良かった」


 うまくいって良かった。それだけでなく、セレナさんが喜んでいるのが見て取れて、嬉しくなった。


「それに───何だかいつもより、氷塊の数が多いような気がします」

「そうなんですか?」


 それが事実なら────何故だろう?


「セレナさん、杖から“氷姫”を取り出して、以前のように魔術を発動してみてくれませんか?」

「はい」


 セレナさんは頷いて、私の言う通りに“氷姫”を取り出し、構える。私は【心眼(インサイト・アイズ)】を発動して、その様子を観察してみた。


 ────魔力が、きちんと魔術陣の隅々にまで行き渡っていない…?


 魔術陣の欠陥なのか───それとも、魔力の経路に不具合があるのか。


 私が発動したときは、自分で魔力を流し込んだから、最大限の威力を発揮できたのだろう。


「多分、魔力が魔術陣に行き渡っていないのが原因ですね。杖には、魔力を吸い上げ、魔術陣に流し込むように設定してあるので、きちんと魔力が行き渡り、既定の威力を発揮できるのだと思います」

「そうなのですか…。では、同じ魔力量で前よりも威力の強い魔術を発動できるのですね」


 セレナさんが、納得したように呟く。


「それでは───私が発動したときと、リゼラさんが発動したときでは、氷の形が違うのは何故なのでしょう?」


 そのことについては、集落潰しの際、分析したから理由は解っている。


「それは、イメージの違いですね。私の場合は、無意識に自分の剣の刃をイメージしていたようです。私が放った氷刃は───ほら、この剣の形状に似ていたと思いませんか?」


 私は、対の小太刀の一つを鞘から抜いて、セレナさんに示す。


「確かに…、似ています。私の場合は────おそらく…、お兄様の魔術を真似ているのでしょう」


 セレナさんはそう言って、少し考え込んでから────また口を開いた。


「私でも…、氷塊の形状を変えることはできるでしょうか?」

「できるのではないかと思います。ただ、無意識にお兄様の魔術をイメージしているようなので、意識してイメージをする訓練をした方がいいかもしれません」

「なるほど…」


 私は、ヴァルトさんとハルド君の方を見遣る。


 ヴァルトさんが嬉々として、ハルド君に猛攻を浴びせている。ハルド君はさばくので精一杯のようだ。二人の手合わせは、まだ終わりそうもない。


「ヴァルトさんたちの手合わせは長くなりそうですし────ちょっと、訓練をしましょうか」

「いいのですか?」

「ええ、セレナさんさえよろしければ」

「それなら、ぜひお願いします…!」


 セレナさんは嬉しそうな笑みを浮かべ、私に向かって頭を下げた。



◇◇◇



「ったく、ちょっとは手加減しろよ、ジジィ。こんなの手合わせの域じゃねぇだろ」

「何を言っとるか。男がこれくらいで音を上げてどうする」


 しばらくして────セレナさんの訓練が一区切りついたところで、ちょうどヴァルトさんとハルド君の手合わせが終わったので、テーブルとイスを取り寄せて、私たちは休憩をとっていた。


 アイテムボックスにストックしておいた───真ん中にナッツを埋め込んだ絞り出しクッキーと、紅茶も出して、セレナさんたちに振舞う。


「これ…、“クッキー”っていうんでしたか?とても美味しいです。この紅いお茶も」

「ふふ、お口に合ったなら良かったです」


 本当に美味しそうに、少しずつクッキーを齧るセレナさんが可愛くて、私は笑みを零した。


 もう成人している年上の女性に“可愛い”は失礼かな。


「もしかして────これ、リゼラさんが作ったんですか…?」

「はい」


 私が頷くと、セレナさんはクッキーを持つ右手を下げ────目を伏せた。


「リゼラさんは────凄いですね…。何でもできてしまう…」

「セレナさん?」


「私───魔術の発動すら…、上手くできなくて────やっぱり落ち零れなんだなって実感しました…」

「え、そうですか?確かに何回か失敗しましたが、形状を変えることもできるようになったじゃないですか。上手くできていたと思いますけど…」


 セレナさんが突然、後ろ向きなことを言い出したので────私は首を傾げた。


 私には、セレナさんが落ち零れだなんて思えないけど。


「だって────1回でできなかったのに…」

「もしかして…、私が一発であの魔術の強い威力を発揮できたからですか?───だとしたら、思い違いですよ。言ったじゃないですか。私は魔法を使う、と。あれは───元々、魔力を扱う訓練をしていたからこそ、できたんです。私だって───ちゃんと訓練や鍛練、習練をしているんです。それに…、失敗することだってあります」

「────そうなのですか…?」


 セレナさんは、本当に驚いているように見える。


 本気で、1回でできないのは落ち零れだからだと思っているみたいだ。誰かに、そう吹き込まれたのだろうか────例えば…、家族とかに。


「セレナさんは落ち零れではないですよ。1回でできてしまう天才ではないかもしれないけど────それでも、落ち零れなんかでは────絶対ないです」


 長い時間をかけて刷り込まれた観念は、そう簡単には覆せないだろう。だけど、少しでも、それを揺るがせたら────そんなことを思いながら、私は断言した。


 セレナさんは、眼を見開いた後────その磨き上げられたような瑠璃色の双眸を潤ませた。


「ありがとうございます…、リゼラさん」


 私の言葉が、少しは、セレナさんに響いたようで────嬉しくなった。


 これから、その刷り込みが消えるまで、言葉を重ねていこうと心に決める。いつか、セレナさんが、自分を落ち零れだなんて卑下することがなくなるように────



 それにしても────セレナさんの魔力量は、レド様や私には及ばないにしても、今のジグやレナスに匹敵するくらいにはある。

 これでも落ち零れ扱いを受けるなんて、セレナさんの兄弟はそんなに魔力量が多かったのだろうか?


「ほら、お嬢────ワシの言った通りだろ?お嬢は落ち零れなんかじゃないって」


 ヴァルトさんが、朗らかな笑みを浮かべて言う。セレナさんに向けられたその眼は、優しさに彩られていた。


「ヴァルト…」


「大体、魔力量が兄弟の中で一番少ないってだけで、別に魔術が使えないわけではないのに、落ち零れ呼ばわりするのがおかしいんだ。なあ、そう思わないか、隊長さん」


 ヴァルトさんが、私に話を振る。


 ヴァルトさんは意外なことに、かつての主や跡取りだったセレナさんの兄よりも、セレナさんの味方のようだ。


 そして───何か思うところでもあるのか、ハルド君は何も言わずに黙って会話を聴いている。


「ヴァルトさんの言う通りです。魔術が発動しないくらい魔力量が少ないならともかく───まあ、それでも落ち零れ呼ばわりはどうかと思いますが───集落潰しの際、あれだけの魔術を行使しても、魔獣に魔術を放つことができたくらい魔力量があるのですから、それだけで落ち零れと決めつけられる謂れはないと思います」


「だよな。そんだけありゃ十分だよな。あいつら、お嬢が落ち零れっていう先入観が強過ぎて───お嬢が自分と同じ結果を出しても、バカにするんだぜ。しかも、そのことに自覚がないんだよ」


 イルノラド公爵家の面々が────特に、公子や公女が思い浮かぶ。


 公爵家の敷地内で遭遇するたび、私を『出来損ない』と呼び───私がイルノラド公爵家に生まれたことを口汚く罵ってきた。


 私が生きているだけで───同じ血を引いていることが恥ずかしいのだそうだ。私のことなど───何も知らないくせに────


「悪いレッテルというのは────本当に…、根強いですよね。一度レッテルを貼られてしまうと、剥がし取るのは難しいのに────人は簡単に、悪いレッテルを貼り付ける」


 洞察力がない輩ほど────よく相手を見ないまま、自分の貧相な思い込みで、そうしたレッテルを他人に貼り付ける。


 その上、悪いレッテルを免罪符に、その人を虐げることが正当だと───自分には他人を虐げる権利があると思い込んでいるのだ。


 …ああ、駄目だ────これ以上考えていると、あの人たちや皇妃一派に対する───自分の奥底に焦げ付いている怒りを思い出してしまう。もう話題を変えた方がいい────



◇◇◇



「わざわざ送ってくださり───ありがとうございます、リゼラさん」


 孤児院の【転移門(ゲート)】へ跳び、【転移(テレポーテーション)】で、宿屋『月光亭』の一室に直接三人を送る。


「いえ。何か、不具合や変えて欲しいところがあったら、連絡してください」

「はい。ありがとうございます」


 この後、私は“お城”へと跳び───早速、新しいお邸のリフォームを始めるつもりだ。


「こちらの受け入れ態勢が整い次第、皆さんを雇用させていただきたいと思っていますので────それまでは、魔物の間引きや、魔獣討伐の方、よろしくお願いしますね」


 これは、同じ冒険者としての依頼だ。


 この“膨張期”にあって───皇都に滞在する高ランカー冒険者の数が足りていない。私も出来る限りは狩りをするつもりではいるが、セレナさんたちにも協力してもらいたい。


「はい。お任せください」


 セレナさんが応え、ヴァルトさんとハルド君も頷く。


「それでは、お邪魔しました」


 私がそう締めくくり、【転移(テレポーテーション)】を発動させようとしたとき────セレナさんが、何か言いたげに私を見ていることに気づいた。


「セレナさん?」


 セレナさんは仄かに頬を染め、躊躇うように視線を泳がせる。


 その様子は大変可愛らしいけれども────セレナさんが何を言いたいのか解らずに、私は首を傾げた。


「あの…、リゼラさん────私、その…、」


 意を決したように私に視線を定め、セレナさんは口を開いたが、言葉が続かない。


 根気よく続きを待っていると────セレナさんがようやく、躊躇いがちながらも続きを口にする。


「リゼラさんは…、その、私の主となる方ですし…、とてもお忙しいと解っています…。ですが───す、少しでも時間が空いたら…、また───私と…、お、お話しして、いただけませんか…?」


 そう言うと、セレナさんは───いたたまれなさそうに、視線を足元に落とした。


「隊長さん、お嬢は気軽に話せる友人がいないんだ。偶にでいいから、お嬢の話し相手をしてやってくれないか?」

「ちょ、ヴァルト…!?」


 見かねたのか、ヴァルトさんが口を挟み────セレナさんは、顔を真っ赤に染めて慌てる。


「あ、あの、御迷惑ならいいんです…!」

「いえ、迷惑どころか、嬉しい申し出ですけど────ただ、ちょっと意外な気がして。セレナさんなら、友人になりたいという人は多いと思いますが…」


 大人しいけど芯があって───思いやりもあって、こんなに可愛いらしい人なのに。


「いえ…、私は────跡取りである兄にあからさまに嫌悪されていましたので…、社交界でも同年代の貴族令嬢からは馬鹿にされていました。侍女も、私の専任は誰もやりたがらず────今まで親しく話せる同性はいなかったんです…」


 セレナさんは、寂し気に眉を下げた。


「冒険者になっても…、私が貴族の出だと判ってしまうみたいで────やはり遠巻きにされていて…。だから…、私のことを馬鹿にしたりせず、普通にお話ししてくれたのは────リゼラさんが初めてなんです…」


「…そうなんですか。では────私が、セレナさんの初めての友人ということですか。それは、嬉しいですね」


 私がそう言うと────セレナさんは、眼を見開いた。


「私のこと…、友人────と、思ってくださるのですか…?本当に…?」


「ええ。セレナさんさえ良ければ。公の場では困りますけど───仲間内で過ごしているときは、私としても気軽にお話しできる方がいいですし。セレナさんが友人になってくれるのは、とても嬉しいです」


 セレナさんの双眸が潤んで、陽光に煌く。


「わ、私も────私も…、とても嬉しいです…」

「良かった」


 セレナさんは眼を潤ませながらも嬉しそうで────セレナさんが喜んでくれたことに、私も嬉しくなって笑みを零した。

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