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第二十章―見極めるべきもの―sideガレス


『いいね』を押してくださった方、ありがとうございます!


※※※



「よお、盛り上がってるな」


 やるべきことに一段落がついたガレスが、冒険者ギルドから程近いその酒場に出向くと────すでに酒が振舞われ、冒険者たちの間には酔い始めの陽気さが漂っていた。


 酒場は、エギドの森の集落潰しに参加した冒険者たちで占められ、ほぼ貸し切り状態となっていた。


 この酒場は、冒険者ギルドが経営していて、2階に併設された宿は冒険者しか利用しないので、元々、利用するのは冒険者がほとんどだ。



「ギルドマスター、お疲れ様。リゼさんは?」


 Bランクパーティー『黄金の鳥』の斥候を担うレナに訊かれ───ガレスは答える。


「リゼは、参加できないってさ」


 すると、そこかしこで微かに落胆の声が上がった。何となく、残念なような────安堵したような微妙な空気が漂う。


 リゼラを目の前にしたら緊張して打ち上げどころでなくなるから、これでよかったのだという思いと────彼女を間近で見たかった、あわよくば言葉を交わしたかったという心情が半々といったところだろう。


「ギルマス、こっちに座れよ」


 『黄金の鳥』のリーダー、ドギが自分の近くの空いているイスを勧めてくれたので、ガレスは『黄金の鳥』とサポーターのエイルとジスが囲うテーブルに着いた。


 酒場の店員にグラスを手渡されると、すぐにドギが酒を注いでくれた。



「フェド、どうしたんだ?気分でも悪いのか?」


 隣に座る、『黄金の鳥』のアーチャー、フェドが項垂れていることに気づき───ガレスは声をかける。


「ああ、フェドは落ち込んでるのよ」

「何かヘマでもやっちまったのか?」


「それがね、リゼさんに醜態を晒してしまったんだそうよ」

「醜態?」

「リゼさんが、せっかく挨拶してくれたのに、緊張して返せなかったんだって」


 レナが、楽しそうに暴露する。


「うぅ…、絶対、挨拶もしない失礼な奴だと思われた…」


 フェドが呻くように呟く。


 人当たりのいいフェドは、荒くれ者の多い冒険者には珍しい好青年として知られている。


 そのフェドが、ただの挨拶も返せなかったとは────ガレスは苦笑いするしかない。



「まあ、でも、ドギの奴よりはマシじゃない?」


 レナの言葉に、ドギが、含んでいた酒を吐き出しそうになって、(むせ)た。


「な、何で、オレを引き合いに出すんだよ」

「いや、だって、リーダーのくせして、きちんと挨拶できてなかったじゃない」

「仕方ないだろ!突然だったんだから」

「突然じゃなければ、ちゃんとできたの?」

「うっ、それは…」


 珍しく狼狽えるリーダーを、レナはここぞとばかりに揶揄って笑う。


「まあ、でも、その気持ち解るな。オレだって、話しかけられても、ろくな返答できなかったよ」


 サポーターのエイルが酒が入ったカップを口元に運びながら───遠い目をする。


「だよな!?」


 エイルの同意を得て、ドギは勢い込む。


「俺だって同じですよ。噂には聞いていたけど…、実物は噂以上でしたね」


 同じくサポーターのジスも話に乗る。


「何ですか、あれ。住む世界が違うっていうか────俺らと同じ人間とは思えないですよ」

「だよなぁ」

「まあ、確かにね」


 今度はレナも、揶揄うことなく頷く。


 

(リゼが冒険者たちに遠巻きにされているのは知っていたが────ここまでとはな…)


 だが、その気持ちも解らないでもない。


 公爵家でほとんど教育を受けていないにも関わらず、一般庶民とは一線を画すリゼラの立ち振る舞いは、特に荒くれ者が多い冒険者には近寄りがたいのだろう。


 それに加えて────あの美貌だ。


 幼い頃から顔立ちの整った子供ではあったが───成長するにつれ、その美貌も増している。

 間近で相対すれば、言葉が出てこないのも仕方がないのかもしれない。


 その上、単独で魔獣を撃破できるほどの実力まであるのだ。

 しかも、ある程度なら───魔物の集落すら、単独で潰せるときている。



「指揮も様になっていましたよね」


 ジスが、しみじみと呟いた。


「班分けも的確だったし────時計を使って一斉に突入するとか、発想もすごいよな」


 続いて、ドギが感心したように言う。


 ガレスも、一連の流れ自体は、ざっとではあるが───リゼラから報告を受けている。


「いつもの集落潰しは、作戦なんてあってないようなもんだしな」


 ただ突入して、各々のパーティーもしくはチームで撃破するのみだ。


「冒険者なんだから、それでいいと思ってたけど───やっぱり、ちゃんと作戦を立てると違いますね」


 きちんと戦力で三手に分けて、三方向から一斉に突入することにより魔物の虚を衝き、有利な状況で戦闘を開始できたのも良かったし───リゼラが全体を見て、相手にする魔物の数が偏らないよう間引いてくれたので、戦線が崩れることもなかった。


「そうだな。あの規模の集落で、ケガ人はたった5人───殲滅にかかった時間も、驚くほど速かった」


 いつもなら、もっとケガ人が出ていたはずだ。再起不能になる者、下手したら死者すら出ていたかもしれない。


 それが───5人。それも、施療院にかかれば時間をかけずに復帰できるようなケガばかりだ。



「それだけじゃないわよ。見張り台のアーチャーが、別々の方向に墜ちてたでしょ。あれ、偶然じゃないらしいわ。アーシャちゃんが言うには───何でも、手鏡を使って光を反射させて、それに気づいた1頭のアーチャーが身を乗り出したところをまず射って墜として───あとの2頭は射殺してから、別々に墜ちるよう、射って調整したんだって」


「……人間業じゃないな」

「フェド、お前、できるか?」

「そんな芸当、できるわけないだろ」

「だろうな」


 最初の1頭目はともかく、射殺して───崩れ落ちる前に続けて射るなんて、どんなに手早く矢を放ってもできるはずがない。


「オレたちが協力して1頭倒すところを、単独で───しかも一刀で倒しちまうんだからな」


 一刀のもと倒せるのは、『氷姫』のヴァルトも、ソロのディドルも同じだが、リゼラの場合は、両手の剣それぞれ1頭ずつ、同時にだ。


 それこそ────人間業ではない。



「それなのに、魔術まで使えるなんてさ」

「元々、魔法は使っているらしいことは聞いていたけど───本職より使い熟せるってどういうこと?」

「でも────魔術を使う姿、すげぇ絵になってたよな…」


 その細い右腕を突き出し、魔獣を見据えて佇む凛とした姿に、あの場にいた誰もが見惚れていた。


 特に───魔術を発動した瞬間、その漆黒の髪がふわりと靡き、現れた魔術陣が発した光に照らされたリゼラは神秘的で────目を離せなかった。



「それもそうだけど───あたしとしては、セレナさんを魔獣の攻撃から護ったときの方が印象的だったな。本当───何あれ。下手な舞台俳優より凛々しくて、格好良かったわ」


 セレナも、リゼラ程でないにしても、かなりの美少女だ。


 そのセレナを横抱きにして────魔獣の攻撃を軽々と避けるリゼラの姿は、物語の“姫を護る騎士”のようだった。


 女としては、あんな風に窮地を救われることに、憧れてしまうのだろう。


「オレたちじゃ、とてもじゃないけど、絵にならないよなぁ」

「その前に、誰かを抱えながら、魔獣の攻撃を避けるとか無理ですよ」

「だな」



 グラスを傾けながら、『黄金の鳥』の面々とエイルとジスの会話を聞くともなしに聞いていたガレスは────苦笑を浮かべた。


(リゼ本人は、自分の判断ミスで皆を危険に晒したと思って、落ち込んでたけどな)


 リゼラは、自己評価が低いというより────周囲と認識が少しずれている。その原因は幾つかあると、ガレスは考えていた。


 まずは───かなり早いうちから冒険者として活動していた上、その実力のおかげで昇進が早かったため、同年代とキャリアがずれていることが一つ。


 次に───リゼラに冒険者としての基本を教え込んだ者が、周囲とずれていたことだ。


 そして───他の冒険者から、こうやって遠巻きにされ、孤立に近い状態となっていることが、認識のずれを、いつまでも気づけない駄目押しとなっている。


 そのせいで、リゼラは自分の実力が突出し過ぎていることを、理解していない節がある。


 現在、Sランカーはリゼラを除いて3人いるが────リゼラの実力はその中でも群を抜く。



「その上、上物の恋人までいてさ、出来過ぎよね」

「単独で魔獣を討伐し、小さいとはいえ集落を潰したという新人でしたよね」

「アレドっていったっけか。それで、顔もいいとか───どんだけ持ってんだって話だよな」

「え、そうなんですか」

「ああ。我らが“孤高の戦女神”を落とすだけはあった」


 ガレスが考え事をしている間に、リゼラからアレドに話は移り変わっていた。


「この間、ギルドの中でいちゃついてたらしいわよ。セラが呪詛を吐いてた」

「あ───それ、オレ見た。あの二人、もしかして同棲してんのかな。夕飯作る前にお茶しようって話しててさ」

「そりゃ、セラが呪詛を吐くわけだ」


「だけど、アレドっていいところのお坊ちゃんぽくない?同棲なんてできるの?」

「それじゃ、自分の邸に住まわせてるんじゃないか?」


(実は、アレドがこの国の皇子で───リゼを皇城内にある自分の皇子邸に住まわせてるって知ったら驚くだろうな、こいつら)


 これまでルガレドが参加した遠征で共闘した冒険者は、遠征先を拠点とする連中ばかりなので、アレドがルガレド皇子だということは、今の時点では誰も知らない。



「でも────お似合いよね、あの二人」


 レナが、ぽつりと呟く。


「そうなんだよなぁ」

「どちらも雲の上過ぎて、嫉妬すら湧かない」


 他の面々も、しみじみとした態で肯いた。


「リゼさんって、どっかの令嬢なのに冷遇されてて、冒険者として身を立ててるんだろ?」

「らしいな」

「食事すら与えてもらえなくて、小さい頃から街に下りて食い扶持を稼いでたんでしょ、ギルマス」

「…ああ」


 レナに話を振られ、ガレスは頷く。


「酷い親もいたもんだな」


 ガレスも心の中で同意する。


 リゼラが貴族間でどんな風に認識されているか────ガレスは知っていた。

 “出来損ない”などと、よく言えたものだ。少しでもリゼラときちんと接していれば────出来損ないどころか優秀であることは判ることなのに。



「アレドさんといるときのリゼさん、幸せそうよね」

「ああ、良かったよな」


 レナとドギの言葉に、ガレスは口元を緩めた。


 どんな集団にも、性根が腐っている輩は存在する。特に冒険者は、その職業柄もあって、そういう輩が流れてくることが多い。


 長い冒険者生活で、そんな連中とも関わることが多々あったガレスは、レナとドギのような───他人の幸せを喜べる者が、このギルドにいてくれることが嬉しかった。



 リゼラに幸せでいて欲しいのは、ガレスも同じだ。


 リゼラが未来を切り拓こうと────これまで懸命に努力してきたことを、ガレスは知っている。


 リゼラから、不遇の第二皇子の親衛騎士となることを決めたと打ち明けられたときは────何故わざわざ、そんな茨の道を選ぶのかと思った。


 だが───二人で並んでいるところを見て、そんな疑問は消えた。

 どちらの立場も危ういながらも────二人はお互いに支え合い、しっかりと地に立とうとしている。


 あの二人は、きっと出会うべくして出会ったのだろう────そんな気がする。


 まあ、何にせよ───あの二人に何かあった場合、ギルドマスターとしても、ガレス個人としても、出来る限り手を差し伸べるつもりだ。


 いまだ話し続ける周囲に耳を傾けながら、ガレスは酒を口に含んだ───

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