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男爵令嬢が公爵令息に恋をしただけ

作者: 下菊みこと

リリアンヌ・ロゼール。しがない男爵家の五男六女のうち末っ子に当たる、顔も成績も平凡な彼女には人には言えない秘密が有った。それは、魂を見抜く力を持つことだった。


「エルネスト様ー!今日もお美しいですー!」


「あははは。ありがとう、リリアンヌ嬢。とても嬉しいよー。でもいい加減他の褒め言葉も用意したらー?本当語彙力ないよねー」


「エルネスト様、私はエルネスト様のお声がお美しいと思いますわ!」


「エルネスト様の真の美しさは心にこそあると思いますわ!」


「うんうん、みんなありがとう、嬉しいよ。でも、僕はリリアンヌ嬢とお話したいんだー。邪魔しないでくれる?」


にっこりと笑ってリリアンヌ以外の女性に拒絶を示すのはエルネスト・グレゴワールという美男子。公爵家の長男であり跡取りである彼は、見た目も華やかで成績も優秀。将来が約束されているのに婚約者の決まっていない彼の周りにはいつも婚約者のいない貴族の女性が群れを成している。リリアンヌもその中の一人なのだが、何故かいつも女性に笑顔で毒突く彼はリリアンヌだけは受け入れていた。


「リリアンヌ様ばかり狡いですわ!」


「家柄が優れているわけでもない、容姿も平凡な彼女の何がいいんですの!?」


「うん、俺以外の人間が彼女の悪口を言わないでくれるかな?不愉快なんだけど」


笑顔でキレるエルネストに周囲の女性も流石に黙る。


「ほら、リリアンヌ嬢。ぼーっと突っ立ってないで俺の側に来な。登下校くらいゆっくり話したいだろ?」


「はい、エルネスト様!」


キラキラとした目をエルネストに向けるリリアンヌ。しかし、リリアンヌがエルネストにその目を向ける理由は彼の将来の爵位にも美しい見た目にもない。…その、魂の在り方がとても好きだったのだ。


人に笑顔で毒突くタイプの彼は、しかし根は真面目でお人好しだった。困っているものがいれば、それが例え使用人だろうが平民だろうが孤児だろうが手を差し伸べる。但し、誰にも見られていないのを確認した上で、相手にも口止めしてのことだった。捻くれ者の彼らしい優しさの在り方だった。


しかし、リリアンヌは唯一、彼のその在り方を知っていた。魂を見抜く力のお陰で。見た目の美しい者が裏で使用人を虐げたり、見た目の醜い者がとても美しい生き方をするのをずっと見てきて、どうせ信じてもらえないことを知っていて誰にもそれを言えなかった彼女は、そんな彼に心底惚れ込んだ。なんて不器用で優しくて、可愛らしい人なのだろうと。


先程の会話の中で、彼女が言ったお美しいとは魂の質のことだった。唯一彼女だけが、本心から彼の内面を褒め称えていた。


…そして、エルネストはそれを知っていた。


エルネストにも、人に言えない秘密が有った。それは、相手の心の声が聞こえるという力を持つことだった。エルネストの気持ちには関係なく聞こえてくる。相手の嘘偽りもすぐにわかってしまう。だから、エルネストは捻くれ者に育ってしまったのだ。


しかし。周りの女性がみんな自分の将来の爵位や恵まれた容姿ばかりに惚れ込んで寄ってくる中で、リリアンヌだけは違った。魂が綺麗、なんて殺し文句はすぐに彼の心に突き刺さった。そして興味を惹かれた彼女は、爵位こそ低く見た目も成績も平凡だったものの、心根が真っ直ぐな…所謂お人好しだと直ぐにわかった。だって、彼女は基本的に嘘を吐かない。そして誰かのためになるなら身を粉にして働くことも厭わない。家族のため、友人のため、領民のため…彼女は人の為に生きている人だった。


だが、捻くれ者の彼は中々リリアンヌに好きと言えない。婚約に持っていくのが難しい。さてどうしたものかと思っていた中で、事は起きた。


「あのリリアンヌとかいう男爵令嬢、邪魔なのよね」


誰が先に言い出したのか。それはやがてすぐにエルネストを囲う女性達の共通認識となる。貴族の子女が通う学園の中で、それは虐めに発展していった。


最初は、嫌味や陰口だけだった。だが、徐々に物を隠したり壊したりと陰湿なものに変わる。やがては、高位貴族の令嬢達から隠れて暴力まで振るわれるようになった。


しかし、リリアンヌはそれをおくびにも出さない。そもそも男爵令嬢である彼女を虐めたところで困る人などいない。虐めがバレてもこの階級社会だ。学園が動いてくれるはずもないのだからとリリアンヌは自分から動く気はなかった。


しかも、エルネストといる時の彼女はエルネストのことしか考えていないため、エルネストは事態に中々気付かなかった。


彼が気付いたのは、彼女が偶々教室内で一人でいるのを見た時だった。彼女の『また教科書を隠された…』という心の声が聞こえてきたのだ。それでようやっと彼女の状況に察しがついた彼は、そこから行動は早かった。


エルネストのことを溺愛する両親にどうしてもリリアンヌと結婚したいと駄々を捏ねて、リリアンヌにプロポーズすることさえせず親同士のやり取りで婚約をもぎ取りすぐに発表した。驚くリリアンヌに「まあそういうことだから」と指輪を素っ気なく渡すも、その魂の色で色々察したリリアンヌが大いに照れ喜び、その心の声が聞こえこっそり照れる天邪鬼。


さらに、リリアンヌが表沙汰にしていなかった虐めの証拠を集め学園側に提出。ただの男爵令嬢ならいざ知らず、やがて公爵夫人となる女性となると学園の対応も変わる。停学者が続出した。よっぽど悪質で、親の爵位も大して高くない者はエルネストの舌先三寸により退学まで追い込まれることもあった。


そんなこんなで、なんとかくっついた二人。しかし見た目にはそんなに変わらない。


「エルネスト様ー!今日も素敵ですー!」


「あははは。ありがとう、リリー。嬉しいよー。けれどいい加減ネストって呼んでくれないかなー?本当に鈍臭いよねー」


「そんな…ね…ネスト様…も、だ、大好きですー!」


「愛称で呼ぶだけでそんなに照れてて大丈夫ー?大好きとかは平気で言える癖にねー」


そんなことを言いながら、彼女の頭を髪型が乱れる程撫でる彼はやはり捻くれ者だ。そしてその実大いに照れている。


それを魂の色で察したリリアンヌは可愛いなぁなんて考えて、エルネストから照れ隠しにまた捻くれた言葉を寄越されそれをニコニコと受け止めるのだ。

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