小さな交易
第30章
「でも、なぜ、魔法学校?」
「理由は、この国には基本的に学校が存在していないでしょ?」
「貴族は、それぞれに先生を雇う。先生はその賃金で各々の研究をする。それこそ専門家よね? 専門家になれば色々な所から仕事の依頼があって、また、お金が増える。」
「そう言う先生を探す事は、現在の私たちの国では無理でしょう。これから、地方に小さな学校を作って、子供たちに読み書きを教える事は出来るかも知れない。でも、それ以上の目標が、こっちの国にはない。優秀な人材は、やはり、王都に集まる。橋の設計だって、実際に公募をかければ、何十人も応募してきたでしょ?」
「だから、特色ある憧れのアカデミーを作る事にしたの。文字の普及は生活が豊かになれば、誰でも考える。でも、魔法は?魔法は、自分ではわからないかも知れないけど、もしかしたら存在するかもと、思っている人がいると思うの……」
「例えば?」
「さすが、魔王、いい質問です、例えは、ヒュウマル」
「彼は、両親とも貴族ではなく、でも、魔法を使える先生に習った事があるらしいの。その時は、貴族の家に呼ばれた家庭教師の授業を受けただけだったけど、自分の中の何かを感じとって、家に戻った時に、復習をしたら、紙を動かせたって、言ってました。」
「本当に?」
「目の前で、薄い紙を浮かせてくれました。でも、それだけでも彼の中に魔力があるでしょ?」
「そうだな。当時、魔法は貴族の特別な物だと認識されていたが、それはきっと誤りだ。前の国でも、平民でも魔法の力を持っていたし、彼らは魔法学校にも通っていた。」
「学ぶ事を広める事は、きっと、生活が向上すれば誰かが提案して広まるでしょう。だから、特別なアカデミーを作って、この国を支えたいらしい。立派な人だよ、ミリバードさんは……」
「それだけではないんだろ?」
「うん、私にも校長としての地位をくれるって、大した授業できないけど、この前、頂いた教科書を参考にして行こうと考えてます。」
「――、いい考えだ。」
「ホント?」
「じゃあ、協力してくれる?」
「ああ、父上たちに聞いてみよう。祖国での魔法学校の風景や授業内容などを……」
「よかった。実は勉強は得意じゃない。それでもアカデミーが出来る事はワクワクする。」
「――」
二つの国は、子孫繁栄の名目で橋の開通を急ぎ、それに伴い国内物資の生産も増えた。実は、橋がなくてもウインターノの部屋を通せば色々な物が運ぶことが出来たので、町の人々がどうしても欲しい物は、ウインターノも協力して手に入れた。
そう、例えば、文房具など、こちらの国では不足している。スマホがあるから自分は使わないが、ギルドで仕事を始めると必需品とわかる。メモをとったりいたずら書きをしたりして、時間を潰す。
アシガー皇子が使っていたガラスのペンは、最高に使いやすかった。黒のインクを吸い込ますと文字が書ける。
(洗って色々なインクを吸い込ませると、色文字が書ける。すごく気にいるとたくさん欲しくなった。お金はある職人を探して、大量購入しよう。)
メイドのマイシルは使える人間で、直ぐに他の使用人に調べさせて購入に向かわせた。本当なら自分でショッピングに出かけたいが、それはまだまだ先の事。危険がいっぱいな街に出かける度胸はない。
「お嬢様、他に何かございますか?」
「そうね……、なんでもいいのですが、このように珍しい小物が売られていたら、すべて20個単位で購入してくれる? なるべく貧しくてお金に困っている店とかで仕入れてくれると助かります」
マイシルが初めてウインターノの部屋に運び入れたのは、スプーンだった。
「お嬢様、こちらは街の鍛冶屋が売れ残りだと申していまして、職人たちが目をつけて購入してきました。」
そのスプーンを見ると、シンプルスプーンではなくキチンと飾り模様も施されていて、丁寧に磨けば、直ぐに売り物になった。
「いいですね。本当にいいです。カウンターに置けます。値段はおいくらでしたか?」
「40pinでした。」
「1つ?」
「全部でです。」
「安くない?」
「妥当だと思われます。」
「そう?」
ウインターノが、なぜ、ギルドのカウンターで、小物の販売をしようと思ったかと言うと、エザルールが、ガラスのペンに夢中になったからだった。ある日、メモ帳にいたずら書きをしていると、エザルールが、じっと、立って見ていた。その様子が面白くて、黒から赤のインクに変えた。
「すごい、ペンの色が変わった。赤くなった。」
「だって、エザルールのほっぺが赤いからよ。」
「こ、これ、私ですか?」
「そうよ。エザルールを描いてみました。ほら、カウンターから頭を出している所よ。」
ウインターノの描く絵は漫画のような絵で、エザルールにとってそれもまた不思議な事だった。
「ウインターノさんの使っているガラスのペンって、高いの?」
「そうね、アシガー皇子も使っているペンだから、きっといい値段すると思うけど、後で、聞いておくね。」
「大人になったら買える?」
「うん、きっと買えると思うわよ。そんな世界が広がるといいね?」
「うん……」
子供の小さな夢が叶う国になるといいと、この時、はっきりと思えた。
それから家の使用人を使って王都で売れ残っている品物をカウンターで、販売する事にしている。その様子をみてベアドックが提案して来た。
「お嬢様、大根が大量に出来てしまい、農民が困っていますが、あちらで売って頂けませんか?」
「そう、いいわよ。家の前まで運んでくれると、どうにかなるかも知れないわ。その大根農家の人に言ってくれる?」
「はい、わかりました。」
家の前に積まれたのは大根だけではなく、噂を聞きつけた農家の人間たちが多くの野菜を運んできた。
ウインターノはおかしくて仕方がいない。
「ハハハハ、3年前までは何もない砂漠の台地だったのに、今では、こんなに沢山の野菜が余っているの?おかしい……。」
「私たちも、加工して保存食にしたりして絶対に捨てたくない。そう思って大切に育てて来ましたが、まさか……、どうやっても食べきれないなんて……」
「わかりました。買い取りましょう。これからは、食べるだけではなく売りましょう。」
「どうにか食糧危機は脱したのですね?だから、これからは、売りましょう。」
×××××
その日、王都のバンダ家の屋敷の庭に野菜の山が出現した。
「お嬢様、これはどうしたのですか?」
「ええ、購入してきました。使用人達にも食べさせるかしてくれる? 採れたて新鮮だから、すぐには、腐らないとは思うけど、一人でも多くの人に野菜を食べて欲しいの、できる?」
料理人のジョジョは、厨房の見習の男たちを集め野菜を厨房に運び入れる事にした。噂を聞きつけてやって来た外の使用人達も親切に運ぶのを手伝ってくれた。
「しかし、腐らせないと言っても、このような暑い日。」
「外で売ってもいいわよ。」
「おいくらですか?」
「わからない。いくら?」
「はぁ~、あまりにも貴重過ぎて、わかりません。」
「全部、スープにでもする? サラダ? 煮物? 揚げ物?」
「とにかく任せます。でも、カビは入れないでね。」
「はい、心得ております。少し考えてお料理をお出しいたします。」
「そうだ。屋敷で処理できない野菜は、王宮に送りましょう。そうすればあちらで処理してくれるでしょう。」
「わかりました。全員で、急いで洗って保存が出来るものは大切に保管します。」
大勢の人間がこの国では珍しい野菜に集まっている時に、馬車がやって来たので、ウインターノは、人参を馬に与えた。その様子をみてジョジョは、
「お嬢様、馬に野菜を与えるのはヤメて下さい。」と驚くほどの大声で叫んだ。
「ハハハハ……この国の馬って、人参食べないのかなぁ?」




